042 メシマズ王国アポロニア
二週間に一度の、王宮訪問日。
アンナ姫が与えられた私室を嫌々訪問する。
「王宮のご飯が美味しくないのです。というか酷く冷たいのです」
「はあ」
そして開口一番、アンナ嬢――いや、アンナ姫はメシマズ王国への不平を述べた。
その背後には女騎士が二人屹立している。
フロイデ領から連れてきた傍付きであろう。
「何でそれを私に言うんです? いや、愚痴くらいは聞きますけども」
「いえ、人質の身ですし、他には――王やアリエッサ姫には言い辛いじゃないですか」
「私には言っても?」
「何だかんだ言っても婚約者ですし。解決してくれないかなと、はい」
アンナ姫は椅子に座り、両手を膝に添えながら、こてん、と首を横に倒す。
その仕草は可愛らしいが、非常にわざとらしい。
というか、あざとい。
私は大きなため息をついた。
「姫様、おそらく見抜かれてます。スズナリ様には通用しないかと」
「ジル、五月蠅い」
傍付きの女騎士の忠告を、アンナ姫は罵った。
やはり演技か。
「というか、何故料理が冷たいんですか? フロイデではこんな事ありませんでしたよ」
「そりゃ毒見のためでしょうに。毒見役の様子を見るにも時間が――」
「解毒化の魔法を用いても、更に毒見が必要なのはまだ判ります。でも冷たいのは何故ですか?」
「何故というと?」
不思議そうに答える。
「アポロニア王国が真の蛮族国家でなければ、フードウォーマーぐらいあるでしょう。湯煎器があれば食事の温度を保てるはずです。ていうかですね、魔法で目の前で温めてくださいな」
「ああ、そういえばそうですね」
何故気づかなかったのだろう。
そう思ったが、別にアリエッサ姫が不味いメシ食ってようが、心の底からどうでもよかったからだろう。
自己完結した。
「というか、アルバート王は思いっきり温かい食事を食べてると聞きました。何故、アリエッサ姫と私だけ?」
「王様は直感スキル持ちですからね、毒があっても気づきますよ」
「――水差しに塗られた毒にすぐ気づいて、そのまま間者を縊り殺した事があるそうですね。知ってますよ、やったの今は亡き当国っぽいですから」
「フロイデ王国は前科がありすぎです」
よくその時に亡ぼされなかったな。
多分、アルバート王の事だから、亡ぼしに行くのが面倒くさかっただけなんだろうが。
「話がそれましたね。ともかく、ご飯が冷たいのです。何とかしてください。なんなら後ろの二人――ジルとエルの姉妹を差し出してもいいですから」
「「姫様!?」」
「それは遠慮しておきます。性的に興味がありません」
「「しかも断られた!」」
ノリがいいな、アンナ姫の傍付き。
まあ、どうでもいいが。
とにかく、温かいご飯を食べられるようにすればいいわけだが。
「アリエッサ姫も同じような事を愚痴ってたわけですが、何故16年もの間に気づかなかったんでしょうか?」
「……いえ、それは判りませんけど。何か物凄い怒る気がしてきました。アリエッサ姫」
「私もそう思います」
宝石や服を愛でるより、肉食ったり、カニ食ったりしてる姿が実に似合っている。
あの蛮族めいた姫様がこの事実を知り――どういう行動に出るのか。
私とアンナ姫は、軽い頭痛がした。
◇
アリエッサ姫の私室。
まずは怒号。
