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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編3
59/113

059 アンナ姫と愉快な従士たちと惚れ薬


週二に一度やってくる面倒臭い――アンナ姫への訪問にて。

茶を喫しながら、アンナ姫に世間話のように訪ねる。


「普段何やってるんです」

「エルとジルの馬鹿姉妹を棒で殴ったり、棒で殴ったりしてます」


きゅっ、とアンナ姫は人を叩きやすい形状の、木で出来たクラブを握っている。

どっから拾って来たんだろう、それとも造ったのだろうか?


「実は手芸を趣味としていまして、造ってみたんですが」

「わざわざ木の棍棒を?」

「結構痛いんですよ、これ」


ひゅん、とアンナ姫はジル嬢の尻を殴る。


「痛っ! 姫様お止めください!!」

「昨日もアレだけ言ったのに、夜中にうるさくして……この猿が!」

「というか、何で殴られても止めないんです」


ジル嬢が、私の眼にぱちくりしながら呟く。


「じゃあどこで処理したらいいんです?」

「生々しい言葉を吐くな。もうベッドを別にすればいいでしょう」

「それでは姫様を守れません」


姫様の睡眠は守ってないけどな。

ジル嬢の反論に、私は頭を軽く痛めた。


「というか、何故私が性欲の対象なんです。会って間もないですよね。というか面識殆ど無いですよ」

「姫様に仕えて12年、25歳になったというのに誰からも嫁に行く宛の紹介がなかったからですよ。今回は千載一遇の機会です」


ジル嬢は超真顔で反論した。

私はアンナ姫の方を見る。


「本来、姫様がそういった宛を紹介すべきでは?」

「まだ12の私に何を……というか、私が嫁に行く際のデライツ伯爵の側姫扱いになる予定だったんですけどね」


それは……嫌だな。

私が女ならお断りだわ。


「そうです、デライツ伯爵がスープになってくれたおかげで、スズナリ殿に代わったんですよ」


エル嬢が両手を組み、自分の頬にその手を当てながら呟く。

その頬は少し赤い。


「これは私たちにとっては良いニュースでした。姫様にとってもですが」

「国が滅んだのを良いニュースにしないで頂戴よ」


アンナ姫が批難の声を挙げる。

そうだよな、国が滅んだ結果こうなってるんだもんな。


「そんなの知った事じゃありません。騎士位は守りましたが家没落しましたし、今回の件で」

「ぶっちゃけ、アンナ姫が嫌いならついてきてませんよ、今回。今頃冒険者やってますわ」


エル嬢とジル嬢が、家が没落した旨を告げる。

今回のアポロニア王国への吸収の件でモロに煽りを食らったか。


「それには……御礼を言っておくけど」

「もっと普段から感謝してください。そして夜の調教も止めてください」

「そうです、クラブで尻を叩くのは止めてください。調教されてるみたいで変なクセになってます」

「毎晩毎晩うっさいからでしょうが」


コイツらの性格がよくわからん。

まあ、賑やかし扱いに脳内整理しておけばいいか。

私はその結論を出しながら、席を立ちアンナ姫の私室を離れようとするが――


「あ、ちょっと待ってくださいスズナリ殿」

「なんですか、アンナ姫」

「惚れ薬の件聞きましたよ、使ってみてくださいな」


私はアンナ姫の言葉に対し、咳ばらいを一つした後。


「いや、ぶっちゃけ意味ないでしょう。私アンナ姫に何の感情も持ってないですし」

「待ってください」


アンナ姫は、私の言葉に眉を顰めながら、その手を掴んで引き留めた。


「何の感情も持ってないって何です。こうして月二回会ってるでしょう」

「まあそうですが。12の少女に関心を持つほど異常じゃないです」

「いえ、逆に12の少女に関心を持たない方が異常でしょう」


アンナ姫はその小さな手でがしっと私の左手を掴み、引き留める。


「男は皆ロリコンでしょう。ジルとエルの二人が言ってました」

「そのクラブちょっと貸してください」

「貸すだけですよ。これお気に入りなんですから」


私はアンナ姫からクラブを受け取り、エル嬢とジル嬢の尻をぶっ叩いた。


