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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
第二部 腐食のコゼット
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閑話 オーゲンの手術

――宙では小悪魔メルロが飛び交っている。

ゲンイチロウ様の屋敷の地下にある実験室。

ここはギルドの宿屋ではない。

ゲンイチロウ様が個人で特別に購入した屋敷の部屋だ。

――元は、ある生物学者が使っていた屋敷らしい。

他のパーティーメンバーの31名は、冒険者ギルドの宿屋住まいだ。

ゲンイチロウ様とメルロだけが、この巨大な屋敷に住んでいる。

理由はゲンイチロウ様の研究のためと、パーティー「キルフラッシュ」が稼ぎ出した資金やマジックアイテムの保管だ。

以前、コゼットやパーティーメンバーの数名が、部屋が空いているなら住まわせてと頼んだらしいが。

――すげなく、断られている。

理由は、いずれこの屋敷には他ギルドの冒険者達が攻め込んでくるから、らしい。

要は――邪魔なのだ。

ゲンイチロウ様と、メルロ以外のパーティーメンバーは地力で劣るから。

一々守るのが億劫なのだ。

まあ、正論だ。

数とは暴力だ。

たとえ私とオマールがタッグでも、数十人の手練れの冒険者に囲まれると如何ともし難い。

足を引っ張る事になるだろう。

そうだ、何もかも、『不死性』だ。

そこに引っかかる。

どうせなら『不死性』も与えてくれればいいのに。

ゲンイチロウ様は、それだけは嫌がる。

何故だろうか。

ゲンイチロウ様の技術的には可能なはず――

……麻酔を、打ち込まれる。

針が頭に差し込まれる鋭い痛みが一瞬走るとともに、麻酔が注射され、それが消えた。


「ゲンイチロウ様、質問があります」

「何だ」


ゲンイチロウ様は私の声に耳をやりながら、脳に埋め込む核――そのビー玉のように小さなキメラ核を眺めている。

あれを埋め込めば、私の症状――イスカリテの「最も深き迷宮」にて惑わされた幻覚。

その症状を抑える事が出来る。

それだけではない。

ゲンイチロウ様の人体改造手術の技量は最高だ。

脳に核を埋め込むだけで、その判断力や運動能力、反射神経、全てが向上する。

かつて殺した生物学者の研究資料を奪い、改良したものと聞く。


「それを埋め込めば、オマールに勝てますか?」

「無理じゃないの」


宙に浮かぶ、メルロが答える。

お前なんかに聞いたのではない。

この『不死者』め。

何でお前なんかがゲンイチロウ様に重用されるのだ?

