062 武闘大会③
「遅いぞ、スズナリ」
「治療に時間がかかってたんですよ。それに――どうせ準決勝から以外見るもの無いでしょう」
「まあそうだが。ヨセフの試合が始まるぞ」
「ほう」
私は来賓席に座り直し、闘技場を見る。
そこにはヨセフ殿とロキ・ヴォーミリアン――ロキ君が真正面から向き合っていた。
武闘大会、武器有りの部――。
準決勝。
すでにオマール君は準決勝の勝ち名乗りを挙げている。
この試合の勝者がオマール君と闘うわけだが。
「ヨセフ強いの?」
アリエッサ姫は懐疑的な顔だ。
「インチキじみて強いですよ。私一度も父上に勝てた事ありませんもん」
パントライン嬢が横から物言いを出す。
そうだろうなあ……。
「アルバート王としてはどの程度持つと思います?」
「ヨセフがどれだけ遊ぶかその時間で決まる。本気なら一瞬だ」
「……」
そんなに差があるのか。
可哀そうだからロキ君を応援してやろう。
闘技場に視線を戻す。
丁度、そこで試合開始の声が上がった。
――まず最初に飛び出したのはロキ君だった。
様子見もせず、口からは突撃の雄叫びが飛び出している。
そのとたん、ヨセフ殿がくらっとよろけた。
――いや、違う。
3つに分裂した。
「はあ?」
「ヨセフが得意とする幻影魔術だ」
アルバート王の解説。
それを聞きながら、ロキ君の突撃が幻影に当たり、スカるのを目の当たりにする。
同時にロキ君の膝が崩れ落ちた。
他の幻影――実体に膝裏を蹴っ飛ばされたのだ。
「ロキ! 相手が分裂したからといって止まるな! せめて他の幻影から離れるようそのまま突っ込め!」
「は、はい!」
ヨセフ殿は無茶を言う。
初見でそこまで判断するのは難しいだろう。
物の見事にスッ転んだロキ君に激を飛ばしながら、立ち上がるようにヨセフ殿が促す。
大したダメージも無いのだろう。
ロキ君はすっと立ち上がり、再び三つとなった幻影相手に苦慮する。
そりゃどう攻めていいかわからんわな。
私なら三つとも攻撃するが。
――だが、ロキ君は覚悟を決めたようだ。
三つの幻影の端から攻めていく。
だが――それよりヨセフ殿の攻撃が早い。
ヨセフ殿のショートソードがロキ君の頭に衝撃を与えるまで、ほんの一瞬だったように思えた。
「起きなさい!」
「……っ!」
崩れ落ちるロキ君の顎を足で受け止めるヨセフ殿。
容赦ねえな。
もはや試合の様相を呈していない。
これは訓練だ。
「あの爺さん容赦ねえなあ……」
モーレット嬢が感心した様子で呟く。
ロキ君も相当強いはずなんだがなあ。
まるで子ども扱いされている。
というか、攻撃スピードが速い。
「私が闘っても苦労するな……」
「うえ、ヨセフってそんな強いの?」
「強いです」
変な声をあげるアリエッサ姫に答えながら、自分との戦いを想定する。
アルデール君のような強烈な攻撃が今のところ無い分、キメラの私としてはやり易い相手だが――
なにせ、素早すぎる。
一瞬一瞬の動作の瞬発力が老人のそれではない。
「あ、またロキの奴、攻撃スカらせた。何やってんのかしら」
「当たりませんよ、もう」
金属がぶつかり合う音が悲鳴に聞こえる。
またヨセフ殿のショートソードが、ロキ君の兜に強烈に打ち込まれた。
「それでも騎士団長補佐か! 一撃くらい当ててみせろ!」
「――っ!」
ロキ君はその一撃に耐え、バックステップで体制を整える。
そして体をぐい、とひねり、腰のあたりで剣を構える。
そして剣を勢いよく放り投げた。
「!?」
一瞬の変化に戸惑うヨセフ殿。
