051 オデッセイの決着
王の間。
玉座の横にアルバート王が歩み寄り、そして叫んだ。
「では二人とも、殺し合え。勝者がオデッセイを継ぐのだ!」
シーン、と静まり返る王の間。
そのあと、貴族たちはザワつき始めるが――どこからも反論の声は飛ばなかった。
いや、ただ一人いる。
「あ、アルバート王? あなたは私の味方に」
「残念、俺は強いものの味方だ。お前ら二人には今からここで殺し合いをしてもらう」
フィナル王子が呆然とした後――突如、状況を理解したように激怒する。
「ふ、ふざけるな! 他国の王がそのような事を」
「決められるんだよ、ガキ」
アルバート王が周囲に死の様々な断片的イメージを振り撒き、会場全員の細胞のひとつひとつまでもを委縮させた。
床に転げるフィナル王子。
「ひいっ!」
「これが一番手っ取り早いだろう? ウチの次期国王スズナリの提案なんだよ。イカしてるだろう? 大人しくここで死ぬんだな」
腰を抜かし、股を小便で濡らしたフィナル王子に対し、アルバート王は冷たく告げた。
フィナル王子が、その殺意に押しつぶされそうになりながら悲鳴のように叫ぶ。
「あ、アルバート王、もうこの国はいらない。ボナロッティもだ! 命だけは勘弁してくれ!!」
「それは無理だな、兄上。アンタはやりすぎたよ」
アルバート王の殺気に耐えながら、ボナロッティが呟く。
ボナロッティ自身の殺意も生半なものではない。
「それに――アンタの首はエルフの女王の元に贈られることが決定してるんでね。王族の義務だ。大人しく死にな」
「頭を丸めて、僧院に入る。教会から――二度と出ない」
「エルフの旅団から奪った金でも差し出しますか? いくら金を積まれても、お断りですね。未だに状況が分かっていないようで」
ウジェーヌ枢機卿の声が飛ぶ。
浄財は幾らでも受け付けるが、腐った金はいらんか。
「剣を取れ、兄上。せめてそれぐらいは許してやる」
「ひいっ」
悲鳴を上げながら、ボナロッティの殺意に反応し、フィナル王子が立ち上がり、剣を抜く。
だが腰は完全に引けていた。
小便に濡れたズボン姿のそれは余りにも滑稽であり、虚しかった。
こんな奴にエルフ達は殺されたのか?
――不意を突かれたのだろうな。まさか襲われるとは思いもしていなかったのだろう。
「では、処刑を開始する」
ボナロッティが本音を吐いた。
まず、フィナル王子の剣を握る手が宙を飛んだ。
「ぎゃぁあああああああああああ!!」
「もう一つ」
もう片方の腕も飛ぶ。
「ああ……」
もはや痛みにもがく声ではない。
慟哭に近い、フィナル王子の全てを諦めた嘆き声が虚しく王の間に響く。
誰もその姿から目を離そうとはしない。
フィナル王子は、ここにいる全ての人間から見放された。
「首は贈答品として丁寧に扱ってやる。そこで冷たくなって死ね!」
ボナロッティが、フィナル王子の身体に唾を吐きかけた。
フィナル王子は諦めたように、もうその場から動かない。
その逆に、ボナロッティは一歩、一歩、確かめるように玉座に歩いていく。
――そして、アルバート王が立つ横、その玉座に座り込む。
パチパチ、と拍手するアルバート王。
それに合わせるように――どこか、顔に少し苦いものを含みながらも拍手する、公爵やモジューレ伯爵といった貴族たち。
それとは逆に、歓喜して拍手する下位階級の貴族たち。
それにはウジェーヌ枢機卿の拍手も含まれていた。
――こうして、オデッセイの王位継承式は終わりを告げた。
◇
「私は王子の命で仕方なく……」
「じゃあ王命だ。死ね無能が」
ボナロッティ自らがその剣を振る。
第一王子配下の騎士団長の首が、王の間を舞った。
「それじゃ足らんぞボナロッティ」
アルバート王がつまらなそうにそれを見つめながら、忠告する。
「判っています。関わった騎士は全員皆殺しにし、市中を引き回した後エルフの女王に首を引き渡します」
「うむ、そこまでやっても厳しいな。お前エルフがブチキレたときの恐ろしさを知らんだろ」
「ならば、どうしろと? アルバート王ならば……」
「仕方ないから、スズナリを仲介に貸してやる」
