014 マンドラゴラの密売
アレキサンダー君が何時ものように上げてきた資料を一読みして声をあげた。
「マンドラゴラの密売?」
「正確にはマンドレイクです、ギルドマスター」
ルル嬢からの訂正が入る。
マンドラゴラだかマンドレイクだか知らんが――
「マンドラゴラって何だっけ?」
「ギルマス、分野においては最高峰の魔術師でしょうに」
ルル嬢があきれた声を上げる。
そう言われても専門外だ。
薬草は錬金術や魔法薬学の分野だろう。
土魔法と生物魔法が分野である私には関係ない。手術でも使った覚えがない。
「ルル嬢は知ってるのか? マンドラゴラ」
「マンドレイクですが……まあどっちでもいいです。その……閨で精力剤、媚薬に使うアレでしょう。錬金術での最高のマンドレイクは不老不死の材料にもなると言われていますが、まあこちらは今回関係ありませんね」
「そうなのか」
女性の口から言い辛い事を言わせてしまったが知らんのだから仕方がない。
「そんなもん、密売せんでも普通に薬屋で売ってるだろうに」
「市販品よりも、非常に効果があるとの噂で……」
「効果のある薬に毒はつきものだ。毒は?」
「……強力な毒がついて回ります」
駄目じゃん。
密売する以前にそんなもん買うなよ。
「……買う方がアホじゃないか。それを取り締まれと? 冒険者ギルドが? 国の仕事だろこんなもん。アレキサンダー君も何を考えてこんな報告書を」
「言いにくいのですが……その」
アリーナ・ルル嬢は一度躊躇いを込めた後、一気に口に出して言う。
「他国から密輸入して密売しているのがウチ所属の冒険者だと」
「先に言え!!」
資料を机に叩きつけて叫ぶ。
そして何もかもわかったので謝罪する。
「わかった。私が悪かった。資料にそれが書かれてないのはギルドにとって恥ずかしい証拠を残さないためで、身内の恥はさっさと解決しろって言いたいんだな」
「そうアレキサンダー君は考えたと思われます」
優秀な部下を持って嬉しいと同時に、恥ずかしいギルド員を持って屈辱である。
どこのどいつだ密売何て小遣い稼ぎしてるアホは。
「容疑者は?」
「まだ上がっていません。捜索する必要があります」
「アルデール君がギルドに待機してたな! まずは呼べ!」
錬金術が絡むなら彼も必要だ。
何らかの知恵が出るかも知らん。
私は役立たずのアルデール君に新たな価値を見出した。
「おそらく、密輸入ではありませんよマンドレイクは」
「そうなのか?」
私はアルデール君に講釈を仰ぎ、基本的な知識を得んとする。
「ええ、普通のマンドレイクならどこにでも生えますし。輸入制限がかからないんですよね。原料のまま輸入し、素人錬金術師が薬として加工したのではないかと」
ずっ、と薬草茶を一啜りしてアルデール君が続ける。
「ちなみに栽培も合法、苗の販売も合法、成分を抽出して自分で使うのも合法ですよ。他者への薬としての販売だけが違法です」
「ややっこしいなあ」
「ちなみに引き抜くと叫び声を上げて、その叫び声を聞くと発狂する……なんて話もありますが、それは錬金術に使うマンドレイクの場合ですね」
それを聞いてなーんとなく、元の世界でもマンドレイクがあった気がする。
しかも実在の植物で。
いかんな。頭がボケてきてないか心配だが、それを隠しながら話を続ける。
「噂話ではなく叫び声を上げる奴もあるのかね」
「らしいですよ。浅学のため実物は見たことありませんが」
アルデール君はそこまで話した後でぱん、とグローブの両手を合わせて音を鳴らした。
「ま、説明はこの辺でいいでしょう。私への要件は、密売者の逮捕ですね」
「そうだ。君の錬金術への知見は有益だ。ぜひとも協力を仰ぎたい」
「それは構いませんが……ご褒美や報酬等は期待していいんですかね」
私は懐から市井には出回っていない冊子を――先日アカデミーから入手した本を取り出し、タイトルを読み上げた。
「初等錬金術入門」
「引き受けましょう!!」
アルデール君は飛びつくように応じた。
「……初等でもいいのかね」
「……むしろ、そこから始めなければならないのですよ。体系的な学問を学ぶには。私はほんと―に知識が穴ぼこの錬金術師ですから」
そういうものか。
私は少し腑に落ちない思いがしつつも、アルデール君が喜ぶならそれでいいかと納得する。
この手で、アカデミーへの推薦まで、何回か引っ張れるな。
そう、ほくそ笑みながら。
まあ最終的には推薦してあげるからいいだろう。
「まあ、とにかく恥さらしを捕まえなければな」
