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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編
18/113

018 大繁殖


アレキサンダー君から上がってきた報告書を読む。

やはり、今年はモンスターが大繁殖しているようだ。

原因不明の、数十年に一度起こるモンスターの個体数爆発増加現象。

時として、ダンジョンにのみ住むような強力な個体まで街に押し寄せる。


「以前の記録は?」

「53年前になりますので、あまり役に立たないかもしれませんが」

「それでも一応見ておく。一度読んだことはあるがな……」


王国に出す書類としても添付しなければならんし。

もっとも、王国側でも記録を持っているだろうが。


「ギルド員の待機命令は解きますか?」

「……一時的に解くことも考えたが、突発で強力なモンスターが街を襲った時のため待機としよう。前回の大繁殖ではマンティコアにサーペント、ミノタウロスまで辺境の街周辺に現れている」

「……ギルド員同志が組まなければ対応できませんか、その辺りは」


以前の記録を読み終え、資料を机の上にまとめる。


「一応、王国に資料を馬車便で送ってくれ。私は溜まっている討伐依頼を片っ端から総ざらいにして片付ける」

「私は街のギルドに待機ですか?」

「誰かが指揮をとらねばならん。待機をお願いする」


残念そうなルル嬢を見ながら、判断を下す。

私はいつものローブの代わりにジャケットを身に着け、ルル嬢に最後の挨拶を交わす。


「それでは行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


私は本来掲示板に張り出しすべき討伐依頼表をそのままバッグに詰め込み、討伐に向かうことにした。


「ちょっと待ちなさいよ!」

「……姫様?」


出口にはアリエッサ姫が腕組みして立っていた。


「……どいていただけませんか? 今貴女に構ってる暇は」

「後衛職が一人でどーするつもりよ。安全のため前衛を誰か連れて行きなさい」

「む……」


遠距離から一斉駆除するつもりだったので、一人で十分と考えたが。

確かにその意見は的を得ている。


「ルル嬢、アルデール君かオマール君どちらかを連れて行く」

「安全のため、両方をお連れください。緊急討伐はあの二人を抜けたメンバーでもなんとかなります」

「わかった。一応礼を言っておきます姫様」


ふりふり、と手を私に向けて振るアリエッサ姫。

その横を通り、私はギルド員の待機室で叫んだ。


「アルデール君、オマール君! 出番だ、討伐に出向くぞ!」








腕を一振りすると――ゴブリンロードに向けて泥濘が地面から飛び出し、そして顔面を覆い、炎上を始めた。


「GAAA!?」


ロードの悲鳴により、停滞するゴブリンどもの群れ。

その動揺を見逃さず、両手を組んで詠唱を始める。


「"大いなる大地よ、不浄なる全てを泥濘に包み焼き尽くせ”」


数十のゴブリンどもの足元の土、数十メートルに渡るその全てが黒い泥濘と化して、ゴブリンどもの下半身を飲み込む。

そして――ぐつぐつと、スープを窯で茹でるように泥濘は揺らいだ後、一気に炎上を開始した。


「GAAA!?」

「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」


ゴブリンの肉を焼く異臭が草原を包み込む。

私はそれをじっくりと眺めた後、呪文を唱える姿勢を崩さない。

だが、それもゴブリンロードを含めた全ゴブリンの肉体が炭化したのを見取って、姿勢を崩した。

剣戟音が鳴る暇すらなく、殺し合いは終了と化した。


「……俺たちいらねえじゃん」

「いい事ではないですか。これでも分け前は三頭分ですよ。私は断りますがね」

「俺もいらねえよ。こっちにもプライドがある」


アルデール君とオマール君がどうでもいいことを話している。

金を渡すのは無理強いしない方がよさそうだ、彼らのプライドに触る。

私はバッグから討伐依頼書を取り出し、そこに依頼達成の判を押した。


「次、行きましょうか。今度もこの近くです」

「ギルマス殿、次は私たちにやらせてもらえませんでしょうか」

「そうだぜ、これだと体が鈍っちまう」


二人の声に、私はゆっくりと首を横に振る。


「無駄な危険は省きます。遠距離からの皆殺しほど安全な物はありませんから」

「じゃあ俺たち何で呼ばれたんだよ?」

「近接奇襲を防ぐため、及び炎上だけでは殺せないタフネスの相手の対策ですよ」


トロールとかミノタウロスとか一つ目巨人相手だ。


「呪文切れの場合ではなかったのですか?」

「私の呪文が切れることはまずないから安心したまえ」

「どんだけだよ……レッサー殺したってのも頷けるぜ」


三人、歩きながら喋り続ける。

二人はそれでも警戒を緩めてはいない。素晴らしい。


「次は……ミノタウロスか。なんで街の周辺をうろついてるんだか」

「と、いうことは」

「やっと出番か?」


二人の声が喜気を増す。


「そうなりますね」


私は危険を喜びと感じれる冒険者の感性に不思議を覚えながら、ミノタウロスの目撃情報の場所へと出向くことにした。








