006 婚約者探し
いっその事、ギルマスの立場なぞ捨て、先代を探す旅にでも出てしまおうか?
いや、あくまでも、先代に指名されたギルマスの地位を維持すべきだ。
しばらくの間はよろしく、その言葉が私を繋ぎとめている。
私が深い思考に――いや、現実逃避に入る中で
「依頼に来たわ」
「帰ってくださいな」
ゼエゼエとパントライン嬢の咳が私室に響く。
また一人の護衛で無茶してダンジョン奥底まで来たのか。
なんというか、もう全てにウンザリして来ているのが本音だ。
「ここまで苦労してきたのに帰れはないでしょう」
「苦労しているのはパントライン嬢でしょうに」
「私だって今回は闘ってるわよ。殆どはパントラインが倒してるけど途中で死にかけたから」
姫様はそう言って、腰元の血のこびりついたメイスを見せる。
一応闘ってたのか。
……まあ、血筋を考えれば弱いという事も無いのか。
「それで、要件とは?」
「婚約者探しよ」
「親父に言えよ」
もはや親の仕事とは言わないまでも、王の仕事である。
あの王様、王としての責務を果たしていないではないか。
「探すどころか、もうアイツでいいじゃん面倒くさいとか言われたわ!」
「アイツ?」
「アンタの事よ! アンタの!」
私の事か。
一体どいつもこいつも何を考えてるんだか。
狂ってるとしか言いようがない。
「公爵にお願いしては? 息子が全滅でもお孫さんくらいいる歳でしょう」
「公爵の孫は6歳よ。10歳下と婚約しろと。私犯罪者?」
もう6歳児でもいいじゃん。
酷いことだが王家には良くある事だ。
姫様にはショタコンになってもらおう。
この際、私に被害が来なければどーでもいい。
「もう王宮内で探すのは諦めたわ。外部から引っ張ってくる」
「私は引きこもりだから友達が少ないですと以前に言ってるのに」
「やるだけやってみてよ。そこまでワガママ言わないから」
すでに現時点でワガママなのだが。
無いと思うが「最悪だけどコイツでいいわ」と私の事を引っ張りだされても困る。
そう、生贄だ。
誰かギルド員で似合う輩を見積もってもいいかもしれない。
しかし――そんな輩、ウチにいたっけなあ。
いや、探せばなんとかいるかもしれない。
「判りましたよ。この際ダメ元でやってみましょう」
私は首を縦に振り、姫様の依頼を受けることにした。
「最初っからそう言ってくれればいいのよ」
「先に言いますが、姫様の気に入る相手が見つかるとは限りませんからね」
私はそう前置きし、ついに地面に倒れ伏したパントライン嬢の口元に
飲んでいた薬草茶を流し込むことにした。
私は、まず第一に信頼を寄せる男から名を上げることにした。
「一人目はこのファウスト君です」
「ふざけてんの?」
ギィ、と骨を軋ませながらファウスト君がお辞儀をする。
先代がレッサードラゴンの牙から作り上げたスケルトンだ。
いつも皆に薬草茶を入れてくれるナイスガイ。
「アンデット界では人気なんですよ。
この間の吸血鬼とのパーティーでは男女問わずチヤホヤされていました」
「私は人間で、しかも自由意志無いでしょ、その子。てか恋愛的にチヤホヤじゃないでしょう」
「確かにそれを言われると辛いものがあります。
パーティーでも私が操ってました。でもね、ファウスト君は名持ちですよ」
下手なところでは私よりも名声があるのだ。
先代に率いられていた頃、一つ目巨人を槍で一突きにした英雄歌まである。
「名持ち? 冒険者で言う名士のアレ?」
「そうです。ちなみに私は名持ちではありませんよ」
「実力と比例するの、それ」
「ある程度まではね。一応英雄歌に謳われた活躍をしたということまでは」
今のところ話とは関係ないだろう。
私は沈黙した後、ファウスト君が入れてくれた茶を一啜りした。
「で、あくまで冗談よね」
「さすがに冗談ですが、この先も期待しないでくださいという意味では本気です」
「うわあ」
アリエッサ姫は頼むんじゃなかったという顔をした。
だがもう遅い。
出来る限りはやってみるつもりなのだ。
その時、コンコンとドアを叩く音が鳴る。
「入って構いませんよ」
「失礼します」
ドアからは、金髪碧眼に甲冑姿の女性が現れた。
以前のギルド会議で私に味方してくれた女性――
「いったい何の用ですか、急に呼び出して」
