044 オデッセイ内乱
街のギルド。
騎鳥便――ロック鳥を飼い鳴らし、騎手となった荷受人が運ぶ配送方法。
以前のキメラ騒動の際にも使われた。
それによってオデッセイのギルマスから受け取った手紙を紐解く。
「ついに起こったか」
「ついに起こりましたね」
ルル嬢の頷きを聞き、実感する。
オデッセイの内乱寸前の報。
起こるとは誰しもが予想していた。
だが、実際起こるとは誰も確実とは言えなかった。
しかし。
「まさか、オデッセイ王が死ぬとはな」
「大分具合が悪いとは聞いていましたが……」
王が死んだら、もはや二人が争いあうだけだ。
ゴングはすでに鳴り響いた。
「第一王位と第二王子同士の決闘で片づけりゃいいんだよ、こんなもんは。実に阿呆らしい」
「またそんな乱暴な事を」
乱暴な言い方だが、一番被害が出なくて済む。
この手紙を送ってきたギルドマスターも大変だ。
最悪の場合、こちらに逃げてくると言っているが。
その場合は温かく迎えよう。
「オデッセイの冒険者はどちらに就くかな」
「どちらにも就かないか、儲かるほうでしょうよ」
当然、専らモンスター退治が専門である冒険者も、この時ばかりは戦争に赴く。
もちろん、戦争に巻き込まれるなんざごめんという冒険者も多いが。
冒険者の名持ちは、戦場では一騎当千の実力を誇る。
当然、戦時とあらば実力以上の報酬が支払われる。
稼ぎ時だ。
「オデッセイ周辺国の冒険者たちも戦にあつまる。金が欲しいのは誰も変わらんよ」
「全く……冒険者としての誇りは無いんですかね」
「冒険者の誇り?」
そんなものは誰もが持たない。
なにせ、ギルマスの私ですら持ってない物だ。
戦争に参加しないのも「なんとなく嫌だ」という理由が大半を占めるだろう。
――いや、宗教的な忌避も含まれるだろうが。
先日出会った、ウジェーヌ枢機卿の事を思い出す。
「……ルル嬢は、そんなものあると思うのかね」
「私はあると思っています。モンスター退治だけを主とする冒険者こそ正だと」
アリーナ・ルル嬢は珍しいタイプの冒険者だと思う。
私の感想はそれで終わりだ。
「さて、私としての感想はオデッセイからカニの輸入が滞って姫様がキレるのが一番怖い、というのが感想でしかないが……君の今回の騒乱に関する意見を募る」
「アルバート王から呼び出しがかかっています」
……。
頭の中のアンテナをいじくり、ファウスト君に奇妙な踊りを踊らせる。
時よ止まれ お前は美しい。
あの言葉は丁度ファウスト君の名の元になったゲーテの一句であったか。
ファウスト君の名前は、私が付けたのだ。
そんな事を考える。
むろん、現実逃避だ。
「ルル嬢、もう一度」
「アルバート王から呼び出しがかかっています。すぐに出頭してください」
ルル嬢が、決して望んでその言葉を吐いたのではないのがせめてもの救いか。
何の意味も無いが。
私はそんな事を考えながら、頭を抱えた。
◇
「まあ、気楽に座れよ」
「ここ王の間ですよ」
「どかっと床に座り込め、遠慮はいらん。話が長くなるのだ」
王宮。
いつもの赤い絨毯を敷き詰めた王の間で、招致されて、いつも通りにすぐさま本題に入る。
アルバート王は無駄話が嫌いだ。
言葉通り、どかっと絨毯に座り込む。
話は長くなりそうだ。
「さて、耳聡いお前の事だから状況はわかってるな」
「オデッセイの内乱発生でしょ? 知ってますよ」
「うむ、今回はその件で呼んだ」
ぴら、とアルバート王は指に挟みこんだ二通の手紙を見せる。
ああ……なるほど。
大体要件は読めた。
「お前なら、第一王子と第二王子、どちらの味方をする?」
「その手紙が両者のものなんですね」
「そうだ。第一王子の方は騎鳥便で、第二王子の方は直接使者が届けに来た」
アルバート王はそう答えた。
到着方法からすれば、先見の明は第二王子にあるらしい。
アポロニア王国からオデッセイまでは、騎馬ではいくら急いでも使者が到着するには10日はかかる。
「勝つ方に味方すればよろしいのでは?」
噂と、先見の明で判断するに第二王子が勝つ。
私はそう判断し、意見を述べようとするが――
「このままだと、普通に考えたら勝つのは第一王子だ」
私の予想に反した意見を述べる。
「理由を伺っても?」
「傀儡ってのはバカなほうがいいんだよ。改革派の強い王様なんて領主連合はいらないのさ。現状維持、それが全てさ」
そう一言述べる。
少し考える――間を置かずに、口を開く。
「第一王子の勢力は?」
「公爵、侯爵、伯爵の全員が第一王子に付いてる」
「負け確定ではないですか」
よくその状況下で第二王子派は内乱を起こそうとしたな。
「ところがどっこい、第二王子は海の全てを支配している。海賊から私掠船になった――パイレーツからプライヴァティアの貴族となった全員、海戦での熟練経験者が一人残らず第二王子派だ」
海洋国でそれか。
となると――駄目だ、判断つかん。
なんだ、そのハチャメチャが押し寄せてる環境。
陸軍が第一王子派で、海軍は第二王子派か。
頭を平らにして考える。
かつての故郷――異世界の我が国ではどうだったか。
比較して考える。
それでも判らん。
「つまり、どっちが勝つと予想を?」
聞いた方が早い。
そもそも、その予想は私が判断を付けるものではない。
アルバート王に尋ねる。