「いるな」

「……出来るだけダメージを与えますので、接近戦はお願いしますよ」

「承知しました」


三人、息を殺して身を潜め、草原の丘からミノタウロスを見下ろす。

身長3メートル大の、牛頭人身の怪物。

攻撃する位置は――非常に良い。

後は一方的に押し殺すだけだ。


「”大いなる大地よ、不浄なる全てを泥濘に包み焼き尽くせ”」


両手を組んで詠唱を唱える。

先ほどと同じように大地が泥濘と化し、ミノタウロスの下半身を覆う――が。


「GRIIIIIIIII!!」


ミノタウロスは泥濘に蹴りを入れ、容易く沼から抜け出した。

その体に貼り付いた泥濘からは炎上が始まっているが、ミノタウロスには火傷程度の負傷しか及ぼさない。


「"酸素よ、その存在を薄れさせろ"」


ミノタウロスはこちらを目掛け一途走って来るが、張り付く泥濘の炎が青白く変化してから、その動作を鈍くさせた。


「今です。二人ともよろしくお願いします」

「よし来た!」

「お任せください!」


オマール君とアルデール君が走りこんでいく。

ミノタウロスの動作は鈍い。

その巨大な斧が上に振り上げられることはなく、途中で横薙ぎへと変化する。


「アブねえ!?」


寸前でオマール君がみごとに空を蹴って斧を避ける。

オマール君の鍛え上げられた身体は、信じられないほど軽々と宙を舞っていた。

その手の槍がミノタウロスの腕へと突き刺さる。

ミノタウロスがその衝撃で、斧を地面へと取り落とした。


「そこ!」


すかさずアルデール君が懐に入り、上段突きの姿勢で構える。

突如爆発したように、アルデール君の右手が弾けミノタウロスの鳩尾に打撃を加える。

たまらず蹲る、ミノタウロス。


「離れろ!!」


私の叫びとともにアルデール君が、ミノタウロスの懐から離脱する。

後は――もう一度。


「”止まれ”」


眼前から、泥の渦が集まるような感覚を得る。

ミノタウロスの足元の草花が枯れ、更に黒い泥濘と化して、質量をもった数多の手と姿を造り変えミノタウロスをねじ伏せるように捕まえる。

ミノタウロスは暴れるが、すでに抗う力を持たない。


「”止めの一撃”」


私は一言で最後の祝詞を唱え、ミノタウロスの全身に貼り付いた黒い泥濘を大炎上させた。

それから約十分。

ミノタウロスは伝説の猛獣にふさわしいタフネスを発揮しながらも、最後には炭化して泥濘に倒れ伏した。







「ギルマス強くね? というか強過ぎじゃね?」


手から酒を放さずにオマールが口を開いた。

ギルマス――スズナリ殿から報酬を受け取り、二人で食事でもとオマールに誘われた。

その最中だ。


「ギルドマスターだから強いのは当たり前だろう」

「そりゃそうだが……呪文の残り手数というかマジックパワーとでも言うか……」


何かむにゃむにゃと言いたげだが、言葉が見つからないようだ。

手ではステーキを切り分けながら、手助けをしてやる。


「魔力残数の底が見えない?」

「そう、そこ。俺が組んでる後衛職とイメージ違うんだよ。あんなゴリ押しじゃないし」

「そこも、やはりギルドマスターだからと言うしかないな」


オマールの言いたいことは分かる。

我々が前衛を務める間に控える後衛職。

その呪文はあくまで補助的か――一気呵成に吹き飛ばす一撃であっても。

ただ一方的な虐殺を何度も開始するものではない。


「文字通り格が違うからだろう。レッサードラゴンを倒したことは知ってるな?」

「ギルマスがだろ? それくらいは知ってるし、いつかは俺も……」


やってみせる。

おそらくはその生態を知って言ってのけるオマールの性格は非常に好ましい。

が。


「その戦闘は地獄めいた長期戦と聞いた。3日3晩かかってやっと殺し切ったらしい」

「その間、ギルマスの呪文は途絶えず?」

「もちろんそうだ」


詳細を詳しく聞きたいところだが、ギルマスからは「二度と思いだしたくない」と断られた。

開始1秒で両手を切断されたとの話を聞くに、わからなくもない。


「なんか怖くなってきたぞ。アレでもレッサードラゴンにはギリギリか?」

「ギリギリさ。それを上回るドラゴン殺しの実力は計り知れん」


かのアルバート王がどれほどの冒険者だったのかという話になる。


「そのわりに、のほほんとしてないかウチのギルド。いや、ギルドマスターがのほほんとしてるせいだろうけど恐怖感がない」

「ウチの国が、ウチのギルドが、のほほんとしてるのは上の努力あってのものだろう」

「努力?」

「真の実力を意図的に出していない。ギルマスが本気なら、威圧だけで吹き飛ばされるぞ」


おそらく、そんな物語みたいな現象は起きまいが。


「くわばらくわばら。そんなギルマスは見たくないね」


まるで信じたかのようにオマールはおどける。

この性格は非常に好ましい。

だが――今気づいた問題として、そんなギルマスに次を指名された自分は何なのか。

レッサードラゴンを殺せないのはまだ良いとして、代わりはちゃんと務まるのか。

アルデールは妙な高揚感と不安感を覚えていた。





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