「エントリーNo.2、アリーナ・ルル嬢。いかがですか」
「女じゃないの!?」
ルル嬢は一瞬不快気な顔をしたが、ああ、なんかまた変な依頼に巻き込まれてるのか、と
表情を変えて、わたしに感想を述べた。
「いつも大変ですね」
「巻き込んで済まない」
「いや、巻き込むも何もお呼びじゃないから女は」
そう言われても、姫様の趣味が分からない。
とりあえず私に近しい人間の順番から呼んでみたのだ。
いや、アレックス君は元人間ですらないが。
「実は骨がたまらなく好きとか、レズとかそうではないと」
「当ったり前でしょう! 男を出せ、男を」
「御呼ばれじゃないなら、私もう事務室に戻ってもいいですか」
帰りたげなアリーナ・ルル嬢を手のジェスチャーで引き留め、言葉を繋げる。
「ちょっと待って。帰るついでにアレキサンダー君を呼んできてくれないか」
「……いいですけど」
ルル嬢は眉を曇らせ、彼を呼ぶのか、という感情を表情で示した後。
まあいいや、と何かを諦めたように了解の言葉を返した。
「待って、すさまじく嫌な予感しかしないけど」
「ちゃんと男ですよ、今度は」
「最低も最低の条件が、やっと3人目にして登場するのね」
アリエッサ姫は疑いの目を私に向ける。
私はにこやかにそれを交わしながら、言葉を繋いだ。
「しかも王族ですよ」
「王族? 王族がなんでギルド員なんかやってるのよ」
「出稼ぎです」
「ちょっと待て。情報がもっと欲しい」
どんな変な奴なのか当てて見せるわ。
ビシ、と音を立てながら、アリエッサ姫が私の顔を指さす。
「実は火山活動の活発化で、領地を移動し食料不足からの現金の確保が急務となりまして」
「……先日の火山活動の一件と一致するわね」
でも、あそこは公爵領だった気がするんだけど。
他国にまで影響を与えていたかしら、と考え込み、姫様は空を仰ぎ見る。
「言葉は通じずとも筆記計算はできるから、ギルドで事務員として働かせてくれないかと王子が」
「性格は良さそうね、性格は」
言葉が通じないってのが気になるけど。
火山活動、言葉通じない、俺の言葉からフレーズを拾い集めながら
アリエッサ姫は指を折る。
「ひょっとして、コボルト? 条件は一致するわよね」
「ふむ」
私は一つ頷いた後、人気を感じたドアに目を向ける。
ドアノブが動き、呼び寄せた人がその姿を見せた。
モコモコとした毛皮を生やした、コボルト王族の一人であるアレキサンダー君が。
「ほーら、当たったわよ」
「おめでとうございます、姫様」
「おめでどうございます、アリエッサ姫」
私とパントライン嬢の称賛の言葉。
そして拍手で私の室内が包み込まれる。
アレキサンダー君も何かよくわかっていないけどノリで拍手している。
そして――
「で、当たりくじの懸賞は、貴方の首でいいかしら」
姫様は腰元のメイスを、私の顔面へと全力で投擲した。
顔面に飛んできたメイスはファウスト君が受け止めた。
この私室で私を殺すならドラゴンでも連れてこなければな。
そう思いながら、私はパントライン嬢に声を掛けた。
「……離してあげてくれないかね」
「すっごいモフモフしてます」
「モフモフしてるのはわかるから。私もやった事あるし」
コボルトの王族にギューッとハグをするパントライン嬢。
されるがままのアレキサンダー君。
コボルトは、人族に無理やりハグされるのには慣れてるのだ。
「で、四人目は」
メイスの全力投球を無かったようにして、アリエッサ姫が呟く。
「え、もういません」
「待てコラ」
お互い、死んだ魚が腐った後のような目で見つめあう。
「この間のギルド会議では全員集まったわけでもないのに、数十人いたでしょーが」
「ほとんど私とは無関係です。あちらを紹介するなら、別口から当たってください」
「ちょっと待って」
アリエッサ姫の目が見開く。
「ギルドの殆どを敵に回してるって事!?」
「敵対者とまでは言ってないでしょう。殆どは中立ですよ」
「中立?」
「ギルマスの立場なんかには全く興味がないって事です」
殆どのギルド員は現役の冒険者でもある。
ギルドマスターの立場や活動なんかに興味ないだろう。
ついでに言えばだが。
「私の敵対者と言える連中も、ギルマスの立場自体には興味ありませんよ。
