未来
未来、というものを考えろ。
より正確には将来だが。
そう言う物を考えておけと先日、御父様から言われた。
何故急に、と思うが。
思うに、御父様の予想よりも、御父様の計画の進捗が早まったのではないか。
そう考える。
「違うぞー。コゼット」
一緒のテーブルには、オマールとマリアとミゲルが席についている。
私の先ほどまでの考えは口頭で周囲に示し――そしてオマールに否定された。
「残念ながら違いますね。ゲンイチロウ様はむしろ計画が進まない事に焦っておられる。全く、イスカリテの王族の手の遅さにはあきれるばかりです。……あちらも焦ってはいるはずなんですがねえ。そろそろ呪術でダラダラ延命してきた王様の寿命も近いし。まあ冒険者等信頼を置けるわけもなく、手段に手をこまねいてるんでしょうが。この分だと、来るのは王家の騎士団かもしれません」
ミゲルが、オマールに続いて言葉を発する。
イスカリテの王族?
手をこまねいている?
王家の騎士団?
さっぱり話が判らないが、まあ良い。
ミゲルは時々判らない事を言う。
言うが――問うてもマトモな答えが返ってくるはずもない。
「要は、アポロニアについた時、今後どうするかを考えておきなさいという事ですよ」
マリアが、エールを飲みながら呟く。
今夜は、オーゲンの人体改造手術があるから、前線パーティーも2ndパーティーも全員休みなのだ。
「どうするって、義娘として暮らしていく」
「あー。それはまた……ちょっと困りますねえ」
ミゲルが悩ましい顔を見せる。
何でお前が困るんだよ。
「ぶっちゃけ、アポロニアに来ると同時に『お義理』の親子関係なんぞ解消してもらえませんかねえ」
ヘラヘラと笑いながら、ミゲルが呟く。
顔を白粉で塗りたくって目に月と星のマークを黒墨で塗っている、道化師姿のままでだ。
ああ、殺したい。
「はあ、あんた殺すわよミゲル」
「それが貴女に出来るのでしたら」
マリアの言葉に、またヘラヘラと笑いながらミゲルが答える。
マリアは防御特化のディフェンダーだ。
マリアにミゲルは殺せない。怖くは無いのだろう。
逆に、ミゲルもマリアを殺せないのだが。
いや――ミゲルの実力は底がまだ見えていない。
伝説の暗殺者と世に謳われる――アルバート王の首に一太刀浴びせたと言われるレベルの暗殺者になれば、マリアの首を刎ねる事も可能かもしれない。
まあ、それがミゲルだとは思えないが。
「色々と困るんですよねえ。ただでさえゲンイチロウ様個人の世話が面倒臭いったらありゃしないのに、義理の娘まで責任取れませんね。姫様や王様にどう言い訳するんです。報告した時、私がどんな目に遭ったかご存知ですか?」
ミゲルは私とマリアの殺意に、一切動じた様子もなく。
ただ思ったままを口に出したかのように、ミゲルが呟く。
いや、実際思ったままを口に出しているのだろう。
さっぱり内容の意味が理解できない。
ミゲルは鬱陶し気に、ひたすら言葉を吐く。
「……別にいいんじゃね。あの姫様と王様なら気にしねえだろ」
オマールが何のカバーか、私を守ろうとでもしているのか、私の前に割り込んでテーブル上の肉に手を伸ばす。
その目はミゲルの視線と交じり合っていた。
「私が気にするんですよ」
ミゲルがため息を吐くように呟いた。
姫様?王様?ミゲルは良く判らない事を本気で時々呟く。
それはオマールが居る時に限っての話だが。
今回は、どうやらオマールに味方して欲しくて言葉を口に出したと判断する。
残念ながら、結果は逆だったようだが。
オマールは、私の味方をどうやらしてくれているようだ。
だが――
「いっそ、俺のところに嫁に来ないか、コゼット」
「はあ?」
「ああ、それはいい」
オマールが妙な事を言い、私が疑問の声を返した後――
間髪入れず、ミゲルが頷く。
「それなら私の面倒はなくなります」
どうやらミゲルは自分が担当する面倒事さえなくなれば、後はどうでもいいらしい。
それと私がオマールと結婚する事と何の関係があるのかは判らないが。
結婚?
「お断りよ」
何故オマールと結婚しなければならないのか。
意味が判らない。
「そうか、残念だ」
そんなに残念な風でもなく、オマールは肉を齧りながら答えを返す。
全く、何でそんな事を急に言いだすのか――
そう思っていると。
「コゼット、オマールは悪く無い男ですよ。性病の疑いもありませんし」
マリアが何故か擁護に入る。
いや、擁護というかオマールの応援か?
