039 私はカニが食べたいだけなのに
「当国のカニが不漁なのよ。解決して」
「知らんわそんなもん」
思わす素になって答える。
ダンジョンギルドの私室。アリエッサ姫と向き合って答える。
何が悲しくて漁業問題に取り組まねばならんのだ。
私は冒険者ギルドのギルドマスターだぞ。
「知らないじゃ済まないわよ」
ほいっと机上に私の筆跡で書かれたレポートが投げられる。
そのレポートのタイトルには「当国の遠洋漁業の環境改善について」と書かれていた。
「勿論、不漁と環境改善とは何の関係もないんだけどね。貴方、この問題には関心が深いでしょう」
「たまたま気になっただけで、そこまで関心ありませんよ……」
そもそもレポート出すほど、そこまで酷くなかったしな遠洋漁業の環境。
一応調べたから改善案は出したけれども。
「全く取れないわけじゃないけど、現地消費分で終わっちゃって、王都への出荷分が全く取れないのよ。このままでは市民の不満度はマッハ、革命が起きるわ」
「起きるわけないでしょう……」
蟹食えないぐらいで反乱を起こす奴らが……
いたな、目の前の姫様とアルデール君だ。
「具体的にどうしろと」
「蟹、獲れる様にしなさいよ」
「犯罪者の死体でも猟場にまき散らしておきなさい。大量に獲れますよ」
「そんなカニが食えるか!」
甲殻類は死体を食うのが大好き、以上の知識が私にはないぞ。
漁業の専門家にそんなもの――
「そういえば、パイレーツがいましたよね」
「モーレット、どうなの?」
「海戦のあった場所では、よく蟹が取れるという悪い冗談以上の知識は無いな。スズナリの旦那と同じレベルだよ」
モーレット嬢は両手を開きながら、お手上げのポーズをする。
「だらしないわね、海の女が」
「私掠船の船長に無茶いうなよ。私が狩ってたのは海賊と他国の船さ」
「……ウチの船は狩ってないわよね」
「特に争ってもいない、海洋国家でもないアポロニアの船なんか襲わないよ。交易船なんかいなくて漁船ばっかじゃん。ていうか、火薬の導火線に火をつけるマネは禁じられていたさ」
怖いもんな、アルバート王が。
アリエッサ姫は地団駄を踏みながら、子供のように叫ぶ。
「どうでもいいから、誰か蟹の不漁をなんとかしなさい。さもないと暴れるわよ」
「無茶苦茶言わないでくださいよ……ただ、食えるだけでいいなら方法は無い事も無いですが」
「何よ、それ」
コホン、と咳をつき、モーレット嬢を指さす。
「直輸入するんですよ、モーレット嬢の故郷、オデッセイから」
「その発想はあったけど……」
腕組みをしながら、アリエッサ姫は何故か口ごもった後、仕方ないかといった風情で呟く。
「私、あの国の第二王子の求愛一度断ってるのよねえ。それで関係悪くしてるのよ」
「大した問題じゃないでしょう――あなたの場合だと」
「あんまりしつこいから、お父様に求婚許可を求めさせた結果――御父様の威圧で小便漏らして命乞いしたのに?」
「ああ……それはいけませんね」
私は呆れた声を挙げながら、椅子に体重をかけた。
「なんでそんな断り方したんです。多少気にくわなくても、本人が断ればよかったのに」
「断ったわよ。それでもしつこいから御父様に頼んだら、そんな結果に」
「……まあ、いいです。私がなんとかすればいいんでしょう」
ため息を一つ吐き、机上のレポートに目をやる。
それをどけて、茶を入れるようファウスト君に命令を出した。
「できるの?」
「別に国家間の仲が悪くても、商売は別でしょうよ」
オデッセイの冒険者ギルドマスターを通して、向こうのカニ漁獲会社に話をつけよう。
水揚げから直接ウチの国まで卸してもらうのだ。
絶対これ、冒険者ギルドのギルドマスターの仕事じゃないと思うが。
