023 - 貴族のパーティー -
貴族にとってのパーティーとは、生の様々な断片を体の中へと吸い込み、細胞のひとつひとつまでを潤すようなものらしい。
姫様が語った言葉だ。
要するに暇つぶしなのだろう。
私はそう解釈している。
「ほんと―に嫌だけど、エスコートお願いできるかしら、スズナリ殿」
「嫌だよ。帰りたいよ」
私はこの期に及んで――パーティーの控室にて否定の言葉を吐いた。
「何で噂を強調するような真似をしなきゃいけないんですかね」
「私に釣り合う男性がいないからよ」
「私ならば釣り合うと?」
「いないよりはマシだわ」
姫様は今日16歳になった。
その誕生日パーティーの付き添い――お相手として私が選ばれたというわけだ。
正直、嬉しくない。
「貴方、ダンスはできる?」
「できるわけないでしょう。王様ができますか?」
「あら、お父様はできるわよ。年中お母さまと踊り狂ってたって話知らない?」
「知りませんね」
アルバート王が本当に妻を――王妃様を愛していたとは吟遊詩人にも語られる有名な話だが。
そこまで内輪の事情は知らない。
まあ、吟遊詩人の言葉は殆ど吟遊ギルドが謳わせている戯言だ。
そのまま信じるのも阿呆らしいし、私が信じなかったのも仕方ないだろう。
「とにかく、私はできません」
「仕方ないわね、そこらへんはなんとか誤魔化すとするわ」
やれやれ、とため息をつくアリエッサ姫。
ため息をつきたいのはこっちの方だ。
「とにかく、婚約者候補としてしっかりしてね」
「その婚約者候補という時点から外れたいんですが……」
「失礼な奴ね」
お前もこの間までは一緒に同意してたじゃないか。
婚約者候補だなんて失礼な話だって。
アリエッサ姫の微妙な変化に今気づいた。
あれ、ひょっとして良くない事が今起きている?
「スズナリ殿」
その思考を止めるように――がしっ、とパントライン嬢の両手が私の肩を掴む。
「大丈夫……大丈夫ですよ」
「何が!?」
「私が大丈夫といったら大丈夫なんです」
ぎゅーっと、アレキサンダー君を抱きしめるように私に抱き着くパントライン嬢。
胸が当たっているので止めて欲しい。
「そうよ、パントライン。そうやってスズナリを押さえつけておきなさい」
「はい、姫様」
私は何かが間違っている、何かが不自然である。
そんな疑念をずっとずっと抱きながら――パーティーの開始時間まで、パントライン嬢に抱きしめられていた。
◇
姫様の言うところの、生の様々な断片を体の中へと吸い込み、細胞のひとつひとつまでを潤す、煌きらびやかな夜の世界。
だが、私には死の様々な断片を振り撒き、細胞のひとつひとつまでもを委縮させる、地獄の様相しか感じ取れない。
いつもの王の間から玉座を取り払い、パーティー会場と化している赤い絨毯が敷き詰められたホールにて。
ホールは、水を打ったように静まり返っている。
姫様の――アリエッサ姫の婚約者候補として私が紹介されようとした席でだ。
騎士の一人から反対の声が上がった。
おそらくは、婚約者候補として精査を受けた一人であったのだろう。
「私は反対です。市井の冒険者に姫様を渡すなど――」
「殺すぞお前」
若者の騎士が言い切る前に、王様は単刀直入に言の葉を述べた。
私は若者の騎士にハグしてあげたい気持ちだったが、それを抑えた。
今日のアルバート王、なんか滅茶苦茶に怖い。何だこれ。
とても冷静ではいられない。
「し、市井の者に姫様を渡すなど」
「殺すぞお前」