「それは――少し難航しています」
ルル嬢が横から口を挟む。
「難航しているとは?」
「本来はギルドマスターの手を煩わせるまでもなく、捕まえるつもりだったのですが――商品が商品です。客側から被害を名乗り出ることが……」
確かに、商品が閨の媚薬や精力剤なら被害も訴えにくいだろうが。
「更に非常に不本意ながら……密売品の品が悪質なのか良質なのかわかりませんが、毒性が低いものなのか……被害報告が今のところ一切無いんですよね」
「そこで手詰まりか」
分かっているのは確かに密売されているということだけ。
私は少し悩んだ後。
「あ」という声を上げて、公爵の顔を脳裏に浮かべた。
「あっさり捕まりましたね。捕まえた人間が言うのも何ですが」
「嬉しい話ではないがな。いや、内密に片付いたと言えば片付いたのか……?」
アルデール君の言葉に、疑問符を付けながら私が感想を言う。
「結局、密売品なんて高級品なんか買わない市井では噂になってはいなかったが、高級品を買う貴族界隈では噂になっていたという話だ」
「毒の影響で……その、精力剤どころか大事なところが機能しなくなっている方もおられたと」
ルル嬢が声を潜めて私の言葉に繋げる。
「その相談先が公爵ってのはありえるんですか?」
アルデール君が未だに納得できないように声を上げる。
「上層部なんてのは、結局下の愚痴聞きだからな」
相談、というか上に泣きつく貴族もいる。
それを笑い話として更に上にあげる貴族も。
「とにかく、公爵はすでに状況を把握していたよ。我々ギルドに先んじて、密売してる冒険者まで。さすがに殺す前に私に話を通す気ではあったらしいが」
「我々、普通のギルド員にとっては恐ろしい話をサラッとしますね」
お前は普通ではないだろう。
アルデール君の言葉に内心否定を付け加えながら、言葉を続ける。
「今回はその前に、私から話が出来て良かった。自分から話をつけに行ったことで、弱みを握られる前に話はついたぞ」
「代わりに、大事なところが機能しなくなっている貴族の方を治すんでしたっけ」
「そうだ」
正直、怪しいものに手を出した時点で自業自得だとは思うがな。
だが、生理的な事柄なので同情すべき点もあるかもしれない。
なんとも言い難い感情を抱えつつも、とりあえず私の手で治療してあげることが、密売人の冒険者の名を語る条件とした。
「で、あっさり捕まえたがどうする? 私としては密売品を大量に飲ませるのがいいと思う。自業自得的な意味で」
「男として大事な部分どころか、完全に死にますよ」
アルデール君が私に否定の言葉を投げかける。
正直、密売人の扱いなんかどうでもいいんだがなあ。
「この際、司法の手に委ねてはどうでしょう。捕まえたのはあくまで私たちですし」
恥にはなりません。
ルル嬢が案を上げるが、それもつまらん。
いや、つまらんで案を取り下げるのも問題か。
「……そうしようか」
「そうしましょう」
ルル嬢に押された形になるが、その献策を受け入れて司法に投げることにした。
豚箱で臭い飯でも食ってこい。
それがギルドの恥をぬぐうことになる。
そんな事を考えながら、私はアルデール君とルル嬢に解散の声を上げることにした。
ギルドマスターから頂いた初等錬金術入門を読み解く。
殆どは独学で理解した内容だったが、知らない知識の穴ぼこもあった。
「実に興味深い」
アルデールは一人独語する。
今までは、体系的な学問を勉強する機会などなかった。
「ギルマスと、アカデミーの仲は知っていますよ」
再び独語する。
初等錬金術入門を読み解きながら。
「ですが、そうすぐに推薦していただけるとも思っていません」
ギルマスの思惑はわかっている。
私の錬金術師として求める知識を餌として――
ギルドの運営に協力を求める。
但し、最後にはアカデミーへの推薦を約束をして。
の、はずだ。
「貴方の甘さは知っている」
どこか、ギルマスには隙があるのだ。
気に入った人間――ではなくとも、努力する人間は評価されるべき的な。
そういった甘さがある。
妙に子供っぽいところも。
少し話すようになって、段々人柄がわかってきた。
「ですので、どういった要件を押し付けられても構わないから――」
もうページがめくり終える。
この本から学び取った内容は、私の錬金術師としての学識を更に深めた。
「今後ともよろしくお願いしますよ、ギルマス殿」
私は深い感動とともに本を閉じ、書斎にそれを大事にしまった。
了