「あひぃ!」

「だから、癖になりますから止めてください」


知らんわそんなもん。

余計な知識ばかり教え込みよって、この二人。


「男がみんなロリコンと言うのは否定しません」

「あ、否定しないんですね、そこは」

「しかし、ベイビイネスを発揮している少女に情欲抱くほどイカれてませんよ」

「ベイビイネス?」


よくわからない言葉が出てきたのか、アンナ姫はコテン、と首を横に倒しながら呟く。

それだよ。


「性欲と愛情は別でしょう。惚れ薬は愛情を一時的に増幅させる薬と聞きましたが?」

「そうですが、その愛情も――」

「無いと?」

「ありませんね。男性として少女は保護すべきだという義務感程度はありますが……」


私は顎に手をやりながら、考え込む。

実際、このクラブを持って貴女の身を守るぐらいはやってあげよう。

あるいはスペードやダイヤ、剣や金銭を用いて守ることもしよう。

だが、私のハートの形だけは貴女へ向かっていない。

トランプでのくだらない例え。

そういった旨をアンナ姫に告げる。


「それでは私が困るのです」


アンナ姫が答える。

それも判っているが――


「私達も困ります。毎夜毎夜のレクリエーションをどうしてくれるのですか」

「抱かれる準備はバッチコイですよ」


お前らは困れ。そのまま腐れ果てろ。

私はコホン、と咳をつき、アンナ姫の頭を撫でる。


「まあ、いつか貴女にも好きな男性が見つかるといいですね」

「いや、何かいい話にしようとしてますけど、私はスズナリ殿の婚約者なんですってば!!」


チッ、騙されなかったか。


「今、舌打ちしました!? 何々ですかスズナリ殿。あまりにも失礼すぎやしませんか?」

「いや、だから何度も言いますけど12の少女相手に愛情持てと言われても無理ですって」

「32の男性相手に愛情持とうと頑張ってる私の努力は?」


この際、キッパリ言っておこう。


「……無駄です。とりあえず、表面上は付き合いますから、そこまでにしましょうよ」

「……何か、心のどこかがすっごいムカムカしてきました。決めました」


ビシ、と私の鼻先にアンナ姫の指が突きつけられる。


「アリエッサ姫の御歳になるまで! 4年以内に、スズナリ殿を私に惚れさせてみせます!!」

「そう言われましてもですね……」


2年すれば私は逃げるんだよなあ。

それだけはルル嬢もアリエッサ姫に漏らしてないはずだ。

アルバート王にはバレてるぽいが。


「まあ、やってみてください」


私はそうとしか言えなかった。








王宮の廊下を歩きながら、呟く。


「まあ、可愛らしいといえば可愛らしいのかな」

「誰がです?」


マリー嬢が、いつの間にやら横を歩いている。


「アンナ姫ですよ。12の少女らしさが残ってます」

「その心は?」

「アリエッサ姫には16の少女らしさが無い」

「まあ、食欲と暴走の権化ですしね」


マリー嬢はクスクスと笑いながら、私に相槌を打つ。

ところで――


「惚れ薬を飲んでみてもよろしいですか?」

「あら? 自分から飲んで頂けるとは」


私から飲んでもらうよう頼むつもりだったのですが――

そうマリー嬢が呟く。


「そこまで野暮ではありません。私がマリー嬢をどう思っているかも気になりますし――」

「いえ、そこは惚れ薬を飲まなくてもわかるのでは?」

「わからないから飲むんですよ」


味のキツイ惚れ薬を、多少えづきながら飲む。

しぱしぱする目を閉じ開きしながら、マリー嬢を眺めると――


「どうです?」

「……自分でも意外ですね、ルル嬢やアリー嬢より輝いて見えます」

「よし!」


私は顔を少し朱に染めながら、呟く。


「やはり、好意を直接ぶつけられてるかどうかで違うんですかね」

「ルル嬢も、アリー嬢も、直接好意を十分ぶつけられてると思うんですが」

「それもそうですが――」


何か違うんだよな、マリー嬢と。

身近にいるより、一歩距離を置いてアプローチを受けてる方が意識しやすいのかもしれない。

そういったことを、輝きを放っているマリー嬢に答える。


「まあ、その辺りは私にも判りませんが……一歩リードしているということで安心しました」

