031 落着パーティー
「えー、それでは一連のキメラ事件が解決したパーティーを執り行いたいと思います。幹事は何故か一番苦労した私が執り行います。何かが間違ってると思います。これ誰の慰労なの?」
「愚痴はいいからさっさと始めなさいよ、スズナリ」
アリエッサ姫は既に肉を食いながら、私をせかす。
もうお前は挨拶無視して肉食ってるからいいだろ。
「それでは乾杯」
「乾杯!!」
私の声に答え、参加者の全員が天高くワイングラスを掲げ絶叫した。
お前ら止めろそれ。誰の仕込みだ。
「ちなみに私の仕込みです。驚かせようと思いまして」
ルル嬢か。いらん事をする。
しかし咎めはしない。
今回の件ではルル嬢にも大分いらん心配をかけたしな。
「しかし、頭が残念な敵だった……。結局、相手の目的は何だったのかな?」
「それはアリエッサ姫への思慕が原因でしょうよ」
「やめてよパントライン、気持ち悪い」
アリエッサ姫とパントライン嬢が、傍に寄って来る。
「アルバート王が、デライツ伯爵に”スズナリの奴を倒せるようならくれてやる”と煽ったと伺っています」
「私が狙われた原因、アルバート王かよ」
「御父様のせいじゃないわよ、デライツ伯爵の頭が悪いのよ」
誰もキメラを造って襲えなんて言ってないでしょうに。
そうアリエッサ姫が呟く。
まあ、私と決闘しろという意味で言ったんだとは思うが。
さすがにデライツがアホでも、それくらいは判っているだろう。
要は、単純に私が邪魔だと思ったんだろうな。
「しかし、相手から奪ってきた研究資料によれば、もう十年も前からキメラ開発を行っていたようですがね」
マリー嬢も寄ってきた。
研究資料は、意図的に焼却した危険な部分を除いて王宮に全て納めた。
それを読んだのだろう。
「急にあれだけのキメラを造る技術は世間に無いよ。開発自体は十年以上前から行われていただろうな」
「……デライツ伯爵の個人資産で?」
「……いいや、もっと別なところからも流れ込んでいただろうな」
おそらくは、フロイデ王国自体から。
ジャイアントラット開発の頃は、国家の弱体化自体を目論んでいたのだ。
私の命を狙ったのは、あくまで途中でデライツ伯爵が勝手に路線変更しただけだ。
「国力差は歴然としているからな。このままだとフロイデ王国は終わりだ」
元々、奴隷制度が無く浮浪者なんて居ない、良質な政治を施いているアルバート王――アポロニア王国と隣接しているのが拙いのだ。
フロイデ王国からは年々民の流出が激しくなっている。
もちろん、当国にだ。
「もってあと何年だと思う、フロイデ王国。キメラ開発に大分つぎ込んでたみたいだが」
「良質な銀山を抱えているので、資金的にはまだ持つと思います。ですが、年々人がいなくなるようでは……スズナリ王の治世の間には滅んで、ウチの国に吸収されるんじゃないですかねえ」
勝手に人を王にするなよ。
アルバート王は戦嫌いだと以前は思った事があったが。
意図的に攻め滅ぼす政策ではなく、自然とフロイデ王国が消滅する政策をとっているだけだ。
……まあ、平和的で良いと思うが、
「その頃には子供が三人欲しいです。スズナリ殿」
……顔を赤らめた――酔っぱらったマリー嬢が戯言を吐く。
マリー嬢は随分酒に弱いようだ。
「アレキサンダー君、悪いが介抱してあげてくれ」
私はモフモフとした事務員に彼女の介抱を命じ、別な招待客に話しかけることにした。
「ギルマス、もうさっさと童貞捨てろよ。目に毒なシスターさんもいらっしゃる事だし」
「あら嫌だわオマールさん。目に毒だなんて」
「お前らが付き合え」
私は酒を嗜んでいるオマール君とアリー嬢に声を掛けた。
「いや、クロレットさん。アリー嬢と呼んでも?には想い人がいるようだし」
「アリー嬢と呼んで構いませんわよ、オマールさん。もっと援護してください」
アリー嬢、どうやら私のいないところで擁護者造りに励んでいたようだな。
「私には好きな人がいるから遠慮しておくと何度も言っているだろうが」
「え、ギルマス好きな奴いるの?」
そういえば、オマール君には言っていなかったか?
