012 三男坊への嘆願
雌雄を決するというが、雄と雌どっちが偉いのか。
動物では雄が強いというが、ドラゴンとカマキリは雌がデカくて圧倒的に強いぞ。
私はそんな下らないことを考えながら、ドラゴンとカマキリの因果関係について思索を――
つまり現実逃避をしていたわけだ。
「この度は私どもの屋敷においで頂き有難うございます」
「はあ。で、要件の方は」
テーブルには若竹色の瞳をした子猫が、私のティーカップに興味を示している。
私は猫好きだから別にいいが、客に対してこの振る舞いは失礼ではなかろうか。
そんなことを、ペットロスから立ち直り壮健さを取り戻した男爵に対して考えた。
「話は他でもありません。ギルドに所属している私の三男坊のオマールですが、そろそろ我が家に帰ってきてくれないかと思いまして」
「その話は本人にしてください」
「手紙を送りましたが梨の礫で、本人に出会っても逃げ出してしまうのですよ」
オマールの名は知っている。
先日の親睦会――ギルド員の調査で調べた若手の実力者の中に含まれていた。
「奴は三男坊です。爵位の用意もしてやれず、冒険者として道を開いていけるんならそれも良いと思いましたが、名持ちともなれば騎士団に所属もできます。だから家に戻ってきて欲しいのですよ」
「それは難しいと思います。金と自由が欲しければ、本人としては冒険者を選ぶと思いますし」
確か、私と同じマンティコア殺しの名持ちとされていたか。
妙なシンクロニティに口の端で笑いながら、おそらくオマール君の考えている立場で返す。
「それに、ギルドマスターといってもオマール君にそこまでの強要はできませんよ。ギルドとしても、貴重なギルド員の戦力をわざわざ手放せませんし」
「しかし王子、ここは王家の戦力強化を狙うべきです」
誰が王子か。
男爵まで噂話に汚染されていることに恐怖を覚えつつ、その嘆願を拒む。
「無理です。今すぐこの猫ちゃんの首を絞め殺せというぐらいに無理」
子猫は私のティーカップに手を伸ばす。
が、私がそれを遮るように子猫の頭を撫でまわす。
「そこまで無理なのですか」
猫好きの男爵にはわかってもらえたようだ。
どだい、ギルドが個人の行く末に干渉すること自体が不可能なのだ。
だって彼らは冒険者、その国のギルドが駄目でも他国に渡るくらい平気でやってしまう。
それこそ喜んで。
「オマール君のことは諦めてください。むしろそちらが無理をするなら、守らねばならない立場なのですよ、私は」
まあ、男爵がどうにかできるとも思えんが。
「そうですか……いえ、ギルドには頼めずとも、本人と一度話し合ってみます。妻の誕生日には顔を出すでしょうし」
穏健な対応をとるならそれでもいい。
だが、オマール君と一度話し合ってみるのもいいかもしれない。
男爵の要件とは違うが。
「ところでギルドマスター」
「何ですか」
男爵は、真剣な顔で私の顔を見つめながら――
「先ほど王子と私は言いましたが、否定まではしませんでしたよね」
「話の流れで言わなかっただけで断固として否定します」
実にくだらない事を聞いてきたので、閉口した。
「要件は大体わかるよ。親父についてだろ」
「ま、そんなところだが」
私は街のギルドで――先日の親睦会で決めた待機制度により、待機していたオマール君を私室に呼び向かい合っていた。
比較的短髪を好む――戦闘中、髪の毛を掴まれることを恐れてだ――男性の冒険者の多くとは違い、オマール君は髪を植木のように高く固め上げていた。
どんな調髪料を使っているのか気になったが、聞く理由は無い。
「聞いたよ。奥様の誕生日パーティーには必ず行くそうじゃないか。その時に話すという事だから、私から言う事は何もない」