「俺が味方した方が確実に勝つ。考えるのは無意味だぞ」
「そりゃそうだ」
考えるだけ無駄だった。
じゃあ何で考えさせたと言いたくなるが、私は黙る事にした。
今日のアルバートは、あの思いだしたくない貴族のパーティーの雰囲気を醸し出していたから。
「で、どっちに付く?」
「どちらにも付かないという選択肢は無いんですか?」
「無い。今回、オデッセイに影響力を持っておく必要がある」
アルバート王は冷静に言葉を吐く。
「お前、オデッセイが将来どうなると思う? 正直に答えろ」
「……強国になると思います。正直、アポロニア王国以上に」
「そうだ。それが怖い。で、ある以上は当国から強い影響力を持つ必要がある」
ならば、潰してしまえばいいではないか。
潰した後は知った事ではない。
そう単純に考えるが、そうなればオデッセイに群雄割拠の地獄が訪れる。
それが嫌なのだろう。
正直、アルバート王は優しいのか面倒臭がりなのか判断付きづらいところがある。
おそらくは、その両方なのだろう。
自分の知らないところで地獄が起こっているのはいいが、自分がそれを作るのは嫌なのだ。
フロイデ王国への対応を見るに、それが一番正しい気がする。
「将来は、婚姻関係を結ぶ必要もあると考える」
「ならば、第二王子とアリエッサ姫を」
「あんなヘタレが息子など断る。いくら成長しても限界が知れている。ウチの騎士団長格がせいぜいの男だ」
その騎士団長格の男は、他国の海洋国家相手に連戦連勝を築いているんだがな。
そう思うが、実際大して――強くはないだろう。
怖くも無い。
そう思うのは、自分がレッサードラゴン殺しだからか。
それとも――認めたくはないが――普通の人類を超越したキメラだからか。
そんな事を考える。
「あくまで将来の話だ。影響力を軸に、お前の娘の一人でも、オデッセイに正室としてやればいい。できればオデッセイに娘しか生まれず、息子の一人でもやるのが理想的だが」
人の人生と、子を勝手に戦略に巻き込むなよ。
私はこの国家を継ぐ気等ないというのに。
そう返したいが――殺気を放った状態のアルバート王にそれを言う度胸は無い。
いや、ヘタレか、私は。
ちゃんと言い返そう。
「私はこの国家を継ぐと決まったわけではありません」
「そう言ってのけるお前だからこそ俺の後を継ぐ権利がある」
アルバート王がニコリと笑う。
言い返さなければ良かった。
心の底からそう思う。
「で、どっちに付く? すぐ決めろ、さあ決めろ、今決めろ」
「……」
玉座を降り、私の目の前に歩み寄りながら迫るアルバート王に対し。
私は判断を迫られながら、ひたすらに悩んでいた。
だが、結論は決まっている。
「答えは――会ってみてからということで」
「そう答えるか。となると――」
直接、オデッセイに出向く必要がある。
それを承知で私は答えた。
◇
「それで!? 結局オデッセイに出向くことになってしまったんですか?」
「ま、そうなる」
王宮で会った事をかいつまんでルル嬢に話す。
「完全に巻き込まれてるじゃないですか!? その間のギルド運営はどうするんです」
「君に完全に代理を任せる。本当に申し訳ないと思っているが……」
「……オデッセイに、私は連れて行ってもらえないのですか?」
「そうなる」
今回も、ルル嬢はお留守番となる。
今となってはマンティコア戦も懐かしいが。
頼めるのはルル嬢しかいない。
「誰か、付き添いを……」
「姫様の護衛から、モーレット嬢を引き抜く。オデッセイ出身だしな」
本人も、内乱寸前の故郷がどうなっているのか気にしていたしな。
案内役には申し分ない。
「……」
「……」
二人して、沈黙する。
本当に申し訳ないと思っている。
この冬の、事務員が神父とシスターと言う異常事態の時期に、席を空けるのは。
「判断を迫られたからな。さすがに会わんと、どちらにオデッセイの未来を託すかは判断できん」
「……そうですね、国の未来がかかってますもんね」
致し方ありません。
そうルル嬢が呟く。
二度目になるが、本当に申し訳ないと思っている。
「お酒、飲みましょうか?」
「うん?」
「お嫌ですか? それとも、すぐに出立するんでしょうか?」
「いや、出立は明後日だから酒は飲めるが……」
「では飲みましょう」
ファウスト君が、黙ってワインとワイングラスを二つ用意してきた。
私は命令していない。
また勝手に動いたな、ファウスト君。
空気を読むフォールン化でもしたのだろうか。
「酔った拍子に、二人してベッドインしても構いませんね」
「それは構う」
チン、と中身の入ったワイングラスを重ね合わせて音を立てる。
「私は構わないんですよ。判ってると思いますけどね、スズナリ殿」
「ああ、判ってるさ。いつかな。いつか」
「いつかっていつですか」
「今じゃない事は確かだ」
ルル嬢と、くだらない言い合いを愉しむ。
出立は明後日だ。
明日には、可能な限りの人物と出会い、判れの挨拶をしておかなければ。
特にアリエッサ姫。
アイツは挨拶しておかなければ、絶対に後が五月蠅い。
いや、せっかく王宮に出向いたのだから、今日挨拶しておくべきだったか。
後悔先に立たず。
明日は忙しい一日になりそうだ。
私はワインを一気に飲み干した後、プロージットと叫びそうになりながら、それを止めた。
了




