表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編
4/113

004 火山活動対策

あなたが静けさを求めてここに来たんだとしたら、あなたはきっとここが気に入るわ。

先代のギルドマスターが私をギルドに連れてきたときの言葉だ。

私がまだ二十を幾ばくか過ぎ、やっと一人前の冒険者としての実力を身に着けたころの話。

年老いた公爵の静かな喋り声を耳にしながら、そんなことを思い出した。


「それでは結局、毛生え薬は存在しないのか」

「ないでもないですが、一時的な物ですよ。正直、そこまでしなくてもと思いますが」


公爵を見る視線で、その背後に目をやる。

空を突きさすような格好で、ウチのスケルトンと相対する様に屹立きつりつしている公爵の部下達。

武具についた汚れが少ないことから、相当な実力者が揃っている事が見て取れる。


「あまり気にされることもないのでは? あのアホな姫様の言う事が発端ですよね」

「気にしてはいない。君の言う通り、一々気にしていたら身が持たん」


周りは一々騒ぐがな。

公爵自身は本当に気にしていないのか飄々とした態度で言葉を返す。


「それに、あの姫様が呪いを掛けられる前の話だ。仕返しというなら、もう終わった」

「呪いを掛けられていた事、ご存じだったんですか」

「というか、一件に絡んでいた。詳しくは話さんが」


思いだし、少し愉快になったのか公爵は顔に手を伸ばし、頭を擦る。

その頭部は少し禿げかけていた。


「毛生え薬について聞いたのは、単なる知識欲だ。有りはするのか」

「演劇に使われた例もありますよ。まあウィッグの方が楽だから、あまり知られてませんが」

「なるほど」


公爵は頷き、手元の薬草茶を一啜りした後、コースターにそれを置いた。


「――さて、君と話し続けるのは楽しいが、今回は要件があって来た」

「内容によりますが」


今までの話の内容を勘案するに、やっぱり毛生え薬くれというオチはなかろう。

公爵と同じように薬草茶を一啜りしながら考える。


「コボルトが近くに逃げ出してきた件を知っているかね」

「ええ、それはもちろん。挨拶回りもしてくれましたし」

「コボルトが住むのは別にいいが、問題はその切っ掛けにある」


コボルト達が逃げ出してきた、その理由。


「火山の活発化でしたっけ」

「そう、騎士団で調査したところ、火山活動がすでに始まっている。マグマが流動化していて、危うく山火事になるところだった」


正直、コボルトが早めに警鐘を鳴らしてくれて助かった。

火山が自分の領地内にある公爵がため息をもらし、また薬草茶に手を伸ばす。


「火山活動を止めることは可能かね」

「永遠という意味では不可能です。無理に止めたエネルギーが、後日に一気に噴出するだけです」

「やはりか」


喉をコクリと鳴らし、空になった湯飲みがコースターに戻される。


「おかわりをもらえるかね」

「勿論」


部屋の端からスケルトンを動かし、空の湯飲みを持ち上げる。


「現在、続いている火山活動から山火事を防ぐために森林官と木こりを総動員で働かせ、伐採を始めている」


スケルトンの手も借りたいくらいに忙しい。

公爵はスケルトンの手を一撫ぜしながら、そう呟き、中身の入った湯飲みを受け取った。


「依頼したいのは彼らの保護だ。冒険者たち――スカウト技能者による警戒、魔術師による一時的なマグマ硬化。これらにより安全性が増すと考えているのだがどうかね」

「もっともな話です。そういった依頼ならお受けします、が」


美味そうに薬草茶を啜る公爵を見ながら、少し訝しい思いを抱く。


「公爵様、そういう話ならわざわざこんなダンジョンの奥底まで来ず、街の冒険者ギルドで依頼してよかったのですよ。こちらは迷宮探索が主目的です」

「それは知ってるが、二つ意味がある」


公爵はピースサインを私に突きつける。

王様といい、この国の上層部はフランクな人間が多い。


「たまには騎士団の実力を試したかったのだよ。問題なかったようだが」


一つ指を折り、背後の部下たちを満足そうに眺める。


「もう一つは、最近パーティーで話題の人物をこの目で見たかった」

「……どんな話題ですか」


嫌な予感がしながら、回答を求める。


「君が姫様の寝室に忍んだという話題だ」

「訂正しておいてください」

「それは私の力を超えている。大丈夫だ。基本的には同情されている」


同情されているのはなんとなくわかるが、それでも訂正して欲しい。

私はため息を吐きながら、自分の湯飲みの縁を指で撫ぜた。






「こんなところで出会うとは思いませんでした」

「王宮の魔術師もだいぶ出張ってますので、長としましては」