そしてしばらく椅子を両手で振り回し調度品をぶち壊したり、天蓋付きのベッドのシーツを破ったりして、猿のように大暴れした後に。
アリエッサ姫は呟いた。
「まずは不敬罪で処刑ね。ちょっと死刑執行人呼んでくるわ」
「お待ちください。まずは料理担当者に事情を聴きましょうよ」
とりあえずアリエッサ姫に報告したが、予想通り激怒した。
16年間気づかなかったお前も悪いぞと言おうと思っていたが、機嫌を損ねるだけだろう。
とりあえず姫様を落ち着かせることに思考を巡らせる。
「ほら、飴玉あげますから」
「私はガキか!? 飴玉はもらうけど」
私の手から飴玉を受け取り、ぽいと口に放る。
とりあえず甘いものを与えておけば落ち着くだろう。
私の中のアリエッサ姫は、そう反応するはず。
「なんか落ち着いてきたわ」
ほら、やっぱり。
別に理解できても嬉しくないがな。
さて、落ち着いてきたところで。
「死刑執行人の前に裁判よね」
「やっぱりそうなりますよね」
普通に処刑なのは変わらない気がしていた。
実際駄目な奴だろ、アリエッサ姫とアンナ姫の料理担当。
「ていうか、何で今まで気づかなかったんです。16年間ものあいだに気づかなかったんですか?」
「パントライン、何故気づかなかったの?」
姫様はナチュラルに人のせいにした。
自分がバカだと認めるのが嫌なのだ。
「姫様だって気づかなかったじゃないですか。それに、私は温かい料理を普通に食べてましたから」
ぶっちゃけ、どうでもいい。
そう呟こうとする前に、アリエッサ姫はパントライン嬢の首を絞め始めた。
「このまま縊り殺してやろうかしら」
「止めとけ、姫様。その力は料理長の首を絞め殺すのにとっときなよ」
物騒な事を口走るモーレット嬢。
料理の担当は、料理長か。
まあ姫様の料理担当となるとそうだろうな。
「では皆して行きますか。事情が事情なら、料理長が責任取ってクビということで」
「クビ? 処刑よ処刑。手抜きにも程があるわよメシマズ料理長。というか毒見役含め気づかなかった奴、全員処刑よ」
それだとお前も処刑だぞ、バカ姫様。
仕方ない。
姫様に伝えたらそれで終わりだと思っていたが、最後まで責任もって、ついて行こう。
「あくまでクビですよ。そこは譲れません。たかが食事の事で血を見るのは御免ですよ」
「食事の恨みは何より恐ろしいって知らないの?」
「知ってます。浮浪者の頃に残飯を漁った事もありますので。温かい食事を食べる人たちへの身勝手な恨みも、その惨めさも良く知ってますよ」
「……」
アリエッサ姫は私の言葉に閉口する。
ハッキリいえばこの件とそれとは別だが、とりあえず勢いで黙らせることは出来たようだ。
「さて、調理場へ行きましょう」
私はアリエッサ姫の手を取り、そのまま歩き出した。
◇
調理場。
料理の熱気ではなく、姫様の怒気に包まれた調理場にて。
料理長と料理人、そして毒見役が全員平伏する中で。
料理長が頭を地面に擦り付けながら、言葉を述べた。
「先代の王妃様――アリエッサ姫のお母上が生来のネコ舌のため、あえて冷たくなった料理を出していたのです。それが慣例化して姫様のご料理も――本当に申し訳ありません」
「そう、それは仕方ない――で、納得がいくか!!」
確認くらいとれ!
なんでお母様と同じって決めつけてんのよ。
ていうか、お母様そこまでネコ舌だったの!?
