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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編
17/113

017 ルーチンワーク②



私は広いがらんとした場所に出た。

いつものように手を叩くと、歪な反響が周囲から返ってくる。


「ご機嫌いかが? ドラゴン殿」

「今すぐお前を殺してやりたいよ」


いつもの挨拶。

それを終えて、私は一匹の肥えた牛を連れてくる。

ドラゴンへの差し入れだ。


「おお、我が知恵が必要になったか」

「場合によっては」


嬉しそうな声色に代わるドラゴンを尻目に、私はンモーと鳴く牛をなだめる。

引き渡すのは有用な知恵を得てからだ。


「行方不明の先代、この行き先が知りたい。ひょっとして、お前なら知ってるんじゃないのか」

「ん、なんだ。お前は知らなかったのか」


ドラゴンは涎を飲み込みながら、不思議そうに長い首をひねる。

逆に、何故お前が知っていると聞きたいところだが、それはもういい。


「知らない。知ってたら誰かを探索に行かせてるよ」

「ふむ、それはやめておけ。無駄死にさせるだけだ」

「何故?」


くるる、と喉を鳴らし、ドラゴンは回答を為す。


「奴が行ったのは北のマスデバリア大陸だ」

「――未踏破大陸か! 何故そんなところに」


マスデバリア大陸。

この大陸最北端から船で一か月の過酷な航路の先にある、最後に残った人類の未踏破大陸。

その内実は全く知られていない。


「冒険者、だからだろう。お前にはその気持ちがわからんか」

「……分かりませんね。私はしばらくの間はよろしくと言われていただけだ」

「口の端が震えているぞ。大分動揺しているようだな」


愉しそうにドラゴンは笑う。

未踏破大陸に行くと知っていたら最初から止めて――だから、私には教えてくれなかった。


「つまり、奴は始めから帰ってくる気等なかったのさ」

「それはお前の推測にすぎないだろう」

「未踏破大陸だぞ。仮に生きていたとて、探索に何十年かかると思っている」


おそらく、その寿命が尽きるまでには終わらんよ。

ドラゴンは私を嘲け笑うように言葉をつづけた。


「……知識への礼は言う。牛は置いていこう」

「そうか。今はお前の感情のブレの方が美味であったのだが」

「いつからドラゴンは人の感情を食うようになった。悪魔にでもなったつもりか?」

「……お前も何十年と閉じ込められればわかるさ」


この退屈さを満たすには人の感情を食う必要があるのさ。

――人は5年でも限界かもしれんがね。

そう嘯いて、ドラゴンは牛にがっつき始めた。

牛の断末魔、それを耳にしながら私はドラゴンの居室から出ていく。

その手に作った握り拳は震えていた。








「失礼します。迷宮探索依頼の照査と、掲示板への貼り付けが終了――」


ドアから、いつもの甲冑姿の女性が私室に現れる。

そして私を見て言葉を切り、書類を部屋に散らばらせた後、代わりに別な言葉を口にした。


「ギルドマスター、どうされましたか?」

「ある人に裏切られていたことに気づいただけだ」


私は顔を覆って嗚咽していた。

いや、まだ裏切られていたとは限らん。

彼女は――先代は「しばらくの間はよろしく」と確かに言っていた。

未踏破大陸の探索も、ほどほどで切り上げる予定だったのではないか。

ただ、彼女は生死不明――”帰れなくなった”だけではないか。

それは――裏切りよりも恐ろしい。


「ギルドマスタ――、いえ、スズナリ殿」

「……?」

「先代の事はもう忘れませんか?」


ルル嬢には、何について泣いているかなど完全に見破られている。

顔から手を放し、ルル嬢の顔を見る。

おそらく私の顔は涙で酷いことになっているだろう。

だがルル嬢は、構わず私の瞳をじっと見つめている。


「生死不明の人間を追いかけ続けても、つらいだけです」

「ならば、君とか」

「ええ、お嫌ですか」


ルル嬢が、テーブルの上に置いた私の手にそっと掌をかぶせる。

嫌ではない。

決して、嫌ではない。


「……だが、断るよ。私はまだ先代を待つ」


私は裏切られてなど、いない。

あのドラゴンのいう事を気にする必要もない。

ただ、待てばいいだけだ。


「……あと、何年お待ちになります? ずっと待っているのはもう見ていられません」


ルル嬢が問う。

期限を区切れというのなら、答えよう。


「三年……いや、あと二年待つ」


それでもこなければ、身辺の全てを片付けて、ギルマス業もお終いにしてしまおう。