「けっ、今更騎士団何て御免だね。ギルドとしても俺がいた方がいいだろう?」
「まあそうだな」
男爵の説得は無駄に終わりそうだな。
ギルドとしてはそれでいいのだが。
私はため息を吐くこともなく、オマール君に私室の椅子に座るように勧める。
「なんだ、もう話すことはないだろ?」
「男爵の話はもう終わりだ。ここからはギルドについての話さ」
本当は私についての話だが。
そう――生贄探しだ。
それこそが本題だ。オマール君が姫様にふさわしいか確かめるのだ。
「君は十五歳くらいの美少女に興味はないかね」
「どこがギルドの話なんだよ!?」
あまりに直球過ぎたか。
話を横に少しそらす。
「言い換えよう、見合いをする気はないか?」
「それもギルドの話じゃねえだろ……一体何なんだよ」
植木鉢のような頭を抱えるオマール君。
ここからどう話を持っていくかだが。
「実は妙な依頼がギルドに来ててな……若手の名持ちで、性格の良い奴がいたら婚約者に紹介してもらえないかと」
嘘はいっていない。
「どんだけ変な依頼だよ。それを俺に?」
「今回の件で、ふと君の名が浮かんでね」
「……相手は15歳の美少女だっけ。趣味は」
乗り気かオマール君。
自分で勧めたが本当にいいのだろうか。
姫様の趣味何て知らない。もう知る限りを適当に言っておこう。
「趣味は熱い肉を食う事と、メイスでモンスターを殴り殺すことだ」
「……えらいロックなお嬢様だな。だが悪くない」
ロックがこの世界にあるのか。
少し気になる単語が出たが、聞くのは根性で止める。
それにしても、どういう趣味してんだオマール君。私なら引くぞ。
「家は? 余計な紐付きならお断りだぜ。金持ちの威張り腐った家とか」
「家、家か……」
家ではない、王宮だ。
それに王となることを余計な紐付きとは世間では言わないだろう。
言わないはずだ、多分。
「大丈夫だ、問題ない」
二言で片づける。
それにオマール君が金や地位に執着しないのも見て取れた。
推薦するに値する。
「それでどうだ。受けてくれるかね」
「喜んで受けるぜ。あくまで見合いだしな」
私たちはがっしりと握手をし、オマール君は笑顔で私室を後にして――
私はその後でワイングラスを一気に飲み干した。
「乾杯」
もちろんワイングラスをたたき割る、帝国作法も忘れなかった。
「それではアリエッサ姫とオマール君のお見合いを始めたいと思います」
ぱちぱちぱち、とギルドの私室に響くパントライン嬢による拍手音。
私もそれに合わせて拍手を行い――
「ちょっと待て」
オマール君の声に応じてそれを止めた。
ぎぎぎ、と音を立て、席についていたオマール君の首が私の方に向く。
「姫様じゃねーか!?」
「15歳の美少女だよ」
オマール君と私は目の前の事実だけを述べた。
「アンタ、余計な紐付きは無いって言ったよな」
「不敬な事を言うな。王の座が余計な紐付きだとでも」
「現役の王様が認めてるくらい余計な紐付きだよ!?」
アルバート王め、余計な愚痴を世間に漏らしおって。
私は悔しさに身を震わしながら、言論で負けたことを恥じる。
「認めよう。私は君を騙した。姫様の事は宜しく頼む」
「よろしく頼まれないから!? 何勝手に決めてんだよ」
「そーよ、何勝手に決めてんのよ」
今まで沈黙していたアリエッサ姫が口を開く。
どうやら私たちの物言いが気にくわなかったようで、怒気を軽くまき散らしている。
「このお見合い表の趣味欄に書いてる『熱い肉を食う事とメイスでモンスターを殴り殺す事』って何よ」
怒ってるの、そこか。
「だって貴女の趣味とか知りませんし」
「ドライポプリ造りとかそこらへんは嘘書いときなさい」