じっ、とボナロッティとアルバート王の視線が私を見つめる。
そう来るか。まあ予想はできていたが。
「スズナリ、お前エルフの女王と面識があったよな」
「一度、依頼を受けて解決したことがあります」
「その時の依頼は?」
「今回と同じですよ。もっと小規模でしたが」
捕まったエルフ達の解放と、それを捕まえた奴隷商人たちの皆殺しだ。
ギルド的にはエルフが戦力として協力してくれるから、楽で美味しい仕事だった。
まあ……戦力的には先代一人で十分だった仕事だが。
「ならば話は早い。お前が首持って代わりに謝りに行け」
「そこまでして頂くのは……」
「報酬は、次のお前の子とスズナリの子の結婚だ。婚姻同盟の約束だな」
「……」
ボナロッティが黙り込む。
何か考え込んでいるようだ。
「今回の兄上のような子が生まれたら? 何分、子供の出来、不出来までは確約できないのでね」
「そん時は矯正できないなら殺せよ。親として当たり前だろ」
恐ろしい事を平然と言ってのけるな、アルバート王。
娘を呪った男は言う事が違う。
「俺が親なら死ぬ前に、フィナルを必ず殺してた。お前の親父はとんでもなく愚劣な王だ」
「……否定できませんね。ただ、エルフを襲った時には親父はもう棺桶の中でしたからね」
ボナロッティが薄笑いを浮かべる。
アルバート王はそれを無視して言葉を続けた。
「俺なら死んでても、蘇って殺してたぞ」
「……あなたが父親だったらよかったのに。いえ、一度そうなりかけましたが」
「アリエッサはやらんぞ。もうスズナリにやった」
「それは残念」
ボナロッティがアルバート王の殺気を受け止め、冷や汗を流す。
正直、殺気を受け止めきれるだけでも素質アリだと思うんだがなあ。
噂に聞いた小便流して命乞いした状況から、随分立派になったものだ。
……私の代わりに、アリエッサ姫とどうにか結婚してくれんものか。
もう国を継ぐから無理だろうが。
「……但し、お前が数年前に今の状態だったら話は別だったんだがな」
「わかってます。以前の私はヘナチョコだった。正直、貴方には一生消えない恐怖とともに、一生消えない感謝もしています。あの時の恐怖が無ければ、今の私にはなれなかった」
遠くを見つめるような表情をするボナロッティ。
当時の事を思い出しているのだろうか。
「じゃ、さっさと王命を果たせ。殺して殺して殺しまくれ」
「はいはい」
悪魔のような忠告を出すアルバート王。
それを薄笑いで応じるボナロッティ――いや、ボナロッティ王。
私は二人を見つめながら、エルフの王女に先んじて出す手紙の文面を考え始めた。
◇
「やれやれ、オデッセイの滞在期間五日だぞ。五日。慌ただしい日々だった」
「旦那も苦労性だねえ」
モーレット嬢が私の愚痴に、呆れたように言葉を返す。
モーレット嬢もそれに巻き込まれたはずなんだが、随分元気だ。
何か良い事でもこの間にあったのだろうか。
「モーレット嬢は先にアポロニアに帰っていてくれ、私は首を持って、オデッセイの使者やエルフ達とともにエルフの国ルピーアに向かう」
「本当に苦労しすぎだろ、旦那」
「何、エルフの女王とは面識がある。要は面子が立てばよいわけだから――私が頭を下げれば、なんとかなるか」
私がため息をつきながら答える。
「そこはボナロッティ王子がじゃなくて?」
「もちろん公式に謝罪はさせるが、小僧に頭下げられても許さん!とエルフはキレるだけだよ」
エルフの気性は知っている。
そんなもんで許してはくれん。
「だが、私が――アポロニア王国の、アルバート王の代理人として、スズナリ個人の両方として頭を下げることに意味はある」
「ドラゴン殺しとレッサードラゴン殺しに頭を下げさせて、ようやく収まると」
「そういうことだ」
それでようやくエルフの国内向けへの面子の両方が立つ。
エルフ王女の気性もあるが、エルフ国民の気性も荒い。
生半な対応では納得しないだろう。
これは大きな貸しだぞ、ボナロッティ。
だが――
「モーレット嬢、私はよく今回働いたよな。オデッセイの相続争いも、結局私の計画通りの決闘で済ませたし――」
フィナル王子の部下は全員くたばったが、それは私の責任ではない。