その後――どうするか。

先代を追って未踏破大陸に行くか。

追わず――誰か別な人を好きになってしまうか。

それはその時に考えよう。

私の答えを得て、ルル嬢は呟く。


「わかりました。それまでは私も待ちます」


ルル嬢の眼は私に感化されたのか、少し潤んでいた。

私は彼女に対し、答えるべき言葉を一つしか持たない。


「……ごめんな」

「いいえ」


私の謝罪に、彼女は快く応じてくれた。





ギルド内からは、飲食を楽しむ音と、掲示板を指さしながら依頼を探す冒険者の声が聞こえる。

羨ましく感じる。

自分もあのように、一人の冒険者としてやっていきたいという思いがある。

だが、もう決めたことだ。


「あと二年は待つ」


自分で決めた枷だ。

最後まで全うしよう。


「最近、モンスターの出現数多くね」

「依頼の消化が間に合わねえよ」


ふと、気になる情報が耳元に入る。

その内アレキサンダー君が内容を上げてくるだろうから私はそれまで待てばいいが。

まさか大繁殖の時期か?

その場合、私自身も前線に赴く必要があるが……


「ギルドマスター殿」

「やあ、アルデール君」


考え事を遮るようにして、正面から声がかかる。

最近はこのアルデール君と喋るのもルーチンワーク化している気がする。

彼のグローブの印象的なモチーフが目にちらつく。


「……何かありましたか?」

「ん……何でもない」


恐らくは、私の充血した赤い目を見て言っているのだろう。

私は気にしないように言った後、前から思っていたことを頼むことにした。


「アルデール君、君、次期ギルドマスターになってくれないか」

「ギルドマスター、私は錬金術師志望だと」

「その折にはアカデミーに、君への全ての錬金資料の解放と特別講義を頼んでおく」

「……」

「ギルドマスターを兼任しながらでも、勉強はできるはずだろう?」

「まあ……それは……」


考え込むアルデール君。

餌は十分なはずだ。

後は説得するのみのはず。


「私の代わりができそうな人物が君しかいない。知能労働できる冒険者自体が少ない」

「ルル嬢は?」

「彼女はどうあってもギルドマスターになる気はない」


そう――ひょっとして、ひょっとしたら妻になるかもしれない女性だ。


「そうはいっても、すぐにお辞めになる気は無いんですよね」

「あと二年だ」

「?」

「二年で辞める。これは決定事項だ」


何故急に、と言いたげなアルデール君を視線で抑え、黙らせる。


「君も、延々とギルドマスターをやる必要はない。代理を見つけたら代わってしまっていいのだよ」

「そう簡単には見つからないと思いますが……」


アルデール君は再び考え込むそぶりを見せた後――それを止めて、一頷きする。


「いいでしょう。ギルドマスター引継ぎの件、承りました」

「……すまない」

「約束は守ってくださいよ」


私は姿勢を正しく頭を下げるアルデール君に対し、こちらも姿勢を正し、頭を下げることにした。







「今日は良き日……なのかな」


後顧の憂いは文字通り絶った。

アルデール君ならば、問題なくギルマス業をこなせるだろう。

そして、自分の方針を定めることもできた。


「あと2年か」


自分で決めたが、我ながら良い期限だと思う。

ワイングラスを傾けながら、それを一気に飲み干す。

そのころには、姫様の婚約者問題も解決しているだろう。


「いや……解決してるのかな?」


正直、解決していない気がする。

自分にとってはもうどうでもいい話だが。

あと2年で全ての責任を放棄してしまう。

姫様の婚約者捜索の依頼はアルデール君が引き継げばいい。

再び注いだワインを一息で飲み干す。


「プロージット(乾杯)!!」


やってはいかんと思いつつ、癖になっているのか思わずやってしまう。

ひしゃげ割れるワイングラスの音。

すかさず、ファウスト君がホウキとチリトリでワイングラスを片付ける。

それを操っているのは私だが。


「まあ、みんな好き勝手やってるんだから、私も好き勝手やるだけさ」


王様も、姫様も……先代も。みんなが好き勝手に生きている。

だから私も好きにしていいよな。

アルデール君には少し悪い気がするが。

代償は十分に与えたからもういいだろ。


「……私は裏切られてなど、いない」


私は本日分の日誌――今日考えた決意を全て書き上げた後、それを閉じることにした。







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