035 パイレーツ
「いい奴選んだじゃない、スズナリ」
「私が随分楽できるようになりました」
「おい、ここギルマスの私室だろ。ノックもせず勝手に入っていいのか」
開口一番、アリエッサ姫はいつもの縦ロールを揺らしながら、私の人選を褒めた。
だが、部屋に入るならノックぐらいしろ。
なんで元海賊より礼儀知らずなんだ、と私は薬草茶を飲みながら思った。
「紹介――しなくても知ってるだろうけど、紹介するわ。私の新護衛、モーレット・ダーレンよ」
「よろしくー。もうこの眼帯取っていい? 凄い闘いにくかったんだけど」
「パイレーツなのに?」
「別にパイレーツだからって眼帯が必要なわけじゃないだろ。というか、厳密にはプライヴァティアって呼べ。この際どっちでもいいが」
モーレット嬢は眼帯を外しながら、男言葉で姫様に抵抗する。
海賊なんて男社会だからな。
言葉口調も自然と荒っぽくなるのだろう。
と、勝手な偏見を抱く。
「モーレット嬢、姫様の言う事はそこまで真面目に聞かなくてもいいですよ」
「そういわれても、雇い主だからな。と、嬢ちゃん扱いは止めてくれよ。もう25だぜアタシ」
「十分お嬢さんと呼んでいい年齢です。少なくとも私から見れば」
モーレット嬢は豊満な――その形容すら足りない巨大な胸を窮屈そうな海賊装束で包みながら、私に抗弁する。
だが、聞きはしない。
25は十分に若いし、私から見れば子供だ。
「……まあいいけど、アタシを嬢ちゃん呼ばわりする奴なんか、仲間内でもいなかったぜ」
「全員ブン殴ったからでしょう。やるわねモーレット」
「そう、全員ブン殴った。スズナリの旦那には勝てそうにないから止めとくけど」
嬉しそうにアリエッサ姫は語る。
おそらく、モーレット嬢のパイレーツ時代の武勇伝でも聞きながらダンジョンを歩いてきたのだろう。
そう語るだけの実力はあるらしい。
負担が楽になったのか、パントライン嬢も笑顔だ。
私はルル嬢に用意してもらっていた、モーレット嬢の資料を漁り読む。
「えーと、貴族にさせられた上、結婚させられそうになったから逃げてきたんでしたっけ?」
「そう、オデッセイで私掠船の船長やってたんだけど、大活躍してたら、そうなりかけたんだ。酷くね?」
「いや、オデッセイとしては報酬代わりでやったんでしょ」
「貴族なんて格式ばっか高くて、下っ端は貧乏人じゃねえか。しかも自分より弱い結婚相手? アタシは御免だね」
私掠船やってたアタシがいくら稼いでたと思うよ、と愚痴っぽく言うが知らん。
まあ、ウチの国に逃げてきたからには姫様の護衛役としてバリバリ働いてもらおう。
そんな事を考えるが、何か妙に色っぽい目で私の事をモーレット嬢が見ている。
「……それで、アタシはいつスズナリの旦那と閨を共にすればいいんだ。姫様」
「もちろん、今日からよ」
ちょっと待て。
モーレット嬢とアリエッサ姫の会話に嫌な物を感じる。
私はガタンと椅子音を立てながら立ち上がり、とりあえず逃げる準備を整えた。
◇
「え、そのつもりで雇ったんじゃないの。この乳オバケ」
「誰が乳オバケだよ、誰が」
アリエッサ姫とモーレット嬢の言い合いを聞きながら。
どっから誤解が生じたのかを読み取ろうとする。
「あのですね、何で私が自分の性癖で、姫様の護衛役を選ばなきゃいけないんです。オデッセイのギルマスが、一番強い人を選んだといったでしょう」
「だから性的に一番強い――」
「どっからそんな偏見が生じた!?」
「だって見なさいよこの豊満な乳。どう考えても『あ、スズナリの奴おっぱいで選んだわね』って思うわよ、誰でも。モーレットを見た御父様もそう言ってたもの」
思わねえよ。あとアルバート王の言う事を絶対視する節があるのを止めろ。
というか、モーレット嬢の反応も何なんだよ。
いつの間に閨を共にすることを了承したんだ。
「モーレット嬢、その、閨を共にするというのは?」
「いや、姫様やオデッセイのギルマスが”スズナリはレッサードラゴン殺した事あるぞ”っていうから。強い奴ならまあアタシも納得できて別にいいかな……と」
ポリポリと頬を掻きながら、モーレット嬢が答える。
