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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編2
42/113

042 メシマズ王国アポロニア


二週間に一度の、王宮訪問日。

アンナ姫が与えられた私室を嫌々訪問する。


「王宮のご飯が美味しくないのです。というか酷く冷たいのです」

「はあ」


そして開口一番、アンナ嬢――いや、アンナ姫はメシマズ王国への不平を述べた。

その背後には女騎士が二人屹立している。

フロイデ領から連れてきた傍付きであろう。


「何でそれを私に言うんです? いや、愚痴くらいは聞きますけども」

「いえ、人質の身ですし、他には――王やアリエッサ姫には言い辛いじゃないですか」

「私には言っても?」

「何だかんだ言っても婚約者ですし。解決してくれないかなと、はい」


アンナ姫は椅子に座り、両手を膝に添えながら、こてん、と首を横に倒す。

その仕草は可愛らしいが、非常にわざとらしい。

というか、あざとい。

私は大きなため息をついた。


「姫様、おそらく見抜かれてます。スズナリ様には通用しないかと」

「ジル、五月蠅い」


傍付きの女騎士の忠告を、アンナ姫は罵った。

やはり演技か。


「というか、何故料理が冷たいんですか? フロイデではこんな事ありませんでしたよ」

「そりゃ毒見のためでしょうに。毒見役の様子を見るにも時間が――」

「解毒化の魔法を用いても、更に毒見が必要なのはまだ判ります。でも冷たいのは何故ですか?」

「何故というと?」


不思議そうに答える。


「アポロニア王国が真の蛮族国家でなければ、フードウォーマーぐらいあるでしょう。湯煎器があれば食事の温度を保てるはずです。ていうかですね、魔法で目の前で温めてくださいな」