私がギルマスである事を不快に思ってはいますが」
「何それ、面倒くさい連中ね」
「人間は面倒くさい生き物です」
そして私の仕事も面倒くさい。
物が理解できてれば、誰も好き好んで成りたがる奴なんかいない。
誰もがそれを知ってるから、現状でも立場を維持していられるのだ。
「ただ、まあ……仮に奪おうとする人間が現れても譲る気はありませんが」
「自分でも面倒くさいと言ってるのに?」
「人間は面倒くさい生き物だからですよ」
今日、辞めて旅に出ようかと思ってしまったところだが。
それでも思い留まっている。
「それって、例の先代マスターに指名されたから?」
「勿論そうですよ」
「ふーん」
腕組みをしながら、アリエッサ姫が何かに納得したかのように呟く。
「まあ、オッサンの純情はどうでもいいわ」
「30過ぎはまだオッサンではないと、先日あれ程言ったのに」
「いいから、とにかく紹介できる物件はもう無いのね」
もはやあきらめ気味に、姫はため息を吐いた。
「……吸血鬼の王族なんてどうです」
「何度も言うけど、せめて人間を紹介しなさい」
「亜人の王族なら色々関わりあるんですけどねえ」
先代に引きずられた旅の間、よく謁見したものだ。
今でも仕事でたまに関わる。
「今日のところは、もういいわ」
そう言って、パントライン嬢をアレキサンダー君から引き剥がす。
「ああ、モフモフが」
「いい加減にしなさい。失礼にもほどがあるわよ」
アレキサンダー君はポンポンと体を叩いた後、空気を読んで部屋から退出する。
姫様も、今回はこれで諦めてくれたのだろうか。
「でも、依頼は続行。婚約者探しは続けてもらうわ。詳細は私が指定する」
「……具体的にはどのように」
「ドラゴンを倒せるレベルはいかないまでも、若くして名持ちになり『これなら』と貴方が納得できる人格者なら一度は会ってあげるわ」
「なるほど」
私はとりあえず納得したふりをする。
「姫様、昨日ヨセフ団長にも似たようなこと言ってましたよね。騎士団の若手でって」
「パントライン、余計なことは言わない」
別に、ヨセフ殿にも依頼してても構わないが。
むしろ、そちらが有効手だろうな。
「とりあえず。承りました。ただ、いつ現れるかはわかりませんよ」
「期待しないで待っておくわ」
ひらひらと手を翻しながら、アリエッサ姫が背を向ける。
やっと帰ってくれるか。
「スズナリ殿。モコモコした亜人の方がまた来たら教えてください」
「パントライン、行くわよ」
パントライン嬢はアレキサンダー君のモフモフを、未だ名残惜しそうにしながら去っていった。
「若くして名持ち、か」
いないわけではないが少ない。
冒険者だけでもないが、人間は経験や能力を蓄積し、困難を達成していく生き物だ。
かのアルバート王のように二十台前半でドラゴン殺しを達成した者など、指で数えられる程度しかいない。
「いや、そもそもドラゴン殺し自体が少ないが」
たとえそれがレッサードラゴンでもだ。
ファウスト君を眺めながら、独り言を呟く。
「若い名持ちはルル嬢以外に、ウチのギルドに……いるにはいるがな」
正直、自分より年下となると全員の立場が中立ゆえ印象が薄いが、数人はいる。
だが性格までは知らない。
「若くて強い冒険者? 奇人変人の類しかいないような」
薄暗い迷宮探索に邁進し、モンスター相手に切った張ったを繰り返す人間?
それも若くして功績を成し遂げた人間?
その時点で少しばかり気が触れている気がする。
「人格者……人格者……」
記憶を探るに、間違いなく先代は人格者だった。
私を拾い上げてくれたのだから。
だが、右も左も判らない人間に無理を強いて引きずり回す人でもあった。
よく考えれば、大分無茶もさせられた気がする。
「やはりマトモな人間など、冒険者にはいないが」
逆に考えよう。
姫様もどうせマトモな性格してないんだし、あの性格を許容できる人格者よりもだ。
じゃじゃ馬を飼いならせるような強烈な個性の人物を探した方が早いだろう。
「ま、急ぐ必要もないか。姫様もすぐに見つかると思ってないだろう」
私はゆっくりとカンテラを握り、ファウスト君を後ろに率いる。
そうして私室の扉を閉め、ダンジョン奥底の濃密な暗闇へと久しぶりに足を進めることにした。
了