反抗する声に、アルバート王は二度同じセリフを吐いた。
怖い。
率直に言って、マジで怖い。
アルバート王は私と同じ生き物なのだろうか。
ドラゴン殺しという生き物が何なのか、周囲にハッキリと分からせながら。
公爵を含めた、この席に居合わせた全ての生物に恐怖感を味合わせながら。
アルバート王は帯剣もしない身体で、彼の一生を一秒で終わらせかねない雰囲気を漂わせ始めた。
拙い。
「アルバート王、ちょっと待ってください」
「はあ? 殺すぞお前」
俺に対しても同じセリフかよ。壊れたゴーレムか。
横に立っているアリエッサ姫を見るが、アルバート王の威圧に耐えかねてガクガクと身体を震わせている。
ぎゅっと、私の袖を握る手がブルブルと震えていた。
駄目だ。肉親のコイツが涙目になるレベルか。
いや、逆にこれを……。
「姫様が怯えています。すぐにお止めください」
「おお、そうか」
威圧が解かれた。
若干、恐怖感が薄れたような感覚が身をほぐす。
どこからともなく息が漏れ、大きなため息となってホールを覆った。
「諸君、このようにスズナリは我が娘に気遣える男だ。婚約者としてふさわしいと思うが」
「まさに慧眼でございます!! さすがアルバート王!!」
全ての空気を入れ替えるかのようなヨセフ殿の絶叫がホールを覆った。
だが――
「そいつを殺すのは変わらんのだぞ、ヨセフよ」
ニコニコしながら、アルバート王は決意を告げた。
アカン、アカンわこれ。
転移前のお国言葉が二度脳に浮かぶ。
ヨセフ殿が声を張り上げたのは、あの騎士の命を救うためであろう。
正直、ヨセフ殿が庇わなければ見放してたが。
どうにかして助けの手を差し伸べてやらなければならない。
「アルバート王、認められていないのは私です。私が彼の相手を務めましょう」
「はあ!? お前……まあ、いいか」
アルバート王は再び殺意を強めようとしたが、涙目になってるアリエッサ姫を見て何とか止める。
ただ――
「きっちり殺せよ」
アルバート王の殺意がゆるぎない。
何故そこまで殺したがる!?
「お断りします――その価値もない男ですよ」
「ふむ……」
あえて罵りを吐き、何とか命だけは助けようと試みる。
許せ青年よ。
何か分からんが、全て君の行動が悪い。
この世は弱肉強食なのだ。
今のアルバート王を敵に回したら、この場にいる全員が問答無用で死ぬ。
一生が一秒で終わるのだ。
「私を敵に回す。その勇気だけは買ってやろう」
何か、もう何でもいいから。
適当にそれらしい言葉を吐きつつ、とりあえずどうにか流れで――
彼の命を救うのだ。
もう、上手く切り抜けたら本当に感謝しろよ、お前。
「その勇気ある騎士に剣を。決闘だ!!」
私は招待客全員が恐怖で身を震わすホールで絶叫した。
◇
もはやパーティー会場の赤い絨毯が、グロテスクな鮮血の色に見える。
残酷な決闘場と化した王の間で、私は黙って相手を見据える。
「剣は握ったか!?」
「……」
叫ぶが、返事なし。
魔法使いのババアか!
と元の世界のハートマン軍曹のように罵りたいところだが止める。
むしろよくやったよコイツ。
あのアルバート王の威圧に耐えながら、二の句を述べられた時点で結構な実力者なのは分かる。
だが、その実力に見合った自信が仇となって今こうなっている。
「早く始めろ!!」
アルバート王の怒号。
だから威圧は止めろっつってんだろ。
横にまだいるアリエッサ姫の震えが酷い。
さっきからずーっと俺の袖を握っている。
というか、この状態のまま勝負を始めていいのか?
