061 武闘大会②
「ぶっちゃけ面白くありませんわね武闘大会」
横に――俺の左側に座るアンナ姫が正直な感想を言った。
「誰よ、アルデールに参加しろなんて言ったの」
右側に座るアリエッサ姫も、同じく不満を述べる。
「オマール君ですね」
「アイツか。一発絞めてやろうか……」
後の席に座っているアルバート王が、面白くも無さそうに愚痴を吐いた。
いや、正直言って私から見てもつまらん、この大会。
アルデール君の無双状態である。
どれくらいかと言うと、アルデール君が相手になった時点で不戦敗を名乗り出る対戦相手が多すぎるのもあるが――コロッセウムの中央でレフェリーが声を挙げた。
「決勝戦! アポロニア王国冒険者ギルド所属、アルデール! VS フロイデ侯爵領武術指南役ガードナー!」
「あら、先生ですわ。お懐かしい」
アンナ姫が来賓席から身を乗り出して声を挙げる。
武術指南なんて受けてたのか、アンナ姫。
アリエッサ姫も受けてるだろうが、誰が師匠なんだろう――。
いらない事ばかり気になる。
これも試合がつまらんからだ。
「ガードナー! 不戦敗の宣言はないか!」
「舐めてるのか!」
ジャッジの声に、ガードナーが批難の声を叫ぶ。
まあ、面子があるだろうから決勝戦で不戦敗はあるまい。
――今回は、アルデール君の試合が見られそうだ。
ただ、見られても。
「またワン・パンチでぶっ飛ばして終わるの?」
「またワン・パンチでぶっ飛ばして終わりそうだなあ」
アリエッサ姫とアルバート王がつまらなそうに声を挙げる。
今までの不戦敗以外の試合は全部それだった。
本当に糞つまらん試合が行われている。
それ以外の雑魚同志の試合の方がまだ観戦としては見所あったって何だよ。
観客もアルデール君にはウンザリしているぞ。
「先生はそんなに弱くありません!! ……多分」
アンナ姫が自分の先生の応援に入るが、自信なさげだ。
そもそもミノタウロスを一方的に殴り殺すバカみたいな格闘家を混ぜるのはよくなかった。
あのインチキグローブ無しでもアルデール君は十二分に強い。
それがよくわかった。
「ウジェーヌ枢機卿をゲストとしてお呼びすべきでしたかね」
「対戦相手としてか、そうすりゃいい試合が見れたかもな」
私が浄財払ってでも呼び寄せりゃよかったかな。
チッ、とアルバート王の舌打ちが響く。
「武器有り部門に関しては手を打ったが、武器無しは考慮に入れてなかったな。俺のミスか」
「さあ……私もここまで一方的な展開になるとは思っていなかったので」
アルバート王の愚痴に返事をする。
もっと、何か野に埋もれた強い人間がひょっこり出てくると思ってたんだがなあ。
そもそも対人戦だと条件によっては私が負けるかも、と考える相手がアルデール君だった。
こうなるのはよく考えればわかる事だった。
自分を基準に考えて、周囲の強さを考慮しないのはよくない。
今回の件でハッキリよくわかったよ。
「皆さん、私の先生が負けるって前提で会話してませんか?」
「当たり前じゃないの」
アンナ姫の不服に、アリエッサ姫が答える。
そしてチラリと背後を振り返った。
そこにはモーレット嬢が腕組みをしながら、姫様の警護をしている。
「モーレット嬢、貴女もだいぶステゴロ強いでしょう、アルデールとガードナーどっちかに勝てる?」
「アルデールは絶対無理。多分、今までの試合見る限りではあるけど、ガードナーには勝てるよ」
「ほら、モーレットより弱い時点で無理よ」
アリエッサ姫がぶんぶんと首を横に振る。
そうして、やや諦め気味に言葉を吐いた。
「多少なりとも亡きフロイデ王国の意地を見せて欲しいところね」
「先生ならやってくれます!」
がっ、と握り拳を作りながらアンナ姫が吠える。
身内なんだし応援したいだろうなあ。
でも――
「それでは、初め!」
円形闘技場の上のレフェリーが叫び、闘技場から身を離す。
大きな銅鑼の音が鳴り響く。
試合が始まった。
――最初に動いたのはガードナーであった。
その口から、苦悶したような声が上がる。
「ぬうっ」
対して、アルデール君は微動だにしない。
今までの試合も全てそうである。
カウンターでワン・パンチを繰り出し、円形闘技場から吹き飛ばす。
その繰り返しであった。
だが、今回は――
「せいっ」
空中に、放り上げるようにしてその身を軽く浮き上がらせ、その右足の踵を真上から打ち下ろしてくる。
ガードナーの変則的な空中踵落とし。
それを右腕で顔を覆うようにガードした。
――瞬間、どよめきが起こる。
初めて、ワン・パンチで終わらなかった。
すぐに身を離すガードナー。
「ほら、ワン・パンチで終わりませんでしたよ。先生はやっぱり強いです!」
「別にガードナーが弱いとは誰も言ってないけどな」
興味深げにアルバート王がアルデールの様子を見る。
なぜカウンターで反撃しなかったか。
「アルデールの奴、観客映えを気にしているのかしら? 今更だけど」
残酷なアリエッサ姫の分析。
だが――
「アレは――少しガードナーの攻撃が重かったな。アルデールが防御を初めて優先した」
アルバート王から見るに、ガードナーの強さがそうさせたらしい。
まあ一応決勝戦だし。
「ここからです!」
びっ、とアンナ姫がガードナーを指さす。
何かあるらしい。
「貴様には本気を出す!」
闘技場上のガードナーの宣言と同時に、その身体から黒墨の煙、闘気のような――
いや、実際に闘気、身体強化の魔法であろうそれが滲み出る。
