013 冒険者ローン
「金貸し? ギルドがそんな業務やってたっけ?」
私がギルドの業務内容に疑問の声を上げる。
アレキサンダー君が挙げてきた資料を一読みして声をあげた。
知る限りでは、そんなもの――
「冒険者ローンの事ですよ」
「ああ――」
すかさずアリーナ・ルル嬢が訂正の声を上げて、私の疑問を否定した。
冒険者ローン。
冒険初心者から上級者まで、武器も防具も放り出して逃げてきたクエスト失敗時から、初心者が初めて装備を買うための金銭までカバーする救済制度。
なお、このローンは世界中のギルドで行われており、その債権は死んでも取り立てられる。
最悪、骨身と化してからも――その装備は奪われて換金されるのだ。
債権回収を主な業務として活躍している冒険者もいる。
「そのローン業務が滞ってるって? 今までそんなことは――」
「より正確には、ある上級者のグループからの返済が滞ってるのですよ」
上級者ともなれば、多額になりますからね。
ルル嬢の呟きが耳に入り、情報を認識する。
上級者――というと
「名持ちを含めたグループという事か?」
「はい、そうなります」
私はアレキサンダー君の資料をめくり、そのグループのメンバー構成を確かめる。
ターナ君、ゴブリンロード討伐の名持ちを含めた構成か。
「そもそも、なぜ彼らは借金をするに至ったのかね」
「マンティコアと遭遇し、パーティー半壊による借金です。――亡くなった冒険者の家族への見舞金、パーティーの再建費などと理由には書かれています」
「そのまんま信じれば、頭目として非道な奴では無いらしいが」
死亡した連中の見舞金まで出す奴は珍しい。
――長くつるんだパーティーではありえないことではないが。
「で、私にどうしろと」
「借金の催促、ですかね。アレキサンダー君が言いたいのは」
「嫌な事を押し付ける……業務として正しくはあるが」
それにしたってギルマスが直接請求することはないではないか。
とはいえ、そこらの文官に任せても度量負けしてロクに請求できないのも事実か。
「わかった。直接話をしよう。だがこれは借金の催促ではなく――困っているパーティーへのフォローアップだからな」
「ええ、その名目で構いませんよ」
相変わらず、甘い人ですね。
そうルル嬢は笑い声をあげた。
ギルドマスターの私室に、さっそくギルド内にたむろしていたターナ君を呼び寄せる。
「ここに呼ばれた理由については判るかね、ターナ君」
「……冒険者ローンについてでしょうか」
甲冑に泥濘を張り付けたターナ君が声をあげる。
燃えるような赤毛の短髪で、少し困った表情をしている。
一見したところ、仕事――モンスター退治は真面目にこなしているようだが。
それでは返済できないのは何故だ?
「うむ。分かっているならいいが返済が滞っている。今回は理由の調査だ。言いたいことがあるなら――」
「この間取り決めされた、街での待機制度のせいです」
「……ぶっちゃけるなあ」
もしや、とは思っていたが。
いや、正直彼を一見した時からほぼ確信に至っていた。
「君が街に拘束されている間、パーティーが動けないという事かね。一応金は払っているが……」
「足りません。少なくともパーティーで稼ぐ分には」
「君無しでのパーティーの活動は?」
「不可能です。マンティコア戦でパーティーの半数が死亡し、その補充も賄えていません。俺がいなけりゃパーティーは回らない状態です」
その手の不満は予見されたことではあったが。
「君たちがモロに私の決定の被害を被った形になったな、申し訳ない」
「いえ、待機制度が決定された理由はわかりますので」
それに、こうやって話を聞いていただけるだけでも、ありがたい話です。
ターナ君は随分生真面目な性格であるようだ。
本来、こういう子こそ優遇したいのだが。
いや、優遇しよう。
「事情はわかった。君に関してはローンの返済完了まで待機制度を解こう」