何の納得だ。
駄目だ、コイツ脳味噌筋肉だ。
ちょっと頭がボケてるパントライン嬢よりもマシかな程度だ。
「アタシも25だし、そろそろ子ども欲しいんだよね。あ、責任はとらなくていいから」
「だいじょーぶ。責任はキッチリとらせるから。だから、スズナリは娼館に行かないように」
アリエッサ姫、まだその話続いてたのか。
その話したの、随分昔だぞ。
「だから、娼館には行かないと何度も言ってるでしょうに」
「嘘よ! この間オマールが無茶苦茶真剣な表情で、どうやってスズナリを娼館に連れて行くか街の酒場でギルド会議してたもの、待機してるギルド員集めて」
「……それ本当ですか」
会議の招集権限はギルド員全員にあるが。ギルド長への報告義務はある。
私そんな会議知らんぞ。
人がダンジョンに籠ってる間に何勝手な事やってんだオマール君。
今度、報告を怠った罰ということにして絞めよう。
「とにかく、スズナリが娼館に行かないなんて信用できないわ。パントラインかモーレット、どっちか選びなさい」
「……ルル嬢。聞いてるんだろう」
「はい、スズナリ殿」
突如、ドアが開きルル嬢の姿が現れる。
絶対話を聞いてると思った。
「第三の選択肢!?」
「違うわアホ。ファウスト君」
頭の中のアンテナで動かしたファウスト君が、アリエッサ姫に向けて蹴りを放つ。
その跳躍に、モーレット嬢もパントライン嬢も反応できない。
「げふっ」
「はい、ここまでです」
蹴り飛ばされて、ドアまで吹き飛んだところをルル嬢に抱きとめられるアリエッサ姫。
「私の選択は”誰も選ばないし娼館にも行かない”です」
私は気絶したアリエッサ姫にそう答えた。
失礼しました、とばかりにパントライン嬢に背負われて出ていくアリエッサ姫。
それに続くモーレット嬢。
「……ルル嬢、オマール君が変なギルド会議開催してたのって知ってるかね」
「存じません。会議と言うか、待機制度で待機してたギルド員で談義してただけでは?」
「ああ、なるほど……まあ絞めるのは変わらんが」
一体何考えてんだかオマール君。
「今ちょうど酒場に来てますよ」
「行ってくる」
私はドアを開き、酒場へと出向いた。
そして叫び声を上げる。
「オマール君!!」
「ギルマス、聞いてくれ! ターナの奴が童貞じゃなかった! 裏切り者だから処刑しようぜ!! イヤッハー!! その首ねじ切って玩具にしてやるーー!!」
開口一番、何言ってんだコイツ。
「昔、冒険初心者だったころに先輩に娼館に連れていかれて……それから週一で」
ターナ君があわあわと慌てた感じで、オマール君を黙らせようとする。
いや、別にターナ君が娼館行っててもいいだろ。
「これで君は錬金術師としては、大成できない、な……」
アルデール君がまた変な事を言っている。
最近何かおかしいぞアルデール君。
ワイングラスを揺らしながら言うセリフがそれか。
「え、錬金術師って童貞が条件なんですか」
ターナ君、信じるな。
何だか慌ただしい。
私はオマール君の首を泥濘の手で絞めながら、ターナ君を落ち着かせる。
「ターナ君、まずは落ち着いて椅子にでも座り給え」
「そうしよう」
泥濘の手を腕力で無理やりに剥がしたオマール君が、ちゃっかり私の横に座る。
「あの……それでですね。ギルマスを含めた皆さんが童貞って本当ですか?」
「本当だとも」
自信をもって答える。
別に胸を張って誇れることも無い、悲しい自信だが。
「アルデールさんやオマールさんも? 普通、パーティーを組んでいたら先輩に無理やり連れていかれるものじゃないですか? 命の洗濯とか言われて」
「そんな機会なかったぞ。俺、最初から頭目だったからな。騎士教育受けてたし」
「同じく最初から頭目だった。知能労働できる奴が私しかいなかったしな」
オマール君とアルデール君が答える。
我々童貞三人衆の結束は固い。
オマール君は別に望んでじゃないが。
「何でギルドのトップ3が全員童貞なんですか……」
ターナ君がどこか呆れたように言う。知らんわ。
少なくとも、本来あるべきはずの出来事をみんなどこかに忘れてきたのは事実だが。