放り投げた剣は、そのままヨセフ殿のフリューテッドアーマーの胸甲にぶつかって、火花が散る。
そしてロキ君は突貫した。
「組み技か。甘いぞ。ヨセフは――」
つまらなそうにアルバート王が呟く。
ロキ君の太い腕が膨れ上がり、ヨセフ殿をがっちりと掴んでショートソードの死角に入る。
そのまま強引に持ち上げる――ヨセフ殿の装甲ごと。
とんでもない馬鹿力だ。
「いや、投げか!?」
アルバート王は立ち上がり、試合場を見る。
ヨセフ殿の身体はそのまま固い石の塊で出来た闘技場へと、叩きつけられる。
ロキ君はそのまま追撃を行おうと――
「見事!!」
するが、一言で切り捨てられた。
ひらり、と両手でバク宙を行い、逃げきられる。
どれだけ身軽なんだヨセフ殿。
普通の鎧よりは軽いとはいえ、フリューテッドアーマーで身を包んでるんだぞ。
というか、ダメージゼロかよ。
「だが、教育はここまでだ」
ロキ君の手に、すでに剣は無い。
勝負は決まった。
ヨセフ殿のショートソードの一撃が、ロキ君の脳天に吸い込まれるようにぶちかまされた。
◇
「まあ、幻影魔術使ったヨセフに一撃どころか二撃あたえたから、褒めてやってもいいか」
アルバート王の感想は、ロキ君にしてはまあやったほう、らしい。
十分頑張ったと思うがな。
何だあのチート爺さん。
一つ気になる事がある。
「まだ本気出してないんですよね」
「出しとらんし、俺は調子に乗って組み技に入って、マウント取られてボコボコに殴られるロキが見たかった」
アルバート王は非道な事を言う。
組み技も上手か、あの爺さん。
「まあヨセフの本気は決勝で見られる。一度は本気出せと言ってあるから」
「オマール君、勝てるかなあ……」
「ヨセフが勝つに決まってるだろう」
……オマール君にも、切り札はある。
それをどう使うかだが。
「ほら、スズナリ、考えてる間に決勝戦が始まるわよ」
ぐい、とアリエッサ姫に袖を引かれて、意識を闘技場に戻す。
闘技場ではヨセフ殿とオマール君が向かい合っていた。
「剣と槍なら槍有利なんですけどね、普通」
「そんなもんヨセフの素早さの前には牽制の意味も為さんぞ。それに……」
闘技場上のヨセフ殿の鎧の隙間から黒墨の煙、闘気のような――
ガードナー殿と同じ、身体強化の魔術のそれが漏れ出ている。
「あれがヨセフの最終形態だ」
「身体強化術まで使えるんですか」
もう何やっても驚かんが。
ドラゴン戦で生き残ったのは伊達じゃないか。
「試合始め!」
審判の怒号が闘技場を包み込む。
オマール君は槍をヨセフ殿に向け――叫んだ。
「雷鳴一撃」
そうだな。
初っ端から相手に知られてない切り札切る。それしかないわな。
オマール君の判断は正しい。
オマール君の唱えた魔術の響きが、その手槍に電撃の精霊が宿り――爆発したように見えた。
一瞬の時も無く、その手に握られている手槍は消えた。
今、手槍が向かっているのは――ヨセフ殿の腹目掛けて一直線。
その電撃の精霊が起こした瞬きの一撃にも――ヨセフ殿は反応した。
「チェストォオオオ!」
大きく振りかぶってからの、全力の振り下ろし――だったと予想する。
ヨセフ殿の、目には見えない、神速の一撃。
それを持って、眼前の手槍を叩き斬る。
金属と金属が重なり合い、ひしゃげて割れる音。
その音が鳴り止むとともに、粉々に砕け散った手槍の先端とショートソードが私の視界に入った。
「え、何が起きたの?」
「負けですよ、オマール君の」
一瞬過ぎて何が起きたのかよくわかってないアリエッサ姫に、二言で現状を教えた。
電撃の精霊による攻撃にも反応するか?
