026 幕間 スズナリが怖いから何とかしようの会
王宮。
赤い絨毯が敷き詰められた王の間――ではなく。
ここはアリエッサ姫の私室。
そこに数人の妙齢の女性が集まっていた。
「それでは、第一回チキチキ、スズナリが怖いから何とかしようの会を始めるわ」
「チキチキ?」
「何か語呂が良いから付けたわ」
何かスズナリ殿がそんな言葉を口走ってた気がする。
それに影響を受けたのであろう。
それにしても、何とかしようと言われても困る。
勿論、スズナリ殿が怖いままでずっといるのは、私もちょっと困るが。
「とにかく、昨日会ったら何かスズナリが怖いのよ。まず最初に原因。怒らせたのは誰!?」
「それは……私ですね」
身体のラインが見えるシスター服に身を包んだ女性が手を挙げた。
「アンタか! スズナリが急に怖くなった原因は」
「アレが本当のスズナリ殿の姿ですよ。急に怖くなったわけではありません」
シスター――アリー嬢が抗弁する。
「私だって、お父様程じゃないけどスズナリに何か"怖さ"があることくらいわかってるわよ。でも、何でそれを表に全力で出してるのよ!」
「知りませんよ。先代への非難が引き金になったんでしょうけど!!」
怒鳴り合う姫様とアリー嬢。
私はそれを冷静に聞きながら――王様ほど怖くないから良いではないかと思う。
むしろ、アレくらいの方が恰好いい気がする。
「私は温厚で穏やかなスズナリが好き、もとい――興味を持ってたのよ。急に怖くなっちゃったら反応に困るじゃない!」
「それは貴女の愛がそこまでだったというだけです!!」
「ぶっ殺すわよアンタ。大体、先代って何者なのよ! 誰か! 知ってる奴」
シーン、と場が静まり返る。
だがしばらくして、はい、と手を挙げてマリー嬢が答えた。
「スズナリ殿の想い人だと思いますよ。姫様」
「それだけにしては執着が――強くない? 盲信じみてるって感じ」
「ほぼ浮浪者も同然だったスズナリ殿を十年前に拾ったと噂に聞いたことがあります。執着が強くなるのも当然では?」
マリー嬢が冷静に分析する。
「そもそも、何で二十二のスズナリが浮浪者同然でいたのよ。あのスズナリでしょ!? それ本当の話? ウチの国が浮浪者なんか出さないようにどれだけ努力してると思ってるのよ」
「スズナリ殿の事を私も調べましたが……そもそも、当時スズナリ殿はウチの国民ではありません」
「他国民?」
「はい。スズナリ殿が当国で確認されたのは10年前です」
意外そうに、姫様が呟く。
マリー嬢が続けて答える。
「どこからかフラリと流れ込んできた浮浪者だった、と聞いています。もう少し時間がたてば――先代に拾われなければ、国が保護するところだったと衛兵が当時の事を記録していましたよ」
知っている情報は以上です。
マリー・パラデス嬢が口を閉じようとして――最後に一言だけ呟く。
「姫様、私はあのシスターがこの場にいることが気にくわないのですが」
「ありえないことだけど。多分、ありえないことだけど。私がスズナリと結婚するような事があれば、教会からも一人誰か娶った方がいいのよ。パワーバランス的に。我慢しなさい」
もう、なんというか、姫様。
一体、何に抵抗しているのであろうか。
好きなら好きと言ってしまえばいいのに。
「それで、アンタは何か知らないの。アリーナ・ルル」
「知りませんね。知っているのはギルマスが時々殺しを請け負っている、または自発的に行っているぐらいでしょうか? その時の怖さですね、今のギルマスは」
「はあ!? 何よそれ」
殺しをやっているなんて聞いてないわよ、と姫様が仰る。
私は知っていた。父上から聞かされていたから。
当国のダンジョンマスターは、王室から時に殺しを請け負う事があると。
おそらく、次代のギルマスであるアルデールはそのような依頼受けはしないだろうが。
スズナリ殿は――甘いから、優しいから、そこを付け込まれたのだろう。
必要とあれば、汚れ仕事を請け負ってしまうタイプの人間だ、スズナリ殿は。
「アンタは知っていたの!?パントライン」
「知っていました。姫様には仰る必要のない事かと思いましたので」
姫様の質疑に答える。
そう、姫様が知る必要が無い事だった。
余計な事を言うな、アリーナ嬢。
「――今度からは報告しなさい。スズナリに関することは特に」
「承知しました」
本当に、余計な事だ。
姫様が余計な事を知る必要はない。
初めて打算や嫉妬、悪意抜きの、妙な反応を見せてくる異性に初恋を抱いている姫様には。
余計な事を知る必要はない。
ひょっとしたら姫様の感情は、誕生日パーティーで庇ってもらった際の吊り橋効果かもしれないが。
きっかけはそんなものでも構わないだろう、
「ですが、どうせお酒を飲んだら元に戻りますから心配しなくてもいいですよ、姫様」
「そうなの?」
「今は一時的に断酒してるだけです。一週間と持ちませんよ」
アリーナ嬢が姫様を落ち着かせるように言う。
酒とともに、何かを飲み込んでしまうのだろう。
恨みか辛みか、それとも怒りか。
それとも――別な何かなのか。
それが何なのかは判らないが、落ち着くならばそれでいい。
「――なら、ひとまずはそれでいいわ」
姫様が、落ち着いたのか息を大きく吐いた。
「解散。以後、随時開催するからちゃんと集まるように!!」
それにしても、この集会は将来の側室候補を集めたと考えていいのだろうか。
パントラインは他の女性に対しての主導権を、姫様にどうとらせるべきか、真剣に考え始めた。