「オデッセイの内乱を抑えた。この国に血で血を洗う地獄は訪れなかった。頑張ってるよな?」
「ああ、頑張ってるよ? 誰が見ても頑張ってる。故郷を救ってくれて感謝してる。急に何だい?」
「いや、誰かに認めてもらいたくてな」
自分の働きを。
今回、私はアルバート王の依頼があっての事とはいえ、自分の計画通りに事を進めることが出来た。
これは自分の実績と誇っていいのではないだろうか。
そんな事を考える。
思えば、初めてではないか。
自分の意志によって、何か――建設的な大きな事を成し遂げるというのは。
殺し以外で、だ。
「褒めて欲しいのかい、それとも抱きしめて欲しいのかい?」
「……」
私は恥ずかしくなって沈黙する。
モーレット嬢は黙って私の前に立ち、私を抱きしめた。
「何に悩んでいるのか知らないけどさ、旦那はよくやってると思うぜ」
「……そうか」
私はモーレット嬢の乳房に埋もれながら、そう呟いた。
今回、エルフの侵略を止めることが出来れば、それは確固たる私の自信につながるのだろうか。
そんな事を考えた。
◇
色々と世話になったウジェーヌ枢機卿に別れを告げるため、訪れた教会前。
「スズナリ殿、出立の前にお渡ししたいものが」
「? ただでさえ百近い首が載ってるからあまり荷物になるものは」
「いえ、大した荷物にはなりません。手紙ですので」
そう言いながら、ウジェーヌ枢機卿が幾枚かの手紙を渡してくる。
私はそれを受け取り、礼を言うが……
「相手は? いったいどこから」
「沢山です。アリエッサ姫とアンナ姫、それにマリー嬢やアリー嬢、ルル嬢なども」
「……返事を書かなければなりませんか」
面倒臭いなあ。
馬車の中では揺れるから、書く時間もないぞ。
まあいい、馬車の中で文面を考えて、休憩中に書くか。
「それではスズナリ殿、行きましょうか」
「ええ」
私は後ろを振り返り、ダニエル殿――今回のオデッセイ国の使者として選ばれた――まあエルフ達を半ば保護していたんだから当然だが。
それに言葉を返しながら、馬車に乗る。
そうして、馬車がゆっくりと動き出した。
「スズナリ殿、ルピーアはどんな国家ですか、私は寡聞にして知らない物で」
「アマゾネスが大半の国?」
痩身に筋肉をモリモリつけた弓兵があふれる都市だ。
ロングボウを笑顔で緩やかに引く連中があふれる魔境。
「私の知るエルフと……若干違いますね。単に弓が得意な美麗で長命の亜人と」
「それは行商人だからでしょう。本来のエルフは武闘派集団でしょう」
外面の――エルフの国から出ている彼らの見かけに騙されてはいけない。
彼らは――彼女たちは脳味噌筋肉だ。モーレット嬢が理知的にみえるぐらいの。
いや、モーレット嬢は結構頭を使っているタイプだが。
この国に来て、彼女の印象が少し変わった気がする。
「……さて、手紙でも読むか」
私、手紙読むのも返すのも苦手なんだよなあ。
一番難易度の低いところ――アンナ姫の手紙から読むか。
私は手紙を開く。
『スズナリ様、特に話すこともないのでジルとエルの事を書きます。ジルとエルの双子姉妹は多分どうしようもない淫乱です。だからと言って見放さないでくださいまし。25の齢も超え、やっと来た好機――スズナリ様との出会いに淫乱度が最高潮に達しただけなのです。今日も寝床で二人はスズナリ様の名前を呟きながら自らを慰め――』
「……」
私は手紙を破いて馬車の外に捨てた。
アンナ姫、特に話すことがないなら手紙を送って来るな。
あの姫様、未だに性格がよくわからん。
それとあの双子姉妹は何か俺を見る目が怖いから近づきたくない。
何度もいうがいらない。
私は――先代を、愛している、はず、だ。
突如、偏頭痛に襲われて、私は馬車の中でうずくまる。
「――スズナリ殿?」
「すまん、持病だ。馬車は止めなくていい」
私は懐に入れたスキットルから、ウイスキーを口に含む。
アルコールが脳を満たす。
私は、先代を愛している、はずだ。
この想いは変わらない。そのはずだ。
馬車はゆっくりとエルフの大国、ルピーアを一路目指していた。
了




