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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編3
55/113

055 アンナ姫のお怒り


「アンナ姫が自分だけ無視されたとお怒りです。王宮に出頭を」

「知らんわそんなもん」


マリー嬢が使者にやってきたが無視する。

こっちは二か月分溜まった仕事の消化で忙しいというのに。

殆どはルル嬢が消化してくれてたが、私で無いと決済できない書類もあるのだ。

アルデール君が代理できればよかったのに。


「ち・な・み・に、同じく無視された私も怒ってます」

「……マリー嬢に関しては無視してたわけではないのだがな。後日会いに行くつもりだった」

「来ないので、こちらから来ました」


マリー嬢はローブの裾の汚れを気にしているようだ。

ダンジョンで苦戦したのだろうか。

そういえば、彼女がこちらまで来るのは初めてだったか。


「……マリー嬢、一つ聞きたかったのだが」

「なんですか?」

「王宮魔術師長からして、私は王にふさわしく見えるのかね?」

「はい?」


間の抜けた声が、マリー嬢の口から上がる。

いかん、変な質問をした。


「……アポロニア王国の次期国王として、アルバート王の代理として、エルフの女王との交渉を無事済ませてきた方が何おっしゃってるんです」

「そうだな、妙な質問をした」


やはり、自分は今回仕事したよな。

なんとなく自画自賛する。

そのためにマリー嬢にいらん事を言わせた自分に、また自己嫌悪もする。


「……ひょっとしてスズナリ殿、実は自分が王になれるかどうか――いいえ、王になる資格があるかどうか気にされてたんですか?」

「……マリー嬢には本音を話すが。気にしない方が変だろ。いや、実際になるかどうかは別としてだが」

「いらない気遣いです。いったい誰に対して王になる資格など――気に咎める必要が?」

「……」


おそらくそれは――


「先代だ」

「またそれですか。王となる資格があるなら、このままなっても先代も気にしないだろうと?」

「うん……?ああ、自分でもよくわからんのだ、そこらへんは」


また偏頭痛が始まる。

それを予感して、ファウスト君にワイングラスを持ってこさせる。


「自分でもよく……?」


マリー嬢が疑問を浮かべたような顔をする。

それを見ながら、私はワインを口にした。

偏頭痛が和らぐ。


「……どうした、マリー嬢」

「いいえ、何でもありません」


マリー嬢が訝し気な表情で、頭を押さえる私を眺める。

一体、どうしたというのだろう。


「とにかく、アンナ姫に一度お会いください。丁度ウォルピス嬢もアルバート王に御会いするとの事ですし」

「ああ、わかった……今から向かうよ」


はあ、とため息をつきながら、私は立ち上がる。

最後まで、マリー嬢の訝し気な表情を気にしながら。







「ちゃんと手紙は書いたはずです。何故返事を頂けないのですか。しかも帰ってきてまで無視して」

「自分の胸に聞いてください」


私は理由をアンナ姫の心中に求めた。

アンナ姫は自分の胸をぱっと手を当てた。

すかすかとしている。


「ありません。だからですか?」

「何が?」


何が言いたいんだこのアホ。

大体、あの手紙は何なんだよ。


「ジル嬢とエル嬢についての手紙を書かれても困るんですよね」

「私も困ってます。夜中にうっせえんですよ。こっちは眠りたいのに」


アンナ姫が言葉を崩しながら、不満を述べる。

なるほど、要はあの手紙は「何とかしろ」と言いたかったのか。

……わかるか、そんなもん。


「ハッキリ言います。ジルとエルが夜中に自らを慰める声がうっせえんです。何とかしてください」

「本人に言ってくださいよ、それは」


顔を赤らめながらそっぽを向いているジル嬢とエル嬢に視線を向ける。

恥ずかしがる要素があるなら、姫様のベッドで自分を慰め――もとい、妙な真似をするな。


「いや、だから。抱いてやってください。そうすれば収まると思います」

「何故私がそんな事を……」

「次期国王の義務です」

「お断りです。ハッキリ言って苦痛です」

「「苦痛!?」」


ジル嬢とエル嬢がハモる。

こういった芸風なのだろうか、この二人は。


「……そこまでお嫌ですか。結構美人だと思うんですけどね、この二人」

「いや、そういう問題ではなく。好きでもない女性を抱くのは苦痛です」

「……そう発言する男性の方を初めて見ましたよ、私」

「他にもいると思いますよ。アルバート王とか」


誰も彼もが、男の全てが女好きと思うなよ。

性欲はあっても、誰でも良いわけではないのだ。

そう――そのはずだ。

頭を押さえ、ジクジクと痛むこめかみを押さえつけながらそう思う。

――頭が痛む。


「頭痛が――止まらん。何故だ。いつもはこれくらいなら止まるはず」

「「そこまでお嫌なんですか!?」」


ジル嬢とエル嬢、五月蠅い。


「とにかく、直接二人を抑えてください。それはアンナ姫の指揮下の範疇のはずです」

「……納得いきませんが、わかりました。今度私の睡眠を邪魔したら棒で殴りますからね、二人とも」

「「猿ですか、私達は!?」」


実際、盛った猿みたいなもんだろお前ら。

私は頭痛の収まりが解けない中、二人に対する罵りの言葉を並べた。








「と、いうわけでお前のハーレム候補が増えたわけだが、何か言い訳はあるかスズナリ」

「どうせエルフは脳筋だから50年もすれば忘れますよ」

「気の長い話だな、オイ。まあいい、ちょっと会話に混ざれ」


王の間。

アルバート王との謁見で、ウォルピス嬢との縁談について適当に会話する。

ウォルピス嬢は私の横に控えている。


「夫殿、通商手形を頂けるよう、夫殿からもアルバート王にお願いしてくれないか?」

「通商手形、何の?」

「香辛料。ルピーアから仕入れた香辛料を街で卸そうと思ったんだけど、手形がいるって言われてな」

「エルフに許可出すと巨大利権になりすぎる。一つの行商旅団に任せていいもんじゃない。香辛料の輸送で食ってる馬借もいるんだぞ。小口全部食いつぶすつもりか」


けんもほろろと、アルバート王が断る。

だが――


「別にルピーアから香辛料を今までより安く仕入れて、他国に捌けばよいではありませんか。当国が損をするものじゃないでしょう。ウォルピス嬢も欲張りすぎです、独占はいけませんよ」