「……じゃあ、今度連れて行きますよ。それで許してくれますか、オマールさん」
「違う、俺だけじゃなくギルマスを連れて行くよう説得しろと言ってるんだ」
「何で一緒に行きたがるんだお前は」
「アレだよ、連れションと同じ感覚だよ、判れよ」
判らんわい。
一人で行け、一人で。
「ギルマス、一緒に娼館に行きましょう」
ターナ君が糞真面目に、その燃えるような少年の瞳で訴えかけてくる。
娼館へ行こう、と。
ひっでえ構図だなオイ。
「その娼館、彼女よりおっぱいデカい娼婦はいるのか?」
私は酒場で――姫様が目覚めるまで休憩をとっているモーレット嬢を指さして言った。
「何ですか、あのおっぱい……乳神様? いませんよ」
「私は彼女に誘われても全く心が動かなかった。娼館に誘いたければ、あれ以上の女を連れてこい」
ターナ君が驚愕の顔で私の顔を見た。正気を疑う瞳であった。
その時、私は勝利を実感した。
あまりに虚しい勝利であった。
◇
「酷い一日だった」
王宮の寝室。
ダンジョンでの汚れを落とした後、姫様と、護衛役のパントラインと一緒に床に就く。
他国から来た人間を、いきなりそこまで信用するのはどうかと思ったが。
最初は戸惑ったが、まあベッドの感触は悪くない。
あのまま――オデッセイで貴族になって望まない結婚をさせられるよりは余程良い。
ただ一つ、気にくわないことがあるが。
「姫様、アタシって魅力的な体してるよな? ガサツな性格はともかく」
「そうね、言葉遣いはともかく、女性から見ても魅力的な肢体をしてるわよ」
美少女で、ちいさな顔をした、今まで見たことないくらい可愛らしい姫様にも認められている。
それだけの魅力があるはずだ――アタシの胸は。
「じゃあ、なんであんなどうでもいい顔してアタシを見てたんだ、スズナリの旦那。オデッセイに居た頃は、頼まなくてもジロジロ胸を見られてたぜ。いや、この国に来てからもだが」
「基本、スズナリ殿は女性に対して、いつもあの顔です。諦めなさいモーレット」
パントラインの奴が横から口を挟む。
え、いつもあの死んだ豚を見つめるような顔してるの、スズナリの旦那。
「顔の感情が無さすぎない?」
「あら、たまには慌てることもありますよ。そこが可愛いんですが」
パントラインが完全に魅了された女の顔で言う。
アレにガチで惚れてるのか、パントライン。
強いからって理由で体を許そうとしたアタシもアレなのは判ってるが。
「酒飲んで酔っ払ってるときはよく笑うわよ。何に解放されてるのか知らないけど」
姫様が、自慢の縦ロールに特製の椿油で浸した櫛を通し、髪をストレートに戻す。
「まあ、貴方もその内魅了されるんじゃない? 私の勘だけど」
「そう願ってるよ」
いくら子を為すためだけとはいえ、惚れた男になるんならその方が良い。
あのドラゴン殺し――アルバート王譲りという直感スキルを信じよう。
「ところで――姫様はスズナリの旦那の事好きなんですかねえ」
「それは私にも判らないわね」
「判らない?」
「好きかもしれないわ。でも普通、好きな男に他の女を宛がおうとする? そんなことしても、全然心にこうモヤモヤッとしたものが来ないのよねえ」
姫様はパタリ、と倒れるようにベッドに横になった。
このまま眠ってしまうつもりだろうか。
「これは私が貴族だからかしら、パントライン」
「どうでしょうねえ。今は良いだけで、誰かと寝たら急に嫉妬深くなったりするかもしれませんよ」
「嫉妬、いいわね、その感情。それを覚えたら私がスズナリの事好きって実感できるかも」
「……」
アタシから見て、姫様はすでに嫉妬してると思うのだが。
娼館に行かれるのが嫌なのは、婚約者の評判が悪くなるからではない。
姫様のコントロール下を、スズナリの旦那が離れるのが嫌なだけなのだ。
そこに、姫様は気づいていないのだろうか。
一度でも離れたら、姫様はどうなることやら。
まあいい、それを口に出しても姫様は否定するだろう。
夜も更けた。
あとは夢の世界に旅立つだけだ。
モーレットは目を閉じ、眠ることにした。
初めて自分を女として意識しない、不思議な男の事を想いながら。
了




