036 フロイデ王国の降伏
「と、いうわけでフロイデ王国が降伏してきたから一緒に行くわよ」
「なんでやねん」
思わず元の世界のお国言葉が出た。
まさか、設立記念日のアレで――姫様の演説で降伏を決意したのか?
冗談抜きで?
いや――もう抵抗は不可能だから、潔く諦めた方が今後の扱いもいいだろうが。
随分屈辱的な経緯で降伏を望んだもんだな。
「なんでやねん? 何それ」
「いえ、なんでもありません。とにかく、フロイデ王国が何故か降伏してきたんですよね」
「何故かじゃないわよ! 私の演説が国民とフロイデ王国に響いたのよ」
少なくとも、国民には響いてなかったぞ。
私はそう思いながら、ただアルバート王の威圧はフロイデ王国に響いたと考える。
それに――自分がやったことではあるが。
誰しも、死体としてスープにはなりたくないだろう。
私はそう考える。
「そういうわけで、私がパントラインとモーレットと、騎士団連れて乗り込むから。スズナリも一緒に来なさい」
「何故私が?」
「私の護衛でもあるけど――今回の立役者でしょうが!!」
立役者、か。
少なくとも暗殺を――そう呼びたくはないが。
いや、呼びたくないではない、認めたくない。
「私の行いを、立役者としては認めて欲しくありませんね」
「なんでよ!?」
不思議そうな顔でアリエッサ姫が問い詰めるが、それは壊れた倫理観の。
私のカルマの譲れない点だ。
だが――
「姫様、本当に行かれるつもりですか? いくら護衛連れとはいえ、相手は敵国ですよ。呼びつければいいのですよ。こっちは勝戦国ですよ」
戦らしきものは幸いにして起こらなかったが。
それでも勝戦国であることに変わりはない。
「フロイデ王国が持っている資産の監査――どういう風に、具体的にはあのキメラの資金の流れについてもマリー達が調べるのよ。相手の国に行かないわけにはいかないわ」
「……」
黙り込む。
理由によれば依頼を蹴っ飛ばしたが、その理由だと別だ。
場合によっては――アリエッサ姫に危害が加わる前に、フロイデ王国の人間を、”密かに消す必要がある”。
「……」
ぐに、と私の頬肉がつかまれた。
「その顔、私の前では二度と止めなさい」
「……どんな顔、してたんですかね」
「二度と見たくない顔よ」
死んだ豚を見つめる顔が、目だけギラギラとしてんの。
アリエッサ姫が呟く。
それは確かに――見たくないな。元々ツラに自信は無いが、あまりにも醜い。
顔をバシッと自分ではたき、帳尻を合わせる。
「……仕方ありません。行きましょう。ただし、今回の立役者なんてものではなく、暫定的な婚約者として護衛するためです。これは譲れません」
「……私もそっちの方がいいから、何にも言わないけどね」
一旦、妙な考えは止めることにして、とりあえず正式な理由をつくる。
何故か私に色っぽい視線を注ぐ、パントライン嬢とモーレット嬢を無視しながら。
◇
「悪くないな、あの顔」
「でしょう?」
「どこがいいのよ」
あの死んだ豚を見つめる顔が、目だけギラギラとしてる顔。
それをモーレットとパントラインが褒めるので、それを否定する。
「獲物をしとめる前の猛禽類みてえな顔してたな」
「私が面倒臭い事をやる前に、私の代わりに片付けてくれる顔をしてました」
「……」
目ん玉腐ってるのか。
そう言いかけるが、三者三様。
あまりにも違う感性をしているのだ。
だから、納得しよう。
私はスズナリと出会ってから、随分成長したのではないかと思う。
特に我慢ができるようになった。呪われるのは二度と御免だからだが。
「私はあの顔、気にくわないわね」
「殺し屋の顔だからか?」
「殺し屋の顔でしたよね」
判ってるじゃない。
判ってて、何でそれに欲情するのか。
とんと私には理解できない。
「少なくとも――私の婚約者としては相応しくない顔つきだったわ」
「それはまあ……」
「そうでしょうよ」
だから、判ってるなら欲情するなよ。
二人に言いたいが、我慢する。
我慢できる子のはずだ、頑張れ私。
「えー、姫様は欲情しないの、あの顔。悪く無かったじゃん」
「そこのところは同意します」
「――このダメ人間どもめ」
ついに罵りとなって口にした。
いやさ、仮にも仮とはいえ惚れた男が殺し屋の顔をして――場合によっては躊躇いなく、自分のためにそれを実行する決意を固めた顔をしているのに――欲情するってどうなのよ。
そんな事を口にする。
「仮にも仮って……」
「もういい加減に諦めましょうよ姫様」
「仮っつってんでしょうよ!?」
モーレットとパントライン。
二人して、呆れたような顔をする。
「いやさあ、”アリエッサ姫のためだけに”に行動しようとしてるんだぜ。スズナリの旦那。本当はフロイデ王国なんて行くのも嫌だろうに。女として何か思うところ無いの?」
「こう、疼いたりしませんか。子宮の辺り」
「疼くかボケェ!!」
モーレットは脳味噌筋肉の癖に理論だっているから、まだいい。
パントラインは、ガン、と拳で頭を殴る。
だがパントラインは殴られ慣れているせいか堪えた様子も無く、
「姫様。今が認める時ですよ。もう面倒くさいからスズナリ殿に『好きよ』って言いましょうよ」
「言えるか――第一、まだ好きじゃない」
「”まだ”って事はいつかは好きになる――ぐえぇ」
私はパントラインの首を両の手で締め上げた。
とにかく――まだ好きではないのだ。
それを否定する奴は容赦しない。
「姫様、パントラインの奴死んじゃうからその辺にしてやれ」
モーレットの言葉。
頭のどこかまだ、冷静な部分であったそれが言葉をくみ上げ、私は手を離した。
◇
「と、いうわけでフロイデ王国に行くから、お前らも準備して護衛任務に就いてくれ」
「いいけどさあ」
「別にいいんですけどねえ」
「何だよ」
不満げな顔をするオマール君とアルデール君に、私はその意を尋ねる。
「それってアリエッサ姫のためにだろう?」
「それでいいんですか、ギルマス?」
良いも糞もあるか。
お前ら状況判ってるのか。
「16歳のガキの命がかかってるんだ。守ってやるのが大人の務めだろう」
「オッケー、理解した。それでこそギルマス」
「命に代えても」
私の言葉に二人は意を翻し、嬉々とした表情で頷いた。
何なんだ一体。
「いやさあ、イザとなると、やっぱりあの姫様はギルマスに似合わない気がしてさあ。あの乳神様やアリー嬢の方がエロくて、押しが強そうでギルマス向きじゃね? 完全に俺の好みで言ってるけど」
「それで夢が叶わなくなるのは、言っとくけどお前だからな。オマール」
夢?
