047 枢機卿の実力
朝方、オデッセイの教会にたどり着く。
教会は豪華絢爛、というわけではないが荘厳とした面持ちでそこに建っている。
というか。
「形がアポロニア王国と一緒だな。海洋国らしい特色がない」
「質素堅実がモットーというか、アレだよ、建てた大司教が同じなんだろうよ」
「ああ、大司教の中に建築系のマジックキャスターが混じってるのか」
「確か、そのはずだよ」
モーレット嬢とよもやな話をしながら、教会の周辺を見る。
治安は悪い、というよりも。
「孤児が多いな。教会までの道が塞がれてるぞ」
「全部は教会も収容できないのさ。あれは炊き出し待ちの孤児だね」
アポロニア王国では見られなかった光景だ。
「これはいつもの事か」
「いつもの事さ。戦時だからじゃないよ。戦争になればもっと増えるんだろうけど」
食いつめた孤児たちが、炊き出しだけでなんとか食べて行って。
そこで生き残った子供だけが、後に船乗りとして海に出るようになる。
ただの船乗りとして一生を終えるか、そのうち海でおぼれ死ぬのか。
その先は知らない、そうモーレット嬢が語る。
「教会の力にも限りがある……か」
「というか、国の構造が悪いのさ。アタシは嫌いじゃないけどね」
まあ、両親揃ってたアタシが言っていい台詞じゃないかもしれないけれど。
そう言いながら、モーレット嬢が銅貨をばら撒く。
「ほらほら、銅貨やるから教会まで道を開けとくれ」
わあ、と子供たちが銅貨めがけて集まり、教会までの道が開く。
「この分だと、この国に滞在中のウジェーヌ枢機卿は随分不機嫌だろうな」
「こういう雰囲気にも、慣れてるんじゃないかなあ。アタシから見れば、アポロニアが変なんだよ」
あそこは住んでみると本当にいい国だよ。
何度も言うが、故郷を嫌いにはなれないけれどね。
モーレット嬢の言葉が続く。
そして、その手が教会の門に届いた。
ふう、とモーレット嬢が大きな息をついた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
「何故教会に行くのにそんな言葉が飛び出す?」
「今、ウジェーヌ枢機卿を中心とした”過激派”が集まってるんだろう。元パイレーツ――プライヴァティアとしては顔を合わせづらいからねえ」
アタシは寄付なんかしたこと無いし。
孤児に小銭をバラまいたりはするけどさ。
ひらひら、と手を空に翻しながら、モーレット嬢が呟く。
「そういうわけだから、枢機卿との会話はよろしく頼むよ。スズナリの旦那」
「元よりそのつもりだ。君は黙って後ろについていてくれればいい」
「はいよ」
言葉通り、モーレット嬢が私の後ろに付く。
私は教会の門をくぐり、扉をゆっくりと開くことにした。
◇
「決起集会に出る必要などありませんよ。私たちの狙いは第一王子の暗殺です。決起集会なんぞされる前に事は終わります」
今凄い事を耳にした。
背後から白湯を吹くモーレット嬢を見るに、聞き間違いではないらしい。
「? どうかしましたか?」
「何、いきなりすさまじい事を打ち明けられたのでね」
「スズナリ殿だからこそです。他には申しません」
ウジェーヌ枢機卿が、我々と同じように白湯を啜りながら答える。
教会には運よく、ウジェーヌ枢機卿が滞在中であった。
それは良い。
それは良いのだが……何企んでるんだ、この坊さん。
「第一王子はそんなに問題があるのですか?」
「問題です。更に結果的にそうなるというだけです。私の目的は前に話しましたよね」
「内乱に乗じた、亜人の奴隷の解放でしたっけ?」
「そうです。最初はそのはずでした……やることは変わりませんが、やや事情が変わりました」
ウジェーヌ枢機卿が白湯を飲み干す。
そして湯飲みをテーブルに置いた後、言葉を続ける。
「まだ……ご存知ないようですね。無理もありません。昨日の事ですから。エルフの行商旅団が、オデッセイで襲われました。それを行ったのが」
「第一王子だと?」
「そうです。オデッセイの民曰く、”第一王子のお戯れ”でやったことのようですよ。」
ミシ、と枢機卿の握り拳から音が上がる。
「何が戯れだ! 阿呆な国民どもが!!」
湯飲みをテーブルに置いたのは、その膂力で湯飲みを破壊しかねんからか。
第一王子所属の騎士団を使ったため、すでに街の噂にもなっています。
そうウジェーヌ枢機卿は続けた。
「しかし枢機卿。第一王子の暗殺ともなれば国が揺らぎます。小を救うために大を殺すのは、教会の主義ではないのでは?」
「正直、事はもっと大きくて、”オデッセイの内乱の悪化なんぞ”、もうどうでもよいのですよ。現状を見えない阿呆な民が、いくら巻き込まれて死のうがこの期に及んでは仕方ありません」
「というと」
「旅団の故郷であるエルフの大国ルピーアが、オデッセイ相手に戦争準備を始めているようです。オデッセイは確実に敗北します。もう潰れる国です」
……口から白湯が漏れる前に、なんとか飲み干す。
そうだな。
そりゃそうなるわな。
国民の旅団が山賊団ではなく「国家に」襲われたんだ。国家として対処するわなそりゃ。
国のメンツが関わってくる。
「それを読めなかったほど、第一王子はアホなのですか」
「第二王子が名声を上げているのをマネしようと、山賊退治にでかけ、適当な相手が見つからなかったため代わりにエルフの旅団を襲ったくらいの極まったアホですな」
その旅団の財貨の一部は気前よく民衆に与えて、人気取りのつもりだったようですよ。
ああ、完全なアホだ。
もう殺すしかない。亜人相手だから許されるとでも思ったのか?