マジでチート爺だな。
「嘘、これで終わり?」
「終わりです。オマール君は呪文の影響でしばらく動けません。これが戦場なら――」
ナイフで首を斬られて終わりだ。
それを理解しているオマール君がけだるげに手を挙げ、呟く。
「降参。俺の負けだ」
「うむ、潔い」
アルバート王が呟きながら立ち上がり、拍手を送る。
観客席からも同じく拍手が起こり、やがてそれは大きなうねりとなって闘技場を覆い尽くした。
◇
街のギルドの酒場。
5人で飲み会をすることになった。
いつもの三人、オマール君とアルデール君。
そして、ガードナー殿とロキ君を加えた5人だ。
ガードナー殿が口火を切って音頭を取ってくれる。
「えーと、まずはアルデール殿の優勝を祝って乾杯ということで」
「仕方ねえな」
オマール君がちょっと嫌そうに木のジョッキを掲げる。
「私、反省会するつもりで来たんですけどね」
ロキ君も同じようにジョッキを掲げる。
そして5人で叫んだ。
「乾杯」
エールを黙って全員一気飲みする。
そして一番にオマール君が口を開いた。
「あの爺、ありえなくね? 電撃の精霊切るってどんだけだよ!?」
木のジョッキを思い切りガン、とテーブルにぶつけながら叫んだ。
「オマール殿は一瞬で終わったからまだいいですよ。私なんて、闘技場で散々小突き回されて、恥かかされたんですよ」
ロキ君がそれに答えた。
実際何なんだあのチート爺さん。
反射速度と瞬発性が狂ってるし、幻影魔術と身体強化術の使い手って。
「やはり、騎士団長クラスにはあれぐらい求められるんですかね。私自信無くなってきました……」
テーブルに突っ伏しながら、ロキ君が愚痴る。
厳しい目標だなあ。
「ロキ君、とりあえず身体強化術から覚えてみよう。いらない人もいるが」
ガードナー殿がロキ君の肩を叩いて慰めながら――アルデール君を見る。
「鍛えていれば、身体強化術なんぞ要りませんよ?」
コイツもコイツでおかしい。
私の仮想敵とすると、ヨセフ殿よりアルデール君の方がキツイし。
そう考えながら、オマール君とアルデール君の会話に耳をやる。
「そういえば、優勝賞品何だったの?」
「お金貰いましたよ。他に欲しいものも無かったので」
「つまんねえ……俺みたいに目標持って」
「目標を持って?」
思わず口を出す。
オマール君の目標ってなんだ。
「……俺がもし優勝したら、ギルマスがこの国継いだ場合に騎士団長にしてくれって頼もうと思ってた」
「はあ?」
思わず呆れた声を口に出す。
「なんだよ。別にいいじゃねえかよ」
「いいけどさあ……私はこの国を継ぐ気なんぞないぞ」
「もし継いだら、だよ。継がなかったらそれでいいさ」
オマール君が二杯目のエールをぐびりとやる。
その目は死んだようになっている。
切り札をあんな風に破られたんだから当たり前か。
「私も、優勝したらもう一度アンナ姫の武術指南役に採用してもらおうと考えておりました。何分、教育が途中だったので……」
ガードナー殿が呟く。
何だ、そっちはそんな事か。
「口を利きましょうか? 別にその願いでしたらかなえられますよ」
「よろしいのですか?」
「アルバート王にお願いしておきます」
「かたじけない」
ガードナー殿は腕を交差させ、むん、と声を挙げながら私に礼を言う。
武人肌な人だなあ。
一応貴族なんだけどな、この人。
「我が王宮に来るなら、ついでに私にも教えてもらえませんか? 身体強化術」
ロキ君が呻くようにガードナー殿の袖をつかむ。
「勿論構いませんよ」
ガードナー殿は快く頷いた。
私は三杯目となるエールを飲み干しながら、さて、ヨセフ殿は優勝で何を要求したのかを考える。
もはや騎士団長であり、王宮内の栄達を望むべくところはないはずだが。
まあ、私にはどうでもいい話だ。
――夜はオマール&ロキコンビのチート爺への愚痴とともに、更けていった。
了




