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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編
20/113

020 浄財


ダンジョンギルド本部の私室。

椅子に座りながら、私はシスター服の女性と対峙していた。


「と、いうわけで哀れな孤児達のためにもギルドから教会にぜひともご寄付を」

「言われんでも毎月同じ額を払ってるのに、わざわざ理由を説明しに来るのは何故ですか?」


私はシスター――名をアリー・クロレットというシスター長に質問した。

本当にもう、ちゃんと毎月金払ってあげてるのに何でいつも金たかりに来るんだこの人。

わざわざダンジョンの奥地――ギルドの本部まで。


「毎月の浄財、誠にありがとうございます。その感謝を表すためでもありますが」

「が?」


シスターの腰元のメイスは血塗られているが、その衣服には泥濘の一つもついていない。

それだけでアリー嬢の強さが見て取れる。


「辛いものですね。教会も世俗には多少なりとも通じてはいるのです」

「はあ」


何かよくわからんことを話し始めた。


「ギルマス殿が童貞なのは知っています。そこに年頃のシスターを宛がうのは良くない事ですか?」

「良くない事です」


何言ってんだこのアホは。

私は一言で切り捨てた後、マジマジとアリー嬢を眺める。

サイズの合ってないシスター服が身体にピッチリと張り付いていて、実に艶めかしい。

私の気にするところではないが。


「責任とってくださるなら私はバッチコイですよ!」

「アホですかアンタは」


思ったことを完全に口に出した。

アリー嬢も教会もアホではなかろうか。


「え? 私シスターですよ、しかもシスター長ですよ。男としてこうグッとくるものは」

「無いですよ。私は先代を愛していますので」


最近はルル嬢とマリー嬢のせいで頭が時々混乱しているが。

金と地位で女を宛がわれて喜ぶような哀れな脳みそしとりゃせんわい。


「毎月、私なりにお洒落してきてるのに。ほら、このマンドレイクの香水の匂いとかクラっと来ませんか」

「違法薬品じゃねえかよ!」

「私の自家栽培ですから違法薬品ではありません」


何栽培許可してんだよ教会。

まあ……なんだ、教会の立場からとってみれば、ギルドからの浄財額がデカイのはわかる。

わかるが――この扱いはあまりにあんまりではなかろうか。


「これは内緒の話ですが、二年後にはアルデールという若者にギルマスの地位を明け渡す予定です。そちらを誘惑してはいかがですか」


とりあえず、アルデール君を生贄に捧げる。

彼はどこまでも私の身代わりであるべきなのだ。


「えー、私はスズナリ殿が好みです。その死んだ目で報われない恋愛に挑んでいそうなところが」


無茶苦茶失礼だなアリー嬢。

自分でも自覚しているところはあるが。


「とにかく、そういう扱いは金輪際御免だと教会にお伝えください。来なくても金は払うから」

「教会の方針は絶対に揺らぎませんが、一応お伝えしておきます。そして来週のデートの約束をしてください」


アリー嬢はぱちくりと眼を閉じ開きしながら、一切私の言葉を聞いていないように無茶苦茶な事を口にしていた。









「それでデートの約束を? どれだけ押しが弱いんですギルマス。娼館に行ってください」

「なんか押されるのに弱いんだよなあ。娼館には断じて行かん」


ピッチリした艶めかしいシスター服とマンドレイクの甘い香りのせいではない。多分。

ギルドの酒場でアルデール君と話す。

アルデール君は完全に呆れた顔をして、ひらひらとグローブで覆った手を翻していた。


「しかし、教会がそんなことをやっているとは思いませんでしたが」

「アルデール君も、ギルマスを引き継いだら気を付けたまえ」

「いや、ギルマス――スズナリ殿のようには普通なりませんからね」


アルデール君が正論を吐く。

私は大きくため息をつき、一人いない人物に気が付いた。


「そういえば、オマール君はどうしたのかね」

「私とオマール君はセットではありませんよギルマス。前回はたまたまです」


そりゃそうだ。

違うパーティーだしな、と一人納得して酒をあおる。


「今頃、娼館にでも行ってるんじゃないですか?」

「私の魔法無しでか?」

「高級娼館では、ギルマスの魔法と同じサービスが受けられることに気づいたんでしょう」


なるほど。

声を出さずに納得し、再び酒をあおる。


「ギルマス、結構飲みますね」

「酒!飲まずにはいられないッ!」


アルデール君には通じない元の世界の台詞を呟きながら、今の心境を出す。

本当に酒を飲まずにはいられん。


「自業自得なのにそんな叫ばれても困りますが」

「……それもそうだな」


アリー嬢とのデートの件、本当にどうしよう。

そもそもシスターを連れてどこを出歩けと?

