037 フロイデ王国の降伏式典
「マリー嬢、今日はよろしくお願いする」
「本当に、姫様について行かなくてよろしいのですか」
「すでに必要な分の護衛は付けましたよ」
「いえ、スズナリ殿が傍にいないのが問題なんですが……姫様お冠ですよ、きっと」
知った事ではない。
最優先は、キメラの出資源の調査だ。
「で、フロイデ王は知ってたのか、知らなかったのか? 知っている人間は何人だったんですか?」
「急かしますねえ」
マリー嬢が私を落ち着かせるように、少しからかうような声をあげる。
……確かに、急いている。
やるべき事を、事前に決めてきたせいだろうな。
少し、自分の気を落ち着かせる。
「さあさあ、働きなさい皆さん。次代の王が見ていますよ」
「ミス、マリー。了解しました!!」
若き王宮魔術師たちが急いで資料を漁る。
別に、私は次代の王になるつもりはないのだが。
働いてくれるなら、まあいい。
「調べきるのに何時間かかります?」
「1時間もあれば」
「十分です」
仕事が早い。
マリー嬢に教練された王宮魔術師達が、いかに有能か一目で判る。
「それまで、姫様に会ってらしたらどうです?」
「……仕方ありませんね」
私はマリー嬢の言葉に従い、姫様に会いに行くことにした。
「一体どこほっつき歩いてたのよ!?」
腰元に両の手を当て、アリエッサ姫が叫ぶ。
「マリー嬢の所です。調査によって行動如何が変わるのでね」
重要事項だ。
それを判らせるべく、姫様に言葉を返すが。
「式典が終わるまではずっと傍に居なさい。妙な事は考えないように」
「妙な事?」
私にとっては重要な事だ。
そう言い返そうとするが――
むに、とまた頬肉を掴まれる。
「その顔、止めなさいと言ったでしょう!!」
「……」
私は閉口する。
傍付きのパントライン嬢とモーレット嬢は相変わらず色っぽい目線を送って来るし。
何故かオマール君とアルデール君はニヤニヤとしている。
「ギルマス、俺、姫様のこと、ちょっと誤解してたわ」
「ええ、それほど嫌な方ではないかもしれません」
オマール君とアルデール君の言葉。
それは――私にとっても嬉しいが。
何故ニヤニヤと笑っている。
「とにかく、式典が終わるまでは傍にいなさい。それ以外は許さないわよ」
「……いいでしょう」
どうせ、マリー嬢は一時間もすれば調査結果をこちらに伝えに来る。
それを待つのも悪くは無い。
私は頬肉を掴まれたまま、赤い絨毯の敷き詰められた――フロイデ王の王の間で。
降伏式典が始まるのを待つことにした。
◇
「今後、フロイデ王はアポロニア王国の侯爵に叙されます。領土は現在のフロイデ領の1/3を与えられることになります」
「承知しました。姫様」
姫様とフロイデ王の交渉が今為った。
まあ、実際フロイデ王が元々有していたのもフロイデ王国の1/2程度だ。
そこまで不満は無いだろう。
その下も、そこまで不遇をかこつ事にはなるまい。
最下級、フロイデ王国の騎士たちを除いての話だが。
元々最下級であった騎士は、厳しいアポロニア王国の試験を受けることになる。
合格すれば良いが、殆どは通るまい。
冒険者の門を叩く人間が増えるな――そこまでを考えて、私は傍に近づく人間に反応する。
――マリー嬢。
「結論は出ました。王族は全てが発覚するまで、何も知りませんでした」
「……そうか」
手をそっと下す。
私は静かに、王を殺すのを諦めた。
「スズナリ。控えなさい」
「……はい」
私はフロイデ王を、目の前の男を殺さなくても良い。
その方が良いのは確かだ。
「今後は――キメラ製造等、企むことの無いようお願いしますね」
「勿論だ、あの様な事は決して――まして、民を犠牲にしていた等と」
孤児達を、民と呼ぶか。
確かに、殺さなくても良い相手だ。
私は握りしめていた拳を開き、自分の腰に沿って姿勢を正す。
「スズナリ、挨拶なさい」
「はい。私は冒険者ギルドのマスター、スズナリと申します」
「私は……かつてフロイデ王国の王であり、今はアポロニア領フロイデ侯爵のアークベル・フロイデだ。迷惑をかけた――いや、迷惑をかけ、申し訳ありませんでした」
確かに、迷惑をかけられたよ。
だが、何故敬語で接する?