じゃあ誰がやるんだ普通。
蟹? カニの業者だよな多分。せめて商人。
そもそも仕入れまではともかく、誰が販売するんだ。
「素敵、これでカニが食べられるのね」
「蟹の販売業者ぐらいは探しておいてくださいよ」
パントライン嬢と手を組んで、室内をくるくると踊るアリエッサ姫。
その姿を見ていると、何でコイツそんなにカニ食いたいんだと思う。
少しも16の少女の誰もが持つ愛らしさというモノが得られない。
「何でそんな残念そうな顔で私を見るのよ!」
「貴方があまりに残念だからです」
私は正直に答える。
「カニの流通を制する者は世界を制する、判らないの?」
「いや、商人の世界は一部制することができるかもしれませんが……」
「カニの流通には、私達には思いもよらない闇の部分が存在するに違いないわ……」
何か変な事言い始めた。
私はファウスト君がテーブルの上に置いた茶を啜りながら、それを黙って聞く。
「カニの闇商人!! カニの闇取引!! 積み荷の蟹を狙って暗躍するパイレーツ!!」
「さすがにそんなパイレーツいないよ……普通は宝石とか交易品狙うし」
「いるのよ! カニこそ海の宝石よ! 私はカニが金貨に見えるわ!!」
元パイレーツが否定してるんだから聞けよバカ姫様。
「これからはカニを支配している者の時代が来るに違いないわ……オデッセイは強国になるわね」
「……」
海洋国家の時代が来る、という予測はあながち間違っていないな。
世界大国となるための絶対的な前提条件は海洋を掌握することだ。
シーパワーだったか? 薄い過去の記憶から知識を穿り出す。
「オデッセイが強国になる、と言う予想だけは間違ってませんね」
「スズナリもそう思うのね……よし!」
何か決心したようにアリエッサ姫は、私の言葉に頷いて呟いた。
「いつかオデッセイを支配しましょう、スズナリ」
何言ってんだコイツ。
私は正気を疑う目で、アリエッサ姫の瞳を覗き込んだ。
これ斜め45度のチョップで頭叩けば治るかしら、という面持ちで私はアリエッサ姫を眺める。
「我が国とオデッセイの関係はイマイチと言っていいわ」
「主に姫様とアルバート王のせいですよね、わかります」
「フロイデ王国が亡んだ今、この周辺国家は戦乱期に入ったと言ってもいい」
「亡ぼしたのウチですよね、わかります」
テキトーに相槌を打つ。
というか打つのが一番だと、私はアリエッサ姫との関係から学んだ。
「オデッセイが周辺国家に恐るべきカニの力を貸す恐れがあるわ」
「カニの力ってなんだ」
コレステロール値を下げる力なら知っているが。
私も32だ、健康には気を遣っていきたい。
キメラ手術受けてるから健康も糞もないけど。
「先手必勝、オデッセイは遠国だけど、それまでの国は道路にしてしまえばいい。亡ぼす必要があるわ……」
「……」
どうしようコイツ。
……国家戦略上間違ってるとは言い切れないのが難だ。
周辺国家が戦乱期に入った――アルバート王という爆弾があるせいでみんな大人しくしているが――その重石が亡くなれば入るのも事実ならば。
将来強国になることが決定して――いや、今現在強国になりつつある、オデッセイを今のうちに叩いておくのもそう間違いではあるまい。
しかもだ。
「オデッセイの富国強兵化を表立って推進しているのが例の第二王子でしたっけ」
「そうよ! 御父様の威圧を受けて、一皮むけたらしいのよ!」
他国との海戦では第二王子自ら陣頭指揮を執り、連戦勝利の山を築いているらしい。
そのせいで国民の人気は第一王子を遥かに凌ぎ、今は――貴族たちが王位後継者で揉めに揉め、内乱が始まりかけているともオデッセイの冒険者ギルドマスターから聞いた。