何のことだかさっぱりわからん。
「お前、それは黙っとけよ。ギルマスには判らなくてもいい事だ」
「すまん、ついな」
二人の秘密らしいし、聞かなかった事にしておくが。
まあいい。
「出立に関しては問題ないんだな?」
「報酬は特別に出るんだろ?」
「パーティーメンバーの休暇費用も含めてお願いしますよ」
そこら辺は事前に考えていた事だから問題ない。
「報酬は王宮から特別に出る。それを分けるから心配無い」
「に、しても相手の国まで堂々と出向くか。度胸あるねえ姫様も」
呆れ半分にオマール君が呟く。
「責任感の表れ、として受け取っているがな、私は」
「そうでしょうか?」
アルデールが顔に疑問を浮かべる。
何故か、えらく姫様に反発的だなこの二人。
「いやさあ、ギルマスの疑問も判るぜ。なんで俺たちが姫様をそんなに嫌がるのかって事だろ?」
オマール君が私の疑問に、言葉を交わさずに察する。
「市井の評判あんま高くないし、それにしたって貴族の頂点だろ。市井の民としては憧れよりも、多少ないし反発あるよ。三男坊の俺にとっては特に。成り上がったアルバート王は憧れだけど」
「私も……市井の評判を鵜呑みにするわけではありませんが、姫様の良い評判は聞きません。最近はマシになったとは聞いてますけど」
姫様の市井での評判が、アダとなっているのか。
自業自得であるので仕方あるまい。
アルデール君やオマール君だって好悪の感情はあるだろうしな。
「そこら辺は私を信じてくれ」
「信じるさ。だからついて行くんだろ」
「姫様の制御、お願いしますよギルマス」
……私は、そこまで悪い人間には思えないんだがな、アリエッサ姫。
少なからず、マシにはなってるはずだし。
いや、その頃から会ったからか。
もしくは、姫様が――私に好意を抱いているからか。
よくわからない。
良くわからない事には、一時蓋をしておく。
うん。
私は一つ頷いた後、とりあえず二人の了承を得たことに、安堵のため息をついた。
◇
部屋に戻り、ため息をつく。
「はあ」
ダンジョンの私室。
ファウスト君が屹立しているだけの個室で、私は今日の事を思い返す。
「やっぱり評判悪いんだな姫様」
なんとなく落ち込む。
私はそこまで、あのけったいな性格の姫様を嫌ってはいない。
あの開放的な性格の――実際に面したこともあるオマール君に嫌われるとはよっぽど世間の評判が悪いんだろうが。
「いや、実際に面した事があるから嫌ってるのか」
酷い見合いの断り方だったもんな姫様。
よくよく考えれば無理もない。
新しいワインのコルクを開ける。
「護衛は……パントライン嬢とモーレット嬢。それにオマール君にアルデール君か」
あの4人が組んでいればもしもの事は無いだろう。
私が――”もしもの時に”独自に行動しても問題ないはずだ。
「……」
黙ってワイングラスにワインを注ぐ。
今日はファウスト君を頼る気にならない。
「調査は、マリー嬢がすると言ってたな」
ならば、私が行くのはそっちの方だ。
もし――フロイデ王が、ゲーサーズの研究資料通りに”何十人もの孤児達”を実験台として使い捨て、キメラを造ることを知っていたら
「その時は一思いに殺そう。その罪をフロイデ王宮全体に叫びながら」
知らなかったら、どうする?
それでも責任はあるのではないか?
「……」
この思考は、よくない。
また何かに操られているような気がする。
頭がジクジクと痛む。
「先代」
言葉を口にする。ピクリ、とファウスト君が反応する。
先代から譲られた財産の一部。
今日は触れたくもない。
「……」
私は倫理観を破壊されている。
どうやって?
ジワジワと壊されていった?
それとも――脳を直接弄られた?
どうもその辺が、よく、把握できない。
「……」
頭を押さえる。
眩暈と吐き気が止まらない。
ワイングラスの中身は既に床に転がっている。
「……」
私は酩酊することも無く、軽い眠気を感じながら、ただ床に突っ伏したまま夜を過ごしている。
そしてそのまま、身体を丸め、まんじりとして動かなくなった。
夜が明けるまで、ずっと。
了