「アンナ……こちらへ」
「はい、お爺様」
アンナと呼ばれた幼い少女が近寄ってくる。
ぽふ、とフロイデ侯爵の手が少女の頭におかれ、深い沈黙が辺りを包んだ。
「判っているな?」
「はい、お爺様」
なんだ?この雰囲気。
嫌な予感がビンビンしてきたぞ。
「姫様――アリエッサ姫、フロイデにもなにとぞ希望を。その方が統治もやり易いと思います」
「判ってるわよ。その方がやりやすいしね」
「よろしくお願いします」
ふふん、と両腕を組むアリエッサ姫の前で、アンナ姫が頭を下げる。
何だ。
何が起こっている。
何か――良くないこと。
「アンナを――スズナリ殿の第二王妃としてよろしくお願いします」
「よろしくできねえよ」
私は途中で思わずツッコミを入れた。
◇
「フロイデ王国に希望を与えて下さらないのですか!?」
フロイデ王の――今となってはフロイデ侯爵となった男が、私にしがみつくように訴える。
「希望ってなんですか!?」
「アンナを第二王妃として迎え、フロイデの民や貴族を決して悪しようには扱わないという希望です」
「迎えるも何も、まだ姫様とも結婚していない!! 暫定の婚約者だ!!」
私はアリエッサ姫の方を向いて、どういう事か説明を求める。
「いや、政略結婚によって領土を獲得するのは王として当たり前の事じゃない」
「当たり前以前の問題でしょうが!! まだ結婚していないでしょう」
「だから暫定よ、暫定。暫定だから第二王妃決定ねアンナ」
「はい、まだ暫定ですね。判りました」
ペコリ、とアンナ姫がスカートの裾をつまみながら、頭を下げて礼を行う。
「これから末永くよろしくお願いします。スズナリ殿」
「何にも判っていないじゃないですか!?」
この流れは拙い――他国まで、いや、もはやアポロニア王国だが。
これ以上余計なしがらみを作ると、逃げるのが困難になる。
というか、姫様も何故反対しない。
「姫様、姫様も私との結婚なんて御免だと言ってたでしょう……」
「だから何度も言ってるでしょう。暫定よ、本決まりじゃないから気にしなくていいわ。とりあえず、フロイデ侯爵が言ったように民の慰撫のためにはアンナを暫定の第二王妃として迎える必要があるのよ」
「婚約者候補が変わった際は、第二王妃もちゃんとスライドしてくれるんですよね」
「もちろんよ」
……ならば、いい。
暫定的な処置として必要なのは確かだ。
「承知しました。暫定的に第二王妃として迎えますよ」
「おお、有難い」
暫定と言う言葉が並びすぎて、何か頭がゲシュタルト崩壊を起こし始めて来たが。
とりあえず私の腰にしがみつくフロイデ侯爵を離す。
そしてアンナ嬢の方に向き直り、その外見を見た。
――アンナ・フロイデ姫。
フロイデ侯爵の一人孫娘だ。齢はまだ12にも満たないだろう。
政略結婚の道具にされるとは哀れだが、貴族なので仕方あるまい。
「じゃあフロイデ侯爵、アンナは第二王妃兼――人質として私が連れて帰るから」
「よろしくお願いします」
「大切に扱うから心配はしなくていいわよ。別れの挨拶はもう済ませたわね」
「はい、昨日には」
「ならいいわ」
ひらひらとアリエッサ姫が手を翻しながら、アンナ姫の元に近づく。
そしてその手を優しく握り、その手をくい、と引っ張り、近くに引き寄せる。
「さて、城に帰りましょうか」
後はマリー嬢と騎士団達が粛々と手続きを行うだろう。
私はやっと仕事が終わったことに、大きなため息をついた。
◇
「ロリコンじゃなかったのね」
「?」
不思議そうな顔で、アンナ嬢が私の顔を見る。
「いやさ、姫様。それはあんまりな予想じゃないか?」
「モーレットの乳にも反応しなかったのよ。スズナリの奴、もしかしたらって思うじゃない」
私はモーレットの顔を見ず、その反則的な胸に向かって反論した後、アンナ嬢を振り返る。
「アンタ、スズナリは好みのタイプ? 年齢ダブルスコアどころじゃないけどいいの?」
「……元々、相手を選べる立場にありませんから」
アンナが小さく答えた。
こりゃスズナリの事、気に入ってないわ。
年齢離れまくってるから当たり前だけど。
昔の私みたい。
過去を振り返りながら、馬車の中に目をやる。
スズナリはいない。
代わりに、オマールとアルデールが護衛についている。
「オマールとアルデール、フロイデ王国の騎士ってどんなの?」
「それをアンナ姫の前で聞くか?」
「アポロニア王国の騎士に比べると弱小ですよ。国そのものが弱体化していましたからね」
最下層の騎士など、強い奴はとうの昔に騎士を止め、冒険者としてアポロニア王国のギルドの門を叩いてます。
なにせ待遇が違いますから。
アポロニア騎士への騎士試験では、大多数のフロイデ騎士が脱落するのではないでしょうか。
そう冷たくアルデールが分析する。
聞いた私もなんだが、容赦ないなお前。
「そうですか……」
アンナが顔を暗くする。
「だからといって、アポロニア王国では浮浪者等おりません。職はあるので、別に食えなくなるのではないので心配せずとも結構……ですよ、アンナ姫」
オマールが珍しく丁寧語で喋る。姫様相手だからか。
コイツ、反骨の相があるな。
私には見合いの席ですら丁寧語で喋ってないのに。
「そうですね、国としては浮浪者もいない、スラムに孤児も無い、良い国になるんですよね……」
12歳にしては知的だなコイツ。
私はアンナの知能の発達度を見極めながら、どこまで脅すかを考えた。
「そうよ、伯爵がある日スープになったりすることもないわ」
「あれは当然の事です!! 孤児達をキメラにしていた等と!!」
急にアンナが叫ぶ。
なんだ、知っていたのか、つまらない。
これでは脅し文句にもならない。
「知っていたんなら、つまらないわね」
「……ひょっとして、脅し文句のつもりでした?」
そうよ。
12歳の癖に、それ相応の教養は備えているようね。
「それをやったのがスズナリと知っても怖くないの?」
「残念ですが、脅しには乗りませんよ。私は第二王妃として、誇り高くあるつもりです」
そう言うが、私はアンナの震える手を見て取った。
「やっぱ性格悪いわアリエッサ姫」
「まあ、多少性格悪くないと姫様業なんかやってられないでしょう」
姫様業ってなんだ。
アルデールから漏れた妙な言葉を考えるアリエッサ姫をよそに、馬車は一路アポロニア王国を目指していた。
了




