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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編2
43/113

043 ウジェーヌ枢機卿


薬草茶をルル嬢がゆっくりと注ぐ。

ここは街のギルド。

大司教たっての願いとあって、アリー嬢に懇願されて街のギルドで待ち合わせをしていたが。


「こんにちは、スズナリ殿。いえ、スズナリ様とお呼びすべきですかな」

「スズナリ殿で結構ですよ、ウジェーヌ枢機卿」


待ち合わせの相手が枢機卿とは聞いていない。

ギロ、と視線をアリー嬢に合わせるが、彼女は汗を流しながら、横を向いた。

今回の件で溜まったデート回数は全部チャラだからな。


「それで、御用件は」

「単純簡潔に申しましょう。教皇に力をお貸し願いたい」

「力を? それは単純に個人的な力を意味しますか?」

「それもありますが――アポロニア王国の次代の王として、ご協力を約束頂きたく」


その緑色の祭服を見つめながら、ウジェーヌ枢機卿の強さを感覚で測る。

この男、アルデール君並に強いな。

かなりの格闘術を修めている。

まあ――個人の強さ云々はどうでもいい。


「それならば――私よりもアルバート王に嘆願すべきでは? 個人的な強さも上なら、現国王ですし」

「残念ながら、アルバート王は非協力的――とまでいっては失礼ですね。規定額の浄財も頂き、教会も保護し良政を敷いている御方ですし。ですが、残念ながら――」


協力的とまでは言えない、と。

何分、何事も「めんどい」の一言で済ませそうな人だ。

致し方あるまい。


「具体的に――正直言って、想像はつくのですが。簡潔に仰ってください。何をお求めで?」

「神に誓って正直に申しましょう。目的は、教皇領の確保です」


やはり、それか。

私は予想通りの回答を聞きながら、頭を痛める。


「今の状況は不服ですか。教皇の権威は揺るぎないものですし、別に貧乏をしているというわけではないでしょう」

「不服ですね。仮に――この大陸の全てがアルバート王の治世下だったとしましょう。それならば私は教皇を諫める立場にあったでしょう。もっとも、教皇は最初から不服を申されないでしょうがね」


少し興奮してきたのか、枢機卿は息を荒げて喋る。


「亜人への迫害、治安の悪化により跋扈する山賊や海賊、隣国同士の紛争。被害にあう弱者、泣いて我慢するしかない女子供。すべてすべて不愉快で不服と教皇は仰っています。教皇の権威? 平和が達成できない時点で無きが如しと」


それには反論しない。

私も不服には思ってるさ。仮にも平和を維持されていた異世界の国家の人間としてはな。


「我々の目的は、一切それの無い――民が平和に暮らせる教皇領。アポロニア王国に近い、理想郷の設立です」


また夢みたいなことを言う。

私はウジェーヌ枢機卿の真剣な目を見つめながら、またロクでもない仕事が舞い込んできたと思った。


「その思想には反対しません。それどころか同意すらしましょう」

「ならば!!」


ウジェーヌ枢機卿が机に手を掛け、こちらに顔を近づける。

しかし、だ。


「その手段が武力によるものとは、思想と不一致ではありませんか」

「逆に武力――いえ、はっきり言いましょう。暴力以外にどうすれば解決できるというのですか。正直、私は若かりし頃、アルバート王に期待していました。アルバート王の手によって、この大陸は支配され平和になるものとばかり」


その経過により血が流れる事となったでしょうが、今の状況よりはマシです。

枢機卿が肩を落としたように呟く。


「枢機卿。アルバート王による大陸の支配は可能だったでしょう。ですが、次代が持ちませんよ。強烈な揺れ戻しが来てまた分裂した事でしょう」

「……失礼ながら、スズナリ殿は自分を低く見積もりすぎているようで。私は貴方なら、その状況でもなんとか回して見せたと予想しますが」


それに、教皇も尽力を惜しまなかったでしょう。

二人、ありもしなかった予想図を語る。

その予想はお互いに大分ズレがあるようだが。

まあ、ありもしない事をこれ以上語っても仕方ない。


「――現実に話を戻しましょう。アルバート王によって均衡状態にあるアポロニア王国周辺を除いて大陸中は紛争の真っただ中。奴隷もあれば亜人への迫害もある、嫌な時代。その中に暴力による――鉄拳を持って介入しての教皇領の確保、それが教皇の最終目的であり、私への依頼ですね」

「はい。簡潔に言えば、そうなりますね」

「無茶言うなよ」


私は正直に答えた。

なんちゅう依頼してくるんだこの人。

もう一度アリー嬢の顔を見る。

アリー嬢はゆっくりと目を閉じた。

目を見ろ、この淫乱シスター長。


「勿論、個人の力では不可能な事は重々承知しております。――アルバート王は例外ですが。ですので、先の話です。他国へ攻め入る大義名分は何とでも用意できますので、スズナリ殿には是非、悪辣な他国に攻め入り平和と教皇領の確保を成し遂げて頂きたく」

