表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
キメラ編
30/113

030 キメラ


マスクを被る。

そのマスクは黒い革で出来ており、ピッチリと顔を覆った。

ジャケットを羽織る。

同じく黒い革で出来ており――マスクと同じ、レッサードラゴンの皮の素材で出来ていた。

靴を履く。

同じく、黒いズボンにブーツ。

こうも全身黒ずくめでは逆に、暗闇では目立って浮き出るだろう。

だが、それは別に構わない。

何も潜入がバレないようにするための格好ではない。

こちらの身分がバレないようにするための装束なのだから。


「――突入開始」


この身はフロイデ王国――デライツ伯爵邸の前にあった。






二人の警備兵が、正門前に居た。


「怪しい奴、何者――。敵襲ーーーー!!」

「夜間警備ご苦労」


警備の兵達の首に、一本の泥濘の手を生じさせ、頸動脈を絞めて落とす。

殺す必要はない。

まだ、デライツ伯爵が犯人という確実な証拠は無いのだ。

まずは本人と会ってからだ。

正面門を警備兵が持っていた鍵で開け、乗り込む。

そこには、沢山の警備兵が待ち受けていた。


「任務ご苦労」


”わざと”正門前の警備兵に警告の声を挙げさせた。

いると思ってたよ。

おそらく警備長と思われる男が声を張り上げた。


「突撃! 命を惜しむな!!」

「よい覚悟だ。しばらく土の中で眠っておけ」


私は全員で一塊となって襲い掛かってくる覚悟を褒めながら、足を一つタップした。


「”敵を大地に閉じ込めよ”」


警備兵達が、まるで地面に足を取られたように転ぶ。

そして――そのまま地面に埋もれるように、デライツ邸の庭土の中へと沈んでいった。


「ひいっ!」

「……」


警備長が怯えすくむ。

掛かって来ないのか?

それならまあいい。


「君に尋ねよう。デライツ伯爵はどこかね?」

「言うものか! 私を舐めるな」

「君のご主人様は、命を捨ててでも守るに値するものなのかね」

「……」


そこで黙りこくる。

あまりいいご主人様ではないようだな、デライツ伯爵は。


「貴様は――暗殺者か!?」

「それはデライツ伯爵に会ってから決める。デライツ伯爵が悪人ならそうなる」

「……私の部下たちはどうした」

「地中に埋めた。空気のある空間は造っておいたから、すぐ掘り出せば助かるぞ」

「……」


私は泥濘を固めてスコップを作り出し、警備長に放ってやる。

警備長はそれを受け取った。


「――最後の義理だ。デライツ伯爵は自分で探せ」

「どうやら、悪人のようだな。デライツ伯爵は」

「知らんな。違法なキメラの開発を行っている事なんて知らんよ」


知っているじゃないか。

ニヤリ、と私はマスクを歪ませて笑う。


「部下に罪は無い。助けさせてもらうぞ」

「そうしてもらうと、私も手間が省ける」


私は警備長の横を通り過ぎ、デライツ邸の中へと侵入した。








デライツ邸のエントランスホール。

そこには誰もいない。

メイドや使用人は怯えて部屋に閉じこもっているのであろう。


「何、一番デカい部屋に居ることは分かってるんだ」


無理やり捕まえて、案内させる必要はない。

私はエントランスホールにある階段に足を掛け――瞬間、上階から声がした。


「何者だ!? ここをデライツ邸と知っての狼藉か」

「ローレンス・デライツだな。顔写真の通りだ」


悪趣味な金刺繍を全身に入れたスーツを着込んだ、金持ちでございってタイプのアホが出てきた。

まさか、自分から出てくるとはな。


「知ってきたんだよ。暗殺者さ」

「このローレンス・デライツ、神に誓って国に逆らうようなことはしていない!」

「貴様には違法なキメラを製作した罪がある」

「国のためだ! このままでは我がフロイデ王国はアポロニア王国にいずれ競り負け――」

「そのアポロニア王国の姫に求婚している愚か者は誰だ」

「――!?」


言動不一致だな。言っていることが支離滅裂としている。

まあいい、違法なキメラを製作していることは認めたのだ。

――殺すか。

その前に配下の生物学者が誰かを吐かせてからだが。

この分だと、吐かせるのはそう苦労しない。

指の全部でも折ってやれば吐くだろう。

私は楽観視しながら、再び階段を昇ろうとして――


「ゲーサーズ! キメラを放て!!」

「おや」


吐かせる必要も無かったことを知る。

通路から、ローブ姿の男が姿を見せる。


「アリザ、奴を仕留めろ」


そして私を指さして、小型のバケモノに指示を飛ばした。

人型の――ヒトガタ?