一斉に湧く観客。
「初めて面白い試合が見られるのか……?」
ガードナーの宣言に、アルバート王がまだ訝し気に呟いている。
獣の咆哮。
ガードナーの口からそれが挙がり、一気に突進を開始する。
構えるアルデール君。
ガードナーの拳が、アルデール君の右掌によって捌かれる。
だがその拳の膂力は肘に移り、顔面への攻撃と変わる。
しかし――届かない。
「けえっ!」
アルデール君の口から今日初めて叫び声が上がり、その右足が動く。
肉が肉を叩く音が、来賓席まで響いた。
ローキックがガードナーの左太ももに突き刺さっている。
それにより、姿勢を崩すガードナー。
――しかし、ガードナーは止まらない。
横へ跳ねる。
そして側面から再度、アルデール君の胸元へ手刀を伸ばす。
だが、その手刀は、拳で潰された。
本日の対戦相手全てを一撃で葬ってきたワン・パンチ。
「キッ!」
奇妙な悲鳴がガードナーの口から上がった。
手刀はいびつな形になっている。
指が全て折れたのだ。
しかし――
「先生っ!!」
アンナ姫の悲鳴のような応援が響く。
来賓席からのそれが聞こえたわけではあるまい、だが――
ガードナーは止まらない。
右手が使えないなら、絡めるまで。
「そいやあっ!」
接近したガードナーは、そのままタックルし、その使えなくなった右手をアルデール君の足に引っ掛ける。
リフト――アルデール君の全身を軽々と担ぎ上げ、そのまま円形闘技場に勢いよく叩きつける。
続けて、踏み込み。
頭部への蹴りが放たれる。
「そこです、先生!!」
「残念ながら――だ」
アンナ姫の応援に、アルバート王の否定が入った。
頭部への蹴りは当たらない。
軽業師のように、アルデール君は両手でバク宙を行い、姿勢を立て直す。
そして――真っ直ぐ正面からの突きが、ガードナーの胸元に吸い込まれた。
再び肉が肉を叩く音が、来賓席まで響く。
しかし――吹き飛ばず、倒れない。
「先生!?」
ガードナーが一度ゆっくりと閉じかけた、眼を開いた。
真っ赤な血の眼をしていた。
「フロイデ侯国に栄光あれーー!!」
血のような絶叫であった。
ガードナーは全身から闘気を吹き出し、最後の一撃を放つ。
アルデール君と同じ、真っ直ぐ正面からの突き。
折れた指を無理やり拳の形にしての突きであった。
アルデール君は――それを黙って胸で受け止めた。
再び、肉と肉を打つ音が響く。
だが、闘技場上の二人の内、一人はもう立ち尽くしたまま動かない。
全身の力を使い果たしたのだ。
最後の一撃は、アルデール君の身を僅かに捩らせただけであった。
「……終わりだ」
アルバート王が呟きながら立ち上がり、拍手を送る。
すると、まばらながらも観客席から拍手が起こり、やがてそれは大きなうねりとなって闘技場を覆い尽くした。
「スズナリ殿、治療を! 早く先生の治療を!!」
「わかりました、少し席を外しますよ」
私は胸元にしがみついてくるアンナ姫の手を離しながら、ゆっくりと席から立ち上がる。
その逆に、アルバート王は席に座った。
「何だ、亡きフロイデ王国も最後に意地を見せてくれたな」
「もうフロイデ侯国ですよ、アルバート王。認めてあげてください」
私はアルバート王の言葉に少し反論しながら、来賓席から立ち去った。
◇
「なかなか手ごわい相手でした」
「そうか、最後の一撃はわざと受けたろ」
「男の意地は判りましたので、つい」
私は全身ズタボロのガードナーの治療を終えた後、ついでにアルデール君の胸元を見る。
ガードナーの拳の形がくっきりと残っていた。
心の臓まで響いたに違いない一撃だ。
あばら骨も数本折れている。
――私はため息をついて、アルデール君の治療を始めた。
「まあいい、最後の試合で君も救われた。あのままワン・パンチだけで優勝してたら観客席から物が投げ込まれていたところだったからな」
「ガードナー殿以外が雑魚ばかりだったのが悪いのです」
悪びれなく、アルデール君が呟く。
まあ見世物とはいえ、当人達は真剣勝負だからな。
あまり言えることは無いか。
「う……ん」
呻き声が、背後から上がる。
「目覚めましたか、ガードナー、いえ、ガードナー殿と呼びましょうか」
「貴方は……確か、スズナリ殿」
はっ、と気づいたようにこちらを見て、姿勢を正すガードナー殿。
自分の身体をぺたぺたと触っている。
「治療していただいたようで、有難く」
腕を交差させ、むん、と声を挙げながら私に礼を言う。
「いえいえ、治療班は別に居るのですが、アンナ姫から頼まれたものですから」
「アンナ姫から……それは有難く。姫様はお元気ですか」
「鈍器のクラブでジルエル姉妹の尻を叩いているくらいには」
「尻を?」
イマイチわかってなさそうに、困惑の色を浮かべるガードナー殿。
まあ、ジルエル姉妹も色に狂ったのはアポロニアに来てかららしいからな。
わからんだろう。
「何にせよ、元気ならば安心しました。これでも師匠なものですから……」
ポリポリと頭を掻きながら、ガードナー殿が笑う。
いい先生だ。
そんな感想を抱いていると、アルデール君が口を開く。
「ガードナー殿、先ほどは良い試合でした」
「これはアルデール殿、最後の一撃はわざと受けて頂いたようで……」
闘技者二人の会話が始まる。
治療も終わったし、私が居ては邪魔であろう。
私は熱を入れて、先ほどの闘いについて会話を始める二人をよそに――治療室から立ち去る事にした。
了