諫めなかった第一王子の騎士団丸ごと含めて皆殺しにせんと、もはや拙い。
「アルバート王に報告しますので、枢機卿、少々お待ちください」
「報告されるのは結構ですが、捕まっているエルフの解放をしなければなりません。そのついでに第一王子は殺します。それでエルフの進軍が止まれば良いのですが……望み薄ですね」
「解放には協力します。だから、しばしお待ちください!!」
私は悲鳴を上げるように、枢機卿を止めるべく叫んだ。
◇
「第二王子との連携を?」
「そうです――確か、ボナロッティ王子でしたか?」
アルバート王の殺気に触れ、小便漏らして命乞いした事で有名な新進気鋭の海戦王子だ。
「確かに、第二王子が――ボナロッティ王子が殺してくれる分には申し分ありません」
「それも決闘――第一王子、確かフィナル王子でしたか。それとの殺し合いが一番です」
「二人に決闘させると? そんな事が?」
「可能です」
以前から考えていた。
こんな馬鹿馬鹿しい事は戦なんぞ起こすより、二人で殺し合わせて終わらせりゃいいんだ。
「正直言わせてもらえれば、アルバート王という問答無用の武力がある時点でなんとかなります」
「アルバート王の権力――いや、武力を用いて強制的に二人に決闘させるということですか」
「そうです」
邪魔する奴は、皆殺す。
その覚悟があれば実行可能だ。
「……いいでしょう。スズナリ殿の話に乗りましょう」
「有難うございます」
私は礼を言い、軽く頭を下げようとするが。
「頭を下げるのはお止めください。私も冷静さに欠けておりました」
本当に、スズナリ殿の方法で片付くならずっと良い。
枢機卿は控えていたシスターに白湯の代わりを頼みながら、そう呟く。
「但し、エルフの救出は早急に、それは譲れません」
「わかっています。今からこの足で、第二王子の元へと向かいますよ」
第一王子の人柄はもう十分すぎる程に愚かだとわかった。
もう調査の必要はない。無駄足踏んだ。
アルバート王の紹介状を持って、モーレット嬢の案内によりボナロッティ王子の元へと向かうだけだ。
「ボナロッティ王子の居場所は判りますか?」
「船ですよ。暗殺を警戒してるのでしょう。身内でガッチリ固まっています」
私も一緒に向かいます。
枢機卿はそう呟いて、代わりに持ってこられた白湯を飲み干した。
モーレット嬢と三人連れ立って歩きだす。
「スズナリ殿、救出はいつ?」
「今日中に事を片付けます。決闘に関してだけは――王の葬儀の場がいいでしょう」
そこならば、アルバート王が居ても不自然ではない。
そして――何を起こそうとも不自然ではない。
「スズナリの旦那、悪い顔してるぜ」
「エルフの件を聞いて気分は悪いが――案外、事は簡単に成りそうでな」
モーレット嬢の色っぽい視線を受けながら――私は顔に薄笑いを浮かべる。
そして、ボナロッティ王子が居るという船着き場へと足を早めていった。
◇
船着き場。
そこから船に乗り、三十分ほど船に揺られたその先で
大きなガレオン船に乗ったボナロッティ王子と出会う。
「葬儀の場、そこで切り殺すつもりだった」
「お前もかい」
ボナロッティ王子の言葉に、思わずツッコミを入れる。
今、好戦的な奴ばっかだな、この国。
「いや、本当にどうしようもない状況だったのだ。心の底から助かる。ちなみに、私の事はボナロッティと気軽に呼んでくれ、スズナリ殿」
「ならば私の事もスズナリと呼んでいただいて構いませんよ」
ボナロッティ王子――、もといボナロッティはソファに身を投げ出し、語り始める。
「もはや国の命運は尽きた。エルフに蹂躙され、滅び去るのみ。その前に、原因である首でも最後にとって名を残そうと――そこまで追い詰められていたのだ」
だらだらと汗を流しながら、ボナロッティが語る。
そうだよな、そうなるよな。
「アホだ、ウチの兄上は。極まったアホだ。あんなアホと国家を心中させるのも嫌だったから私は――」
感情的になったボナロッティが腕を振り回す――が途中で止めた。
「失礼。だが、これで何とかなる。アルバート王の力を借り、あのアホと従った騎士団連中の首を刎ねて差し出せば、エルフの王女の気も少しは収まるだろう」
「……」
エルフの女は気性が荒い。
それでなんとかなるだろうか。
いや、なんとかしなければならない。具体的には私がやることになるだろうが。
まあ、まずは何より。
「と、言う事は、エルフの解放には協力していただけると――」
「むしろ、協力させてくれ。解放から参加せねば、意味がないのだ今回は」
ボナロッティが身を乗り出して私に迫る。
顔が近い。
「では、枢機卿とも約束しているので、夜には」
「いや、今すぐ行こう。時間が惜しい。さっさと殺してさっさと助ける」
「そうですな、今すぐ行きましょう。アホどもをブチ殺しながら」
二人とも、気が荒い。
私がブレーキ役となるべきだな、これは。
「何より、スズナリがやる気のようだしな」
「そうですね、私も潜入の装束を用意すべきでしたかな、これは」
「あ」
しまった、そういえばマスクを剥がすのを忘れていた。
そのせいで、二人に一番やる気があると勘違いされている。
まあ、いいか。
どうせこのままエルフの救出に行くんだ。
「では、ボナロッティの用意が出来次第行きましょうか?」
「そうしよう。すぐに兵を用意する」
ボナロッティが立ち上がり、ドアから出ていく。
私はそれを見送りながら――今日は何人殺すことになるのかな。
そんな事を考え始めた。
了




