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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編2
41/113

041 君の代わりはどこにもいない

『と、言うわけでお世話になりました』


筆記にて、会話を為す。

そんなアレキサンダー君を全力で引き留めんとする。

当ギルドで事務員と働いているアレキサンダー君。

最初は一時的なピンチヒッターのつもりだったが、今では無くてはならない存在となっている。


「ちょっと待った。確かに最初の約束では冬が来るまでだったが、当ギルドは君の力を必要としている」

「そうですよ、アレキサンダー君。考え直してくれませんか」


ルル嬢と一緒にアレキサンダー君を引き留める。

サラサラ、とまたアレキサンダー君が机上のホワイトボードに文字を書く。


『私も残念ではあります。しかし、冬が来ました。

おかげさまで冬の食料不足は逃れられそうですし、一時王命のため帰省したいのです』


私はその文字を見て、顔を上げ質問する。


「一時、というと、また冬が終われば働き続けてくれるのかね」


私の質問に、またサラサラと回答が書かれる。


『コボルト王家の子と言っても、所詮は18人兄弟の末っ子です。この仕事も気に入りました。冬以外の季節では今後ともお世話になろうと思っています。実家に仕送りもしたいですし』


アレキサンダー君、そんなに兄弟いるのか。

……コボルトは多産だな。

ていうか、王家だからと思ったが、ひょっとしてみんな筆記計算できるのかコボルト。

下に見るつもりなどなかったが、想像以上に教育水準高いな。

まあ、それはいい。今後も働いてくれるのを快諾してくれたのは嬉しい話だ。


「それは嬉しい。冬の間は仕方ないな。ゆっくりしてくれ。……そして、もし他にも就職希望者がいれば紹介してくれ。何分、事務員が不足しているのでね」

『判りました。春には必ず帰ってきます。その際には何人か誘ってみますね』

「有難い」

『それでは、失礼します』


ペンとホワイトボードを持って立ち上がり、ペコリと頭を下げて一礼し。

アレキサンダー君はダンジョンギルドの私の私室から出て行った。


「寂しくなるな」


思わず、呟く。


「私も寂しいです。みんな寂しいですよ。モフモフがいなくなると」


というか、冬の季節にこそ欲しい人材です、とルル嬢が呟く。

たまに抱きしめてたからな、ルル嬢も、ギルド員達も。

アレキサンダー君は抱きしめられるたびに銅貨貰ってたら、今頃大金持ちだろう。

まあ、そんな話はどうでもいい。


「ていうか、事務員だよ!! 足りてないぞ!!」


アレキサンダー君が完全に離れたであろう時間を見て、強く机を叩く。

彼は良くやってくれた。これ以上の心配はかけたくない。


「アレキサンダー君が一人で十人分くらい仕事こなしてましたからね」


本当に有能だったな。

いや、そんな冷静に語っている場合ではない。


「アルデール君に手伝わせるのは……いや、無理だ。冬は強力なモンスターが出る。冒険者として働いてもらわなくては」


彼に事務員をやらせている暇はない。

頭を抱え、どうしようかと呟く。

本来ならアレキサンダー君が手伝ってくれている間に、事務員を確保していたはずだったのだが。

キメラ騒ぎでそれどころではなかったのだ。

デライツの野郎、もっと苦しめて殺せばよかった。


「すぐに臨時募集をかけてくれ」

「もうやってます……が、これという人物はなかなか。ギルドの守秘もありますし。というか、どこもかしこもデスク業は人材の奪い合いですよ、今年の冬は」

「何故?」

「コボルトが王命のためか、洞窟に籠るからです。雇っていた商人達や、執事代わりにしていた貴族は行かないでくれの悲鳴の合唱ですよ」

