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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
キメラ編
29/113

029 ルーチンワーク③


私は広いがらんとした場所に出た。

いつものように手を叩くと、歪な反響が周囲から返ってくる。


「ご機嫌いかが? ドラゴン殿」

「今すぐお前を殺してやりたいよ」


いつもの挨拶。

それを終えて、私は一匹の肥えた牛を連れてくる。

ドラゴンへの差し入れだ。


「また、我が知恵が必要になったか」

「場合によっては」

「ふん、調子は取り戻したようだな。まだ乱れていれば面白かったのだが」

「あんなもの、酒を飲んでしまえば忘れる」


愉快そうなドラゴンを尻目に、私はンモーと鳴く牛をなだめる。


「私の命を狙っている男がいる。その犯人捜しだ」

「犯人捜し? 世情を良く知らん私を頼るな」

「情報は教えてやる。欲しいのは知恵だ」


私は今起こっている概要を説明してやる。

2体のキメラ。その部分だけは特に詳細にして。


「つまり、他国人であろうな。犯人は」

「そうだな、それは間違いない」


私が王となる――その気はないのに。

まあ、それを拒んでいる自国の貴族が私の事を殺そうとしている。

それも考えたが――


「この国で、それだけのキメラを造れる金持ち貴族は公爵ぐらいのものだろう」

「そういうことだ」


公爵の野心の無さは知っている。

私を狙う理由なんぞ無い。


「結局は、地味な捜査方法しかあるまい。アカデミーから飛び出した学者、或いは追放された学者が身を持ち崩して、莫大な資金を持つモノに飼われてお前の命を狙っている。事実はそれだけだ」


くるる、と喉を鳴らし、ドラゴンは回答を為す。


「それでは現状の整理をしただけだろう。知恵とはいえんね」

「それではヒントをやろう。キメラはクラーケンが元だと言っていたな」

「ああ、クラーケンを複数重ね合わせた生物だった。トロールの体液のおまけ付きだったが」

「それではヒントは”海”だ」

「海?」


ドラゴンは私を嘲け笑うように言葉をつづけた。


「これ以上言う必要はない。よくよく考えれば気づくことだ」

「む……わかった。知識への礼は言う。牛は置いていこう」

「前回の牛、少し味が落ちてたぞ。安物を買っているんじゃあるまいな」


そう嘯いて、ドラゴンは牛にがっつき始めた。


「お前がグルメになっているだけだろ」


牛の断末魔、それを耳にしながら私はドラゴンの居室から出ていく。

脳味噌の中でドナドナを謡いながら。








街のギルドの私室。

アカデミーの学長から上がってきた報告書の枚数を見て、ため息をつく。

同じようにルル嬢もため息をついた。


「数が多いな」

「自国・他国問わずアカデミーで生物学を学んだものの、アカデミーを飛び出した、追放された人数の分だけあります」


飛び出す奴が多すぎだろ。そんなに自由研究がしたいか。

もの狂いのマッドどもめ。


「数を絞ろう。その中で現在行方不明になっているものだけにしてくれ」

「犯人は街にはもう住んでいないと?」

「他国のどこかにはいるはずだ。だが、街にはいない。おそらく、どこかの拠点で研究に閉じこもりになっているはずだ。そうでなければキメラが造れん」


私はルル嬢が一抱えにした書類を見て、頭を悩ませた。


「調査に時間がかかりすぎます。資金と材料の流れからも当たるべきでは?」

「確かに、莫大な資金が犯人に流れているのは間違いないな」


だが金の流れに関しては、自国ならともかく他国については掴めん。

金持ちの貴族や商人――あるいは国がバックについてるのは間違いないが。

――国家がバックの可能性は考えたくないな。

アルバート王の性格を変えると、即日戦争になる。


「材料もです。クラーケン数体とトロールなんてどうやって我が国に持ち込んだんだか」

「……材料に関しては、そのままの素体が必要なわけではないぞ」


ぱちくり、とルル嬢が目を閉じ開きする。

ルル嬢に生物学者としての知識は無い。


「そうなんですか?」

「損傷のない魔核と組織の一部さえあれば、細胞は増殖できる。前回のキメラで言えば、よくあれだけのモンスターの魔核を集められたというべきだな」


金さえあれば、不可能ではないが。

魔核を買い集める事によって――買い集める?


