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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
キメラ編
23/113

023 - 貴族のパーティー -


貴族にとってのパーティーとは、生の様々な断片を体の中へと吸い込み、細胞のひとつひとつまでを潤すようなものらしい。

姫様が語った言葉だ。

要するに暇つぶしなのだろう。

私はそう解釈している。


「ほんと―に嫌だけど、エスコートお願いできるかしら、スズナリ殿」

「嫌だよ。帰りたいよ」


私はこの期に及んで――パーティーの控室にて否定の言葉を吐いた。


「何で噂を強調するような真似をしなきゃいけないんですかね」

「私に釣り合う男性がいないからよ」

「私ならば釣り合うと?」

「いないよりはマシだわ」


姫様は今日16歳になった。

その誕生日パーティーの付き添い――お相手として私が選ばれたというわけだ。

正直、嬉しくない。


「貴方、ダンスはできる?」

「できるわけないでしょう。王様ができますか?」

「あら、お父様はできるわよ。年中お母さまと踊り狂ってたって話知らない?」

「知りませんね」


アルバート王が本当に妻を――王妃様を愛していたとは吟遊詩人にも語られる有名な話だが。

そこまで内輪の事情は知らない。

まあ、吟遊詩人の言葉は殆ど吟遊ギルドが謳わせている戯言だ。

そのまま信じるのも阿呆らしいし、私が信じなかったのも仕方ないだろう。


「とにかく、私はできません」

「仕方ないわね、そこらへんはなんとか誤魔化すとするわ」


やれやれ、とため息をつくアリエッサ姫。

ため息をつきたいのはこっちの方だ。


「とにかく、婚約者候補としてしっかりしてね」

「その婚約者候補という時点から外れたいんですが……」

「失礼な奴ね」


お前もこの間までは一緒に同意してたじゃないか。

婚約者候補だなんて失礼な話だって。

アリエッサ姫の微妙な変化に今気づいた。

あれ、ひょっとして良くない事が今起きている?