まるでビスク・ドールのような肌色をした少女を見つめる。

その全身には切り刻まれた跡があった。

両手には肉切り包丁を持っている。

これは――


「ゲーサーズとやら、彼女は何だ」

「新人類――私の最高傑作です。これで勝てなければ潔く負けを認めましょう。どうやってここがわかったのか――おそらく上にいるアホがヘマしたんでしょうけどね」


どうやら、コイツは私がスズナリだと分かっているようだ。

新人類。言い方を変えても、所詮はキメラ。

――材料は――人だ。


「お前、死ぬ覚悟はあるよな。凄惨に死ぬ覚悟だ」

「覚悟は決めました。貴方に殺されるくらいなら自殺を選びたいところですが――」

「どうせ浮浪者のガキの命弄ったんだろうが。させねえよ、苦しんで死ね、お前等二人」


威圧する。

氷柱を叩き割るように、場に一筋の刃を落とした。


「ひいっ!?」


デライツが腰を抜かして上階でコケる。

アイツは後で追いつめて殺す。

ぐちゃぐちゃのバランバランの死体にしてな。


「かかってこい。せめて命を全うしろ、哀れな少女よ」


新人類――アリザと呼ばれた少女が、返事も無く、私に向かって一直線に走りこんできた。

アリザがこちらに走りこんでくる。

感性で敵の強さを探る。

――強敵の、予感。

私は足でタップして、地面を泥濘化させ――る前に、アリザがこちらに接近した。

30m無いと言っても、その間一瞬。


「テレポート!?」

「違います。ただの俊足による移動です。新人類ですので」


ゲーサーズが笑うように言った。

その声が耳に入ると同時に、アリザが握っている肉切り包丁が私の両手を切り飛ばそうとして――

ジャケットの革で刃は止まる。


「その刃では、レッサードラゴンの皮は通せんよ」

「アリザ! 首を狙え!!」


ゲーサーズの焦った声が飛ぶ。

私の反応速度より――アリザの攻撃速度の方が早い。

新人類か。

どうやって造った。

反応速度や敏捷性だけなら、人を上回る生き物等いくらでもいる。

だが、それは人に本来適合しない。

私はマスクの顎の部分で、肉切り包丁を抑え付けた。

近くで見たアリザは無表情のまま、ズタズタに切り刻まれた顔を晒している。


「……」


――哀れな。

私は一度ステップを踏んで、後ろへと下がる。

助けられるか?

いや、一度彼女は死んでいる。

それに手を加えることは、ゴーレムとして生き返らせる事と、何も変わりない。

ならば――

せめて、ひと思いに逝かせてやろう。

そんな思考をしている間に――

アリザが肉薄し、両の手の肉切り包丁を交差させる。


私は、首を、刎ねられた。


「やったぞ!! 私の研究は――レッサードラゴン殺しにも届――」


だが、それがどうした?