大鍋を覗き込みながら、王宮魔術師長であるパラデス嬢に声を掛ける。

パラデス嬢は軽く会釈し、少し微笑んだ。


「もう、こだわりは消えたようですね」

「あの後、王様から直々に諭されましたので」


ちゃんとフォローアップはしていた様だ。

仕事を押し付けてばかりではない王様の株を心持ち上げながら、会話を続ける。


「父の名誉に固執するのは止め、地道な活動で一族の汚名返上と行きます」

「別に、一族の汚名というほどのものでもないでしょう」

「王宮内ではそう気楽にはいかないのですよ」


私は気にしすぎてましたけどね。

そう付け加えてパラデス嬢は笑う。

理解しているなら、まあこれ以上言う事もないが。


「で、スズナリ殿は何をやっておられるのです」

「料理」


おさんどんさんであり、今日のコックさんなのだ。

私は大鍋の中の蕪が、煮崩れ始めたのを見て微笑む。


「……なぜ料理。貴方は何しに現場に来られてるのですか」

「いや、する事がないから」


今回、王宮もギルドも十分な数を動員している。

私が動くのは緊急時だけだろう、それまでは指揮位置から動く必要はない。

で、暇で暇で仕方ないから料理の手伝いをする。

何もおかしくはない。


「今日は蕪の味噌汁です。炊き立ての飯にかけて食べると美味しいですよ」


元の世界では船頭飯と言われていた気がする。


「うわーい、と喜べばよろしいですか」


ややフランクにパラデス嬢が呟いた。

別段苦労する料理ではないが、そういう反応を期待している。


「スズナリ殿は本当に立場を気にしませんね」

「先代のギルドマスターもよくやってましたよ。暇で仕方ないからと」

「しかし先代のギルドマスターは女性と伺いましたよ」

「関係ありませんよ。男も女も」


先代の味が懐かしい。

ふと郷愁に触れ、本当にどこに行ってしまったのか気になりだす。

もはや元の世界よりも郷愁を感じるほどに先代に恩義を感じてしまった。

いや、この想いは、ひょっとして私は先代に恋を――


「ところで、誰もいないから聞きますが」

「なんですか」

「姫様と真剣にお付き合いしているというのは本当ですか」


噂は着実に悪化している。


「否定しておいてください。王宮魔術師長の力で」

「それは私の力を超えています。すでに結構な噂になっていますよ」


姫様、男っ気全然ないと言いますか、跡継ぎ候補なのに婚約者の一人もいませんからねえ。

世間話のように言うが、その世間話の巻き添えにされてはたまらん。


「仮にも第一王位継承者の噂話がそれって不敬極まりないか?」

「何故です? いえ、貴方に対しては不敬かもしれませんが」


どんだけ嫌われてるんだよ、あの姫様。

私の視点ではそこまで嫌うほどアホには見えんぞ。

実の父親に呪われるほどアホだけど。


「王宮内はどうなってるんです。いや、知りたくもないですが」

「第二王位継承者である公爵様が野心ゼロで、アルバート王と二人三脚で上手く回ってますよ。今のところは。二人して、たまに仕事を押し付けあっていますが」

「次代に不安があるといいたげな」

「金と地位にしか興味ない輩に、姫様の婚約者になられても困るのですよ」


割と真剣な顔で呟くパラデス嬢。


「少なくとも俺は無いな」

「意外とアリだと私は思いますがね。本人が嫌なら仕方ありません」


姫様が嫌いという意味ではなく市井の、それも王様ほど名の知れた冒険者でも無い俺では対象になるまいとの意味なのだが。

違うように受け取られたようだが、まあ否定もすまい。


「……しかし、暇ですね」

「暇ですね。事故でも起こらない限りはこのままずっと暇です」


大鍋の中、煮崩れた蕪を見つめながら、私とパラデス嬢は二人して呟いた。






「こんにちは、ダーリン。ご機嫌いかが? 私は最悪よ」

「こんにちは、ハニー。こちらも今君のセリフで最悪になったよ」


私はアリエッサ姫と剣呑な挨拶を交わした。

パラデス嬢と卓を交え、穏やかな食事を過ごしている時間にだ。

わざわざやって来る事もないだろうに。


「おお。姫様だ」

「飯のにおいに釣られてきたのか」


伐採を手伝っていた騎士団のセリフが耳に入る。

仮にも姫様に向かってそれは無いだろうに。


「お腹すいた。私にも一膳よそって」


このアホにフォローは必要なかった。

私は黙って新しいお椀と米に、蕪の味噌汁をよそう。


「温かいご飯って久しぶりだわ」

「いつもは何食べてるんですか」

「さんざん人が味見した冷食」


姫様は死んだ目で呟いた。

そういえば、仮にも第一王位後継者だったか。


「……これにも毒見が必要では?」

「貴方が――ギルドマスターがよそったご飯を疑う? 逆に失礼になるわよね、それは」


そういうもんか。