何処に行っても悪評が立ちそうな気がする。

地位と権力を悪用しているとか。


「おそらく、ギルマス殿の心配は無用な事かと」


アルデール君が、私の心を読んだかのように言う。


「無用?」

「ギルマスが無理やり引きずり回されてると思うんじゃないですかね、市井では」


市井で、私の存在はどう噂されてんだよ。

言いたくなるが、ロクな答えが返ってきそうにないのでやめる。


「ま、いい。とにかく、ギルマスになった際は気を付けておきたまえ」

「無用な忠告ですが、確かに覚えておきますよ」


私はアルデール君への忠告を終えた後、椅子から立ち上がり私室に戻る。

その際、見慣れた金髪縦ロールが酒場で肉食っている事に気が付いたが、あえて無視をした。


「ちょっと、無視してんじゃないわよ」


その努力は、あえなく無為と化したが。

私はため息をつきながら、アリエッサ姫を出迎えることにした。


「仮にも婚約者でしょう? 他の女にフラフラしてるんじゃないわよ」

「私の勝手でしょう。それにフラフラしてませんよ」

「アリーナ・ルルにマリー・パラデス。おまけにシスター? どこがフラフラしてないのよ」


あちらから寄って来ているわけで、私は誰にも靡いていない。

第一、姫様には関係ない事だろう。

そう思うが、アリエッサ姫は縦ロールの髪を揺らしながら呟く。


「私の名誉に関わるわ。今度、誕生日パーティーがあるから出席しなさいよね」

「誕生日パーティーぐらいは出ますが、ひょっとして婚約者として?」

「そうなるわね。暫定だけど」


お断りだ。

そう呟こうとするが、断ったら断ったでまた面倒臭い事になりそうなんだよなあ。

私が全ての依頼や案件に押しが弱い理由には、これ断ったら誰が解決してくれるんだという想像の余地が届かない点にある。

絶対、誰も解決してくれずに事態が悪化して、また私のところに舞い戻ってくるんだ。

そう思う。


「……分かりました。あくまで暫定の婚約者ですよ」

「それでいいわ。それから、パントライン」

「はい、姫様」


ざっ、とパントライン嬢が姫様の横に並び立つ。

何だ一体。


「娼館に行くぐらいなら、パントラインで発散しなさい」

「わかりました、姫様……いや、ちょっと待ってください! 急に何の話ですか!?」


パントラインの叫びが私室を木霊する。


「だって貴女のモロ好みでしょう、コイツ。別にいいじゃない」

「スズナリ殿はモロ好みですが、何ですか娼婦の代わりって!!」


何かまたロクでもないことがおっぱじまったぞ。

私はワインをファウスト君に要求する。


「私の婚約者が娼館通い何て外聞悪いから、貴方その身を差し出しなさい」

「普通にイヤですよ! 何言ってるんですか姫様」

「あの……誰も娼館通いなんてしてないんですが」

「そのうちオマール辺りに誘われていくようになるのよ。容易にその光景が想像できるわ」


勝手なイメージで話すな。

多分、冒険者時代のアルバート王のイメージで話してるなアリエッサ姫。

全ての冒険者が娼館通い大好きと思うなよ。


「オマール君は私の中で遠い世界に旅立ちました。彼は星になったのです。誘われても断りますよ」

「嘘よ! お父様は『そろそろパントラインを差し出す頃合いだぞ』って忠告してきたもの」


何だその悪魔の囁き。

私の思考を無視し、アリエッサ姫がパントライン嬢の方向に向き直り、叫ぶ。


「貴方の父のヨセフの許可も下りてるわ。何の問題もないもの!」

「父上、私を売ったんですか!」


ヨセフとパントライン嬢、親子関係だったのか。

何かワインが不味い。微妙に酸味が強いぞ。

腐ってるように感じるのは本当にワインが不味いのか、私の心が腐ってきてるのか。


「そういうわけで、娼館通うくらいならパントラインにしときなさい。私の決定よ」

「娼婦扱いは御免です。手を出すなら責任を取ってください!」

「どっちも御免なので帰ってくださいませんか? 何かワイン不味いし」


私はワインの不味さを理由に、二人に帰ってもらう事を試みた。








王宮の寝室。

ダンジョンでの汚れを落とした後、護衛役のパントラインと一緒に床に就く。


「パントラインのせいで追い出されたじゃない」

「まだ言っているんですか、姫様」


縦ロールに特製の椿油で浸した櫛を通し、ストレートに戻す。

アリエッサは今日の事を思い出し、スズナリの荒れようを見て憤懣する。


「何であんなに酔っぱらってたのかしらスズナリ」

「何か嫌な事でもあったんでしょうよ」


私のように。

パントラインはまだ怒っているのか、背を向けながら小さくつぶやいた。


「娼婦扱いしたつもりはないわよ。ただパントライン、やっぱりスズナリがタイプなのね」

「ああいう、大人びた頼りがいのある何でも解決してくれるタイプが好きなんです」

「それ、パントラインの勘違いじゃない?」

「そうですか?」


むしろ、スズナリは子供っぽい。

恋愛に関しては奥手どころか幼児性すら感じられるほどだ。


「だからこそ、娼館行きは阻止したいのよね。絶対ハマるわ、あのタイプは」

「知りませんよ。だからって人を人身御供にしないでくださいな」


薄明りの中、背を向けたパントラインに呼びかける。


「側姫候補としてなら?」

「歓迎します。柔らかくスズナリ殿を包みますよ」


くるり、とパントラインがこちらに向き直る。

そして口を開く。


「結局、姫様としてはどうなんですか? 好き、嫌い? どちら?」

「今はどっちとも言えないわねえ」


最初と違い、ムキになって否定しないだけ私も変わったか。

そう思いながら、アリエッサは答える。


「ていうか、結局この国にアイツ以上の候補っているの?」

「いません。そういった結論は出ましたよ、正直」


だから父さまがパントラインを差し出せとか言ってくるのか。

なんとなく納得し、それでも年齢差が気になる。


「何度も言うけど、もうちょっと若ければねえ」

「もうさすがに諦めませんか、姫様」

「この国の未来も左右することよ?」

「スズナリ殿なら任せられると思います。というか、他に誰が?」


誰もいない。

もう少しぐらい候補がいてもいいだろうに。


「まあ、まだ時間はあるわ」

「それ、言い訳にしてません? もう候補はスズナリ殿しかいませんよ」


まだだ。

まだ、急ぐ必要はない。

私はパントラインに背を向け、身を丸くして眠ることにした。







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