一応、一言だけ補助を入れてやる。


「独占する気はないのだがな。ルピーアはエルフ以外通常は入国禁止だ。結果的に一手に任せてもらう事になるのは仕方ないだろう」


ウォルピス嬢が言い返す。

エルフの国、ルピーアは香辛料の大生産地だ。

他国から手に入れてきた種から、一大栽培地まで育て上げたのだ。

そういうところだけはエルフらしい。脳味噌筋肉なのに。


「税金も払わん他国人にそんな巨大な利権を与えてたまるか。それなら多少金銭的に損しても他の商人を通して香辛料を手に入れる方がずっといい」


アルバート王の言う事もわからんでもない。

というか正しい。

だが――それを言うと。


「ならばアポロニア王国の国民になりましょう。税も納めます。それでいいですか」

「マジかよ。祖国はどうでもいいのか?」

「ルピーアに入国禁止になるわけでもなく、どうせ嫁入りの立場ですし。なあ夫殿」


そういう事言うよな、この銭ゲバだと。

ウォルピス嬢が銭ゲバなのは、アポロニアへ帰る前の帰路で銅貨一枚まで交渉してるのを見て知った。

こっちみんな、ウォルピス嬢。

その、よく私の意図を読み取ってくれたみたいな目をやめろ。


「じゃあ、いいか……税金払うし、香辛料が他国に捌く分も安く入るってんなら。小口の馬借も他国への輸送に商売替えすればいいし」


アルバート王も、金になるならいいかとざっくばらんに考える。

ここら辺有能ととらえるかテキトーととらえるか微妙なところだ。


「ところで、スズナリ。マリーに聞いたが、お前最近頭痛が激しいそうだが」

「二か月の旅が響いたようです。しばらくは休ませてもらいますよ」

「……そうしろ。お前はもう帰っていい、後はウォルピスと細かいところを詰める」


私はウォルピス嬢の横から離れ、背を向けて王の間から離れる。

私の頭をじっと見つめる、アルバート王の視線が妙に気になりながら。







やっとダンジョンの私室に帰ってきた。

瞬間、挨拶の間も置かずにルル嬢に愚痴る。


「頭痛が痛い」

「そりゃ頭痛が痛いのは当たり前です。妙な言葉遣いは止めてください」

「そりゃそうだが」


頭の弱った口から出た言葉にツッコミを入れてくるルル嬢。

何か、今回の偏頭痛は変だ。

酒を飲んでも和らぎが薄い。


「……やはり、一度キリエに頭を見てもらってください」

「あのマッドは御免だといっているだろうに」

「開頭手術しろと言ってるわけでもないでしょうに。キリエはアレでも、この国でも傑出した生物魔法学者ですよ。お願いですから一度診てもらってください」


そりゃそうだが。


「……おそらく、これは医者では治らんよ」

「……失礼ですが、ギルマス。以前に――いえ、単刀直入に聞きます。先代に――何かされた記憶は?」


ルル嬢が慎重に言葉を選ぶかのようにして――少しとどまった後。

単刀直入に、先代に過去に何かされたかを聞いてきた。


「ある。だがそれとは関係ないし――」


キメラ化手術。

それとは関係ない。

言いかけて、一つ留まる。


「いや、関係はあるか。これはおそらく――」

「おそらく?」


私はワインを一飲みして――それとは関係なく、頭痛が収まってきたのを感じる。


「恋の病が原因だ」

「はあ?」

「先代への想いが、私の脳を痛めているんだろう」


横に――他の女に意識がブレるから、偏頭痛がするのだ。

私はその結論に至った。


「そんな事例この世で聞いたこともありませんよ!」


ルル嬢が叫ぶ。

だが、実際その通りなんだから仕方がない。


「私が頭を痛める時は、深く物事を考えて先代に疑念を抱いた時か、他の女に関心を抱きそうになった時だ――間違いない」

「待って下さい。いえ、本当に待ってください。それどう考えても――」


頭弄られてるんじゃないですか。

ルル嬢はそういうが。


「仮にそうだとしても恨まん。何だ、結論さえ出てしまえば大したことでもなかったな。今、完全に謎が解けて頭もスッキリした状態だぞ」

「いえいえいえ」


ルル嬢が横に手をぱたぱたと動かし、全力で否定のジェスチャーをする。


「スズナリ殿、今すぐキリエの所に行って診てもらいましょう。頭開いて治してもらいましょう。ね、飴玉あげますから」

「私はアリエッサ姫か。そんなんで釣られんよ。行かんと言ったら行かん」

「スズナリ殿!」


ルル嬢の叫び声を聞きながら、私はワインを一気に飲む。

仮にそういった手術をされていたとしても、私は先代を恨む気にはなれん。

だって、愛しているからな。

この感情だけは嘘ではないと知っている。

私はくだらない事で悩んできて損したと思いながら、軽くゲップをした。





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