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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
キメラ編
25/113

025 新迷宮発見


街のギルドの私室。

年老いた公爵の静かな喋り声を耳にしながら、ふと先日の事を思い出した。


「先日のパーティーは散々でしたね」

「やめてくれ。思いだしたくない」


公爵は顔を左手で覆いながら、もう片方の手をひらひらと仰ぐ。

年老いた公爵にはキツイ記憶のようだ。


「アルバート王があんなに激怒されたことは?」

「一度だけ似たような事があった……アレは王に自分の娘を新たな正室として娶るように”要求”したアホがいた十年前だが」


姫様がその場にいなかったから、結末はすぐ済んだ。

一秒後、その場でアホの首をねじきったアルバート王の姿とともに。

そう呟く公爵に、そっちの事件の方が怖いわと私は思う。

ホラー映画かよ。


「あんな姿を見て、王位後継者を争うとは思わんね」

「どの道、大して興味ないんでしょう?」

「まあな。アルバート王の治世がしっかりしている以上、最初から儂に不満は無い」


公爵はズッ、と音を立てて薬草茶を啜る。

周りはたまに騒いでいたがな。今回の件でしばらくは落ち着くだろう。

公爵は飄々とした顔で呟いた。


「しばらくは、ですか」

「喉元過ぎれば熱さを忘れるアホは、いつの世にも確実に存在するものだ」


公爵は頷き、手元の湯飲みの中身が無くなったのを確認し、コースターにそれを置いた。


「――さて、嫌な話はここまでにしておこう。今回は要件があって来た」

「内容によりますが」

「先日の火山活動の件では協力ありがとう。今回はその件の後日談でな」


部屋の端からファウスト君を動かし、空となった公爵の湯飲みを交換する。


「有難う。――山火事を防ぐため、はげ山にした山から迷宮が見つかった」

「迷宮が?」

「いつからあった物かはわからん。火山活動の前には見つからなかったのだが……」


不思議そうに公爵が言う。


「勿論、公爵領内ですよね」

「もちろんそうだ。頼みたいのは――まあ言うまでもないのだが」

「迷宮の調査ですよね。人を送りますよ」


領内であるならば、以前の新造ダンジョンの件――他国との緩衝地帯に出来たそれのように、急ぐ必要はない。

何でもかんでも自分で解決する必要はない。

人も育てていかねばならん。ダンジョンのギルド員に任せよう。


「……」

「? どうかされましたか?」

「ジャイアントラットの件が気になる。君が調査した方が良い」


公爵には国家弱体化の企みについて、すでに話が通っているようだ。


「人に造られた迷宮だと?」

「何かしらのコアを用いて迷宮を造ること自体は不可能ではないと聞いたことがある」

「私も聞いたことはありますが――それは誰かが罠を張っている、と?」

「その罠は君が目的かもしれん……」


公爵は心配そうな視線を私の顔に向ける。


「私?」

「君がどれだけ否定しても、現段階で次の王候補は君だ」

「……ま、そうでしょうね」


世間的にはそう見られているのであろう。

それは否定しない。


「アルバート王を直接狙うのは愚の骨頂。ならば君を狙ってもおかしくはない。国家の長期的な弱体化を考えるならばな。むろん、他の冒険者が引っかかって死んでも弱体化にはつながる」

