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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編
19/113

019 マリー嬢とのデート


「どうして真珠では駄目なんですの? そんなにお嫌ですか」

「数十年でスカスカになるから嫌なんですよ、個人的に」

「それは取り扱い方次第ではなくて?」

「取り扱いに気を遣うメンテナンス性が特に嫌というか……宝石にしませんか? 高い奴でいいですから」


今日はマリー・パラデス嬢とのデート。

ルル嬢に習った通りのコースをなぞれば問題はないはず、だったが。

プレゼントの種類で揉めている。


「値段の問題ではなく、私はこの真珠のネックレスがいいんですわ」

「どうしてもというなら……」


プレゼントに対する自分の問答を鑑みるに、拙いにも程がある。

彼女が選んだ商品をくさす、恋愛につたない自分でも分かるレベルだ。

もうこの時点でデートとしては失敗ではないのか?

そんな疑問を心配するが、別に失敗してもよいのではないか。

私はマリー嬢の事を特に好きではないはずだが。

自分で自分が、何故ここまで気を遣っているのか分からなくなってくる。


「ではこれを」

「はい」


店員に金銭を渡し、真珠のネックレスを受け取る。

そしてそれをマリー嬢に渡そうとして――


「はい、かけてくださいな」


頭を少し下げて、首元にかけやすい姿勢をとるマリー嬢の姿が見えた。

彼女の望み通り、ネックレスを首元にかける。


「似合っていますよ」

「定型句ですわね。でも嬉しいですわ」


マリー嬢は胸元のネックレスに手を当てながら、微笑む。


「ところで――女性に手慣れてなさそうなスズナリ殿が、何故このようなデートコースを組めたのかしら?」

「そこ、今聞きますか」

「本日の会話内容を鑑みるに、誰かが考えたとしか思えませんよ」


……今のプレゼント以外でも、今日は何か拙い発言をしていただろうか。

自分では分からない。

降参して、全てを白状する。


「アリーナ・ルル嬢から習いました」

「やはりそうですか。御礼を言うべきか、憎むべきかは微妙な相手ですわね」

「微妙な相手?」

「ルル嬢も、スズナリ殿の事が好きでしょう?」


店員に、この会話を聞かれているのが微妙に気になる。

だが店員は聞こえないふりをしているのか、他の客の相手をしていた。


「……そうらしいですが、誰から聞きました」

「前回の親睦会の時に、ルル嬢のスズナリ殿への視線で分かりましたわ」


マリー嬢はあっさり答える。

自分では良くわからないが、そういう物なのだろうか。


「ま、私は二人揃ってでも嫁いで構いませんけどね」

「……」


マリー嬢は平然と恐ろしい事を口にした。

貴族の思考という奴だろうか。

自分では思ってもいなかった事だ。


「私は……一人を愛するだけで精いっぱいですよ」


先代。

想い人への思慕が頭をよぎる。


「今はそれでもよいですわ」


気にしない風情で、マリー嬢は言う。


「でも、二人も貴方を思う人がいる人も忘れないでくださいね」


そう押されると、弱い。

自分でもよく分からなくなってしまうのだ。

一つだけ確かな事は、私は今でも先代を想っている。

それだけは確かなはずだ。

私は口を開くのを一旦やめ、どこでマリー嬢とのデートを終わらせようかを考え始めた。








「と、いうわけで散々なデートだったわけだ」

「はあ」

「何でそれを俺たちに話すの?」


疑問符を浮かべるアルデール君とオマール君に、言葉を返す。


「他に会話する相手がいないから……かな」

「そりゃギルマスがギルド員にあまり話しかけてる事は見ませんけどね」

「ぼっちかよ」

「そもそも、君たちは何してるのかね」


二人はギルド内の酒場で酒を酌み交わしながら、何やら辺境の地図のようなものを指さしている。


「大繁殖も終わったわけではないから、二人には是非掲示板の依頼を達成していって欲しいのだがね」

「今してますよ」

「俺たちのパーティーメンバー、後衛職も連れて行くから、安全に計画を練ってるとこ」


アンタみたいに一方的な虐殺とか他の後衛はできないの。

オマール君はひらひらと手を翻しながら、先日の私の行為を否定的に語る。


「ところで、私のデートについて何か言いたいことは無いのかね。忌憚なき意見を募る」

「まさかギルマス、三十路超えて童貞じゃないでしょうね」

「娼館に行け」


あまりに酷い答えが返ってきた。

だが事実ではある。

しかし、反発しても良い事柄であろう。


「童貞で何が悪い!」

「女性心を理解できてないから悪いです。オマールの言うように、一度娼館にでも行ってください」

「おそらく現存するレッサードラゴン殺しで童貞なの世界でアンタだけだよ」

「レッサードラゴン関係ないだろそれ」


憤懣遣る方無い気持ちになったので、ムキになって言い返す。


「そういう君たちはどうなのかね、女性関係は。私に言える程なのか」

「私は未だ一人の学徒として未成熟のため、女性には近寄りません」

「病気が怖いから娼館はパス」


結局お前らも童貞何だろうが、それ。


「つまり童貞なんだろ」

「ギルマスは30歳まで童貞なら錬金術師になれると言う言葉を知らないのですか?」

「親父が病気貰ってきて家庭が崩壊しかけたから娼館はマジでNGなの!」


アルデール君のいう事はわけわからん。狂ってんのか。

オマール君のいう事は分かるが男爵何やってんだ。


