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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
オデッセイ編
54/113

054 アポロニア帰着


「夫殿、着いたぞ」

「ついに帰ってきたか、アポロニア」


ウォルピス嬢の言葉に従って、馬車の中から外を眺める。

といっても、旅立ってまだ二か月も経っていないが。

まだ冬も終わっておらず、雪がチラホラと舞っている。


「私は降りて、ひとまず王城を目指す。ウォルピス嬢は?」

「一応、私も一度アルバート王に会うように言われてるんだが……別な日にしておこう。ひとまず、荷を下ろさねばならん」


ウォルピス嬢はそう言って、背後の馬車群を眺める。

行商旅団の馬車の中には、蟹やら香辛料やらが満載されている。


「そうか。ではしばしお別れだ。私に会いたいときは、ダンジョンのギルマス室まで来るか――街のギルド室まで来るように手紙で呼びつけてもらえれば」

「わかった。ではしばしお別れだ。夫殿」


ウォルピス嬢は唇に自分の指をあて、こちらに向けてそれを振った。

投げキスだ。

私は苦笑いしてそれに答えながら、街を歩き始める。


「さて、王城まで歩くか――と言いたいところだが。久しぶりだなオマール君」

「ギルマス、こっち、こっち」


物陰からオマール君の気配がした。

そしてそのまま物陰から、私に呼びかけてくる。

ため息を吐きながら、私は彼に近づいた。


「どうしたんだ、オマール君。そんな物陰で」

「シスターは近くにいないか?」

「シスター?」


感性を鋭く尖らせ、気配を探る。

シスターどころか人すらいない。


「参ったぜ、今シスターに追われててな」

「追われてるって……」


ルル嬢の手紙では、確かデートに失敗したと書いてあったぞ。

なのに何故追われている。


「確か、デートに失敗したと聞いたぞ」

「失敗したよ。いきなりラブホテルに連れ込まれそうになってな」

「……」


アリー嬢と同じ行動かよ。

教会のシスターは行動パターンが同じなのか?