私は首を刎ねられたまま、薄笑い、身体を動かす。

その身体で、アリザを思い切り抱きしめた。

じたばたとアリザは腕の中で暴れるが――泥濘で固定化された私の腕からは抜け出せない。

さあ――


「せめて……安らかに逝きなさい」


私は私の身体に泥濘を纏わりつかせる。

そして――自分の身体ごと、アリザを炎上させた。

その身体の肉が焼け、骨と化し、キメラと化す際に埋めつけられたアリザの魔核ごと。

――安らかに、逝けただろうか。

燃え尽きたアリザと、炭化した私の身体を見て、愚かなデライツ伯爵が呟く。


「よくやったゲーサーズ。何、キメラの代わりはいくらでも作れるだろ――う?」

「……いや、負けですよ」


デライツは愉快そうな顔をした後――言葉を止めた。

炭化した私の身体が動いたからだ。

そして、刎ね飛ばされた首を拾い、炭化した身体にくっつける。

その瞬間、炭化した私の身体は生の様々な断片を体の中へと吸い込み、細胞のひとつひとつまでを潤した。

身体は、完全に復元する。

焼け焦げた個所など、一つももはや無い。


「――ば、馬鹿なっ!?」

「やはり、そうなりますか」


新人類。

死ぬ前に、その神髄を見せてやった。

生物学者にとっては嬉しいだろう、ゲーサーズ。

私は薄笑いを浮かべながら、逃げられないよう威圧を相手に与える。


「もし生まれ変わったら、首が千切れても死なない不死性をあの子に与えますよ」


ゲーサーズが威圧に押されながらも、憎まれ口を叩く。


「残念ながら、貴様に来世は無い」

「お怒りですか。随分お優しいんですねえ。”同類相哀れむ”という奴ですか」

「……貴様の死体はカス一つ残さん。全部”削り殺してやる”」


あのアリザをどうやって造ったのかは気になるが。

どうせ研究資料が残っているだろう。

――お前は、もういい。

いらない。


「さて、二人とも――ぐちゃぐちゃのバランバランにしてやるよ」


私は薄笑いを浮かべながら――まず拷問から開始することにした。









「スープみたいになってたんだってね、デライツ伯爵。溶けた服だけ残ってたって」

「そうですか、誰がやったんでしょうね」

「アンタに決まってるでしょう。いったいどうやったの?」


ただ、生きたままぐちゃぐちゃのバランバランにした後、「殺してくれ」の嘆願も聞き飽きたので、腐食性の高い液体に体を少しずつ、少しずつ置換させただけだ。

痛みをできるだけ味わうように。途中でショック死した情けない死に方だった。

ゲーサーズは存在事この世から消し去ってやった。来世など無いように。

だが、それを姫様に言う必要はない。


「それを姫様が知る必要はありません」

「パントラインと全く同じセリフを言わないでよ」


口を尖らせながら縦ロールを揺らすアリエッサ姫。

――その会話を閉ざすようにして、ノックの音がした。


「入っていいですよ」

「失礼しますわ」


姿を見せたのはアリー嬢だった。


「スズナリ殿、頼まれていたお墓の用意ができました」

「お墓? 誰か死んだの」

「孤児が一人、亡くなりました」


私が殺した。いや――荼毘に付したと思おう。

アリザという名だった少女を。


「……そう。デライツは本当にロクでも無い奴だったみたいね」


姫様がその言葉一つで全てを察したように、ワインを一口飲む。

こういう時、直感スキルの持ち主とはやりにくい。


「スズナリ殿、これで一件落着ですか?」


アリー嬢が停滞した空気を打ち消すように呟く。


「そういうことになりますね」

「じゃあ、パーティーしましょうよ」

「パーティー?」

「王家でじゃないわよ。一件落着のパーティーをダンジョンの酒場で」

「いいですねえ」


好き勝手言い始めたアリエッサ姫に、アリー嬢が賛同する。


「今回の件にかかわった冒険者と、スズナリ殿の事を好きな女性陣全員呼んじゃいましょう」

「止めれ」


アリエッサ姫に感化されたように、アリー嬢が好き勝手言う。


「パーティーするなら、デート一回分減らしてもいいですよ」

「パーティーしようか」


私は両手を翻した。


「……そんなに嫌なんですか、私とのデート」

「アリー嬢が、すぐチャペルとか言ってラブホテルに連れ込もうとするからだろうが……」


私は薄笑いを浮かべながら、机に頬杖を突く。

これでいい。

何かバカ話をしていると、日常が戻ってきた気がする。


「スズナリ」

「何ですか」

「あなた、笑うとえくぼが浮かぶのね、初めて知ったわ」


アリエッサ姫は、どうでもいい事を口にした。

うむ、これでこそ日常だ。

私は頬杖を解き、椅子を軋ませながら背伸びをして、天井を仰いだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