「なるほど」


私は相槌を打つ。

とすれば……色々考えても結局、迷宮は最初に私が探索するのが無難か。

私は大きくため息を吐いた。







選抜するメンバーは、何時もの通りだ。


「アルデール君、そしてオマール君」

「判った」

「お任せください」

「スズナリ殿、私も……」


ルル嬢が手を上げるが、彼女は今回、留守番だ。


「君には、私のギルマス代理を務めてもらわねばならない」

「……分かりました」


ルル嬢が頷く。

そもそも、デスク業を望んでいる彼女をあまり連れ出すべきではないのだ。


「マジックキャスターが足りなくねえか? いや、ギルマスが不足だとは言わねえけど」

「意図的な少数精鋭だ。アタッカーは二人で十分。首が千切れても心臓が脈を打ってたら、私なら癒してやれる。回復職も攻撃魔法職も不要だ」

「怖えよ、どんな事態予想してんだよ」


最悪でレッサードラゴンがいる事態だ。

前回の轍を踏むような――油断を招くような事はしない。


「私は公爵の心配が過ぎてるだけと予想しますがね」

「私もそう思う。だが、一度失敗したのだ、念には念を入れるにこした事は無い」


アルデール君の言葉に反論する。

あんなみっともないミス、五年前ならすることは無かったのだから。

ここらで一つ、感覚を取り戻しておかねばならん。


「失敗?」


アルデール君が不思議そうな顔で私を見つめる。

……拙いな。

前回の私の呪文のラグを、アルデール君やオマール君はミスと考えていないらしい。

それでは困る。

ここは一つ――


「……」


威圧する。

氷柱を叩き割るように、場に一筋の刃を落とした。

瞬時にアルデール君とオマール君は壁まで飛びのき、私に攻撃対象を向けた。


「……よろしい」

「何がよろしい、だ。殺す気か!?」

「何事かと思いましたよ」


アルデール君とオマール君が冷や汗をかきながら、矛を収める。


「殺す気で威圧したんだよ」

「何故そんな事やる必要あるんだよ、アホか!!」

「……ギルマスは、先日のジャイアントラット戦で何かミスがあったと?」


アルデール君は呑み込みが早い。

オマール君も見習え。


「防御術にラグがあった。全盛期の私ならあんなミスはしなかった」

「老化を嘆く御歳でもないでしょう」

「雑魚ばかり相手をしていて、身体が鈍っているのさ」


――いや、身体能力ではなく、正確には覚悟と感性だ。

アルデール君に反論しながら、それを嘆く。

取り戻さなくてはならない。

目の前のありとあらゆる生き物を、必要なら瞬時に何の動作も必要なく殺せるような覚悟――

先代の教えだ。

人殺しも、最近ではやってない。

――最後に殺した人のカタチをした生き物は何だ。

連続強姦魔だったか? 他国から忍び込んだ奴隷商人だったか? 記憶に薄い。

だって、それは”どうでもいいこと”じゃないか。


「――ギルドマスター」


私の思考を、ルル嬢の声が現世に引き戻す。

何か、変な方向に意識が飛んでいた。

かぶりを振って、意識を戻す。

止めよう。

今のは悪い思考だ。まるで先代に――操られているような。


「とにかく、新迷宮にはこの三人で挑む。覚悟はできたな」

「強制的にさせられたよ糞が」


オマール君の悪態を聞きながら、私たちは公爵領の新迷宮へと旅立つことにした。










我々はダンジョン最奥部までたどり着き――そして声を挙げた。


「私の予想通り、公爵の気のせいでしたね」

「ギルマスよー、俺の気疲れを返せ」

「いい経験になったと思え」


私は二人の愚痴めいた戯言を打ち消しながら、壁に手をやる。


「永続的に物資が――モンスターが湧きだすパターンのダンジョンか」


ちょうど浮き出ていた鉱石を手に取り、雑嚢にしまう。


「公爵領にとっては、予想外のいい稼ぎになりそうだな。新しい関所が作られることになりそうだ」


壁にノックして、その反響音を確かめる。

岩の音しかしない。


「俺たち冒険者にとってもな。関所は勘弁だが……」

「いい研究材料が転がってそうなダンジョンです」


どうやら、結局のところ罠などではなく自然発生のダンジョンだったようだ。

そりゃそうか。

罠なら――もっと安価で効果的な手をとる。

警戒のしすぎ、というほどでもなかったと同時に思うが。

一応、ダンジョンボスも居たことだし。


「――さっさと帰って、公爵に報告するか」

「それはいいが、レッサーデーモン討伐の報酬って出るんだろうな」

「死体から魔核を引きずり出しておけ」


私はダンジョンのボスであったレッサーデーモンの死骸を踏みつけながら、アルデール君とオマール君の二人の元へと歩み寄る。

強敵――というほどではなかったが、覚悟の分、少しは全盛期の力を取り戻せた気がする。









「どういうことだ? 市井では話題にすらなってないと聞いているぞ」

「レッサーデーモン程度では相手にもなりませんよ。キメラ強化したモンスターでないと……」


それも初見殺しのキメラでなければ、あの者には通じないであろう。

このアホはそれすらわからないのだろうか?