「あのですねえ、私がアポロニア王国を継ぐとはまだ決まった話では――」

「決まった話です。”教皇が予知しました”」

「待てい」


それって簡潔に言うと、"シスターのインチキ"の強化版だよな。


「本当に! 本当に予知したのか!?」

「はい、教皇の予知確率は実に80%を超える――」

「まだ20%の逃げ道は残っているんだな!!」

「逃げ道――そういう言い方はされたくないのですが。王位を継がれるのが嫌なのですか?」


不思議そうに枢機卿が呟くが、嫌に決まってる。

しかも、他人にそれを予知されていた等おぞましい事この上ないわい。

私は閉口し、薬草茶を啜った。







「やはり、御確約はできませんか。正直、スズナリ殿の思想は私たちに近いと聞き及んでいたので……」

「いえ、思想的には近いですし、多少の活動にならご協力もしましょう。ですが、戦争となりますとね。王ですらない自分には手が余ります」


正直なところ、そんな事を今の私に言われても困る。


「では、スズナリ殿が王位に就いた暁にはもう一度お願いすることとしましょう」

「そうしてください」


絶対に王にはならん。

その決意を改めて再度しながら、ウジェーヌ枢機卿に言葉を返す。


「さて、では改めまして伺います、と言いたいところですが」

「?」


枢機卿は息を改め、コホンと咳をついて呟く。


「実は、他にも依頼があるのですがよろしいでしょうか」

「なんでしょうか」

「公爵領のコボルト達の件です。スズナリ殿は彼らと縁深いようで」

「ええ、まあ」


王族のアレキサンダー君が働いているくらいだしな。

縁深いと言っていいだろう。


「彼らに、別なコボルト族を混ぜた場合、問題は発生しますか?」

「? 要領がつかめません。何の話ですか?」

「失礼、実は最近――他国で奴隷として不当に捕らえられ迫害されていたコボルト達をこの手で奪還――もとい保護しまして」


にこやかに、拳を撫でながらウジェーヌ枢機卿が笑う。

要するに奴隷商人をボコボコにしばき殺して、コボルト達を救出したんだな。

怖いわ。


「教会で保護しておくのも別に良いのですが、どうせなら同族の元で過ごした方が彼らも――」

「大体わかりました。公爵領のコボルト達と合流させたいということですね」

「そうです」


少し、考える。


「何人ぐらいですか?」

「おおよそ、50人ぐらいです。もっと早ければ、もっと大勢を救えたのですが――」


悔恨の表情を浮かべながら、枢機卿が机を叩く。

やめてくれ、アンタの膂力だと机が壊れる。


「公爵領のコボルトは500弱です、特に問題ないと考えます。公爵にもコボルトにも話を通しておきますよ」

「有難うございます!」


笑顔で枢機卿が応じる。

無表情に口元だけ緩めたアルカイックスマイルだ。

なんか馬鹿力と合わさってこの人怖い。

いや――顔に関しては人を罵れるほど上等な顔してないが。


「いやあ、これで不安が一つ片付きました。次の案件に移れます」

「……枢機卿、失礼ですが次は何をされるおつもりで?」

「オデッセイで内乱が発生寸前とのことですので、ドサクサに紛れて亜人の奴隷を解放してきます」


ビッ、と親指を立てて枢機卿は答えた。

私はそれに対して、どう答えていいのかよくわからなかったので――とりあえず、アレキサンダー君への手紙の文面を考え始めることにした。








教会。

その荘厳な面持ちで屹立している聖堂の中で、アリー嬢と話す。


「まずまず、といったところでしょうか」

「まずまず、と言ったところだな。スズナリ殿が我々と同じ思想に近いという事がハッキリ知れただけでも大きい」


スズナリ殿は協力的だ。

我々が望まずとも、間接的な力にはなってくれるだろう。

それをハッキリと理解できた。


「最悪、教皇領の確保でなくアポロニア王国の拡大でもよいのだ。この世が平和に近づきさえすればそれでよい」


このアポロニア王国は平和だ。

いっそ、教皇はこの王国へと身を移して貰いたいぐらいだが。

テコでもあの人は危険地帯から動かんだろう。

いや、今も錫杖を片手に戦場を駆け回り、人々を救済しているに違いない。

かつて、一介の傭兵だった私の命を救ったように。

そして、私と同じように神の列兵となり、この世を救う人を増やしているのだ。


「そのためにはアリー嬢、判っていると思うが」

「スズナリ殿との結婚ですね、望むところですよ」

「うむ、その時は是非とも、スズナリ殿に他国に攻め入るよう進言して欲しい」


結局は暴力なのだ。

世界は力が支配している。

金の力、武力、欲しがればキリがない。

ぎゅっと握り拳を手に作る。

私も老いた。歳は40を過ぎ、膂力も落ち始めている。

あと何十年と最前線で活躍できるものか疑問だ。


「……結婚による教会との関係強化は望むところですが、進言は」

「進言するのだ。枢機卿命令だぞ。かのフロイデ王国も併合によりマシになりつつあるではないか」


あのフロイデ王国も孤児は全て教会に収容され、今では笑顔で暮らしている。

全てはデライツ伯爵の領地を併呑し、銀山の収益を孤児院に振り向けてくれたアルバート王あってこそだが。

うん、デライツ?


「……そういえば、デライツ伯爵の死因は暗殺であったな。そういう方法もあるか?」

「枢機卿!?」


とても枢機卿の仰っていい言葉とは思えません。

そうアリー嬢が叫ぶ。

五月蠅いなあ、綺麗ごとでは世界を綺麗にできんのだ。

いっそ、アポロニア王国周辺の悪辣な王や領主を一人一人消していくか?

勝手にアルバート王にビビって併合を望んでくるだろう。


「いや、それは拙いか」


手段としてはアリだが、そのうちアルバート王に消されるのがオチだ。

死は決して怖くない。だが私にはまだやることがある。

私はため息を吐きながら、断念する。


「そうですよ、拙いですよ」

「そうだな、拙いな」


アリー嬢の、私の思考を理解していないであろう言葉に頷きながら。

ウジェーヌ枢機卿は今日の成果に、とりあえず満足することにした。




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