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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
第二部 腐食のコゼット
107/113

定例会

定例会。

ウチの徒党「キルフラッシュ」には月に一度、定例会議がある。

御父様の屋敷の広間で行われるものだ。

内容は、徒党の稼ぎ上げた資産報告、ゲンイチロウと、どのパーティーにも属していないが徒党員であるドワーフのイワノフの二人が造り上げた、もしくは加工したマジックアイテムの配布。

そしてゲンイチロウ達前線パーティーの進捗状況と、今後の予定。

そんなところの報告会だ。


「以上。マジックアイテムは各自に行き渡ったな」

「問題ありません」


マリアの返事。

以前にも話したが、この徒党の目的は全てゲンイチロウの目的。

ダンジョン内の進捗と、ユニークアイテム、レジェンダリーとも呼ばれるそれの収集に充てられている。

その進捗への貢献による報酬は、各々の貢献度に応じて各自に随時配布、または後日――

そう、後日計上。

このイスカリテから抜け出したときに支払われる。

以前にもオマールが話したが――この国、イスカリテは一度入ったら目も眩む大金でも王家に積まない限り、抜け出せない。

ダンジョンを中心とした城下町のように巨大な壁で隔離されており、抜け出すことは出来ないのだ。

そこをタダで抜け出し、アポロニアへの入国届をもらう手筈を御父様に整えてもらうのが、このパーティー解散時の報酬の一つだ。

そして後日計上となった報酬は、アポロニアにて御父様から支払われる。

その予定となっている。


「では、次に報告が一つ――」


ゲンイチロウが、レッサードラゴンの革から作ったいつもの仮面を被ったまま、呟く。


「この中に王家と接触している物がいるらしい。裏切り者、という奴かな」


ここにいる33名、誰一人どよめく事なく、静まり返る。

沈黙が満ちる中――


「お前だ、シーラ」


ゲンイチロウは顎をくい、とやり、名を呼んだシーラに立ち上がるように促す。

シーラは失礼、と一言だけ呟いて立ち上がった。


「いつ気づかれましたか?」

「ミゲルの報告だ」


ドワーフのイワノフと同じく、本来はどのパーティーにも属していない――諜報員のミゲル。

それが立ち上がり、コホン、と一つ咳を鳴らす。

そして喋り始めた。


「シーラ、貴女、貴族階級の出身ですね」

「そうだ。婚約者を妹に奪われ、追放されたがな」

「ああ、そんな事はどうでもいいですので。で、王家の騎士団から接触がありましたよね」


ミゲルは、シーラの過去をどうでもいい呼ばわりしながら、要件だけをただ追及する。

シーラは――


「ああ、接触があった。用件は、ゲンイチロウ様の装備についてとスキルの全てについてだな」

「そうですか、情報については」

「ああ、漏らした。私の知る限り全てを漏らしたぞ」


シーラはどうという事も無く、胸を張って御父様の情報を漏らしたと吐いた。


「それで?」


逆に、シーラが問う。

そしてミゲルを無視し、御父様に向き直った。


「それでよかったのでしょう? ゲンイチロウ様」

「ああ、それでいい」


どうという事も無く、御父様は頷いた。

シーラの漏らした情報は――


「相手はどんな馬鹿な報酬を提示してきたんだ?」

「イスカリテの貴族階級を与える、だそうですよ。馬鹿馬鹿しい」

「そうか、アホだな」

「アホです」


御父様にとってどうでもいいことだ。

だって、シーラは3rdパーティーの頭目。

御父様の事で知り得る情報など、武装は全てレッサードラゴン装備に、土魔法と治癒魔法の強力な使い手。

そしてキメラ――人体改造手術を自らに対し施術した人物である。

その程度でしかないだろう。

バレても御父様は何も困らない。

切り札が幾つあるかもわからない御父様にとって、その情報はバレて困るものではない。


「何故報告が遅れた?」

「騎士団の諜報が私の身の回りにいるかと思いまして。ゲンイチロウ様へ接触し、報告する事を断念しました」


少し、場が静まる。

シーラは言葉に詰まる事なく、返答を行うが。

御父様が何か考え込んでいるのが――

少し、怖い。

恐怖と畏怖が沈黙として場に落ち、満たされる。


「いい判断だった」


それはすぐに解放されることになったが。


「ミゲルが、お前の周りに諜報員の影を見た。まだ殺していない。油断させようと思っている」

「――」


シーラが汗を一つ、こめかみから流して、安堵の息をつく。


「お前は裏切っていない、それは判っている。これからも気苦労をかけるが、引き続き裏切っているフリをしろ」

「了解しました」


シーラは着席しようとするが――その前に。

ミゲルが余計な事を口走る。


「ああ、ゲンイチロウ。シーラですが、王家の騎士団からゲンイチロウを誘惑するよう言われたそうですよ。ここは引っかかったフリをしてみては?」

「お断りだ」


すげなく、御父様は拒否の台詞を吐く。

シーラは何故かやや残念そうな顔をしながら、着席する。

コイツも元奴隷だったところを御父様に救われた組だ。

性欲臭い感情があるのだろう。

死ねばいいのに。