活躍するのも、いい事ばかりじゃないな。
「ただーし、詰めの甘さは残っているのか国は内乱寸前。攻め込むなら内乱に入ったところを横合いから思い切り殴りつける、これよ!!」
実にエキセントリックな意見である。
正しい、正しいが……。
「それ、アルバート王に進言したらどんな言葉が返ってくると思います」
「たぶん、”めんどい”の一言で拒否されると思うわ!!」
がっ、と握り拳を作りながらアリエッサ姫が叫ぶ。
判ってるじゃないか。
私は不安を打ち消し、大きな安堵のため息をついた後、茶を飲もうとして――
私の両肩を掴んで離さない、アリエッサ姫の顔を見た。
「やらない? スズナリ」
「やるかボケ!!」
私は湯飲みを思い切りアリエッサ姫の額にぶつける事にした。
◇
「いったー」
スズナリと別れ馬車の中、私はオデコを擦りながら、傷跡が残ってないか鏡を見る。
「姫様、生物魔法の使い手だろう? 傷跡なんか残ってねえよ」
「それでも気になるもんなの!」
相変わらず乳だけバカでかいモーレットに言い返す。
何食ったらあんなにデカくなるんだろう。
やっぱりカニ? カニの力なのかしら?
「カニの販促に、蟹を食えば巨乳になるってどうかしら?」
「どうかしら?と言われてもな……アタシそんなにカニ好きじゃないし」
「嘘! カニ嫌いな奴なんてこの世にいるの?」
「食べ過ぎると体痒くなるじゃんアレ。エビもだけど」
「そうなの? 私はなんともないけど……」
そんな奴もこの世にはいるのか。
いや、生物魔法の講義でアレルギーと言う奴を学んだ事があった。
モーレットはその類かもしれない。
でも販促には関係ない。
「パントライン、噂を流して。姫様の傍付きのモーレット嬢はカニを食べて巨乳になりましたって」
「判りました」
「おいおい、マジでやるのかよ」
別にどーでもいいけど、とモーレットが言う。
本人が納得済みならいいだろう。
「カニの販売業者も探さないとねえ……なんでお姫様がこんなことしなきゃならないのかしら」
「アリエッサ姫が、ギルマス殿に無茶ぶりしたからでしょう」
「カニの直輸入を取り仕切る羽目になったスズナリの旦那にアタシは同情する」
なんでギルマスがカニの仕入れを遠国からやらなきゃならないのか。
スズナリの旦那、糞真面目なところあるからきっと真面目にカニの仕入れこなすんだぞ。
そこんとこ判ってんのか。
と、モーレットが五月蠅い。
「いーじゃない、もうルートさえ作ってくれれば、後はノータッチでこっちで販売できるようにするから」
「それならいいんだけどさあ……それとオデッセイを亡ぼす件ってどこまで本気だったんだよ」
「スズナリがやる気なら、やったわよ。御父様もスズナリがやる気なら、協力してくれるだろうし」
本気だったのかよ……アタシの故郷だし止めてくれ、とモーレットが泣き言を言う。
世間は厳しいのだ。
いつか外敵となるならば、先に潰しておくのも王家の判断。
これも国民のためなのだ。
「カニのためなら……スズナリとの結婚も考えるわ。国のためだしね」
「酷すぎる……あまりに」
今まで言いなりだったパントラインが悲痛な面持ちで被りを振る。
何よ、何が気にくわないのよ。
今までイヤイヤだったスズナリとの結婚も考えると言っているのよ。
「カニを理由に自分を誤魔化そうとするのは止めてくださいよ、姫様。もう好きって言ってください」
「そうだよなあ、スズナリの旦那があまりにも可哀そうすぎる。もう好きって言っちゃいなよ姫様」
「うっさい」
私はパントラインとモーレットの批判の声に耳をふさぎながら、王都にまだ存在していないカニ専門料理店に思いを馳せた。
了