良いわけないよな。
「アリエッサ姫、御離れ下さい」
私はアリエッサ姫の手をぎゅっと握る。
不思議と、アリエッサ姫の震えは止まった。
落ち着いたようなので自分から身を離す。
「さあ、若者よ。かかってこい。これが人生最大の勝負だと思え!!」
「……」
返事なし。
何かしら言葉を掛け続けねば拙い。
とにかく、アルバート王の横やりだけは封じなければならない。
「お前はそこまでの人間か!? 騎士になるときに何を誓った! それを思いだせ!!」
「……」
返事はないが、ピクリと反応があった。
今、まさに彼は騎士の誓いを思い出しているのであろう。
――走馬灯のように。
「これで終わりか!? そうじゃないだろう。男ならやり遂げろ!!」
「……」
ぴく、ぴく、と剣を握った騎士の手が反応を起こす。
今、まさに彼は騎士と呼んで相応しい人格を取り戻しつつあるのだ。
騎士の誓いを叫ぶ。
「堂々と振る舞い、強者には常に勇ましくあれ!!」
「――オオォ!!」
もはや絶叫と化した私の言葉に呼応するように、騎士が叫んだ。
それでいい。
これで彼を殺すことは免れた。
私は祝詞を唱える。
「”相応しき敵に対し、相応の剣を為せ”」
私の手に、黒い泥濘で出来た剣が握られる。
騎士が駆け出して私の身体に切り込む前に――私はそれを地面に突き刺し、呪文を為した。
「”敵を大地に閉じ込めよ”」
騎士の足が止まり、まるで赤い絨毯に足を取られたように転ぶ。
騎士は身をもがくが、そのまま絨毯に埋もれるように城の中へと沈んでいった。
「殺ったか!?」
アルバート王の嬉々とした声が響く。
命はとらん。
後でちゃんと床から引っ張りだしてやるからな。
空気のある空間も作っておいたから。
勇気ある騎士に対し、私は心の中でそう呟いた。
◇
王宮。
いつもの赤い絨毯を敷き詰めた王の間――パーティーを終え、王座を元の場所に戻した場所にて。
俺は酒を飲みながら、不機嫌さを隠さずに不満を投げつける。
「ヨセフよー、今日のは一体どういうことなんだよ」
「アルバート王、あの若者の命はなにとぞお許しください。確かに元冒険者である王様に対しても不敬でありましたし、殺しても致し方ないところかもしれませんが……奴は騎士団長候補であります」
「殺さねえよ。邪魔が入ったからな。スズナリに感謝しとけよ」
次の王になるんだからな。
ヨセフではなく、自分に言い聞かせるように呟く。
「スズナリを婚約者候補として――実質、婚約者として発表する大切な日に何かましてくれてんだよ」
「全ては私の管理不足ゆえ――罰はすべて私に」
「それやると、スズナリが不快に思うだろうが」
あの男は細かい。
今回の件が何に影響をもたらしたか、キッチリ調べてくるだろう。
俺がどれだけ威圧を掛けても、恐怖に耐えて俺の顔をしっかり見てきた奴だ。
他の一山いくらのボケカスとは違う生き物だ。
レッサードラゴン殺しは伊達じゃないようだな。
やはり、アリエッサを任せられる奴はアイツしかいない。
「お前への罰は引退先延ばしだ。俺が王を辞めても、お前はスズナリに仕えろ」
「はっ、承知致しました」
ヨセフが俺の威圧に耐えながら頭を下げる。
ヨセフですら、威圧している時は俺の顔を見ようとしない。
「もういいよ」
威圧を解く。
ヨセフが姿勢を正し、俺の面と視線を合わせる。
「王様、本日は本当に……」
「もういいって言ってるだろ。俺もやりすぎたよ」
丁度いいから、スズナリへの「試し」を含めたパーティーだったとはいえ。
公爵を含めた全員を震わせる威圧はやりすぎだったとしかいえん。
「アリエッサの様子はどうだ?」
「今日は、スズナリ殿の袖をずっと握っておられたようで」
「少し、やりすぎたか」
ひょっとして、嫌われただろうか。
だが、それも仕方ないことだ。
嫁に行く娘への手向けと思ってくれ、アリエッサよ。
「……」
黙って酒を飲む。
「アルバート王、姫様から嫌われるようなことは決して。次の日には元通りに……」
俺の心境の機微を察し、ヨセフが言葉を投げかけてくる。
本当にこういうところは有能だなコイツ。
「父親なんか、娘に嫌われはじめてやっと値がつくものじゃないか、ヨセフよ」
「……私にはわかりません。この間、”父上は私を売ったんですか”と言われましたが」
「あー、俺がアリエッサに”スズナリに娼館に行かせるぐらいなら、パントラインに手を出させろ”とか言ったからな」
「それは私が承知済みですし、致し方ありません」
ニヤリ、とヨセフが笑う。
こういうところが好きでコイツを傍に置いている。
「アルバート王は娼館がお嫌いですか?」
「俺は好き”だった”けどな。娘をやる相手となると別だな」
王妃を――アイツを娶ってからは独り身を貫いてるし。
真の愛はある。
願わくば、スズナリとアリエッサがそうであって欲しいと思う。
それはワガママだろうか。
「俺のワガママかな?」
「そうとは言えないでしょう。私も妻一筋ですし。何、どうせスズナリ殿は何人も嫁を娶ることになるのですから……」
ヨセフと話しながら、酒を飲む。
俺はヨセフにも酒を勧め、一緒に飲むことを求めながら今日の夜を過ごした。
了




