休暇
2ndパーティーには休暇がある。
ダンジョンに潜るのは一度――つまり三日、残り四日は休暇だ。
そんなもの、前線パーティーにはなかったが。
……それでゲンイチロウに文句を言うパーティーメンバーも、前線パーティーには居なかった。
……誰も休暇なんて望んでいなかったし。
少し、話がそれた。
休暇といっても、パーティーは常に固まっている。
一人で行動することは無い。
最低でも3人単位だ。
原因は――イスカリテの治安の悪さ、冒険者としての治安の悪さにある。
イスカリテにおいて冒険者同士の殺し合いに法の咎めは無い。
――市民に危害が及べば、また別なのだろうが。
その、イスカリテの市民と出会う事はまずない。
冒険者達はダンジョンを中心とした――何と言えばいいのだろう――城下町?
ダンジョンを城に見立てればそうだろう。
その周辺に巨大な壁を用いて「隔離」されている。
そうだ。
我々は明確に「隔離」されているのだろう。
「イスカリテという国家について説明しよう」
粗雑に出来た壇上で、イスカリテについて語っている宣教師がいる。
御父様から教わったそれを、そのままなぞった演説であろうか。
私は錬金術師――全身鎧に大楯を二つ持った、とてもそうには見えない。
そんなマリアの横で、広場の壇上に立つヘボ宣教師の言葉を適当に聞きながら、そんな事を思う。
「イスカリテという国家は、ダンジョンの収益によって『のみ』成り立つ国家である。我々冒険者の上前を撥ねて成り立っている」
イスカリテという国家は、ダンジョンから獲れる素材の内――冒険者はそれを基本的には自分の物にしてしまうが。
必要ない物は『オークション』に出される。
――私はその現場を見た事が無いが。
ともあれ、『オークション』とやらに出されたマジックアイテムや鉱石・宝石類、モンスターの素材・モンスター核が競り落とされた額の2割を税金として国家が受領している。
これは、率としてはそう悪くないものらしい。
アポロニアでも、商人が買取る際の手数料はそんなものだと聞いた。
アポロニアでは、国民登録した市民からは人頭税として年に金貨2枚を。
商人からは上げた純利益から2割を税として受け取っていると聞いた。
「対して、イスカリテの国民は無税である。こんなことが許されていいのであろうか!」
イスカリテの治安の悪さは言うまでもない。
悪い。
その一言に尽きる。
隔離された冒険者街もそうだが、市民たちの住む街も、夜には誰もうろつかないと聞く。
そうそう、私がこの呪い――腐食の右腕を持ってこの世に生まれて、スラムに捨てられたのは6歳の時だ。
捨てたのは父だ。
母親は最後まで抵抗してくれていた。
そんな記憶が残っている。
他に兄弟がいた気も――
「イスカリテの王族は、その収益をただ貪欲に貪るばかりで国家の運営に用いてはいない!!」
確か、弟がいたな。
まだ生まれて間もなかったはずだ。
まあ、どうでもいい。
この腐食の右腕を持つ呪われた子を、よくもまあ6歳まで育ててくれたものだ。
これでも両親には感謝しているのだ。
その感謝は返しようも無いが。
ヘボ宣教師の言葉を聞きながら、そんな事を思う。
「そう、アポロニア王国と違い、奴隷解放や亜人の生存権への配慮が為されていないのだ」
誰も真面目に聞いてなどいやしない。
奴隷の証――隷属の首輪を着けたリザードマンが道を歩いている。
ヘボ宣教師の言葉にピクリと少しだけ反応したが、諦めたように道を再び歩き始めた。
こんな時、宣教師――教会の人間は他国だと奴隷を引き連れている人間を即座に殺すらしいが。
ヘボ宣教師は身動き一つしない。
そんな実力までは無いからだ。
だからヘボ、とゲンイチロウは呟いていた。
御父様は今までどんな教会の人間に触れて来たのであろうか。
それは知る由が無い。