と姫様が絶叫するが、お前も16年間もの間に直接文句くらい言えよともいえる。
どうしよう、コレ。
とりあえずツッコミを入れる。
「誰も疑問に思わなかったのか? さすがに誰か一人くらい気づいたでしょう。アリエッサ姫も散々飯が不味い、そこら辺の酒場の肉の方がマシと文句言ってたんだし」
「あくまで味、の事と思っておりました。まさか温度の事とは……」
料理長がガンガン、と頭を床にぶつけながら答える。
その内、鉄板で土下座しだすんじゃないかこの料理長。
まあ、理由はわかった。
姫様性格悪いから、料理について愚痴られても、単に意味も無く貶されてると思ったのか。
「本当に? 本当にそうなのね? 嫌がらせで言わなかったって毒見役もいないのね?」
そこを気にしてんのか。
姫様も性格悪いから――いや、今は少し反省してるから、悪かったと過去形で言ってやるべきか。
その辺の関連で気苦労多いな。
「というか、毒見した後に普通に誰かが温めてると考えておりました」
毒見役がまたガンガンと頭を床にぶつけながら言う。
というか、料理人と毒見役全員が同じようにしている。
その前に立ち尽くす、私とアリエッサ姫、そしてパントライン嬢とモーレット嬢。
ガンガン鳴り響く叩頭の音。
実にシュールな光景だ。
何かの儀式だろうか。
いや、もう何かそうするぐらいしか誠意の示し方が無いのは判るが。
「……許すわ。もう何かどうでもよくなってきた」
儀式の崇拝対象が、許しの言葉を告げた。
「有難う……有難うございます」
「但し、今日の食事の味を見てからね。不味かったら料理長は死刑にするわ」
訂正する。微妙に許してない。
料理長は顔を上げた後、真っ青な顔になって立ち上がり、言葉を述べた。
「総員、持ち場に着け。今日、人生で最良の料理を作るんだ」
「畏まりました!!」
せいぜい頑張ってくれ料理長。
さすがにこれ以上は知らんわ。
私は全員に背を向け、帰ろうとするが――
「せっかくだし、スズナリも食べていきなさい。審査員にするから」
そんな人の命がかかった審査員になりたくないが。
そう思いながらも、私はため息を吐いて立ち止まることにした。
◇
期せずしてアルバート王、アンナ姫を交えた会食となった。
アンナ姫がモグモグと頬を膨らませながらエビフライを咀嚼する。
「美味しいですわよ、このエビ。モーレット嬢は食べないんですか。おっぱい大きいのに」
「胸のサイズ関係ないだろ。スズナリの旦那、私の代わりにこれ食べて」
モーレット嬢に差し出されたエビフライを皿の上に乗っけながら、自分の分のエビを咀嚼する。
美味い。
さすがに王宮料理長だけの事はある。
アリエッサ姫も満足だろう。
だが、怒りはまだ収まっていないようだ。
縦ロールの髪を怒りで尖らせながら、アルバート王に詰め寄っている。
「御父様は知ってらしたんですか、料理長の誤解」
「うむ、いつ気が付くかなと思って見てたぞ」
「御父様! さすがにそれは酷いんじゃないかしら!!」
「さすがに16年も気づかないとは思わなかった。ぶっちゃけお前が変だぞ」
モグモグ、とステーキを口で噛み切りながらアルバート王が呟く。
アリエッサ姫は必死に首を絞めているが、膂力が足りない。
アルバート王は普通に肉を咀嚼している。
力量差が圧倒的な親子喧嘩だ。
「何にせよ、これで解決ですわね」
アンナ姫がナプキンで口を拭きながら呟く。
ああ、アリエッサ姫の16年の怨念とともに解決した。
アンナ姫が問題提起をしてくれてよかったのではないか。
そんな事を考えながら、モーレット嬢の分のエビフライを咀嚼する。
「素早い解決有難うございます。スズナリ様。御礼を申し上げますわ」
「礼などいりませんよ。いや、本当にいりません。こんなくだらない問題で」
今日一日を振り返ってみれば、本当にアホらしい話だった。
デスクの仕事がまだ残っているのだ。
今日は帰り次第、深夜まで仕事せねばならん。
「お礼に我が傍付きのジルとエルの姉妹を差し上げますわ」
「いりません。それ口癖ですか」
「いえ、モーレット嬢とパントライン嬢が、スズナリ様の御手付きと聞きまして、私も対抗しようかと」
こてん、と首を横に倒しながらアンナ姫が呟く。
だから、その仕草わざとやってるって知ってるから。
「要りませんよ。これ以上の婚約者なんて御免です」
「そう言うな、後継者が一人で困る事だってあるんだぞ」
アルバート王の言葉が横から飛ぶ。
そりゃ王の子供が一人きりというのも拙いが。
私には何の関係も無い話だ。
「お前、逃げようと思ってるだろう」
ギョ、と瞳孔を大きく開いて反応する。
動揺するな、私。
アルバート王は喉からアリエッサ姫の手を離しながら、私に告げる。
「俺から逃げられたら逃がしてやるよ。逃げられるんならな」
「……」
私は空笑いを浮かべて、その言葉に答えた。
全く、今日は厄日だ。
了