「ああ、そういえばそうですね」


何故気づかなかったのだろう。

そう思ったが、別にアリエッサ姫が不味いメシ食ってようが、心の底からどうでもよかったからだろう。

自己完結した。


「というか、アルバート王は思いっきり温かい食事を食べてると聞きました。何故、アリエッサ姫と私だけ?」

「王様は直感スキル持ちですからね、毒があっても気づきますよ」

「――水差しに塗られた毒にすぐ気づいて、そのまま間者を縊り殺した事があるそうですね。知ってますよ、やったの今は亡き当国っぽいですから」

「フロイデ王国は前科がありすぎです」


よくその時に亡ぼされなかったな。

多分、アルバート王の事だから、亡ぼしに行くのが面倒くさかっただけなんだろうが。


「話がそれましたね。ともかく、ご飯が冷たいのです。何とかしてください。なんなら後ろの二人――ジルとエルの姉妹を差し出してもいいですから」

「「姫様!?」」

「それは遠慮しておきます。性的に興味がありません」

「「しかも断られた!」」


ノリがいいな、アンナ姫の傍付き。

まあ、どうでもいいが。

とにかく、温かいご飯を食べられるようにすればいいわけだが。


「アリエッサ姫も同じような事を愚痴ってたわけですが、何故16年もの間に気づかなかったんでしょうか?」

「……いえ、それは判りませんけど。何か物凄い怒る気がしてきました。アリエッサ姫」

「私もそう思います」


宝石や服を愛でるより、肉食ったり、カニ食ったりしてる姿が実に似合っている。

あの蛮族めいた姫様がこの事実を知り――どういう行動に出るのか。

私とアンナ姫は、軽い頭痛がした。









アリエッサ姫の私室。

まずは怒号。

そしてしばらく椅子を両手で振り回し調度品をぶち壊したり、天蓋付きのベッドのシーツを破ったりして、猿のように大暴れした後に。

アリエッサ姫は呟いた。


「まずは不敬罪で処刑ね。ちょっと死刑執行人呼んでくるわ」

「お待ちください。まずは料理担当者に事情を聴きましょうよ」


とりあえずアリエッサ姫に報告したが、予想通り激怒した。

16年間気づかなかったお前も悪いぞと言おうと思っていたが、機嫌を損ねるだけだろう。

とりあえず姫様を落ち着かせることに思考を巡らせる。


「ほら、飴玉あげますから」

「私はガキか!? 飴玉はもらうけど」


私の手から飴玉を受け取り、ぽいと口に放る。

とりあえず甘いものを与えておけば落ち着くだろう。

私の中のアリエッサ姫は、そう反応するはず。


「なんか落ち着いてきたわ」


ほら、やっぱり。

別に理解できても嬉しくないがな。

さて、落ち着いてきたところで。


「死刑執行人の前に裁判よね」

「やっぱりそうなりますよね」


普通に処刑なのは変わらない気がしていた。

実際駄目な奴だろ、アリエッサ姫とアンナ姫の料理担当。


「ていうか、何で今まで気づかなかったんです。16年間ものあいだに気づかなかったんですか?」

「パントライン、何故気づかなかったの?」


姫様はナチュラルに人のせいにした。

自分がバカだと認めるのが嫌なのだ。


「姫様だって気づかなかったじゃないですか。それに、私は温かい料理を普通に食べてましたから」


ぶっちゃけ、どうでもいい。

そう呟こうとする前に、アリエッサ姫はパントライン嬢の首を絞め始めた。


「このまま縊り殺してやろうかしら」

「止めとけ、姫様。その力は料理長の首を絞め殺すのにとっときなよ」


物騒な事を口走るモーレット嬢。

料理の担当は、料理長か。

まあ姫様の料理担当となるとそうだろうな。


「では皆して行きますか。事情が事情なら、料理長が責任取ってクビということで」

「クビ? 処刑よ処刑。手抜きにも程があるわよメシマズ料理長。というか毒見役含め気づかなかった奴、全員処刑よ」


それだとお前も処刑だぞ、バカ姫様。

仕方ない。

姫様に伝えたらそれで終わりだと思っていたが、最後まで責任もって、ついて行こう。


「あくまでクビですよ。そこは譲れません。たかが食事の事で血を見るのは御免ですよ」

「食事の恨みは何より恐ろしいって知らないの?」

「知ってます。浮浪者の頃に残飯を漁った事もありますので。温かい食事を食べる人たちへの身勝手な恨みも、その惨めさも良く知ってますよ」

「……」


アリエッサ姫は私の言葉に閉口する。

ハッキリいえばこの件とそれとは別だが、とりあえず勢いで黙らせることは出来たようだ。


「さて、調理場へ行きましょう」


私はアリエッサ姫の手を取り、そのまま歩き出した。









調理場。

料理の熱気ではなく、姫様の怒気に包まれた調理場にて。

料理長と料理人、そして毒見役が全員平伏する中で。

料理長が頭を地面に擦り付けながら、言葉を述べた。


「先代の王妃様――アリエッサ姫のお母上が生来のネコ舌のため、あえて冷たくなった料理を出していたのです。それが慣例化して姫様のご料理も――本当に申し訳ありません」

「そう、それは仕方ない――で、納得がいくか!!」


確認くらいとれ!

なんでお母様と同じって決めつけてんのよ。

ていうか、お母様そこまでネコ舌だったの!?

