敵対者
潜ると長い。
何が?と問われると返す言葉は「前線パーティーが一度潜ると長い」となる。
イスカリテのダンジョンにはテレポーター、途中までの位置を記録し、帰還することが出来る。
そして次からはその場所に――なんて便利な物はない。
出来るのは、アイテムの「帰還の羽」によるダンジョン入口への帰還だけだ。
他のダンジョンにはテレポーターがあるらしいのだが。
ある、というかその手の能力者がいるらしいのだが。
わがパーティーには居ない。
そもそもイスカリテにはいない。それが通用しないダンジョンだからだ。
だから、イスカリテのダンジョンは一度潜ると長い。
浅い階層から、浅い階層までの――10階層までの時間は大してかからないのだ。
一時間もかからない。
何せ、地下への階段が近く、地図があるのだから。
だが、そこから先は長くなる。
地図があっても、今度は距離が長くなる。
下階層に潜るごとに、段々長くなる。
下階層に行くに従って、遭遇するモンスターの強さも数も問題となってくる。
まあ、前線パーティーなら一瞬で消し飛ばせる程度の強さだが。
結果的に、30階層に潜るまでは1日かかるのだ。
それでも、御父様達、前線パーティーは早い。
通常のパーティーだと1週間はかけて踏破する行程らしい。
通常のパーティー、とは30階層以上の地下階層を目指さないパーティーの事だが。
「つまり、私達の事よね」
私は愚痴混じりに、2ndパーティーの道中で一声挙げた。
いや、私達も30階層前までには三日とかからないのだが。
「何か言いましたか、コゼット」
「何でもありません。マリア」
ダンジョン内では頭目のマリアに従わなくてはならない。
その命令は絶対だ。
「さて、殺しますよ」
先ほども言ったように、ダンジョン行動中のマリアの命令は絶対だ。
だから、殺さなくてはならない。
他冒険者ギルドの紋章――認識票を首から下げたパーティーを。
彼等は今、イスカリテの冒険者の通称「人殺し」の名の通り、殺戮を楽しんだ後の様だ。
殺戮したパーティーの残骸――金目の物を漁っている。
岩陰に潜み、パーティーメンバーでありエルフであるスピラが唱えた透明呪文――パーティーメンバーの全身を透明にカモフラージュする呪文で覆われながら、作戦を練る。
といっても、作戦などいつも通りなのだろうが。
「コゼット、中央の今、死体の首を蹴飛ばして笑ってる頭目らしき人物にウォーターバレット。スピラはその右の女を射抜きなさい。モーゲンは一時待機を。相手の攻撃が終わり次第、突貫を命じます。ミゲルも同様に。いつも働いてるか働いてないんだか良く判らないんだから、働きなさい。シューマンは突貫の際、モーゲンとミゲルに補助魔法を」
いつもと違うのは、ミゲルがいる事だろうか。
顔を白粉で塗りたくって目に月と星のマークを黒墨で塗っている、道化師姿の男。
今は透明だから見えないが、ダンジョンでもこの姿なのかこの男。
――まあいい。
「承知」
「ウォーターバレット!!」
ミゲルの一声と共に、私は呪文を声高に叫んだ。
詠唱破棄できないところが今の私の弱さだ。
横合いからスピラの弓と共に――
水の超高速弾丸が敵パーティーの頭目の身体に命中したが、一瞬――歪みが生まれたようにして、かき消される。
「水呪文無効!!」
状況を報告する。
同時に、スピラの放った矢が頭目の横の女の頭を串刺しにした。
「野郎!」
敵パーティーが反応する。
残り5名。
その内の二名が、呪文を唱える。
「フォースよ、我が眼前にその存在を示せ!!」
爆発魔法。
無駄。
「――」
マリアは沈黙したまま、その両手の大楯を眼前にかざす。
マリアの大楯は、ゲンイチロウの加工したマジックシールドだ。
こちらのパーティーを対象とした全ての攻撃魔法は収束される。
――そして、マリアの身体能力は二人の爆発魔法を受けたところでビクともしない。
「プロテクション!!」
シューマンの保護魔法。
大槌を構えたモーゲンと、両手にナイフを握りしめたミゲルが突貫する。
距離、おおよそ30m。
敵5人の内、二人がマジックキャスターであることは知れた。
残り三人が前衛。
さて――援護の準備は、必要ないか。
モーゲンは敵のおおよそ5mの前で跳躍を行い、そのまま大槌を敵ではなく――大地に目掛けて振り下ろす。
「は、馬鹿――が?」
敵の、モーゲンを嘲笑う声と共に困惑する様子。
あれはイスカリテのダンジョンからゲンイチロウが発見したマジックアイテムだ。
大地への攻撃力30倍という、山の採掘には必要とされそうなアイテム。
モーゲンの夢は、アレでアポロニアで山を一つ丸々買取って掘りつくす事らしい。
――今は、そんな馬鹿らしい夢はどうでもいい。
崩れる、大地。
モーゲンの大槌の先から大地はひび割れ、敵パーティーの5名は姿勢を崩す。
「****************」
ミゲルが何か呟いたようだが、ここまでは聞こえない。
距離もあるが、大地の崩れる音で遮られた。
だが、何を呟いたぐらいは大体わかる。