そもそも、イスカリテの教会は異端であると聞いた。
他国と同様に教皇を崇めてはいるが、教皇が否定する免罪符なる物を売りに出して資金を確保している。
――その資金は、孤児の炊き出しや孤児院の設立に費やされているから、まあ責められたもんでもない。
だから異端とはいえ、教皇から辛うじて見逃されている。
そうゲンイチロウから聞いた。
まあいい。
私にはどうでもいい事だ。
ヘボ宣教師の言葉も。
イスカリテの国家運営方針も。
何故か御父様――ゲンイチロウは、イスカリテの国家にだけは興味を少し裂いて、ミゲルに調べさせているようであったが。
その理由は判らない。
そして判らないままでいい。
そのままにしておこう。
どうせロクな事ではない。
私はマリアの手を引く。
「マリア、行こう」
「ええ、そうね」
私は背後で腕組みしながら、ヘボ宣教師の言葉にいちいち頷いていたスピラを少し馬鹿にしながら、広場から離れることにした。
スピラはエルフで、元奴隷だ。
ダンジョンアタックでの遭遇時、ゲンイチロウが奴隷主をバラバラに引き裂いて、解放した。
だから、ヘボ宣教師の言葉なんか真に受けるのだ。
「ゲンイチロウ様、今頃40階層かしら」
スピラが思いを馳せたように呟く。
この女、御父様の事が好きらしい。
明らかに惚れているというか、時折ベッドに誘うような言葉を発する。
奴隷からその身を救われたからであろうが。
まあ、私にはどうでもいいが。
私とは求めている愛情の種類が違う。
「まだ35~40階層で慎重に地図を作ってるところじゃないかしら。ほら、ゲンイチロウは急ぎ足のようで、慎重だから」
マリアの意見。
私もそう思う。
御父様はああ見えて慎重だ。
最初の頃は焦りも見せていたが――いや。
明らかに焦っていた。
あの小悪魔メルロの加入からか、慎重さを重視するようになったのは。
「メルロが邪魔なんですよね」
「邪魔よねえ。メルロ一緒にゲンイチロウと寝てるから。夜に忍ぶことすらできやしない」
マリアが、スピラに同意する様に回答する。
まさか、マリアも御父様の事が好きなのだろうか。
御父様の苛烈さに怯えてもいる癖に。
正直言って、御父様は狂人だ。
あそこまで力を純粋に欲している人間はイスカリテにいない。
金貨もマジックアイテムも、ただのゴミでしかないように考えている節がある。
冒険者も上級パーティーになればなるほど、もちろんその傾向はあるが。
他の冒険者は数値としてみる。さすがにゴミとしては見ない。
御父様は――何と言えばいいのだろうか。
冷たく、見過ぎなのだ。
たとえ国家単位、10万枚の金貨を投げ捨てても、冒険者を引退して悠々自適に暮らせる何かを手に入れても。
より強いユニークアイテムがあるなら、それだけでいいというか。
それが何か、自分が期待する、自分に対して貢献するモノであるかどうか。
それをパーティーメンバーの人員まで含めて、それだけで判断基準を決めているような気がする。
力になる、何かを。
それだけを求めている。
いや、これも人間としては普通か。
何と言えばいいのだろうか。
御父様の狂人さを表現するには。
私の知能では語れない。
まあいい。
今は二人の話題に乗ろう。
「メルロの何が邪魔なの? 恋敵にはならないでしょう」
なにせ30cmの体躯の小悪魔族だ。
恋愛的には御父様と結ばれるはずもない。
「身体のサイズが30cmでも、メルロの性別は女ですよ」
「あら、コゼットはゲンイチロウのメルロへの甘さっぷりを間近で見ていてもその判断なの?」
二人が反論する。
正直言ってどうでもいい。
何度も言うが、求める愛情の種類が違う。
だが、まあ二人の言いたいことは判る。
御父様はメルロに異常に甘い。
さすがにダンジョン内で御父様の命令に従わなかったりと、致命的な馬鹿まではやらかさないのだが。
