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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編
3/113

003 ダンジョン(前の関所税)について



頭の中のアンテナが僅かに苛立っている。

しかしスケルトンはいつものように、壁際に直立を続けている。

私は何かを諦めて、腕組みをしながら部屋に立つ少女に声を掛けた。


「よく来れましたね。こんなダンジョン最奥まで」

「結構強いのよ、パントラインがだけど」


ビシ、と指さすアリエッサ姫の指先には

御姫様傍付きの女騎士――が、全身鎧にモンスターの体液の跡を残しながら

仰向けに倒れ、ゼイゼイと息を吐いている。

むっちゃ死にかけだが。

さすがにヨセフ殿クラスと一緒にしてはいけないだろう。


「……まあ、お茶と軽食ぐらいは出しましょう。で、何か要件でも」

「ダンジョンに関して」


パタン、と読んでいた先代ギルマスの日誌を閉じ、目を開く。


「すいません、もう一度」

「ダンジョンに関して相談があるのよ」

「何故私に」


アリエッサ姫は眉をしかめた後、不思議そうにつぶやく。


「ダンジョンマスターでしょ、貴方」

「そうですよね。その言葉が聞きたかった」


そのセリフを、人の口から言わせたかったのだ。

最近は自己の認識も曖昧になっていたからな。


「それで何について?

 これより最奥に封じ込められているドラゴンについて?