マリアは時々、私をゲンイチロウ――御父様の義娘に仕立てようとした癖に、それを忌避というか憎む傾向がある。
まるで、出来た御父様の心の隙間を通して、私が御父様を篭絡しようという疑いを抱いているかのように。
冗談ではない。
私は義娘以上の感情を、御父様に抱いてはいないぞ。
「マリア、私はマリアの危惧するような思いは抱いてはいない」
「女はみんなそう言うんですよ。あのゲンイチロウは異常者ですが、変に女を惹きつけるところがあります」
徒党の数人から好かれています。
それは奴隷から解放されたスピラを代表する女であったり、単にこの一年を通してこの男になら抱かれてもいいかな、と思った私だったりしますが――
そんな事を呟きながら、マリアはエールをあおる。
そしてジョッキを空にした後、呟いた。
「オマールは童貞ですよ」
「だから何だというのか」
私は真顔で反論する。
オマールが口を開く。
「俺だけじゃない。ゲンイチロウの旦那だって童貞だ」
「それは知ってます。どっかイカれてますからね、あの人。女に興味全く無さそうな……」
「うんにゃ。そういうわけでもなさそうなんだが……」
カリカリとオマールが頭を掻く。
何かを言いあぐねて、そして黙り込んだ。
おそらく失言しそうなので、何も喋りたくないらしい。
こういう時、オマールは判りやすい。
代わりに、ミゲルが呟いた。
「アレは、アレで女に好意くらい持てますよ。ただ、それよりなによりも優先事項があるだけでね」
ミゲルは両手を広げながら、御父様をアレ呼ばわりしながら、大きくため息を吐く。
ならば、その優先事項とは何なのか。
マリアはそれを問いたいであろう。
「優先事項って何よ」
実際に、問うた。
ミゲルは大きく肩をすくめた。
そして答えた。
「魔女モルディベート殺し」
「はあ?」
マリアが一瞬、口を開いて呆気にとられたような顔をして。
次に、大口を開けて叫んだ。
「ばっかじゃないの!?」
「馬鹿ですから。キチガイとも言えます」
マリアが大仰に反応するのと反対に、ミゲルは冷静に答える。
私のジョッキに入った果汁の搾り汁がやや動いた。
マリア、暴れるのはやめて欲しい。
「勝てるわけないでしょう。相手はあの魔女……? いや、ゲンイチロウなら」
「ぶっちゃけ、2割は勝ち目があると見込んでいますけどね、今のゲンイチロウ様なら」
ミゲルは何も口にせず――おそらく、顔面の白粉を落としたくないからであろうが。
いや、飲み物を口にしたところで、ミゲルは汗など書かないと思うのだが。
どちらかというと、飲み物を口にしないのは暗殺者としての習性か?
そんな事を考えるが――
「まあ、でもこのままやったら負けるでしょうね」
「当ったり前でしょう。せめて、レジェンダリーアイテムで身を固めなければ――」
そうマリアが呟き捨てて。
黙りこくる。
そうしてまた、ゆっくりと口を開いた。
「ゲンイチロウは何を待っているの?」
「単純ですよ。レジェンダリーアイテムを大量に抱えた敵が自分を襲ってくれないかな。そしてそのアイテムを奪えないかな。それだけです」
「それだけかねえ」
ミゲルの言葉に対し、オマールが口を開いた。
何か知っているのだろうか。
「ミゲル、本当にそれだけだと思うか?」
「というと?」
「メルロとの契約だよ」
メルロとの契約?