酒場内を酔っぱらって、その背に生えた黒い翼で自由に飛び回り、その際に他パーティーとの軋轢――喧嘩を起こして、同じ冒険者ギルド同士だというのに殺し合い寸前にまで発展した事は何度もある。
おかげで我が徒党「キルフラッシュ」の評判は悪い。
おそらく他冒険者ギルドの諍いが発生しても、私達が所属する冒険者ギルドは何も動いてくれないであろう。
それには他パーティーからの嫉妬もあるが、主にメルロのせいだ。
「まあ、分かるんだけどね、強いからメルロ。ゲンイチロウに優遇されるのは判る」
「ゲンイチロウと同等の強さではないでしょうか。その不死性において。まあ実際に闘ったらゲンイチロウが勝つよ、と当のメルロ自身が述べていますが」
スピラとマリアが嫉妬深そうな顔で、メルロの強さについて話題に挙げる。
『不死者』メルロ。
私やオマールと他数名、そして御父様を含めた小さな徒党だった頃に遭遇した存在だった。
御父様が、酒場で他のパーティーから一人遠巻きにされていたところを見つけて、何か言葉を数回やり取りした後に、あっさり我が徒党に加わった。
そこに何もドラマ性は無い。
ただ、それなのに御父様とメルロが異常に仲が良いのは気にかかる。
ぶっちゃけ、女としてはどうでもいいが、私より優遇されているのは気に障る。
「そもそも、亜人差別は私も亜人――エルフだから置いといて、小悪魔族て」
「ゲンイチロウ、騙されて死ぬのが普通ですよね」
ついに二人は小悪魔族について罵りを始める。
小悪魔族は――悪魔だ。
そりゃ小悪魔というぐらいなんだから悪魔なんだろうという点はさておいて。
30cm程の体躯に、ハート型を模したような尻尾の先端。
そして褐色の肢体に、人間同様に衣服で身を包んだ――それが小悪魔族だ。
メルロは御父様が端切れが残っていたと、夜なべして作ったレッサードラゴンの皮で作ったジャケットを身にまとっている。
何から何まで特別扱いだ。
ムカつく。
私の感情はまあいい。
小悪魔族は、二人に言わせれば絶対に関わってはいけない種族らしい。
何せ――人の不幸を心から望む。
面白がる。
人の死を、憎しみを、その欲望から犯した過ちを、心から喜ぶ。
それが小悪魔族だ。
別にそれが小悪魔族にとって必要なわけではない。
何かしらのパワーを人間の過ちから得ているような――そんな訳ではないのだ。
ただ、愉しい。
それだけで、人を殺し、唆し、過ちを犯させる。
それが小悪魔族で――メルロという存在だ。
何ゆえ、あの小悪魔は御父様に従っているのだろう。
理由は良く判らないが――
まあいい。
どうでもいいことだと考えた。
「でも、メルロって御父様を裏切ると思う?」
実際に声に出して、二人に尋ねてみる。
「それは無いでしょう」
「……無いですね。メルロはゲンイチロウに好意を抱いていますから」
好意。
マリアがもう一度小さく呟いて、悩ましい素振りを見せる。
小悪魔族がねえ。
さらにそう呟く。
どうにも不思議そうだ。
御父様とメルロの関係は、おそらく御父様に次ぐ我が徒党の知恵者であるマリアにとっても不可思議な関係らしい。
「小悪魔族と人間が結婚した事例ってあったっけ?」
「過去にアポロニア王国のアルバート王が、小悪魔族の何者かとパーティーを組んだことがある。小悪魔族と人間との関係間で有名な話は――私の知識ではそれぐらいですね。というかどうやってヤルんです。人間と身長30cmの小悪魔族で」
「できないよねー」
スピラの疑問に答えながら、マリアは左手をすぼめて、そこに右手の指を出し入れする卑猥なジェスチャーをする。
スピラはそのジェスチャーを見ながらケラケラと笑った。
どうやら、その結論を導き出してやっと、二人はメルロへの嫉妬を取りやめたようだ。
二人とも何考えてんだか。
私はため息を吐きながら、ダンジョンに潜っている御父様の事を想った。