「他国の冒険者ギルドから魔核を買い集めた?」


あれだけの魔核を集められる武装集団等限られている。

それを私兵として飼っているとは考えづらい。

いや、飼っていたとしても、密かに集めることに至ってはほぼ不可能だ。

クラーケン。海。

ドラゴンのヒントが、頭の中で符合する。


「……海のある国の冒険者ギルド」


おそらくは、そこから大量のクラーケンの魔核が買われた。

ここから一番近い海洋国は――オデッセイ。

あそこの冒険者ギルドとは親交がある。

いや、冒険者ギルドから買い集めるなどアシがつく阿呆な真似をするとは考えづらいが――

調べる必要はある。


「オデッセイの冒険者ギルドに手紙を出すか」

「それがよろしいかと」


私はルル嬢の賛同の言葉を聞きながら、羊皮紙にペンを走らせ始めた。








返事は騎鳥便――ロック鳥を飼いならした者による配送で三日で届いた。

早いものだ。よほど急いでくれたものと見える。

すぐに封を破り、内容を確認する。


「買ったのは、隣国のフロイデ王国のデライツ伯爵……と」


私は詳細に書かれた文章から、内容だけをとりあえず読み取った。

……。

待て。


「ルル嬢、いきなり犯人が分かっちゃったんだが」

「アホなんですよ、その貴族。多分」

「いや、恐らく何者かを経由してのことだと思う。このデライツ伯爵も何も知らんだろう」

「……それにしては名がデカくありませんか。伯爵?」


俺もそう思う。


「普通は何人かに分けて購入しませんか?」

「そうだよなあ。そうなんだが……」


オデッセイの冒険者ギルドのマスターによれば、急にデライツ伯爵の使者が尊大な態度でクラーケンの魔核を幾十とかき集めて買っていったとある。

どうしよう、バカがバカをやってる光景にしか思えん。


「これはあれか、バレても他国の貴族にはそう簡単に手出しできないだろうと目論見があっての事か?」

「いやあ、何も考えていないように思えます……」


ルル嬢は何かを諦めたかのような表情でつぶやいた。


「……」

「……」


二人、沈黙する。

とにかく、このデライツ伯爵を調査するのが問題解決の近道だろう。

とはいえ、他国の貴族事情などには精通しとらん。


「アリエッサ姫、今日来るかな?」

「さあ、何分自由なお方ですから」


今日は来てほしい。

貴族事情なら、アイツに聴かんとわからん。


「それにしても……いいのか、本当にコイツが犯人で」

「まあ、アリエッサ姫を待ちましょうよ」


ルル嬢は絶対コイツが犯人だろ、という表情を崩さずに答えた。









「次のキメラの案は浮かんだか」

「あれから一週間も経っていませんよ。少しお待ちください……」

「ふん」


デライツ伯爵は鼻を鳴らして答えた。

全く、このアホがこの国の有力貴族だなんて世も末だ。

生物学者は目の前の男を心中で罵った。


「魔核の確保も大変なのだ。早急に案を出せ」

「承知致しました……」


だが、目の前の男が居なくては研究がままならない。

特に前回のクラーケンの魔核等、どうやって手に入れたのかすらわからん。

一体、あれだけの魔核をどう秘密裏に集めたのだろうか。

生物学者には思いつかない。


「次の案をさっさと考えろ! 無能が」


そう、生物学者には思いつかなかった。

デライツ伯爵が単に金を積み上げて、冒険者ギルドから表立って魔核を買い集めたなどと。

堂々と行動しているなど、想像もつかなかったのだ。

生物学者の知能では、完全に想像の埒外であった。


「仰せの通りに」


表向き、生物学者は頭を垂れ、再び次の策を考案することにした。

滅びの足音が近づいたことを知らないままに。








街のギルドの私室。

ここで合うのは珍しい。


「いつもここに居なさいよ。会うのにその方が楽だわ」

「私も、ここに居て頂いた方が助かります」

「だが断る。ダンジョンの私室の方が好きなんでね」


私はアリエッサ姫とパントライン嬢の愚痴を無視する。

そして本題に入った。


「フロイデ王国のデライツ伯爵は知っていますか?」

「誰それ。知らないわよ」

「姫様、求婚してる男性の名前ぐらい覚えておいてください」

「……ああ、あの金持ってるだけのアホそうな奴!? 知ってたわ」


求婚者を忘れてる姫様も大概アホではなかろうか。

というか。


「なんだ、他国からの求婚者もいるんじゃないですか」

「金と地位と名誉にしか興味のない奴はお断りって言ってるでしょ。このアポロニア王国をあんなアホに渡したらアンタだって困るのよ」

「私も男性としてはお断りのタイプですね」


パントライン嬢のタイプまで聞いていない。

だが、まあいい。


「ならば、私を殺そうとする理由はあるという事ですね。もう充分です」

「はあ、あのボケがアンタを殺そうとしてるって? 私が殺しといてやるわよ。パントライン」

「すぐに面会の準備を整えます。のこのこやってきたところを一撃入れますね」


待てい。

誰が殺して欲しいとまで言った。


「そこまでは結構です」

「何でよ。殺そうとしてるって、要はキメラ事件の犯人って事でしょ」

「まだ証拠が少ないです。容疑が確信に至っただけです」

「アンタ、殺す気でしょ。それなら私が殺しとくわよ」

「戦争になりますよ」


呼び寄せた他国の貴族を切り殺したら即時開戦だ。

そんなことしたら。


「アルバート王が喜びますが、無辜の民は苦しみますよ」

「細かい事言うわねえ」

「細かくありません」


殺すなら――何も、表舞台に立ってやる必要はない。

背後からの短剣一撃で済むのだ。

そう思考すると、ぐに、とアリエッサ姫が私の頬をつまむ。


「……何ですか」

「怖い顔してるんじゃないわよ」

「アリー嬢じゃないんだから、頬肉つまむのは止めてくださいよ」

「アリーの奴、こんなことしてんの?」


同じことやってんのか。

何か傷つくわー、とアリエッサ姫が呟く。

頬肉から手を離せ。

まあいい、これで方針は決まった。

結論は――デライツ伯爵を吐かせればいいだけだ。

そうして、楽に殺してやる。

それが最大の慈悲と言う奴だろう。


「――ふん」


私は一向に頬肉を離そうとしないアリエッサ姫を無視しながら、ファウスト君にワインを頼んだ。




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