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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
キメラ編
24/113

024 初見殺し

ダンジョンギルドの地下室。

そこで私は巨大ネズミ――アルデール君の案を採用し、ジャイアントラットと呼ぼうか。

先日、下水道で回収した死骸をダンジョンギルドまで運び、ギルド員と一緒にその解剖をしていた。


「キメラですね」


結論は出た。

昆虫系の能力。

モンスターである殺人バチの特性、スウォーム。

下位の同種族を意のままに操る、その能力を重ね合わせているキメラだ。


「真の原因はどうとる?」

「私ならただの実験でやります。勿論、私じゃありませんがね」

「それはわかっているがな……」


ギルド員である生物魔法使い――名をキリエという。

私より魔法のスキルは劣るが、その代わり生物学者としての能力は類を見ない――彼に尋ねたところで無駄だった。

彼はただのマッドだ。

真の原因――何故下水道にジャイアントラットが居たかはわからない。

アルバート王には書簡で警告だけはしておくか。

理由はわかりませんが下水道でキメラ作ってた奴がいます、という糞の役にも立たない不安を煽るだけの書簡になるが。


「キリエ、その解剖体は約束通りプレゼントしよう。悪用はするなよ」

「解剖した時点で用済みですけどね……まあ夕食用として頂いておきますか」

「食べるのかよ」

「私の研究生物がね」


ヒヒ、とキリエが笑う。キモイ。

付けていたマスクと手袋を外す。

さて、どうしたものか。

オマール君の言うように、ダンマス――冒険者ギルドのマスターである私には何の関係もない。

そうほったらかしてもいいが、やはり気になる。

キメラである以上、この種の――初見殺しのモンスターが今後も発生しないだろうか。

知識とは強さである。

ゆえに、冒険者ギルドではその共有を是としている。

力量ゆえ、その対策をできないパーティーも多いが。


「アルデール君やオマール君はもちろん、私ですら読めなかった」


数千匹のネズミが津波のように襲い掛かってくる等、誰が知識なしの状態で読める?

警戒はしていたものの、ジャイアントラット戦では私の呪文にもラグが生じた。

あれは致命的だった。

あれが――ネズミが急性の毒を持つ生物であったらどうする?

私の生物魔法なら毒くらいなんとでもなるが、あの状況下で対応できたか?