「何でこの国そんなにコボルトに頼ってるんだよ! 本来国民ですらないだろ! 私も頼ってたけどさ!!」


ルル嬢は私の悲鳴を聞き、大きくため息をついた。

私は抱えていた頭を持ち上げ、呟く。


「仕方ない。やっかいな依頼事は出来る限り避け、私がデスク業務に専念するしかないか」


愚痴を吐いてもどうにもならん。

現実的な行動を起こさなくてはならない。

そんな私の思考を差し置いて、ドアからノックの音がする。


「どなたですか?」

「私です。貴方のアリー・クロレットです」

「お帰りください。というか本当に帰ってください。今それどころじゃないから」


私の断りを無視して、ドアが開いた。


「どうやら、大分お困りの用ですね」

「なんです、その全てお見通しといった顔は」

「さっき、アレキサンダー君とダンジョンですれ違いましたので」


ショートソードぶんぶん振り回してましたよ。

意外と強いんですね、コボルトって。

アリー嬢が血まみれのメイスを腰に下げながら言う。


「……面接のときも彼、ダンジョンギルドまで一人で来たからな。強いのは知ってる」


パントライン嬢と同レベルに強いんじゃないのか、彼。

パントライン嬢も姫様の護衛騎士だから、かなりのレベルなんだがな。

いや、要するに並の騎士より強いってことだよな。コボルトって何だ?価値観が崩壊しそうだ。

いくらなんでも、事務能力の有能さを含めアレキサンダー君が例外中の例外なんだろうが。


「それはそれとして、お困りのご様子。ここは教会に頼ってみませんか?」

「教会に?」

「孤児の世話がありますし、教会に暇人がいるわけではありませんが。冬の間程度なら手伝えるシスターも神父も何人かいますよ」

「なるほど、と言いたいところだが」


シスターや神父なら教育水準は問題ない。

だが、ギルドの守秘がある。

それを守ってくれるかどうか。


「受付程度なら、別にギルドの守秘など問題にならないでしょう?」


先を読んだように、アリー嬢が呟く。

確かにそうだ。アレキサンダー君は信頼して大分深いところまで食い込ませたが。

だが、それでも。


「冒険者たちの懐具合を把握されるのが問題なんですよね。受付任せると」

「そこを心配しますか」

「オマール君の例を見てれば心配もします。オマール君はちょっとアレでしたが」

「そんな、依頼達成の度に浄財を懇願したりしません。オマールさんにはちょっとアレでしたけど」

「……信用できませんね」


年頃のシスターに手を握られながら懇願されて、断れる男冒険者が何人いることやら。

男冒険者は市井の女に弱いぞ。


「いやいや、本当にやりませんから。勿論、事務員としてのお給金を弾んで頂けるならばですが」

「そっちが魂胆か……」

「毎月、キチンと浄財を下さるギルドへのお礼も含んでいるんですよ?」


なるほど。

しばし考え、目線でルル嬢に可否を問う。

ルル嬢は黙って頷いた。

そう言う事ならば。


「冬の間、よろしくお願いします」

「お任せください」


アリー嬢はドン、と豊かな自分の胸を叩いて答えた。










「これで事務員の問題は解決と考えていいのか? ルル嬢」

「まあ……正直不安は残りますが、解決と言っていいでしょう」


ルル嬢が不安げに答える。

私も不安だ。

教会が信用できない。

だって神父が――いや、後になって知ったが。


「前に会ったあれ、大司教だったんだってな」

「我が国の大司教がアレとは……」


以前、教会の告解室であった人物。

あれはただの神父ではなく、大司教であったと後に知った。


「何考えてんだろ教会」

「知りませんよ、私に聞かれても」


私の取り込みに全力を注いでいる。

――浄財、だけではないな。

アリー嬢も知っての通り、私を取り込んでもギルドの浄財の額は変動しない。

私はそんなことで浄財の額を変動させない。

権力的な何か。

大司教より上の人物、枢機卿? まさか教皇?