 ダンジョン内のモンスターの討伐――駆逐状況に関して?」

「え、ドラゴンいるの、ここに!?」

「いますよ、凶悪なのが」 


何のためにこんなダンジョンの奥底にギルド立ててるかといえば

その封印を維持するためだからな。


「それで、お聞きになりたいのは? 何でも答えますよ」

「ダンジョン付近の河にかかっている橋の関所税について」

「さっさと帰ってお前の親父に言え」


期待して損した。

意味もなく頭の中のアンテナを弄り、スケルトンに手斧を振りかぶらせる。


「言ったわよ。そしたらダンマスの担当になってるから、そちらに言えって」

「ん、ちょっと待ってください」


――疑問。

王様自身が言っているならそうなんだろうが。

どういう経緯でそうなってるのか。


「ウチの国の管轄じゃなくてギルド管轄なのに、税だけウチに入っているチグハグ状態なんだけど」

「ああ、それを聞いて思いだしました」


先代から聞いた話だ。

先ほど口に出したドラゴン封印にも関する。

なんでも、ダンジョン討伐時に貢献した騎士団の一部――戦死者の遺族の捨扶持として

新しく禄を設けるために橋の関所税を充てる事にした。

それも古い話で、橋自体は先代以前のダンマスが建てたようだが。

そのまま口に出し、アリエッサ姫に説明する。


「じゃあ貴方にする話で合ってるのね」

「あってますね。管理だけは一応ウチです。で、何の用です」


姫は薬草茶を一口だけ飲み、その残りを倒れ伏すパントライン嬢の口元にやりながら呟く。


「最近、税の収益が急激に減ってるのよ。管理者として何とかして頂戴」


また面倒くさそうな案件を。

私は執筆中の机上のレポート「当国の遠洋漁業の環境改善について」に目をやり、それを後回しにする事を決めた。






「原因は一目でわかった」

「私も熱いから泳ぎたくなってきたわ」

「私は馬車で眠りたくなってきましたが」


三者三様のセリフを口にする。

私とアリエッサ姫は河を泳ぐ大量の冒険者達を見て。

大きな橋のかけられた河――といっても、水深は浅く途中までは歩ける。

泳ぐ距離としては100mもないだろう。

泳いで関所税を浮かす水練の心得があるバカも出てくるというわけだ。

パントライン嬢は、ポカポカと温かい日差しと陽気にやられたのだろうか。

本気で眠たそうである。


「冒険者って金が無いの? それともケチなの?」

「今までの関所税が高すぎたのでしょうね」


アリエッサ姫とパントライン嬢の会話を黙って聞く。

正直、想定外の光景である。

ダンジョンを目前として泳ぐからには装備品や荷物をパーティーメンバーの一部に集め、そちらは関所を。

自分たちは河を泳いでいるということだ。

なんとも面倒臭い事をしているものだ。


「大体幾らぐらいだっけ」

「一人につき、ダンジョン前の安宿一泊分の料金程度を取ってます」

「あー、確かに高いわね」


庶民は大変だこりゃ、とばかりに

橋の欄干に顎を載せながらアリエッサ姫が呟く。


「税が急激に下がったのは、夏だからってどっかのバカが泳ぎだして、それをマネしてッて事かしら」

「おおよそ、そんなところでしょう」

「で、どーすんの」


結果を見て予想を立て、結論を出すことを求められる。

ややせっかちな姫様に少し困りながら、頭を巡らせる。

とりあえずの答え。


「水温的に泳げるのは夏だけですから、その補填だけでしょう」

「関所抜けを防ぐアイデアとかは?」

「人を食うモンスターでも河に流しますか?」

「いいわねそれ」


捻くれ者が好きそうな返事を考え、適当に口走りながらも現実的なアイデアではないと思案する。

他にアイデアはないだろうか。

似非山賊団を編成して、関所を通るパーティーメンバーの一部を襲わせる。

いや、不可能ではないが非道すぎる。


「そもそも、税収を補填する必要があるんですか」

「あるに決まってるでしょう。冒険者は必ずこの関所通るんだから、安定した収益だったのに」

「まあそうでしょうが」


それに、税収にあてた経緯が経緯だ。

ダンマスの立場としては無くすわけにもいくまい。


「夏に関しての減額分は補填しま……」


口にしかけて、止める。

当ギルドは金に困ってはいない。

だが、あまり勝手に動くのもよろしくない。


「あれ、正直ダンジョンギルドが減税分補填して終わりじゃないの?」

「……払えないわけではないんですが」

「ひょっとして、認めちゃうとダンマスの立場が危ういとか」


そこまでではない。

だが。


「私の事を認めていない人間も、確かにギルド内にいますね」

「じゃあ、あっさりお金出して解決ってのも無理かー」

「いえ、結局はそういう話になるでしょう」


関所の税を無くし、ダンジョンの入場料として金をとれば、だいたい同じ収益に戻るのだが。

それはそれで批判が出るに決まっている。

結局は、潤沢なギルドの資金から補填額を王宮に支払うのが

ベストな選択肢になるのが私の出した結論である。

だが、それを選択したのが自分というのが拙い。

いくらその結論が変わらなくても、だ。

経緯が経緯とはいえ、ギルドが初めて王宮に直接税を支払う形となるのだから。


「但し、会議にかけることになるでしょうが」

「意外と立場弱いのね」

「無理強いできないわけではありませんが」


ギルマスの立場なんぞ、正直どうでもいいのだ。

ただ、先代が戻ってくるまでは維持する必要がある。

そのためには弱みを最小限にする必要がある。


「その会議への参加って私もしてもいいの?」

「構いませんよ。ただ、発言は最小限でお願いします」


私は頭に指をやり、軽く覚えた痛みを蹴散らすようにそれを弾いた。






会議場――ギルドのエントランスホールを抜けてすぐ二階の一室に設けられたそこには

十数人のギルド員が集まっている。

全員が「名持ち」あるいは元「名持ち」――吟遊詩人にも謳われたことのあるような、いわゆる冒険者としての実力者だ。

冒険者としての実力がそのまま発言権になる、とまではいかないが影響されているのも事実だ。


「まずは反対意見を述べさせていただく。橋の管理権ごと、この際、国に返却してしまえばいいではないか。その後は知った事ではない」


私のギルマス就任にも反対した、現ギルド員がまず口火を切る。

それが出来れば苦労はしない。

だが正論ではある。

俺はその意見をかみ砕きながら、返論を為すべく――