「嘘なんですか」
「熱い肉を食う事とメイスでモンスターを殴り殺す事は好きだし」
じゃあいいじゃねえかよ。
私は襟首をつかんできたオマール君の手を払いのけ、無理やり椅子に座らせ発言する。
「それではお見合いを続けます」
「続けるのかよ……」
「どうです、三男坊とはいえ元貴族の出身でマンティコア殺しの名持ちです。私はいいセン言ってると思うんですが。私よりも美形ですし」
何か脱力したように肩を落としているオマール君の肩を揉み解しながら、姫様に売り込みを始める。
姫様は、一言「うーん」と呟いた後に。
とりあえず気になったであろうことを聞いた。
「冒険者って短髪ばっかよね。なんでそんな植木鉢みたいな頭してるの」
「これは俺のポリシーだ」
「戦闘に不利なのに?」
「槍使いだから、髪掴まれるところまで接近された時点で負けなの!」
そうなのか。それは知らなかった。
若くて名持ちなら何でもよかったので、個人の戦闘職までは覚えていなかったことに恥じ入りつつ、でもダンジョンとか潜るときやっぱ邪魔だろとか考える。
「うーん、ヘアスタイルは気に入ったけど」
気に入ったのか。悪趣味な。
「実績が弱い。マンティコア殺しじゃ駄目だって言われそう」
「……俺の実績がショボいって?」
やや不快気にオマール君が言葉を尖らせる。
「そこのギルマスはレッサードラゴン単身で倒してるじゃない」
「何で俺ギルマスと比較されてんの!? そもそもレッサーなんかそんなに出てこないから」
「私も好きで単身倒したんじゃないんですけど、あんな化物」
両手食いちぎられて持っていかれたからな。
古傷も残っていないが、オマール君の肩を揉む両手を見て死にかけた記憶を思い出す。
生物魔法の使い手じゃなけりゃ完全に死んでた。
「とにかく、悪いけど実績が少し足りないわ。本人は嫌って程じゃないけど」
「なんだか屈辱的だが、助かったのか……」
なんだか微妙そうな表情でテーブルに両手をつくオマール君。
私はその様子を見て、ピン、と思いついた。
「オマール君、次の緊急討伐依頼が来たら君に回すから」
「いや、これ以上名声を高めない必要が只今をもって出てきたんだが」
死んだ目でこちらを見つめるオマール君。
私はその覇気のなさにちっと舌打ちをした。
「どいつもこいつも役立たずが!」
アルデール君とオマール君、立て続けの失敗。
私の苛立ちは最高潮に達していた。
いや、まだだ。
オマール君にはまだ一考の余地がある。
「私が力を貸し、オマール君にレッサードラゴン退治を達成してもらえれば……」
十年後か二十年後か。
そうポンポンとレッサードラゴンが湧いたら国が亡ぶわ。
――駄目。これは駄目な案。
「畜生。だがまだ残弾は残っている」
私は親睦会にかこつけて掻き集めた若手のピックアップリストを開く。
「全員マンティコア以下! 終了!!」
ギャランホルンの角笛は三秒で鳴った。
アルデール君やオマール君以上の実力者等存在しない。
「アルバート!」
そもそもお前のせいで世間の比較基準がおかしくなってるんだ顎鬚野郎。
「アルバート!!」
二度叫ぶ。
ドラゴン殺しが今この世に何人いると。
レッサードラゴン殺しが今この世に何十人いると。
「死ねアルバート!!」
私はピックアップリストを床に投げ捨てた。
そして膝を崩し、滂沱する。
「まだまだ私は諦めんぞ……」
私は私の身代わりを必ず見つけ、姫様と添い遂げさせて見せる。
そして先代に自分の想いを伝え、その暁にはギルドマスター何て辞めてやるのだ。
「乾杯」
これは前に、前に前進するための不退転の決意の儀式だ。
私はヤケクソ気味にワイングラスを天に掲げ、それを地面に叩きつけた。
了