「スズナリ殿」


その思考を止めるように――がしっ、とパントライン嬢の両手が私の肩を掴む。


「大丈夫……大丈夫ですよ」

「何が!?」

「私が大丈夫といったら大丈夫なんです」


ぎゅーっと、アレキサンダー君を抱きしめるように私に抱き着くパントライン嬢。

胸が当たっているので止めて欲しい。


「そうよ、パントライン。そうやってスズナリを押さえつけておきなさい」

「はい、姫様」


私は何かが間違っている、何かが不自然である。

そんな疑念をずっとずっと抱きながら――パーティーの開始時間まで、パントライン嬢に抱きしめられていた。









姫様の言うところの、生の様々な断片を体の中へと吸い込み、細胞のひとつひとつまでを潤す、煌きらびやかな夜の世界。

だが、私には死の様々な断片を振り撒き、細胞のひとつひとつまでもを委縮させる、地獄の様相しか感じ取れない。

いつもの王の間から玉座を取り払い、パーティー会場と化している赤い絨毯が敷き詰められたホールにて。

ホールは、水を打ったように静まり返っている。

姫様の――アリエッサ姫の婚約者候補として私が紹介されようとした席でだ。

騎士の一人から反対の声が上がった。

おそらくは、婚約者候補として精査を受けた一人であったのだろう。


「私は反対です。市井の冒険者に姫様を渡すなど――」

「殺すぞお前」


若者の騎士が言い切る前に、王様は単刀直入に言の葉を述べた。

私は若者の騎士にハグしてあげたい気持ちだったが、それを抑えた。

今日のアルバート王、なんか滅茶苦茶に怖い。何だこれ。

とても冷静ではいられない。


「し、市井の者に姫様を渡すなど」

「殺すぞお前」


反抗する声に、アルバート王は二度同じセリフを吐いた。

怖い。

率直に言って、マジで怖い。

アルバート王は私と同じ生き物なのだろうか。

ドラゴン殺しという生き物が何なのか、周囲にハッキリと分からせながら。

公爵を含めた、この席に居合わせた全ての生物に恐怖感を味合わせながら。

アルバート王は帯剣もしない身体で、彼の一生を一秒で終わらせかねない雰囲気を漂わせ始めた。

拙い。


「アルバート王、ちょっと待ってください」

「はあ? 殺すぞお前」


俺に対しても同じセリフかよ。壊れたゴーレムか。

横に立っているアリエッサ姫を見るが、アルバート王の威圧に耐えかねてガクガクと身体を震わせている。

ぎゅっと、私の袖を握る手がブルブルと震えていた。

駄目だ。肉親のコイツが涙目になるレベルか。

いや、逆にこれを……。


「姫様が怯えています。すぐにお止めください」

「おお、そうか」


威圧が解かれた。

若干、恐怖感が薄れたような感覚が身をほぐす。

どこからともなく息が漏れ、大きなため息となってホールを覆った。


「諸君、このようにスズナリは我が娘に気遣える男だ。婚約者としてふさわしいと思うが」

「まさに慧眼でございます!! さすがアルバート王!!」


全ての空気を入れ替えるかのようなヨセフ殿の絶叫がホールを覆った。

だが――


「そいつを殺すのは変わらんのだぞ、ヨセフよ」


ニコニコしながら、アルバート王は決意を告げた。

アカン、アカンわこれ。

転移前のお国言葉が二度脳に浮かぶ。

ヨセフ殿が声を張り上げたのは、あの騎士の命を救うためであろう。

正直、ヨセフ殿が庇わなければ見放してたが。

どうにかして助けの手を差し伸べてやらなければならない。


「アルバート王、認められていないのは私です。私が彼の相手を務めましょう」

「はあ!? お前……まあ、いいか」


アルバート王は再び殺意を強めようとしたが、涙目になってるアリエッサ姫を見て何とか止める。

ただ――


「きっちり殺せよ」


アルバート王の殺意がゆるぎない。

何故そこまで殺したがる!?


「お断りします――その価値もない男ですよ」

「ふむ……」


あえて罵りを吐き、何とか命だけは助けようと試みる。

許せ青年よ。

何か分からんが、全て君の行動が悪い。

この世は弱肉強食なのだ。

今のアルバート王を敵に回したら、この場にいる全員が問答無用で死ぬ。

一生が一秒で終わるのだ。


「私を敵に回す。その勇気だけは買ってやろう」


何か、もう何でもいいから。

適当にそれらしい言葉を吐きつつ、とりあえずどうにか流れで――

彼の命を救うのだ。

もう、上手く切り抜けたら本当に感謝しろよ、お前。


「その勇気ある騎士に剣を。決闘だ!!」


私は招待客全員が恐怖で身を震わすホールで絶叫した。










もはやパーティー会場の赤い絨毯が、グロテスクな鮮血の色に見える。

残酷な決闘場と化した王の間で、私は黙って相手を見据える。


「剣は握ったか!?」

「……」


叫ぶが、返事なし。

魔法使いのババアか!

と元の世界のハートマン軍曹のように罵りたいところだが止める。

むしろよくやったよコイツ。

あのアルバート王の威圧に耐えながら、二の句を述べられた時点で結構な実力者なのは分かる。

だが、その実力に見合った自信が仇となって今こうなっている。


「早く始めろ!!」


アルバート王の怒号。

だから威圧は止めろっつってんだろ。

横にまだいるアリエッサ姫の震えが酷い。

さっきからずーっと俺の袖を握っている。

というか、この状態のまま勝負を始めていいのか?

