040 彼女が欲しい
「じゃあ娼館はもういいよ。代わりに彼女が欲しい」
「知った事ではない」
「それこそ勝手に作れよ」
じゃあってなんだよ。
私はダンジョンギルドの酒場にて、オマール君とアルデール君と酒を飲み交わしながら思う。
ともかく、娼館に誘うのは諦めてくれたのか。
「……可哀そうな友人に彼女を世話してくれるとか、そういう気持ちは無いのか」
「世話と言われても」
「なあ」
我々、オマール君を含めた童貞三人衆に彼女の紹介?
一体何を期待しているのであろうか。
「いや、アルデールはいいよ。どうせ女性との縁なんかないだろ」
「無いわけではない。あえて避けてるのだ」
「はいはい、避けてる避けてる。実際に避けてるのは知ってる。アルデールはいいとして、ギルマスは違うじゃん。望めばヤラせてくれる女が一杯いるわけじゃん。ハーレムじゃん」
「恐ろしく下品な言い方をするなオマール君」
全員、もれなく責任付きだがな。
というか、責任がなくても責任を取る気でもない限り、手など出さんわ。
第一、私が好きな人は別にいる。
……最近、その気持ちも、何か雑音のような疑念を抱きつつあるが。
それはいいとして。
「いや、そもそも世話をする必要があるのか? 顔も背丈も悪く無ければ、名持ちでギルドのトップスリーに稼いでいる冒険者だろうが。オマール君、モテない方がおかしいだろう」
「それもそうですね」
アルデール君も今気が付いた、と言う風情で呟いた。
「そう思うだろう」
オマール君がその植木鉢みたいな頭に触れながら、呟く。
そう思うというか、事実そうでないとおかしいだろう。
「それがまーったくモテない。この間もシスター口説きに行ったら子供の相手させられたし」
「それはおかしいですね」
「だよなあ」
正直、子供の世話をさせられてると言っても、前回のアポロニア国家設立記念日の際に、シスターの一人くらいは口説くことに成功しただろうと思っていた。
正直言うと、ああ、コイツ教会に捕まりやがったな、と認識していた。
捕まってすらいなかったのか。
「だから紹介だよ紹介。もうこうなったら豊富なギルマスの人脈を活かして彼女を紹介してくれぇ」
「私は基本ぼっちでペンフレンドしかいないぞ……といいたいところだが、確かに最近はそうでもないな」
ここ半年もしない間に、大量に女性の知己はできた。
今なら、オマール君に彼女の紹介ができるかもしれないが……
「本当にモテないのか? 自分で気が付いてないだけで、赤い糸はそこらに転がっているんじゃないのか?」
「本当にモテないよ。何度も言わせるなよ。お見合いパーティーの勧誘員みたいな事いうなよ」
ふむ、とイマイチ納得しないながらも相槌を入れつつ。
「まあわかった、何とかしてみよう」
とにかく、オマール君が私を娼館に誘わないのは良い事だから。
この際、協力してやろう。
私はギムレットを飲みながら、オマール君の彼女の世話をする約束をした。
◇
ダンジョンギルドの酒場。
そこに数人の妙齢の女性が集まっていた。
「それでは、第一回チキチキ、オマールの彼女をなんとか見つけようの会を始めるわ」
「何で姫様呼んだの? 俺いらないよ、この人の紹介」
死んだ目でオマール君が呟いた。
「本当にすまない。何か勝手に集まってきたんだ」
私は心からオマール君に謝罪しながら、同じく死んだ目で姫様を見つめる。
何で集まって来るかなこの人。いらないのに。
「私もスズナリと同じでぼっちだから、貴族のお嬢様なんか紹介できないわよ。司会よ司会」
だから、何でオマール君への彼女の世話が、会議になるのかなあ。
そこのところを問い詰めたいが、諦めることにした。
「まずはマリー・パラデス、紹介できるなら……」
「まずオマール殿は自分の評判の悪さを自覚すべきかと。次代の王を娼館に引きずりこもうとしていると貴族中で噂になっています」
アリエッサ姫の指名に、いきなりマリー嬢のキツイ一言が入った。
「え、だからモテないの、俺。道理で貴族の淑女からの視線キツいと思った」
「……男性貴族からの好意と言いますか、好感度は逆に高いようですが。実に豪胆だと」
「俺は女にモテたいの!!」
オマール君が魂の絶叫をする。
その声は酒場の喧騒に虚しく消された。
「貴族の三女とか、嫁ぐ先にも困る相手なら幾らでも見繕えますよ? それがオマール殿のお望みならですが」
「お望みなわけねえ! 相手絶対イヤイヤ付き合ってるじゃねえか!!」
「嫁ぐ当ても無い三女なら、仕方なく……という感じで付いてきてくれますよ」
「だからそういう恋愛がしたいわけじゃないって。もっと明るくいきたいの!!」
酒場内の視界の端にターナ君が見えた。
彼は巻き込まれないようにフードを被り、こちらに背を向けた。
その判断は正しい。
「イヤよイヤよも好きのウチ、という言葉があります」
パントライン嬢の横やりが入る。
その言葉はそういう意味で使うものではない。
「わかった。とりあえずマリー嬢と、あとパントライン嬢は黙ってくれ。貴族はダメだと言う事はわかった。次だ次」
「面白くなってきたわね」
「何も面白くねえよ姫様!!」
オマール君の叫び声。
そう何度も叫ぶとそういう玩具だと姫様に認識されるぞ、オマール君。
「俺は正直凄く面白いと思っている」
「……」