強いからだ。

知ってる。

答えは自分で導き出せた。


「……残念ながら、レッサードラゴンの核の方が能力的には優秀だな。お前は一歩その点でオマールに劣る事になった。早い者勝ちだ」

「オマールが特別だからではなく?」


嫉妬。

それを孕んでいることを自覚しながら、私は呟く。


「……」


ゲンイチロウ様は沈黙した。

それが答えだ。

オマールは特別だ。

徒党「キルフラッシュ」、私を含めた、そしてオマールを除いた32名のパーティーメンバーに誰を聞いてもそう答えるだろう。

アイツは何か――頭に蝶でも飼っているのか。

アポロニアで育ったせいか、どこかポンコツじみていて、その癖シビアな時はシビアで。

話していると、何故か人を穏やかにさせる気性を持っている。

そして、ゲンイチロウ様の過去を知る唯一の人物だ。

先日、コゼットに言った言葉は少し嘘だ。

私はオマールの事が決して嫌いではない。

嫌いではないが――嫉妬はしている。

何故私はもっと早くゲンイチロウ様に出会えなかったのか。

そうすればオマールよりも。


「……そうだな、私にとってオマールは特別だ」


沈黙は、今度は明瞭な答えとなって返って来た。

先ほどの沈黙は、ゲンイチロウ様の思考時間だったらしい。

ゲンイチロウ様でも悩むことが有るのか。

――ダンジョン内では即断即決型の人間だが。

少し、頭に衝撃が響く。

メスが頭皮に食い込んだのだ。

やがてメスは頭蓋にまで食い込み、それを容易く切断するだろう。


「だが、お前の事も嫌いではない」


頭蓋が切断される。

実験の被験者を――私を落ち着かせるためでもあるのだろう。

だが本音だ。

私は麻酔でろくに動かない舌を、回そうとする。


「スズナリ……」


言葉が漏れた。

ゲンイチロウ様の手が止まる。

私は麻酔の一部を無理やりに解いたかのように、舌の呂律を回した。


「貴方は――貴方の本当の名前はスズナリ様ですか?」

「こいつ殺す?」


メルロが宙を舞うのを止め、どかっと私の身体の腹部に乗っかって来た。

邪魔だ、糞小悪魔。

小悪魔は、私の腹部の上で爆発魔法の詠唱破棄を行い、その爆発の核を手の内に留めている。

その熱源が、腹部で気温を上昇させる。


「何故私の名前を? 何処で知った? このイスカリテで」

「……」

「オマールか?」

「オマールも殺すの? 一気に戦力ダウンだけど」

「メルロ、少し黙ってろ」


冷たい表情で、ゲンイチロウ様とメルロが会話する。


「広場のヘボ宣教師の……アポロニアという国の説明の……次期国王の名で。いつか……いつか、アルバート王から代替わりしたスズナリ様が、この国イスカリテを亡ぼしに……解放しにくると」

「私の名前を挙げている奴がいたか」

「じゃあ殺すのは無しにしたげるね。代わりにヘボ宣教師は殺そうか」


メルロは愉しそうに笑った。

それも止めとけ、とゲンイチロウ様から止めが入る。

そして質問と手術の続きが行われる。

私の頭が何かスカスカしている様な感覚にとらわれる。

おそらく、頭蓋が切り離され、脳が剥き出しになっているのだろう。


「何故、ゲンイチロウ=スズナリであると判断した」

「アルバート王と知己であられる。私の元パーティーメンバー、49名にアポロニア王国への紹介状――入国届を用意してくれたその手筈にて」

「それだけでか。判断材料には乏しいな」


私の視界に、ビー玉で出来たような小さなキメラ核が映る。

今から、アレを脳内に埋め込まれるのか。

それを、ぎゅう、とゲンイチロウ様は握りしめる。


「……バレたならば、隠しても仕方ない。私の名はフルネームでスズナリ・ゲンイチロウ。家名の方がスズナリだ」

「……東洋の出身だったのですね」

「そうではあるが、そうではない」


キメラ核が握られた手が開き、指の二本でキメラ核が支えられる。

そうして、私の脳味噌の中央に潜り込むような衝撃が、身体に響いた。

痛みは無い。


「私は異世界の出身だ」

「異世界?」

「……オマールには一度、話したがな。どうでもいいと言われた。まあ、どうでもいい事だな」


そう、どうでもいい事だ。

ゲンイチロウ様は珍しく微笑みながら、くちゃくちゃと音を立てて脳を貪っていく。

痛みは無い。

ただ、脳味噌を貪られる感覚だけが絶妙に気持ち悪い。

だが、会話への興味がそれを勝った。


「ゲンイチロウ様」

「何だ」

「私もどうでもいいと思います。それは」

「そうか」


本心では、どうでもよくはない。

異世界?何だそれは。

そう問いたくなるが、オマールへの嫉妬がそれに打ち勝つ。


「貴方は一体、ここで何を為さるおつもりなのですか?」


質問を続ける。

ゲンイチロウ様は作業を続けながら、それに答えた。


「君もよく知っているだろう。私はただ自分を鍛え、ダンジョンから湧き出る、或いは他パーティーが持つユニークアイテムを回収するだけだ」

「人体改造の粋を極めることが、自分を鍛えることにつながると?」


以前からの疑問を口に出す。

ゲンイチロウ様は、敵モンスターに打ち勝つことを強くなったと見なしてはいない。

その経験や技量、そして戦闘センス。

そんな物の何が役に立つのかという視点で見ている。

重視しているのは研究だ。

人体実験――それも他人ではない。

自分に対しての人体改造であった。

30階層を抜けてからはそれが、より顕著な物となった。

ゲンイチロウ様は自身の身体の脆弱さに――その弱さに明らかな苛立ちを感じている。


「その通りだ。通常のやり方では、私の目的は達成されないのだよ」


その顔をしかめる。


「足りない、あまりにも足りない。私自身の力が足りない。それだけではない。ユニークアイテム、その中でもユニーク、レジェンダリーと呼ばれるマジックアイテムの中でも屈指のアイテムが足りない」