良いわけないよな。


「アリエッサ姫、御離れ下さい」


私はアリエッサ姫の手をぎゅっと握る。

不思議と、アリエッサ姫の震えは止まった。

落ち着いたようなので自分から身を離す。


「さあ、若者よ。かかってこい。これが人生最大の勝負だと思え!!」

「……」


返事なし。

何かしら言葉を掛け続けねば拙い。

とにかく、アルバート王の横やりだけは封じなければならない。


「お前はそこまでの人間か!? 騎士になるときに何を誓った! それを思いだせ!!」

「……」


返事はないが、ピクリと反応があった。

今、まさに彼は騎士の誓いを思い出しているのであろう。

――走馬灯のように。


「これで終わりか!? そうじゃないだろう。男ならやり遂げろ!!」

「……」


ぴく、ぴく、と剣を握った騎士の手が反応を起こす。

今、まさに彼は騎士と呼んで相応しい人格を取り戻しつつあるのだ。

騎士の誓いを叫ぶ。


「堂々と振る舞い、強者には常に勇ましくあれ!!」

「――オオォ!!」


もはや絶叫と化した私の言葉に呼応するように、騎士が叫んだ。

それでいい。

これで彼を殺すことは免れた。

私は祝詞を唱える。


「”相応しき敵に対し、相応の剣を為せ”」


私の手に、黒い泥濘で出来た剣が握られる。

騎士が駆け出して私の身体に切り込む前に――私はそれを地面に突き刺し、呪文を為した。


「”敵を大地に閉じ込めよ”」


騎士の足が止まり、まるで赤い絨毯に足を取られたように転ぶ。

騎士は身をもがくが、そのまま絨毯に埋もれるように城の中へと沈んでいった。


「殺ったか!?」


アルバート王の嬉々とした声が響く。

命はとらん。

後でちゃんと床から引っ張りだしてやるからな。

空気のある空間も作っておいたから。

勇気ある騎士に対し、私は心の中でそう呟いた。








王宮。

いつもの赤い絨毯を敷き詰めた王の間――パーティーを終え、王座を元の場所に戻した場所にて。

俺は酒を飲みながら、不機嫌さを隠さずに不満を投げつける。


「ヨセフよー、今日のは一体どういうことなんだよ」

「アルバート王、あの若者の命はなにとぞお許しください。確かに元冒険者である王様に対しても不敬でありましたし、殺しても致し方ないところかもしれませんが……奴は騎士団長候補であります」

「殺さねえよ。邪魔が入ったからな。スズナリに感謝しとけよ」


次の王になるんだからな。

ヨセフではなく、自分に言い聞かせるように呟く。


「スズナリを婚約者候補として――実質、婚約者として発表する大切な日に何かましてくれてんだよ」

「全ては私の管理不足ゆえ――罰はすべて私に」

「それやると、スズナリが不快に思うだろうが」


あの男は細かい。

今回の件が何に影響をもたらしたか、キッチリ調べてくるだろう。

俺がどれだけ威圧を掛けても、恐怖に耐えて俺の顔をしっかり見てきた奴だ。

他の一山いくらのボケカスとは違う生き物だ。

レッサードラゴン殺しは伊達じゃないようだな。

やはり、アリエッサを任せられる奴はアイツしかいない。


「お前への罰は引退先延ばしだ。俺が王を辞めても、お前はスズナリに仕えろ」

「はっ、承知致しました」


ヨセフが俺の威圧に耐えながら頭を下げる。

ヨセフですら、威圧している時は俺の顔を見ようとしない。


「もういいよ」


威圧を解く。

ヨセフが姿勢を正し、俺の面と視線を合わせる。


「王様、本日は本当に……」

「もういいって言ってるだろ。俺もやりすぎたよ」


丁度いいから、スズナリへの「試し」を含めたパーティーだったとはいえ。

公爵を含めた全員を震わせる威圧はやりすぎだったとしかいえん。


「アリエッサの様子はどうだ?」

「今日は、スズナリ殿の袖をずっと握っておられたようで」

「少し、やりすぎたか」


ひょっとして、嫌われただろうか。

だが、それも仕方ないことだ。

嫁に行く娘への手向けと思ってくれ、アリエッサよ。


「……」


黙って酒を飲む。


「アルバート王、姫様から嫌われるようなことは決して。次の日には元通りに……」


俺の心境の機微を察し、ヨセフが言葉を投げかけてくる。

本当にこういうところは有能だなコイツ。


「父親なんか、娘に嫌われはじめてやっと値がつくものじゃないか、ヨセフよ」

「……私にはわかりません。この間、”父上は私を売ったんですか”と言われましたが」

「あー、俺がアリエッサに”スズナリに娼館に行かせるぐらいなら、パントラインに手を出させろ”とか言ったからな」

「それは私が承知済みですし、致し方ありません」


ニヤリ、とヨセフが笑う。

こういうところが好きでコイツを傍に置いている。


「アルバート王は娼館がお嫌いですか?」

「俺は好き”だった”けどな。娘をやる相手となると別だな」


王妃を――アイツを娶ってからは独り身を貫いてるし。

真の愛はある。

願わくば、スズナリとアリエッサがそうであって欲しいと思う。

それはワガママだろうか。


「俺のワガママかな?」

「そうとは言えないでしょう。私も妻一筋ですし。何、どうせスズナリ殿は何人も嫁を娶ることになるのですから……」


ヨセフと話しながら、酒を飲む。

俺はヨセフにも酒を勧め、一緒に飲むことを求めながら今日の夜を過ごした。







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