「王家に関してはこのまま油断させておく」

「質問があります。何故急に王家が? オーゲンの連れていたダークエルフが急にイスカリテから姿を消した――脱出した件についてでしょうか」


シーラが挙手しながら質問をする。

巻き込まれたのだ、疑問はあって当然だろう。

御父様は以前にオーゲンの徒党、ダークエルフ49名をイスカリテから、アポロニアまで密かに脱出させている。

オーゲンが騎鳥便にて、何度も彼等からの手紙を受け取っているのを目にしてもいる。

どんな手を使ったのかは知らないが、その実績が今の徒党員達からの、解散時の報酬への信頼に繋がっている。

だが、王家が絡んでいる件については、そちらではない。

理由は、先日オマールから聞いた。


「いや――私が先日オークションに見せびらかせるために出品して、途中で取り止めた秘宝。『賢者の石』に王家はご執心なのさ」

「……なんでまたそんな事を」

「王家のレジェンダリーアイテムが欲しいからだ」


シーラの疑問に、御父様は単純な欲望を吐く。

私は先日オマールの話でおおよその予測を聞いたが、徒党員への周知はまだだ。


「説明しよう。私は以前、この屋敷を買い取った際に、君たちの居住を断った。それはいずれこの屋敷には他ギルドの冒険者達が攻め込んでくるから、と説明したが――」


御父様は説明に入り、言葉を口から紡ぎ出す。

果たしてオマールの予想は当たっているのだろうか。


「それだけではない。そこには王家の所有するレジェンダリーアイテムを有した、王家の騎士団も突撃してくる。もちろん、私はそれら全てを殺戮し、彼等が有するレジェンダリーを強奪するつもりだが」


だん、と御父様がテーブルを叩く。

こういった行動――ジェスチャーを交わしながら演説ぶるのは、御父様には珍しい。

いつもは、ただの沈黙――畏怖と恐怖という名のそれで徒党員を震え上がらせるのだが。


「それだけでは全然足らないのだ。いや、実は最初から判ってたことだが――イスカリテの王族は愚かで、全戦力を投入してくれないのだ。王宮に乗り込み、その宝物庫を襲う必要がある」

「――」


誰も反応しない。

徒党員は全員黙って、御父様の話に聞き入っている。


「だから、イスカリテには地獄に落ちてもらう事にした」


御父様が一つ、小さな何か石のようなものを摘まみ上げて呟く。

オーゲンが挙手し、質問する。


「それがゲンイチロウ様がオークションに出して――引っ込めたという賢者の石ですか?」

「そうだ、不老不死の源にして、戦略級魔術の媒体にもなり得る」


御父様は王家なら身を持ち崩してでも欲しがるであろう、それをぽん、と宙に放り投げた後、キャッチした。

扱いが軽い。


「私はこれを元に、イスカリテという国家全体にリムーブ・カースの魔術をかけるつもりだ。奴隷解放宣言といったところだ」

「全奴隷を解放するおつもりですか? ――そんな事をすれば」

「地獄が産まれるな。虐げられた奴隷たち、元冒険者や亜人達の血まみれパーティーの開催だ」


オーゲンが美貌のしかめっ面という曖昧な表情をしながら、質問を続ける。

全てオマールの話した通りであった。

御父様はこのイスカリテに地獄を作るつもりだ。


「先に聞いておく、お前たちに守るべき身内はいるか?」

「……」


全員沈黙する。

我が徒党「キルフラッシュ」にそんなものはいない。

殆どが元奴隷か、虐げられた亜人、御父様から勧誘を受けた背景の無い者で構成されている。

命など、とうに御父様に捧げたか、最初から無い物だと考えている連中ばかりだ。


「ならば、私がイスカリテに地獄を作っても何も問題あるまい」

「王家の宝物庫を襲う、丸ごとかっさらうおつもりですよね」

「そうだ」


御父様がオーゲンに答える。


「ならば、人手が必要になります。何人で王宮に攻め入りましょう」

「そうだな……最悪、私とメルロで構わんが」

「いや、無理でしょ」


オーゲンがツッコミをいれる。

戦力的に無理と言っているのではない。

二人の手で――メルロの体躯が30cmに満たない以上、実際のところ一人で丸ごとかっさらうのが無理だと言っているのだ。


「何人か希望を――貢献には報いる」


御父様の一言に、全員が挙手した。

コイツらは何で御父様についていくのだろうか。

金は十分余生を過ごせるぐらいに貰っているし、もう必要ないだろうに。

いや――私も手を挙げてはいるのだが。

要するにだ。

どいつもこいつも狂っているのだ。

パーティーに参加したいのだ。

イスカリテの王宮に乗り込んで乱暴狼藉の限りを尽くし、宝物庫の丸ごとをかっさらいたいのだ。


「そうか――全員参加か」


この目の前の狂人がどこまで突っ込んでいくのか見てみたい。

嗚呼、小悪魔メルロが広間の宙を飛び交いながら笑っている。

とても楽しそうだ。

我々もメルロとそう変わらないのではないか。

徒党の全員が否定するだろうが、私だけはそんな事を考えた。


「では、各自、その日が来るまで準備を整えておけ。ああ、日程は操作する。ミゲル、お前の仕事だぞ」

「また面倒臭い仕事を割り振りますねえ……できますけどね」


ミゲルが両の手を仰向けにしながら、ボヤいた。



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