だが。


「別に、そのまま引きずり込まれれば良かったじゃないか。本望だろう」

「本望じゃねえよ! 俺は恋愛がしたいの! エッチな事をいきなりしたいわけじゃないの!」


そこんとこ判れよ、とオマール君が吠える。

そういうが、あれだけ人を執拗に娼館に誘ってて、その願望はどこから来たんだよ。

そう思うが、詳しく問い詰めはしない。


「そういうときは手紙だな」

「手紙?」

「自分の思っている事を全て吐き出して、手紙としてアリー嬢を通して相手に送れ。判ってもらえるかもしれん」

「……」


沈黙するオマール君。

そう言いつつ、私は結局誰に対しても手紙の返信を出していない事を思い出した。

アリエッサ姫のアレがあまりに衝撃的だったからな。


「良い考えだな」

「だろう?」


オマール君は納得したようだ。


「じゃあさっそく、手紙出すことにするわ。その前にダンジョンギルドに逃げ込まないとな」

「そうしたまえ」


私はそう言い捨て、オマール君と別れて一路、王城を目指すことにした。


「オマールさまー、どこですかー。教会の組織力からは逃げられませんよーー」


何か恐ろしい事を叫ぶシスターを横目にしながら。








アルバート王への報告を終え、アリエッサ姫の私室へと向かう。


「良く帰ってきたわね、スズナリ!」


ビシっ、と音を立てながら、アリエッサ姫が私を指さす。

人に指さしちゃダメって教わらなかったのかね、この子は。


「只今帰りましたよ、姫様。ところで……」

「手紙の事なら忘れなさい!」


ふん、と鼻息荒く姫様が叫ぶ。

……いや、忘れろと言われてもな。

思ったことを、そのまま口に出す。


「……いや、忘れろと言われましても、ですね」

「わ・す・れ・な・さ・い。いいわね!」


一言一句を強調して、姫様が強要する。

そりゃ忘れろと言われれば忘れるがね。

それでいいのだろうか。

……まあ、いいか。

ここまで言うからには多分、姫様も何か気の迷いで書いたのだろう。


「判りました。忘れましょう」

「何で忘れるのよ!? そんな内容の手紙じゃなかったでしょう!!」

「待ってください」


お前が今忘れろと言ったんだろうが。

うー、と何か獣のように唸る姫様を見つめて思う。

何がしたいんだコイツは。


「……キスしなさい」

「はい!?」

「ただいまのキスよ、早くしなさい」


腰に両手を当てたまま、アリエッサ姫が命令してくる。

いや、ホント何がしたいんだコイツ。

というか、もう聞こう。


「一体、何がしたいんです姫様」

「……しばらくぶりだから、ただいまのキスぐらいいいでしょう。婚約者なのよ、私達」

「暫定ですけどね」

「暫定でもなんでもよ」


……わからん。

そういえば、パントライン嬢とモーレット嬢が居た。

アイサインで「何がしたいのコイツ」という旨を送るが、二人は無視したようにニヤニヤ笑っている。

何なんだよ。

もういいや。


「……では、お手を」

「手? 却下」


アリエッサ姫は腰に当てていた両手を背後に回す。

そして顔だけをぐい、とこちらに近づけてきた。

……口にしろと。

そいつはお断りだ。

だが。


「……」

「……」


まあ、頬にキス位はいいだろう。

親愛のキスだ。

私はそう考えて、頬にキスをする。


「ただいま、アリエッサ姫」


そう言い捨て、逃げる準備を整えることにした。


「頬!? そこは口でしょうに!」

「そうだぜ、スズナリの旦那。口だろ口」


うるさい外野。

第一――


「……おかえり、スズナリ」


頬にキスされたぐらいで、顔を真っ赤に染めている姫様にはこれ位がお似合いだ。

私はばっと後ろを振り返り、これ以上ごちゃごちゃ言われる前にこの場から逃げ出すことにした。








ダンジョンギルド。

ついにそこに帰り着き、ため息を吐く。

もうベッドに入って眠りたいが。


「それでは、アンナ姫は無視してこられたんですか」

「あんなアホな手紙を送る輩は無視していい。マリー嬢には、また後日だ」


アリー嬢も同じだが、こいつ受付やってんだよな。

強制的に会わざるおえん。


「人のベッド、汚してないだろうな」

「汚してはいませんよ。ルル嬢が怖いですもん。仮眠室にしただけで」

「勝手に寝てんじゃねえ!!」


私は大声でツッコミを入れながら、オマール君の事を思い出す。


「オマール君の手紙の件は聞いたか?」

「聞きましたよ。今一生懸命書いてます」


チラリ、と横目で酒場のテーブルを見る。

確かに書いている。

一生懸命、精神込めて書いているのだ。

俺を襲わないで、と。

なんか頭痛くなってきたな。


「シスターの行動原理はどうなってるんだ?」

「いや、ここでオマールさんを押さえておくのも悪くないので、襲おうと結論が下りまして」

「下るな。教会での決定かよ」

「シスター本人もノリ気でしたよ?」


そんな言葉聞きたくなかった。

教会にはロクな奴がいない。


「今後、オマール君への態度が良化される可能性は?」

「いや、良化といわれても、こちらは誠心誠意襲ってるんですが……」


誠心誠意襲うってなんだ。

そんな言葉初めて聞いたわ。


「襲うな。これを破ったら、私は今後教会を蔑視する」

「判りました。本人にも教会にもよく言っておきますよ……オマールさん、嫌がってますしね」


嫌がるという想像をまずしろよ。

私は教会を蔑視しながら、ため息を吐く。


「私が居ない間、ギルドの様子はどうだった?」

「何もありませんでしたよ。平和な物です。早くルル嬢の元に言ってあげてくださいな。或いは、ただいまのキスを」

「……ルル嬢に会ってくる」


私は唇を差し出してくるアリー嬢を無視しながら、階段を昇ろうと試みる。


「アリエッサ姫にはしたのに?」

「だから、その情報はどこから流れてくるんだよ」


なんで私が直通でダンジョンに帰って来るより、情報が流れる方が早いんだ。

私は教会の組織力を訝しみながら――


「やっぱりしたんですね」

「勘か」

「そうです」


それを翻し、アリー嬢の女性的感覚を恐ろしんだ。


「と、いうわけで私にもキスをば」

「君への土産は私の笑顔で十分だ」

「ちっとも笑ってないじゃないですか!?」


私はいつもの死んだ豚を見るような顔でアリー嬢を見つめながら、自室への階段を昇る事にした。








「お疲れさまでした」

「いくら請求しよう」


二か月の旅路をねぎらうルル嬢に対し。

開口一番、私はギルドとしての対応をルル嬢に尋ねた。


「いや、挨拶ぐらいしましょうよ」

「したいんだが、ずっと気にしててな。相談できる相手もルル嬢しかおらん」


ルル嬢の不満を述べる声に対し、私はずっと悩んでいた旨を伝える。


「えーと、何やった。もとい、やらかしたんでしたっけ」

「全力国内紛争を王子同士の決闘までに収めた、かつエルフの大国の侵略を瀬戸際で食い止めた」

「……頑張りましたね」


有難う。

褒めてくれて、なんだか嬉しい。

よくやったよな、私、という実感が湧く。


「で、金だよ」


だが、すぐに意識を切り替えて現実的な言葉を吐く。


「もちろん、アポロニアにとっては思惑があって協力して、将来の同盟路線も結んだわけだが、今の私にはまったく関係ない。アポロニアの次期国王としての面はあっても、それはそれ、これはこれ」

「まあ、ギルドとしては二か月ギルマスが拘束されたんだから仕事した分、金払えという話になりますよね」

「そうなる」


で、請求する額が問題になるんだが。


「これ、アポロニアに請求しても結局請求書はオデッセイに行くから話は同じなんだよ。ボナロッティ王子にいくら請求する?」

「難しいところですよねえ……これ、相手がいくら出すかも面子に関わりますよね」


ゴブリン退治のように金貨10枚とはいくまい。


「金貨100万枚?」

「適正価格、と言う気もしますが、ボナロッティ王子が茶を吹く姿が目に見えます」

「10万人を1年食わせられる額になるからな……」


払えといえば払うだろうが、オデッセイ国内は荒れるだろうな。

貴族連合からも金をかき集める羽目になり、ボナロッティの弱みとなるだろう。

全部フィナル王子のアホが悪いんだがな。


「10分の1、金貨10万枚」

「国を救った額としては安すぎ、と言いたくなりますが、将来のアポロニア王としての恩も着せる気ならそんなもんでしょう」

「アイツ――ボナロッティはエルフの行商旅団に対しても賠償金を支払わねばならんからな、まあここが落としどころだろう」


フィナル王子の全財産全てを処分して――ついでに、ぶっ殺したフィナル王子の騎士団全員分の年金数年分を見越して充てれば払えるだろう。


「額はそれでいいとして、スズナリ殿」

「なんだ、ルル嬢」

「ただいまのキスを」


チュ、と音を立てて、不意打ちでルル嬢が私の頬にキスをする。


「……」


私は突然の事に一瞬停止したが、ため息を一つ吐いた後、御返しのキスを頬にした。





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