「……アルバート王のグレートソードのようにですか」

「そうだ」


アルバート王が装備している超古代文明時代に造られ、イスカリテのダンジョンにて再生成されたと言われるレジェンダリー、「ネームレス」。

アルバート王が何時まで経っても、その名を付けない事から付いたその名の魔剣は、どんなものでも――ドラゴンの鱗甲ですらスパスパと切り裂く。

確か、イスカリテの60階層で発見されたと記憶には残っている。

その記憶している脳は、いささか不安定で、ズブズブと医療器具が埋められているが。


「遠距離攻撃阻害、無限障壁発生、魔法吸収、抵抗力上昇、行動事前予測、計略看破、時間停止阻止――いくら挙げても全然足りない。全然足りないのだ。私が勝つためには」


ゲンイチロウ様が素顔を見せるのは珍しくなった。

ふと、そんな事を考えた。

いつもはレッサードラゴンの革から製作した仮面を顔に着けている。

今は手術中のためか、素顔だ。


「いずれ来たるタイムリミット、その際にレジェンダリーの幾つかも入れば良いのだが――まあそれだけでは期待薄だな」

「アタイ達二人に喧嘩売るって時点で馬鹿なのに、そんな物持ってるなんて期待すると馬鹿見るよ」


――タイムリミット。

他ギルドがゲンイチロウ様や我がパーティーを襲い掛かる「その時」。

この御方は敵の所有するマジックアイテムの数々を回収する気なのだろう。

ゲンイチロウ様の実力を知ってて正気か、とも思うが、それは御傍にいる我々にしか判断できかねる。

いや、我々でもそうだ。

ゲンイチロウ様とメルロ。

『キメラ』、『不死者』と呼ばれても、その真の実力は神秘の内に隠されている。

40階層に至ってもこの二人が苦戦したことはない。

メルロが私の腹部から再び宙に舞い上がり、ゲンイチロウ様の肩に止まる。

そして頬を摺り寄せながら、呟く。


「ねえ、でもゲンイチロウ、貴方そこまで馬鹿じゃないよねえ。我々を攻撃してくる、30階にも到達できない連中がレジェンダリー持ってるなんて。いったい何を期待してタイムリミットを待ってるの?」

「……今、ミゲルに調べさせているが、王家が絡んでくる」

「王家?」


クチャクチャと、耳障りな、まるで猫に耳を舐められているかのような音が気に障る。

私の脳が弄られている音だ。

ゲンイチロウ様、肩にメルロを乗せたまま手術しているが大丈夫なのだろうか。

不安だ。

だが、今は会話の方が気にかかる。


「一部の王家が、私の持つ秘宝の幾つかに眼を付けた。だから他のギルドを扇動している」

「なるほど。つまり、ゲンイチロウの目当ては」

「扇動した王族のマジックコレクションの強奪だ」


ゲンイチロウ様は、ニコリと笑いながら呟いた。

この人の笑顔を見る機会は少ない。


「王家が目を付けた秘宝って?」

「メインは私がこれ見よがしにオークションに流そうとして――『わざと取り止めた』不死の源、賢者の石だ。きっと執着してるぞ。いくら金を積んでも買う気だったらしいからな」

「わーお、ゲンイチロウってば悪い子」


ゲンイチロウ様が、メルロの耳元に呟いた。


「王家の財宝にはきっと、レジェンダリーがあるぞ。きっとある」


ゲンイチロウ様はニコニコ笑いながら、期待を込めてそう呟いた。

随分とご機嫌だが、そう上手くいくものなのだろうか。

なれば、敵ギルドはおそらくそのレジェンダリーアイテムを貸与されて、こちらに攻め込んでくるであろう。

だが――

心配するだけ無駄か。

おそらくは死戦になるであろうが、きっと、ゲンイチロウ様とメルロが勝つ。

この二人は殺しても死なない。

私はそう考え、後は会話に弾かれた者として、大人しく手術を受けることにした。

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