「経緯は先に説明したでしょうに。ダンジョンの初期討伐協力への返礼である以上、その税額分はキッチリ国に収める必要があるのよ」


して、発言は最小限にしろと言ったアリエッサ姫の発言に止められる。


「……大昔の話でしょう。それに問題としたいのは金の話ではない、国にギルドが直接納税するという形が認められない。我がギルドはあくまで独立独歩の団体であるべきです」

「所詮は形だけの話でしょう。今まではチグハグな形であったのが正常化されたとむしろ思ってほしいわね」


年老いたギルド員、いわゆる私への反発者とアリエッサ姫の討議が続く。

発言は最小限にしろ、という意味が理解できていないようだ。

黙っていろ、とハッキリ言うべきだった。

拳に力を籠め、アリエッサ姫の横にいるパントライン嬢に目線を送る。


「……」


パントライン嬢はコクリ、と頷き、ビアジョッキをあおる仕草をした。

そうじゃない。

誰が「この後飲みに行かない」なんて視線をこの場で送るというのか。

アホ主従に期待した私が間違いだった。


「そもそもなぜ部外者がここにいる」

「仮にも姫に向かって部外者はないでしょう。徴税権が国にある以上、私がここにいるのはむしろ当然と言っていいわ」


いい度胸してるわね、貴方。

そう言いたげな表情で、アリエッサ姫は眉間に皺を寄せる。

ギルドにとって国の権威なんぞ知った事ではないからな。

そこの部分だけはギルド員に同意しつつ、いい加減口を開こうとするが


「……この場でアリエッサ姫とギルマスとの関係について問い質したい。彼女を呼んだのはギルマスと聞いている」


それも遮られ、痛いところを突いてくる。


「……寝室で、体をまさぐられた関係かしら」

「は?」

「二度言わせないで」


そしてロクでもない事を口走るアリエッサ。

正直死ね。


「い、今の言葉を聞きましたか皆さん。ギルドマスターは現在、王家とふしだらな関係にある!」


ザワザワと小声が聞こえる。

「ギルマスにそんな甲斐性があったとは」「そもそも女に興味があったのか?」

「よりにもよってあんな性格のひねくれた女に」

「というか年の差考えたら犯罪だろう」

全て余計なお世話である。


「まあ、それは別にどうでもいいでしょう」


アリエッサはどこ吹く風で騒めきに応じた。


「良いわけがあるか! ギルマスが王家と不適切な関係にある以上、今回の件も王家に有利な形で誘導されているとしかいえん」


私は頭の中のアンテナを弄り、扉に構えていたスケルトンに合図を送る。

スケルトンの手から投じられた手斧は、会議室の机上に音を立てて突き刺さった。

コホン、と咳ばらいをし、全員が沈黙するのを待って口を開く。


「……そろそろ喋っていいか」

「どうぞ」


誰かも知らぬ声が会議室に響いた。

私は手をひらひらとさせながら、まずは訂正を行う。


「まず、私はアリエッサ姫とふしだらな関係なんぞではない。治療行為で体をまさぐった事はあるがな」

「そんな事だろうと思いましたが……」


先ほどのギルド員とは違う、いわば私よりの立場にある女冒険者が応じる。

ギルド内では数少ない味方といえるだろう。


「しかし、アリエッサ姫の招致については私も反対でした。経緯からしてお金を出すことになるかもしれませんが、それはギルド単体での判断によるものとすべきです」


しかし言うべきことは言う。

どう答えるべきか悩むが……


「それについては素直に謝罪しよう。成り行き上、憑いてきてしまったのでな」


疫病神が。

そこまでは口に出さずに、言葉を続ける。


「経緯が経緯だ。減額分に関してはギルドが支払う。だが、この際状況を整理したい。まずは、橋の管理権を王家へと譲渡する。ここまではいいな」


少しの時間をとり、沈黙を諾ととらえる。


「我がギルドは独立独歩だ。国家からは何の干渉もされないし、こちらからもしたくない。補填額は新たに財団を設け、そちらを迂回する形で国家へと毎年支払う事とする」

「面倒くさいことするわね」


アリエッサ姫の発言は無視する。


「反論があるなら聞く。だが、これ以上の案を出せるならの発言としてくれ」


沈黙が続く。

とりあえず乗り切った様子に、思わず小さなため息を吐いた。







「結局、そこまで大した内容じゃなかったんでしょ。一方的に発言して終わりだったじゃない」

「そう見えただけです」


ギルドの私室。

そこにアリエッサ姫とパントライン嬢を通し、今後の話をする。


「結局、誰が考えても同じ結論に至るんですよ。だからロクに反論も無かった」


財団の設立案を羊皮紙に走り書きし、それをアリエッサ姫に見えるように渡す。


「ん、財団の管理は私がやる」

「……そういえば、何で貴女が税収なんか気にしてたんです」

「父の命令で、あの橋の徴税に関しては私の担当にされたのよ」


また王様か。

……ひょっとして、面倒事を俺に押し付けるように動いてないか。

いや、ただの邪推だろうが。


「今回の件で、ギルド内の立場って変化したの」

「多少の反発はあったでしょうね。もっとも最初から私を毛嫌いしている人間だけからでしょうが」

「んーと」


アリエッサ姫は少し言いにくそうにした後、そのフリをしただけのように

直球で質問をぶつけてきた。


「そこまで嫌われる理由って何? ハゲてきた奴を人間扱いしなかったから?」

「あなたが公爵を侮辱して騒動を起こした一件は聞き及んでいますが、それと一緒にしないでください」


理由はたった一つ。

ギルド員の全員が「名持ち」あるいは元「名持ち」である中、私は「名持ち」ですらない。

いわば、吟遊詩人に謳われたような冒険者ではないからだ。

あくまでも先代の指名でこうしているだけ。

逆に、先代の威光がそれだけ強かったとも言える。

だが、それからもう5年も経った。

この立場が落ち着いてきた空気もあるが、一時的な代理と考えていた者にとっては

とても歓迎できる状況ではないだろう。


「えっと、話は終わりですか」


パントライン嬢の声で、落としていた思考から立ち直る。


「ええ、これでおしまいです」


コテン、と首を横に捻りながら、パントライン嬢は当たり前の約束を

守らせるようにして呟いた。


「それでは飲みに行きましょうか」


そんな気分ではないが、もうヤケで応じてやろう。

私はパントライン嬢の言葉に応じ、椅子から立ち上がった。







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