「いや、娼館以外ではだよ。私以上に経験豊富と言えるのかね」

「ギルマスよりはマシですよ。顔には自信あるので。もらった恋文は全部破きましたけど」

「貴族の三男坊の行く先何かわからないのに恋文なんて馬鹿にしてんのか!と怒鳴り散らした事がある……あれはさすがに女に悪かった。複雑な少年期だったから」


私より酷いわお前ら。


「お前ら私に謝れ。娼館にも行けないゴミ屑の分際で娼館に行けなんて言って御免なさいと」

「行けますよ、娼館ぐらい。行かないだけです」

「病気が怖いっつってんだろ」

「病気なんか貰わんよう、私が生物魔法でなんとかしてやる」


そう言ったとたん、マジで、とオマール君が表情を変えた。


「俺は娼館に行ってもいいのか……?」

「行きたかったのかお前は」


アルデール君がくだらないものを見たように呟く。


「魔法掛けてやるから行ってこい。私は行かんが」

「ギルマス殿、作戦会議の途中なんですけど今」


アルデール君から非難の声があがる。

そりゃそうだ。

魔法ぐらいタダで掛けてやろうと思ったが、止めた。


「邪魔したな。私は愚痴る相手を酒に変更する」

「そうしてください」

「ちょっと待ってくれギルマス、いや、ください。ギルマス!?」


私はオマール君の縋るような声を無視して、私室に戻ることにした。








「というわけで散々なデートだったわけだ。酒も不味くなる」


私はワインを注いでくれるファウスト君に声を掛けるが、返事はない。

骨だから仕方ないが。

一人で会話の通じない相手に愚痴りながら、チビチビとワインを飲んでいるとノックの音がした。


「誰だ?」

「私です。アリーナ・ルルです」

「今酒飲んでるから仕事の話は後にしてくれ」

「オマール君が面会を訴えておりましたが却下しておきました」


敏腕秘書だ。

私はルル嬢の応答に納得しながら、酒に誘うか迷う。


「君も飲むかね?」

「お誘いとあれば」


ルル嬢はドアを開けて立ち入り、ファウスト君からワイングラスを受け取る。

そして中身の入ったグラスを天高く掲げた。


乾杯プロージット……でしたかね」

「やめてくれ、それは」


私は恥じ入りながら、手を横に振る。

ルル嬢はくすくすと笑いながら手を下げてくれた。

そして椅子に掛け、ワインをチビチビと飲む。


「マリー嬢とのデートは上手くいきましたか」

「散々なデートだった。私のせいだが」

「でもマリー嬢は特に気になさらなかったんでしょう?」

「それはそうだが……どうしてだろうな」

「痘痕もえくぼと申しますよ、好きな人の欠点なら」


ルル嬢はぐい、とチビチビ飲んでいたワインを飲み干し、次の杯をねだる。


「受け止めるのも女性という物ですわ」

「そういうものかね……」

「そういうものです」


私はファウスト君を動かして、ルル嬢の杯を注ぐ。

私は少し酔っぱらっていたようで、余計な事を口にした。


「君もそうなのかね」

「ギルマスは自分が悪い事にも気づかない魯鈍ではないでしょう? エスコートはゆっくり知って頂ければいいですわ」

「知る必要はある、と……」


まあ、それは痛いほど今日痛感したが。


「なんなら、私たちもまたやりましょうよ、デート」

「もういいよ、と言いたいところだが……」


私は酔っぱらっているのだ。

自分の心も曖昧なまま口にする。


「やろうか、デート。今度はいつにする?」

「おや、積極的ですね」

「酔っているから、明日言われても忘れてるかもしれんがね」

「私はキッチリ覚えてるから大丈夫ですわ」


くすくすと、何がおかしいのかルル嬢が笑う。

だが、私はこのルル嬢の笑い方が嫌いではない。

私はルル嬢の香水の匂いに、頭を少しクラつかせながらニコリと笑った。







鏡に映る自分の姿を見て、微笑む。

その首元には、スズナリ殿から買ってもらった真珠のネックレスが燦然と輝いていた。


「昔から真珠って好きなのよねえ」


スズナリ殿はその存在の儚さが気にくわないようだったが。

くすくすと、指を口元に当てながら笑う。

マリー嬢は今日の事を思い出して――まるで子供のデートみたいだった。

そういう自分も、そこまでデートの経験なんぞないのだが。


「それでも、誰かにアドバイスを受けたかぐらいはわかるわよねえ」


亡くなった母様から聞いていた話とはだいぶ違うデートだった。

その点では父上にも劣ると言えばスズナリ殿は傷つくだろうか。

父上は別にそんな事で勝っても嬉しくないだろうが。


「アリーナ・ルル嬢か」


今回、アドバイスしてくれたらしいあの金髪碧眼の顔を思い出す。

敵としてみるべきではない。

むしろ、スズナリ殿が好きな仲間として扱うべきだろう。

マリーはその嗅覚で感じ取った。


「思った以上に、先代のギルマス殿が強敵そうなのよねえ」


スズナリ殿の思慕が強すぎる。

私はその思慕の相手をよく知らない。

それはルル嬢も同じだろう。


「なに、二人して引きずりこんでしまえばいいのよ」


何処に?

ベッドに?

一人語りに疑問符を浮かべたが、それもいい。

二人がかりの愛でスズナリ殿を押しつぶしてしまえばいい。

もう、生死不明の相手を想うなんて悲しい事をさせないように。


「……それは決して悪い事じゃないわよね」


私は真珠のネックレスを外し、丁寧にケースへとしまう。

寝る前に寝酒を一杯だけ飲むことにしよう。

私はワインを一息で飲み干した後、ベッドの中へと潜り込んだ。






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