「惚れている、という段階までにはいってないようですがね」

「それでも、ですよ」


ルンルン、と鼻歌を歌いそうな表情で、マリー嬢がご機嫌になる。

その様子を見ていると、私も何だか楽しい。

これも惚れ薬の効果だろうか。


「この後は姫様のところですか?」

「ええ、薬の効果が切れる前に一応――モーレット嬢に会いに行こうかと」


私は冷静を心掛けつつマリー嬢にそう答えたが。

彼女は頭にハテナマークを浮かべた。


「あの……アリエッサ姫とパントライン嬢は?」

「無いです。私アンナ姫と同じ感情しかあの二人に持ってませんよ多分」

「え、本気ですか」

「本気です。付き合い長いだけじゃないですか、あの二人」


私は冷たく答える。


「モーレット嬢は?」

「オデッセイまで旅したので、色々あったんですよ」


そういえば、抱きしめてもらったこともあった。

あの温もりを思い出しながら、ひょっとしたらモーレット嬢の事は多少好きかもしれないと思う。


「やっぱり胸が大きい方が好みで? 私もそれなりに……」

「いえ、女性の魅力はそれだけではありませんので」


全否定まではしないが。

話辛い話題をしながらも、私はマリー嬢と別れ、アリエッサ姫の私室に辿り着いた。







「嘘だろ」


私は頭を右手で抑え、くらりと転倒しかかるが、扉にもたれかかって何とか止まる。


「嘘がって何がよ」

「貴女が輝いて見える」


ぶるぶると震える指で、人を指す。

その指の先は――アリエッサ姫だ。


「私はいつでも輝いてるわよ。いったい何の――って、ひょっとして惚れ薬飲んだの?」

「ええ」

「そっかー、スズナリ私の事好きだったんだー」


へー、という感じで平然とアリエッサ姫はその事実を受け止める。

その顔は少し朱に染まっていたが。


「いや、輝いているといってもルル嬢やアリー嬢と変わらないぐらいですが――何でだ」

「何でだって、何でそんな言葉が出てくるのよ。付き合いも長いでしょうに」


むっ、とアリエッサ姫が口を尖らせる。

その頬は朱く染まったままだが。


「いや、ありえんでしょう。そんな好感度を起こすイベント――無かったじゃないですか」

「イベントも何も婚約者でしょう。暫定だけど! 少しは気にしたっておかしくないじゃない!!」


アリエッサ姫がいよいよ怒り出した。

ずかずかと私に突進してくる。

そして、私の首下まで辿り着き、その手を私の首の後ろにまわした。

そして――軽く、唇にキスをした。


「どう、何か変化あった?」


姫様はぐい、と自分の唇を拳で拭いながら、呟く。

いきなり何キスしてんだこの人。

だが――


「変化あったみたいね」


私の顔はおそらく紅潮しているだろう。

姫様の顔が、酷く眩しく見える。


「……いきなり、何をするんです」

「別に。惚れ薬の実験じゃない」


そう言って、私と同じように顔を紅潮させながら姫様はそっぽを向く。

私は何か、助けを求めるような動きで辺りを見回して――

こちらをニヤニヤと眺めているモーレット嬢とパントライン嬢と目が合った。


「モーレット嬢は輝いて見えますが、パントライン嬢は何も感じませんね」

「何故!?」


親指を立てて応じるモーレット嬢と、対して驚愕の顔をするパントライン嬢。

パントライン嬢、人に姫様の世話押し付ける事しか考えてないから当たり前だろ。


「じゃあ私もキスを――ば」

「今日はこれで帰りなさい!!」


ベッドの枕をパントライン嬢に投げつける、アリエッサ姫。

おそらく、私にキスした恥ずかしさでしばらく暴れることだろう。

そんなに恥ずかしいならやらなきゃいいのに。

私は唇を指で抑えながら、姫様の暴走に巻き込まれる前にここから立ち去ることにした。


「それにしても」


姫様の私室のドアを閉め、それにもたれかかりながら。


「私、アリエッサ姫の事、結構気に入ってたんだなあ」


惚れ薬の熱が冷めるまでは、まだ時間がかかりそうだ。

私は額に掌をやり、熱を冷ましながら王宮の廊下を歩いて行った。




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