私は過去の言動を振り返ってみる。
――言ってないな、多分。
「じゃあ好きな人のためにも、早く童貞を捨てて男前になろう。アリー嬢で」
「どういう理屈だ!? 大体君も童貞だろうが」
「俺は娼館に行くからいいの!……いつかだけど」
まだ行ってなかったのか。
いい加減行けよ。一人でも。
「オマールさん、彼女がいらっしゃらないのでしたら、ウチの若いシスターを紹介しましょうか」
「マジで!?」
「はい、寄付金次第で」
「それ、人身売買じゃねえの!?」
「そんな……ただの恋人斡旋業です」
なんか、オマール君が沼に引きづりこまれそうになっているが。
あえて自分から飛び込むというなら、止めはしないが。
「アルデール、金さえ払えば恋人紹介してもらえるらしいぞ」
「話しかけるな、今とても忙しい!」
アルデール君はカニの解体で忙しいみたいだ。
海洋国――オデッセイのギルマスが大量に送ってくれたんだよな、蟹。
確かにここ王都では手に入り難い食べ物だが。
「女よりカニかよ!?」
「海まで行かねば、いつ食べられるか分からんのだぞカニ!」
アルデール君は色気より食欲の様だ。
というか、カニ好きなのなアルデール君。
当国でも遠洋漁業はやっているが、蟹の陸揚げ量は少ない。
というか、この街自体が海から遠い。
「早くしないと、このままだと姫様に全部カニ食われる!!」
「パントライン、何か意地汚い奴がいるから早くカニ解体して」
「了解しました姫様」
意地汚いのはお前だアリエッサ姫。
一応姫様だろ、お前。
何カニの取り合いしてるんだよ。
そしてカニの解体に勤しむパントライン嬢。
騎士として自分の仕事に何か違和感を持たないのだろうか。
「あー、もういいや、どうでも。とにかく、キメラの発生はもう無いんだなギルマス」
オマール君が全てにどうでもよくなったようにして、ようやくパーティーの主題を聞いてくる。
「ああ、落着したよ」
「デライツ伯爵の身体をスープにして?」
「ああ、誰がやったのかは知らんがね」
「はん、俺もそういう事にしておくがね。おっかねえな」
オマール君はワイングラスの中身を一気に飲み干した後、ニヤリと笑った。
◇
「ローンの全額返済有難う、ターナ君」
「特別報酬のおかげですよ」
今回は、キメラにダンジョンが襲われた際に危険を呼び掛けた功績として、ターナ君も招待しておいた。
もちろん、そのパーティーも、だが。
「みんなカニに夢中なようだな」
「何か……すいません」
ターナ君の背後のテーブルでは、何か物凄い勢いでカニ食ってる連中がいた。
「スズナリ! アルデール以上に意地汚い連中がいるわよ! 何とかしなさい」
何ともしない。
別に誰がカニ食ったっていいだろうが。
まあ、お前が王宮でカニ食いたいと言っても、散々味見された冷めたカニが出てくるだけだろうが。
「ターナ君から見て、今のギルドの不満は無いかね」
「?何もありませんよ。どうしてですか?」
「……」
ターナ君が不思議そうに質問の意図を問う。
そうだな。
何故、そんな質問をしたんだろうな。
「たまにだが、自分がギルマスでいいのかと思うようなことがあってな」
「ええ!?」
「すぐにでも、アルデール君辺りに交代した方がいいと思う気分になるときが――あるのだよ」
指で、自分の胸をなぞる。
――アリザ。
不幸な少女を、また一人荼毘に付した。
汚れ仕事は、たまにこういった事があるから辛い。
デライツ伯爵を拷問してる時など、何とも思わんのだが。
――何故、何とも思わないんだろうな。
昔はその行為にも忌避感を感じていたはずなのだが。
何かに、不満と不信を感じている。
――先代は、私に何かを。
「ギルマスはギルマスとして相応しい仕事を為さっています!」
「そうかな?」
「そうですよ」
燃えるような赤毛の短髪――まだ若い。
二十も過ぎていないのだろうか。
少年のようにも見える瞳を覗き込みながら、私は勢いに抑えるように、不満を飲み込んだ。
「アンタら、普段ロクなもの食べてない私にカニをよこしなさい!」
「げえっ、姫様が乱入してきたぞ!」
「カニだ! カニを守るんだ!!」
ターナ君のパーティーのテーブルに、縦ロールを揺らしながら乱入するアリエッサ姫。
お前、カニ何杯食う気なんだよ。
というか、どこの胃袋に入ってるんだ。
牛みたく、胃袋が4つあるのか?