その命令で、私の取り込みに力を注いでいるのではないか。

まさかな。

だが――今の教皇は強いものが好きらしい。

噂では、武力による教皇領の確保を目論んでいるとか。


「ギルマス?」

「すまない、変な事を考えていた」


自分を高く見積もりすぎだ。

いくらレッサードラゴン殺しとはいえ、そんな事で取り込もうとしないだろう。

だが、人の欲望は限りない。


「まあ、今回は教会に素直に感謝しておこう。今回だけになりそうだが」

「そうですね、今回だけですね」


ルル嬢と意見が一致した。


「それで、私はもう酒を飲んでもいいのかね」

「寝る前だけにしてください。しばらくは断酒でデスク業です」

「……」


ルル嬢は厳しい。

私は棚から取り出そうとしたジンをそっとしまう。


「……酒が、飲みたいなあ」

「完全にアル中ですねえ、ギルマス」

「酒を飲むと、何かから解放される気がするんだ」

「……」


あの開放感は不思議だ。

時折物を深く考えると、起こる偏頭痛、それが薄れる。

おそらくは、アルコールが何かに良好に作用しているのであろう。

先代に弄られた、脳のどこかに。

それでも――それでも、私は先代を恨まないが。

いや。

愛している。


「ギルマス、頭が痛いなら一度キリエに頭を見てもらってください」

「あのマッドにか? 御免だね」


この、弄られた脳の部分を含めて、私という個人が完成している。

私はそうしないと生きていけなかったのだ。

だから、私はこれで完成なのだ。


「……私は、今の私に何の不満もない」

「……そうですか」


少し、不満げなルル嬢の顔に。

心のどこかが、申し訳ない気持ちを抱きながら、私は目を閉じた。









火山の活発化に襲われ、一族中でどうしようかと思った。

というか、人間コワイ。敵対したらどうしよう。

そんな意見がコボルト中を一時占めたが、新しい洞窟に引っ越してみれば、これが以前よりも快適である。

まあ、ギルマスのおかげなのだが。

懐で永続的に軽く熱を発する、ギルマスの言うところによればカイロと言われるもの。

今では全住民が持っている、その温もりを感じながら、アレキサンダーは軽く眠気を感じる。


「アレキサンダーよ、よくぞ戻った」

「只今戻りました」


コボルト語で父が話掛けてくる。

それに応じながらも思考は止まらない。

ビビりまくる周囲のため、仕方なしに使者としてアルバート王や公爵、そして他でもないギルマスに赤鉱石を抱えて挨拶周りに行ったが。

その反応はむしろ好意的だった。

公爵は報告に対して礼を言い、その騎士団は避難の手伝いと冬までの食糧支援をしてくれた。

ギルマスもこの懐の中で温まるカイロを返礼として渡してきた。

そうそう、アルバート王が直接こちらに訪れた際の父上の慌てようといったら。

含み笑いをしながら、父上を見る。


「アレキサンダーよ、何を笑っている」

「再会の嬉しさに、つい」

「そうか、そうか」


父が朗らかに笑う。

善きコボルトではあるが、父上はあまり王らしくない。

武力ではなく、その人柄によって選ばれた初代の王ゆえ、仕方ないとも言えるし誇りでもある。


「皆が帰ってきて私は嬉しい。どいつもこいつも、人間社会に出稼ぎに出かけてしまっていたからな。はげ山になってしまって食料を得るのが困難になり、仕方ないとはいえ……」

「……」


本音を言えば、帰りたくないコボルト達もいたはずだが、王命とあっては仕方ない。

そう思いながら帰ってきたコボルトもいるはずだ。私も含めて。

貨幣制度というものは面白い。

貰ったコインでいろんな物が買えるというものは、とても面白い。

今まで、人里から隠れ住んでいた山の隠者から――何の意味があるのか?と疑問に思いながらも、いつか必ず必要になるからと教わった知識を活かすのは面白い。

そう思うコボルトは多いだろう。

今思えば、あの今は亡き山の隠者は、火山活動を予測していたのだろうか?

人間社会には面白いものが沢山ある。

そしてアポロニア王国の住人は想像以上に人が良く、絆されてしまったコボルトも多いだろう。

よく抱きしめてくるのには少し辟易としているが。


「アレキサンダーよ、お前は我が一族で一番賢い。故に、当家は末子相続とした。兄弟の誰もが納得している。いつかはお前が王を継がねばならんのだぞ。あまり人間社会に入れ込み過ぎるのは……」


煩いなあ、判ってるよ父さん。

判ってるんだけどね。

ギルマスとルル嬢の、必死に私を引き留める顔がチラつく。

そして何より人間社会と仕事の面白さ。

私は欠伸をしながら、父さんへの返事にどう答えるか――いっそ、退屈に違いない王位を兄に譲ってしまおうか。

そんな事を考え始めた。







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