「それは……よろしいのですか?」
「優先順位の問題だ。という事にでもしておこうか……」
ギルマスの権力とはこういう時に使用するべきものだ。
先代もそう言っていた。
「何にせよ、私は君のように真面目な冒険者を応援している。それだけは分かって欲しい」
「あ、有難うございます!」
頭を下げるターナ君に対し、私は満足した笑みで頷いた。
ターナ君が退室して。
しばらくして、ドアから甲冑姿のルル嬢が私室に現れる。
「本当によろしかったのですか?」
「優先順位の問題だ」
私は手のひらをヒラヒラと動かしながら答える。
「いや……本来は私のせいである。それをフォローしただけだ」
「また老人が騒ぎますよ」
既に冒険者を引退したギルド員――いつも反論してくる老人を揶揄しながら、ルル嬢は微笑んだ。
あの糞老害の事か。
「そんなもん黙らせる。ぐだぐだ言うならぶん殴ればいい」
握りこぶしを作り、それをルル嬢に見せつけるようにして笑った。
クスリ、とルル嬢が笑う。
「……最近、少し強かになりましたね、スズナリ殿」
ギルマス、との呼称ではなくあえてルル嬢は私の名を呼ぶ。
それが好意の現れであることは分かっている。
「私は少し悟った」
「というと?」
ルル嬢に一人語りは拙い気がする、という思考が押し寄せる。
こういう感情任せの一人語りは弱みを握られる気がするからだ。
だが、感情が止まらん。
「ここは私のギルドだ。私のやりたいようにやる。それが嫌なりゃ私を追放すりゃいい。出来るものならな」
「よいお考えかと」
ルル嬢は答えてくれた。
ならば、一人語りをもう少し続けよう。
「私は先代を愛している。まだ若輩である頃――その時のギルドはこんな様子ではなかった」
「そうですね」
ルル嬢は答える。
その声色は優し気であった。
「ならば、ギルドを元の形に戻すだけだ。それすら気に食わなければ――自分の好きなようにやるさ」
「それがよろしいかと」
ルル嬢は再び答える。
私は何か――母親に優しく諭されているかのように気まずくなって一度口を閉ざした。
「……」
「……」
沈黙が続く。
「スズナリ殿」
「なんだ」
ルル嬢が問いかける。
私はふてた子供のように、横柄に答える。
「それで、よろしいかと」
「そうか」
ルル嬢の肯定。
私はそれを子供のように――ニヤリと微笑んで答えた。
香水をシュッと一吹きし、それにより出来た輪っかをくぐる。
この香水を買ってもらってからは、寝る前の恒例行事と化していた。
「今日はなんだか妙な雰囲気になっちゃったわね」
くすくすと、指を口元に当てながら笑う。
アリーナ・ルル嬢は今日の事を思い出して――まるで子供みたいなギルマスの姿を想い浮かべた。
「でも……確かに、ギルマスはもっと強気に出るべきよねえ」
たとえ世間に評価されなくても、ギルマスがレッサードラゴン殺しであることに変わりはない。
年老いた老害など、一睨みで黙らせることができるはずだ。
「いえ……そもそもギルマスの手を煩わせることもないか」
なんなら、自分が一捻りにしてもいい。
先日のマンティコア戦では技量は落ちていなかった。
私はまだ若い。
そう、若いのだ。
「どうしてギルマスは先代にこだわるのかしら」
先代はギルマスより年上と聞いている――確かもう40に近い。
熟練した魔法使いだから見かけはまだまだ若いとはいえ。
結婚相手なら普通は私を選ぶはずだ。
「そんな純情なところがまたカワイイのだけれど」
私は香水をショーケースに入れ、ナイトキャップを被る。
そして寝る前に寝酒を一杯だけ飲むことにした。
天高くワイングラスを掲げ、呟く。
「乾杯」
こっそりと覗き見したギルマスの癖をマネしてみる。
ワイングラスを割るような勿体ない事はしないが。
私はくすくすと笑いながら、ワインを一息で飲み干した後、ベッドの中へと潜り込んだ。
了