と姫様が絶叫するが、お前も16年間もの間に直接文句くらい言えよともいえる。

どうしよう、コレ。

とりあえずツッコミを入れる。


「誰も疑問に思わなかったのか? さすがに誰か一人くらい気づいたでしょう。アリエッサ姫も散々飯が不味い、そこら辺の酒場の肉の方がマシと文句言ってたんだし」

「あくまで味、の事と思っておりました。まさか温度の事とは……」


料理長がガンガン、と頭を床にぶつけながら答える。

その内、鉄板で土下座しだすんじゃないかこの料理長。

まあ、理由はわかった。

姫様性格悪いから、料理について愚痴られても、単に意味も無く貶されてると思ったのか。


「本当に? 本当にそうなのね? 嫌がらせで言わなかったって毒見役もいないのね?」


そこを気にしてんのか。

姫様も性格悪いから――いや、今は少し反省してるから、悪かったと過去形で言ってやるべきか。

その辺の関連で気苦労多いな。


「というか、毒見した後に普通に誰かが温めてると考えておりました」


毒見役がまたガンガンと頭を床にぶつけながら言う。

というか、料理人と毒見役全員が同じようにしている。

その前に立ち尽くす、私とアリエッサ姫、そしてパントライン嬢とモーレット嬢。

ガンガン鳴り響く叩頭の音。

実にシュールな光景だ。

何かの儀式だろうか。

いや、もう何かそうするぐらいしか誠意の示し方が無いのは判るが。


「……許すわ。もう何かどうでもよくなってきた」


儀式の崇拝対象が、許しの言葉を告げた。


「有難う……有難うございます」

「但し、今日の食事の味を見てからね。不味かったら料理長は死刑にするわ」


訂正する。微妙に許してない。

料理長は顔を上げた後、真っ青な顔になって立ち上がり、言葉を述べた。


「総員、持ち場に着け。今日、人生で最良の料理を作るんだ」

「畏まりました!!」


せいぜい頑張ってくれ料理長。

さすがにこれ以上は知らんわ。

私は全員に背を向け、帰ろうとするが――


「せっかくだし、スズナリも食べていきなさい。審査員にするから」


そんな人の命がかかった審査員になりたくないが。

そう思いながらも、私はため息を吐いて立ち止まることにした。










期せずしてアルバート王、アンナ姫を交えた会食となった。

アンナ姫がモグモグと頬を膨らませながらエビフライを咀嚼する。


「美味しいですわよ、このエビ。モーレット嬢は食べないんですか。おっぱい大きいのに」

「胸のサイズ関係ないだろ。スズナリの旦那、私の代わりにこれ食べて」


モーレット嬢に差し出されたエビフライを皿の上に乗っけながら、自分の分のエビを咀嚼する。

美味い。

さすがに王宮料理長だけの事はある。

アリエッサ姫も満足だろう。

だが、怒りはまだ収まっていないようだ。

縦ロールの髪を怒りで尖らせながら、アルバート王に詰め寄っている。


「御父様は知ってらしたんですか、料理長の誤解」

「うむ、いつ気が付くかなと思って見てたぞ」

「御父様! さすがにそれは酷いんじゃないかしら!!」

「さすがに16年も気づかないとは思わなかった。ぶっちゃけお前が変だぞ」


モグモグ、とステーキを口で噛み切りながらアルバート王が呟く。

アリエッサ姫は必死に首を絞めているが、膂力が足りない。

アルバート王は普通に肉を咀嚼している。

力量差が圧倒的な親子喧嘩だ。


「何にせよ、これで解決ですわね」


アンナ姫がナプキンで口を拭きながら呟く。

ああ、アリエッサ姫の16年の怨念とともに解決した。

アンナ姫が問題提起をしてくれてよかったのではないか。

そんな事を考えながら、モーレット嬢の分のエビフライを咀嚼する。


「素早い解決有難うございます。スズナリ様。御礼を申し上げますわ」

「礼などいりませんよ。いや、本当にいりません。こんなくだらない問題で」


今日一日を振り返ってみれば、本当にアホらしい話だった。

デスクの仕事がまだ残っているのだ。

今日は帰り次第、深夜まで仕事せねばならん。


「お礼に我が傍付きのジルとエルの姉妹を差し上げますわ」

「いりません。それ口癖ですか」

「いえ、モーレット嬢とパントライン嬢が、スズナリ様の御手付きと聞きまして、私も対抗しようかと」


こてん、と首を横に倒しながらアンナ姫が呟く。

だから、その仕草わざとやってるって知ってるから。


「要りませんよ。これ以上の婚約者なんて御免です」

「そう言うな、後継者が一人で困る事だってあるんだぞ」


アルバート王の言葉が横から飛ぶ。

そりゃ王の子供が一人きりというのも拙いが。

私には何の関係も無い話だ。


「お前、逃げようと思ってるだろう」


ギョ、と瞳孔を大きく開いて反応する。

動揺するな、私。

アルバート王は喉からアリエッサ姫の手を離しながら、私に告げる。


「俺から逃げられたら逃がしてやるよ。逃げられるんならな」

「……」


私は空笑いを浮かべて、その言葉に答えた。

全く、今日は厄日だ。







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