アルデール君が手酌で酒を飲みながら、心中を正直に告白した。
すまない、私もそう思っている。
「お前なあ。いつかお前の番が来たら復讐してやる」
オマール君はテーブルに突っ伏し、恨み言を吐いた。
続いての絶叫が酒場の喧騒をねじ伏せる。
「次だ! 次! モーレット嬢、貴女のようにおっぱいデカい子紹介してくれ」
「お前ぶん殴るぞ。好きでデカいわけじゃねえし」
「じゃあ半分ちょうだいな」
姫様が余計な横やりを入れる。
モーレット嬢はそれを無視して――
「私の故郷、オデッセイならともかくだ。こっちで知人なんて殆どいないぞ」
「やっぱりか」
大して残念な様子も無く、オマール君は諦める。
まあ聞く前から分かってただろう。
一応聞いたんだろうけど。
「じゃあアリーナ嬢……と言いたいところだがパス」
「あら、何故ですか?」
「同業者――冒険者の知己ばっかだろ? 死なれると辛い。彼女は冒険者以外がいい」
冒険を終えたら、優しく包みこんでくれるような女がいい。
オマール君が夢みたいなことを言っている。
同業との出会いを省いたら、市井との付き合いが少ない冒険者など大分恋愛が制限されるぞ。
「冒険者なら、オマール殿モテるから、幾らでも紹介できたんですけどね」
「そりゃ強いからモテるさ。それ以外の俺を見てくれ」
「また難題を」
本当に夢見がちだな。
何かもう既に面倒くさくなってきたな。
司会を姫様に任せて良かった気がしてきた。
「オマール、もうあと一人しか残ってないんだけど」
「もう最後だ最後。大本命、アリー嬢! シスター紹介して」
「オマール殿の寄付金は現在金貨3枚、あと7枚でお気に入りのシスターと手をつないでのデートが可能になります」
「……そんなシステムだったの? 教会」
姫様の疑問の声が周囲を包む。
何のレベルアップだ。
というか結構寄付してるなオマール君。
この間の子供の買い食いが効いたのか。
「金貨7枚か……いや、安いっちゃ安いし寄付してもいいけど」
「金貨7枚が安い、ですか。金貨10枚あれば大人一人、1年食べていけるのに……」
何かに戦慄したかのように言うアリー嬢。
オマール君はアホほど金稼いでるからな。
つうか装備以外に金使ってるのかオマール君。全部貯金してるのではなかろうか。
いや、ちょっと待て。
そういう問題ではないことに気づく。
「待て、オマール君。そのシステムで本当にいいのか? 何か疑問は持たないのか?」
「いや、ギルマス。正直疑問だらけだ。騙されてるんじゃないかと言う気持ちでいっぱいだ」
「ならば」
「だが課金する!!」
オマール君は金貨7枚をテーブルの上に投げ出した。
「浄財!!」
素早くアリー嬢の手が金貨を掠め取った。
満足そうなオマール君の顔。
何か間違っているのではないかと言う私の疑念。
いつしか酒場中の注目を集めていたこの「オマール君の彼女をなんとか見つけようの会」。
「何故その金で娼館に行かないんですか」
遠くから、ターナ君の疑問の声が虚しく響いた。
◇
会議が終わり、女性陣が引き上げた後。
男三人で、再び飲み会が始まる。
「まあ、金払った以上は仕方ない。シスターとのデート、頑張れオマール」
どこか呆れ果てたアルデール君の言葉が、オマール君の耳に響く。
「おお! デート一回で惚れさせて見せるぜ!!」
ビシッ、と握り拳の親指を自分に向けて叫ぶオマール君。
まあ、それでオマール君が幸せならそれでいい。
教会のシステムは甚だ疑問ではあるが。
だが――ひとつオマール君に対し、疑問がある。
「オマール君、デートの経験は?」
「……」
私の指摘に、固まるオマール君。
そうだと思った。
デートの経験なんかないよな。
私達、童貞三人衆だもんな。
「アルデール! デートの経験は?」
「あるわけないだろ。ギルマスに聞けよ」
アルデール君が冷たく突き放す。
というか、実際に経験が無いから仕方ないんだろうが。
「ギルマス、デートの経験は?」
「三回……いや、二回だな」
ルル嬢と、マリー嬢。
アリー嬢のあれは外していいはずだな、うん。
いや、待て。
私、アリー嬢とあと二回のデートの約束してなかったか?
あんなの二回も繰り返すのか、それは嫌だぞ。
「アドバイスお願いします!!」
「ちょっと待て、私も今嫌な事実に気が付いた。それよりターナ君」
フードを被り、こちらに背を向けている男に呼びかける。
「なんですか、ギルマス」
背を向けたままだが、一応返事はしてくれた。
「我々童貞三人衆に何かアドバイスをくれ。特にオマール君に」
「……娼館にしか行ったことが有りません。彼女なんて出来た事ありません」
背中を向けたまま、少し物悲しくターナ君の告白が酒場に響いた。
「なんだ、素人童貞かよ。ギルマス、アドバイスしてくれ」
「その言い方はないでしょう! オマール殿よりマシですよ!!」
ターナ君が振り返り、怒鳴りながら席に近づいてくる。
「素人童貞」
「素人童貞」
オマール君と、酔っぱらったアルデール君が、ターナ君を指さしながら罵る。
酷い光景だなオイ。
女性陣が先に帰っていてよかった。
……いや、女冒険者達は三人を呆れ果てた目で見ているが。
これが蔑んだ目で無いところが、市井や貴族との違いだろうか。
いや、そうでもないかな。
うん。
私は一呼吸息をした後、杯にギムレットを注ぐことにした。
了