或る生物学者は、上役を心の底で見下しながら答えた。


「レッサーデーモンを打ち破れる冒険者等、あの国では何人もおらんだろうが!」

「レッサードラゴンを打ち破れる冒険者等、あの国では二人しかいませんよ?」


この男は、この世には想像もつかぬ化物じみた人間がいることを理解できないのだろうか。

いや、実際愚かなのだろう。

だが、金だけは持っている。どこから出ている金かは知らないが。

それだから利用してやっているのだ。

生物学者は心の底で、もう一度、目の前の男を見下した。


「運良く自然発生したダンジョンに、モンスターを放ち暗殺する案は失敗か」


成功するとでも思ったのか、アホが。

素体のレッサーデーモン等、金と魔核さえあれば幾らでも造れるから賛同したものの……


「まあいい、金は潤沢にある。次だ、次の案を考えろ」


自分で案も考えられないのか。

――だが、自分で今回のような愚策を提案されるよりは遥かにマシだ。


「仰せの通りに」


表向き、私は頭を垂れ、次の策を考案することにした。

全ては、自分の研究のためだけに。

傍にビスクドールような肌色をした少女を立たせながら、その様子を見る。

黙って、屹立していた。


「アリザ、お前も私に習って礼をしなさい」


ピクリ、と少女が反応し、頭を垂れる。


「良い子だ」


私はその反応を、静かに褒め称えた。









アリー嬢の祝詞が、私の私室に響いた。


「”神のお告げを”」


アリー嬢の身体を包む不思議な微光がいよいよ強くなり、幻想性すら覚える程に光が美しくなる。

本日は、アリー嬢に見惚れるようなことは無い。もう慣れた。

そして、厳かな声が私室に響く。


「”我が使者アリーよ。よく聞きなさい。犯人は複数です”」


そして、予見できた答えが私の耳を覆った。

質問を間違えたか。

ジャイアントラットを造った生物学者の名前とするべきだったか。


「”我が使者として、スズナリ殿に力を貸してあげなさい”」

「感謝します。神様」


アリー嬢を包む、不思議な微光が収まった。

微光が解けた今、そこにいるのは、やはりただの淫乱なシスター長でしかない。

そんな虚しさが私を包んだ。


「……スズナリ殿、毎回のその残念そうな顔は何なんですか」

「何でもない。神様への質問の仕方を間違えましたか?」

「そうですね。ですが、感覚上、個人名の特定は間違えやすい祈りの類ですよ」

「……誤逮捕の確率が高いか」


間違えて、キリエの――ウチのギルドのマッド生物学者の名前が出てきたら笑うしかない。


「ですね。生物学者といっても数がいます。お勧めはできません」

「当国の生物学者とは考えにくい……外部の人間と考えた方がいいんだよなあ」

「そうですか? 膿はどこにでもあるものでしょう」


アリー嬢は分かった風な口をきく。


「……君に、何がわかる?」

「スズナリ殿に陰の部分があるくらいは」

「ふん」


鼻で笑う。

私の何がわかる。

そうしていると、また、ぐに、とアリー嬢が私の頬をつまむ。


「……何をするのかね」

「何度もいいますが、スズナリ殿にそんなお顔は似合わないですわ」

「君に何がわかるというのかね」

「一銅貨も寄付してくれなかった先代殿と違うというくらいには」


――先代。

この世界に落ち、右も左も判らずに彷徨う、浮浪者も同然だった自分を拾い上げてくれた方。

頬肉を掴むアリー嬢の手を跳ね除ける。


「君に先代の何がわかる!!」

「貴方に、何か良くない影響を与えた方というくらいは」

「――っ!?」


激怒する。

今まで感じたほどが無いくらいの激情だ。

だが――この、心の冷めた部分は何だ。


「今日は帰ってくれたまえ」


アリー嬢に背中を向け、言い放つ。

何だ、この心の冷めた――冷たい部分は。

冷静な部分が、アリー嬢の言葉を肯定している。

アリー嬢は何を理解した?


「今日は――これで失礼します。ああ、そうそうデートの約束は忘れないでくださいね。神に誓って。これで二回の約束ですよ」

「帰りたまえ!!」


アリー嬢に威圧を与える。

氷柱を叩き割るように、場に一筋の刃を落とした。

だが、オマール君やアルデール君とは違い、アリー嬢はそれをただ耐えるようにして。

私の眼をじっと見つめた後、会釈して部屋から出て行った。






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