「何か……すいません」
フォークとナイフで、姫様からカニを必死に守ろうとするターナ君のパーティー。
「仲がよさそうで何よりだ」
その隙をついて、カニの皿を横からかっさらうアルデール君。
「アルデール君!?」
「ああ、カニが! 我々のカニが奪われたぞ!!」
お前、そんなキャラじゃなかったはずだろう。
その行動に驚きながら、オデッセイから定期的にカニの仕入れを行おうかと真剣に考える。
これがギルマスの思考という奴だろうか。
いや――絶対違う。
そんな事を想いながら、私はパーティーメンバーの加勢に向かったターナ君を黙って見送った。
◇
ぐちゃぐちゃに荒れたパーティー会場。
それを目にしながら、アリエッサ姫と喋る。
「あーあ、ぐちゃぐちゃね」
「姫様のせいも一部含まれていますからね。片付け手伝ってくださいよ」
「一国の姫を手伝わせるつもり?」
「何もできないと言うのなら手伝わなくてもいいですが?」
「そのための教育ぐらい受けてるわよ。手伝うわ」
アリエッサ姫。
妙な女だと思う。
変な女だと思う。
だが――
「パントラインは、ゴミを一か所に集めて――マリー嬢はまだお休み中だから起こして手伝わせて」
「はい姫様」
嫌いではない。
そう思うようになったのは、いつ頃からだろうか。
「アルデールはカニ食うのいい加減にやめなさい。オマールはアリー嬢との金銭交渉をいい加減に止めなさい」
「金銭交渉じゃないよ。恋人斡旋料だよ」
「多分貴方騙されてるわよ、オマール。貴方に恋人紹介するぐらいなら、スズナリにシスターぶつけるから教会。アンタに対して紹介しても、小遣い稼ぎにしかならないじゃない」
「俺、騙されてたの!?」
「アリー嬢がスズナリ捕まえてからだと別だろうけど」
初めに会った日から?
「失敬な。私は本気ですよ姫様。教会内のライバルをオマールさんに押し付けて消そうと」
「消そうと!?」
先日、頬肉を掴まれてから?
時間は分からないが、いつからか姫様を悪く思わないようになっていた。
私は多分、姫様の事を――好ましく思っている。
決して、恋愛の好きではないが。
多分、そうだ。
「さて、私も手伝うとしますか」
「……アンタはそこで寝てていいわよ、目にクマが出来てんのよスズナリ」
「……目にクマ?」
「最近、眠れなかったんじゃないの?」
……確かに、そうだ。
何もかも片付いたというのに、どこか眠れない。
アリザの死を引きづっているのだろうか。
――いや、違う。姫様への好感とは逆に、ある人に不信が募っている。
それが頭の隅から離れない。
大恩ある人だというのにだ。だが――彼女は私をキメラにした。
それはある事故が原因だが――私はキメラになど――ゲーサーズの言う新人類になど成りたくなかった。
いや、それだけではない。
かつての私は――転移前の私では、人を殺す事等出来なかったはずだ。
いつから平気になったのだろう。
いつから”平気にさせられたのだろう”。
私は人殺しも拷問も平気な男になってしまった。
ただの事実がそこにある。
だが――この世界で私が生きていくためには、何もかもが必要な事だったではないか。
その考えも否めない。
だから私は――
「寝てなさい、スズナリ」
私は、姫様の言葉に従い、椅子に座り、眠ることにした。
そうすれば、その間はすべてを忘れられるだろうから。
了