それを考えると、どうしても放置はできない。


「しかし……となると」


どう対応すべきか、という話になる。

頼るべき道筋が見えない。

いや、唯一あるにはあるのだが確実性がない。

だが、やらないよりマシかとは思う。


「”シスターのインチキ"を使って答えを求めるか」


曰く、神頼み。

この時点で頼るには、それくらいしか手はない。

だが――


「この街で使えるの、アリー嬢しかいないらしいんだよなあ……」


私は天を仰ぎながら、神様を呪った。










ダンジョンギルド本部の私室。

椅子に座りながら、私はシスター服の女性と対峙していた。


「と、いうわけで哀れな孤児達のためにも、ギルドから教会にぜひともご寄付を」

「毎月お決まりの言葉はいい。今日は別な要件があります」


私は本題に入るべく、撮り終えた解剖写真と資料を机の上に並べる。

もちろん、ジャイアントラットの物だ。


「これは……」

「今から説明します」

「ハツカネズミのように子供をたくさん作ろう? そういう意味ですね」

「違うわい」


ぐっ、と握り拳を作るアリー嬢に私は否定した。

相変わらず脳みそブッとんでるな。


「今日は毎月の浄財への感謝を払ってもらおう、そういう話です」

「……はあ」


よくわかっていないようで、頬に手をやりながらアリー嬢が呟く。


「ですから、この身体を今スズナリ殿に明け渡そうと」

「欲しいのは貴女の能力だけです。”シスターのインチキ”」

「アレですか」


んー、と呟きながら体を傾けるアリー嬢。

何を悩んでいるんだ。


「いいでしょう。その代わりまた今度デートしてください」

「……やっぱり、そういう話になりますか。浄財の代わりとしては?」

「正しく使ってる限り、どうせ寄付を止めませんもん。スズナリ殿の性格だと」


完全に見切られてるな。

私は苦笑しながら、諦めることにした。


「いいでしょう。もう一度デートしましょう」

「よし来ました。それでは能力使っちゃいますよ。詳細を教えてくださいな」

「話すと長くなりますので資料を読んでいただくとして……このジャイアントラットを造った異常者が何者か、目的は何か神に尋ねて欲しいんですよ」

「個人名と目的ですか?」

「顔の造形や、姿形までイメージできますか? それが出来れば楽なんですが」

「いえ、残念ながら」


シスターのインチキは、あくまでも口述による導きと聞いている。

資料を読みながら、アリー嬢は答えた。


「何か、イメージを頭に浮かべてくれるほど超強力な能力じゃないですからね」

「その上、間違いも時にある、と」

「それに縋りつきたいほど困ってらっしゃるんでしょう? あと、質問は一つづつですから、どちらかを選択してください」

「では先に目的を。名前は来週にしてください」


ばん、と音を立てて、持っていた資料を閉じるアリー嬢。


「本当にこんなモンスターが下水道にいたんですか?」

「いたから困ってるんですよ。」

「んー」


また何か悩むような仕草をしながら、アリー嬢が呟いた。


「結構大事な話になるみたいですね。それでは、誠心誠意を込めて祈らせていただきます」


アリー嬢はぱちくりと眼を閉じ開きした後、膝を崩し、教会のある方向へ向かい祈りを始めた。


「”神のお告げを”」


アリー嬢の祝詞が、私の私室に響き、不思議な微光が、アリー嬢を包んだ。

アリー嬢の身体を包む不思議な微光がいよいよ強くなり、幻想性すら覚える程に光が美しくなる。

一瞬、アリー嬢に見惚れる。

そして、厳かな声が私室に響いた。


「”我が使者アリーよ。よく聞きなさい。犯人は国家の弱体化を目論んでいます”」


そして、最悪な答えが私の耳に伝わった。


「”我が使者として、スズナリ殿に力を貸してあげなさい”」

「感謝します。神様」


アリー嬢を包む、不思議な微光が収まった。

微光が解けた今、そこにいるのはただの淫乱なシスター長でしかない。

一体、私は何に見惚れていたのだろうか。

そんな虚しさが私を包んだ。


「……スズナリ殿、聞いての通り……何なんですか、その残念そうな顔」

「いや、何でもない。神のお告げは本当なのか?」

「確実性は保証できませんよ。ですが、感覚上、間違え易い祈りと間違えにくい祈りがありましてね」


アリー嬢が、”シスターのインチキ”について自己の解釈を述べる。


「今回は――残念ながら”間違いにくい祈り”の方です。国家の転覆を望む――あるいは国家の弱体化を望む者があのモンスターを造ったのは間違い無いと断言しても良いですよ」

「……すぐ、王宮に報告しよう。そしてギルド内にも周知を」

「私の教会内でも注意していいでしょうか?」

「それは混乱を招く、止めてくれ」


あくまでも、秘密裏に事は片付けなくてはならない。

そう、子供や市民には被害の無いように"処理"しなくてはならない。

そのためならば、何でもしよう。

――仮に、それが暗殺でもだ。


「スズナリ殿、少し顔がお怖いですわ」


ぐに、とアリー嬢が私の頬をつまむ。


「……いきなり、何をするのかね」

「緊張を和らげてあげただけですわ。もっと気楽にいきましょう」

「気楽にいく、そんな余裕は無いよ」

「まだ一匹ネズミが見つかっただけですわ」


言いえて妙な事を言う。

私は少し頬を緩めて、言い返す。


「一匹見つければ、三十匹はいると言うぞ」

「それはゴキブリでは無かったですか。……なににせよ、スズナリ殿は笑った方が素敵ですわ。笑うとえくぼが出来ますのよ、スズナリ殿は。知ってますか?」

「知らんよ」


三十二歳のオッサンにそんなこと言われても困る。

もうすぐ三十三歳だ。

――思えば、異世界に来て早いものだ。もうすぐ十一年になる。

そんな私の感情を無視して、アリー嬢は言葉を続ける。


「デートの約束は忘れないでくださいね。神に誓って」

「ああ、神に誓って……だから、頬から手を離してくれ。喋りにくい」


私はアリー嬢に約束しながら手を伸ばし、頬肉を掴む彼女の手を離した。









シスター服を脱ぎ、寝間着へと着替える。

スズナリ殿にはどこか陰のあるような気がする。


「怖い顔、してたわねえ」


おもわず、ぐにっ、と頬肉を掴んで表情を崩してしまった。

スズナリ殿のあんな顔は見たくない。

これこそ、恋する乙女の気持ちなのかしら。


「やっぱり、何人も人を殺した事があるのかしら?」


世間で噂の、スズナリ殿のお相手。

アリエッサ姫も――マリー・パラデス嬢も、アリーナ・ルル嬢も。

誰一人として、スズナリ殿の深淵は覗いていないのではないか。

もちろん、私を含めて。


「物語みたいに、暗殺ギルドや盗賊ギルドがあったらいいのにねえ」


そんな胡散臭いギルドがこの世にあれば、ダンジョンマスター、冒険者ギルドの長たるスズナリ殿が汚れ仕事に手を染めずとも良い。

だが現実は違う。


「死の匂いが時々するのよねえ」


スズナリ殿がギルマスになって――寄付を頂くようになって5年、長い付き合いになるが。

時々、不穏な匂いがするのだ。

犯罪者やこの優しい国のあぶれ者、その埋葬に紐づくような匂いが。

教会は死に直結する機関であるからこそ気づいた。


「――初めは」


その匂いが怖かった。

だが、それはあの優しくて少し怖い人の宿命だと気づいた。

それはいつのころだったろうか。

シスター長を拝命した頃から?

それとも、酒に酔っぱらったまま私と会うスズナリ殿を見てから?


「思いだせないわねえ」


深い事を考えるのは苦手なのだ。

この想いが恋だと気づいたのはいつ頃だったのか。

それすら思い出せない。

そして、それを放置していたらライバルが急に増えている事に気が付いた。

最初に好きになったのは、私のはずなのに。


「みんな、見る目が無いのよね、きっと」


今更になってから、どいつもこいつも人の想い人を奪おうとする。

奪られてたまるもんか。

スズナリ殿は私のものだ。

本妻にしてくれとまでは言ってない。

だが、あの人の愛は私のものだ。

そのためなら何でもしよう。

どんなにハレンチで見苦しいと思われようとも。


「”神の御加護を”」


スキルでも何でもない言葉を口に出す。

今回は丁度良い機会だ。

スズナリ殿の役に立って見せよう。

神様の仰せのとおりに。


「そう、神様の仰せの通りに」


アリーはそう一つ呟いた後、眠りにつくことにした。

スズナリが自分と同じく、良い眠りに就けることを祈りながら。






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