オマールが妙な事を口走る。
「小悪魔メルロに対して、その勧誘の際に、ゲンイチロウの旦那は言ったんだよ。きっとこのイスカリテに地獄を出現させてみせるってな。……そして、メルロはそれに応じた」
オマールは少し酔っているようだ。
一度、失言をしまいと口を閉じたくせに、その分エールをよく飲んだせいか舌が回っている。
「足りないんだよ」
オマールは一言そう述べた後、またエールをあおる。
「襲ってきた連中のマジックアイテムや、貸与されたレジェンダリーアイテムを奪い取ったぐらいじゃ、ゲンイチロウの旦那の求める物には到底届かないんだよ。当然、メルロと約束した『このイスカリテに地獄を出現させる』って約束にもな」
ジョッキを持ちながら、その人差し指でミゲルを指さす。
「イスカリテの王族が保持しているレジェンダリー、全部まるごとかっさらう。それがゲンイチロウの旦那の本来の目的だな」
「まさか……冗談でしょう」
ミゲルが両手を空に向けた後――いや、と首を振り。
そのまま考え込んで、台詞を吐く。
「イスカリテが投入してくるであろう戦力ではなく、保持している全戦力をゲンイチロウ様はお尋ねになりました」
ミゲルの言葉。
結論は出た、という顔をするオマール。
「それ全部殺す気だな。いや、もっとだな。罪あらば市民さえ巻き添えにして――いや、巻き添えじゃない。この国そのものを一斉に地獄の火に燻しちまうつもりだ。どれだけ被害が出ても知った事じゃないとばかりにな」
「それを可能にする方法があると?」
「ある」
オマールが自信を持って呟く。
ミゲルが立ち上がり、オマールに顔を近づける。
道化の顔は崩れていた。
「それは?」
「奴隷解放といえば想像つくか」
「……」
ミゲルは一時思案する。
そして道化の顔に戻り、オマールに質問を続ける。
「このイスカリテの隷属の首輪付きの奴隷、全てを解放しようと?」
「おそらくな。俺は雷撃術以外に詳しく無いので判らんが、その最悪の混乱下でゲンイチロウの旦那は、王族の宝物庫まるごとをかっさらうつもりだ。パレードの開幕とばかりに、煩わしそうな王家の騎士団や強力な他ギルドのパーティーをまずブチ殺してな」
「――馬鹿な。そんなこと、出来るわけが」
隷属の首輪。
奴隷の証。
それは奴隷主に所有権が与えられ、他にそのコントロールが委ねられることは無い。
単純な知識の事実をミゲルが述べる。
「ゲンイチロウの旦那を甘く見過ぎなんだよ、ミゲル。あれは単なる『キメラ』なんかじゃない。10年の魔法使いとしての経験を持ち、さらに1年このイスカリテで地獄を作り出そうと考えて来たモンスターなんだよ」
オマールがエールをあおる。
険しい顔をしている。
「そのためなら、まあ――いや、自業自得なんじゃねえかなあ。イスカリテの市民だって冒険者の奴隷を好んで使ってきたわけだろ。犯しもした、虐げもした――そりゃ殺されても仕方ない」
「――そうですが」
冒険者の奴隷。
それは人間もいるし亜人もいる。
イスカリテのダンジョン内で、命乞いをした相手に隷属の首輪を嵌め、それをイスカリテのオークションにかける。
購入者は冒険者であるときもあれば、貴族である場合もあるし――市民である時もある。
それら買われた冒険者が一斉に解放され、暴れだすのか。
なんだかワクワクしてきた。
こういうところが私の異常なところなのだろうか。
いや、でもワクワクする。
奴隷として虐げられてきた戦闘能力持ちの奴隷が、どんな大暴れをイスカリテの市街や、この隔離された冒険者街で繰り広げるのか。
想像するだけでワクワクする。
「地獄ができるね」
「地獄ができるな」
私の言葉に、オウム返しのようにオマールが答える。
ただ、私のワクワクした顔に、オマールはやや顔をしかめたようであったが。
「……その手段は?」
「対戦略級魔法、その行使を可能にする魔術媒体を以前からゲンイチロウの旦那は後生大事に抱え込んでるんだわ。それをイスカリテという国家全体に対してリムーブ・カースの魔術をかける。奴隷解放宣言って奴だな」
結果は地獄の出現だ。
「……そんな手段、いつ考えたんです」
「アリッサムの時に、考えてたらしいぜ。あの時は戦略級の『ユニット』がいたから必要なかったらしいがな」
ミゲルが頭を抱え込んで、呻く。
「そうか、あの時、そういう手段もあったのか。それは――いや、戦略級の『ユニット』がなんとかしたほうが良策だったからそうしただけか」
「ミゲル、お前ゲンイチロウの旦那を甘く見る傾向あるよな」
「あの人、人格面に多大な欠陥があるから甘く見ちゃうんですよ」
もう完全にミゲルとオマールの会話になっている。
私の将来の話、どこ行った?
なににせよ――
「御父様、イスカリテを亡ぼすつもりなんだね」
「王族の代わりくらいいくらでもいるだろう。その間の混乱は知らんが」
全ては自業自得さ。
オマールはそう言い切り、だが、やや納得いかない顔で――このイスカリテの破滅を予言した。