私は少し腑に落ちない思いをしながら、椀を手渡した。


「すいません、私にも一膳」


パントライン嬢の分も、すでに用意してある。

黙って手渡しながら、さっきまで会話していたパラデス嬢に視線を戻す。


「上手くやっていけると思いますか」

「すいません、無理ですね」


今のやり取り一つで理解してもらえたようだ。

私は蕪と飯を口に入れながら、それを黙って咀嚼する。

美味い。


「そういえば、最近になって自分が二十台後半になっていたことに気が付きまして」

「はあ」


いきなり、突拍子もないことを言い出すパラデス嬢。

私はそれを黙って聞く。


「どうです? 姫様が駄目なら私とか」

「いきなり何の話始めてるのよ、パラデス」

「婚約交渉ですが? 何か問題が?」


堂々と発言するパラデス嬢。


「すいません、好きな人がいるので」

「私!?」

「お前だけは無いわ」


アリエッサ姫に、思わず本音がほとばしる。

私が好きなのは――今は行方不明となっている、先代のダンジョンマスターだ。

今ハッキリと理解した。


「今は行方不明ですが、いつかはまた出会えるでしょう」

「――そうですか。それは残念ですが」


パラデス嬢はスプーンをくわえ、一呼吸置いた後。


「私はまだ諦めたわけではありませんよ。出会えない可能性もある」


そう言って穏やかに笑った。


「その時、私はダンジョンマスターではなく解雇されてるかもしれませんが」

「ちょうどいいですよ、婿入りして頂ければ結構」


押しが強い。

少し心が揺らぐが、それは気づかれないように、手が震えないようにとスプーンを強く握る。


「ねえ、私を無視して何イチャついてんのよ」

「別にイチャついてはいませんよ」


急に慣れない恋話をされて、心が揺らいだだけだ。

お前に対しては不動だが。

そう思いつつ、姫様に声を返す。


「それで、結局何しに来たんですか」

「ごはん食べに来たのと、最近のパーティーでの噂話よ」

「ああ」


姫様も、一応気にしてはいたのか。

順調に悪化している噂話に頭を痛めつつ――


「私の初めての恋の噂が三十過ぎのオッサン相手ってどうなのよ」

「そこかよ」


いや、判らんでもないんだが。

改めて観れば美少女のハイティーンであることに目をやりつつ、頷いてやる。

だが、言うべきことは言っておこう。


「貴女が今までロクに恋話も沸かさないのが悪い」


そもそも、一番高貴な立場にある人間がここまで恋話が無いって罪罰にも近いだろ。

市井の話題になってナンボの立場だ。

正直、ダンジョンに引きこもってるのでよく知らんが。


「カネと地位に目がくらんだ男ばっかでロクな婚約者候補がいない立場だってのにどうすりゃいいのよ!? どうやって恋話を沸かせと!?」


それはお前の性格が悪いからだ。


「順当にいけば公爵の息子達なんだけど、これがまた全員結婚してて順当な結婚相手なんかいないし!」


それは……不運だが。

ぶっちゃけ全員逃げたんだろうな。


「よりにもよってオッサン! 30過ぎたオッサン。年齢ダブルスコア」


お前いい加減キレるぞ。

第一、30過ぎは本当にオッサンなのか。

私は優しいから認めていたが、その討議を始めるぞ。

始めたらもう本当に長いぞ。


「どうやら、姫様とは話すことが一杯ありそうですね」

「こっちだって一杯あるわよ」


ヨッシャコラー!と叫び声を上げそうな姫様に、私は冷静に30過ぎはオッサンなのかについて答弁を始めた。





30過ぎはオッサンではない。

最後には騎士団の多くが私に味方してくれたので勝利した。

35過ぎがオッサンなのだ。

騎士団の少数が反対したが我々はそれを黙殺した。

これで姫様も理解してくれただろう。

世界は30過ぎの若人を中心に回っている。


「違う」


私は日誌に何を書いてる。

火山活動の報告ではなかったのか?

余りにも暇だったので現地を確認するまでには及ばず、変な愚痴に留まっている。

私は日誌を机の上に投げ捨て、今日はこれで終えるとした。


「それにしても」


結局、あのオカシナ姫様の結婚先はどこに収まるのであろうか。

それだけは気がかりだ。


「この国の方向が、ロクでもない方向に進まなければいいがな」


自分には関係のない話にすぎない。

市井で姫様との恋話を語られる、渦中の人物はそれを無視することにした。


「そして」


先代のギルドマスターが、渦中の話を耳にし、少しばかり――

その内容を気にして、ここに戻ってきてくれればいいな。

儚い思いを胸にして、スズナリは小さなため息を吐くことにした。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