「これでおしまーい」
だろう。
ミゲルはモーゲンが大地を崩す前に跳躍し、宙から姿勢を崩した敵パーティーを狙う。
回転。
空中で回転したミゲルはまず、マジックキャスターでも頭目でもない二名の首筋に赤い亀裂を走らせた。
首から噴出する血しぶき。
ついで、マジックキャスターの傍に歩み寄り、サクサクと姿勢を崩した二名の心臓を突き刺していく。
ジワリ、と敵方のローブから赤い色がにじみ出た。
――仕事が早い。あっさり4名殺した。
それだけできるなら、普段から働けば良い物を。
そうすればウチのパーティーメンバーから白い目で見られずに済む。
だが、敵頭目が残っている。
「ちぃ!」
逃げの一手を打つ。
まあ、そうするだろうな。それは判っている。
スピラが弓の射撃を行う。
その矢は、敵頭目の寸前で曲がった。
「矢避け?」
スピラの――そのエルフとしての能力から繰り出される射撃は強力の一言だ。
単なる矢避けのマジックアイテムというのはよくあるが、スピラの一撃を避けられるほどではない。
つまり――
「ユニークアイテム持ちね」
マリアが呟いた。
追跡続行だ。
『ユニークアイテム』は最もゲンイチロウが――御父様が欲しているものだ。
その功績に対しゲンイチロウから与えられる報酬は――マジックアイテムや金銭の報酬は計り知れない。
最も――私はただ褒めて欲しいだけだが。
「追え、他の死体の所持品はどうでもいい。アレだけは必ず殺すぞ!!」
マリアの命令が下った。
私は駆け出す。
「アクセルブースト!!」
シューマンの加速魔法が私に降りかかる。
有難い。
これで今回、何の役にも立たなかったことは帳消しにできるかもしれない。
――そんな事を気にするとは。
私もパーティーに馴染んだものだ。
だが、ミゲルが早い。
4名を殺した後、すぐに姿勢を立て直し、敵頭目を追いかけ始めている。
だが、加速魔法の恩恵で私の方が早い。
すぐに追いつく。
「おや、コゼットさん。早いですね」
「……お先に」
のんびりとした声で鷹揚に応じる道化師ミゲル。
それを無視して、私は敵頭目に追いついた。
首に、装備品は、無い。
狙うのは首だ。
「死んでしまえ」
呪いの言葉と共に、腐食の呪いを含んだ手刀を敵頭目の首目掛けて放つ。
だが――
「残念だったな」
敵頭目の嘲笑うような言葉とともに、避けられる。
何故?
「俺に攻撃は当たらねえんだよおおお!!!」
曲刀――シャムシールが私の顔面目掛けて振り下ろされる。
――が。
「遅い」
ミゲルが、横合いから私を蹴り飛ばして、それを強引に避けさせる。
有難いが、他に方法無かったのか。
――無いな。
私は地面を転がり、蹴り飛ばされた右腹に痛みを覚えながら、敵頭目とミゲルが相対するのを見る。
「ダンシングナイフ」
ミゲルが呪文を唱える。
それとともにミゲルの燕尾服から飛び出す、幾重ものナイフ。
――コイツ、ソーサラーの素質があったのか?
そもそもミゲルの事はよくわからないが。
ただ――
「残念です。死になさい。限定回数のあるユニークアイテムなど必要ないのですよ」
「な――」
御父様が認める実力者であることは知っている。
呆気にとられた顔を――何故見抜いた、という顔をした敵頭目を眼前に。
私はすぐに立ち上がりながら、ミゲルの唱えたダンシングナイフが数十回も敵頭目を斬り刻もうとして――それが避けられる姿を眼にした。
後は――
「さあ、コゼット。殺してしまいなさい」
「ひいぃ!?」
ダンシングナイフの一本がグサリと敵頭目の肩に刺さったのを見て、私はコクリと頷いた。
「ま、待って――」
「待たない」
私は跳躍し、名も知らぬ敵頭目の首を、腐食の右手で刎ねた。
「はい、おしまーい」
ミゲルの気の抜けた声を聞きながら、コイツわざと私に手柄を譲ったな。
――いや、ユニークアイテムが限定回数有りの使い物にならないものとなっては――ゲンイチロウの求める物とは違うとなっては、手柄とならないだろうが。
私は敵頭目の首を刎ねた後、すぐに手袋をはめてミゲルを睨んだ。
※
「まあ、面倒くさい『敵』を先にぶっ殺したのはよかったんじゃね。他のギルドの連中だったんだろ」
探索から帰って来たオマールが、私の愚痴を聞きながらエールをあおる。
テーブルの上には、ゲンイチロウが敵パーティーから入手したマジックアイテムに対する報酬、金貨が山盛りに乗っかっている。
それをマリアが配分していく。
ミゲルは今回、それを拒んでいた。
「普段、もらっていますので」
との事だ。
アレでも一応気にはしていたらしい。
だから居るのはマリア、私ことコゼット、スピラ、モーゲン、シューマン、そしてオマールの6人だけだ。
もちろん、無関係のオマールへの配分は無い。
各自、黙って金貨の塊を懐にしまい込んでいる。
そして全員がはあ、と溜息をついた。
「今回は大手柄だと思ったんですけどね」
マリアが愚痴を吐く。
敵頭目のユニークアイテムが、ゲンイチロウの求めるユニークアイテム。
つまるところ『遠距離攻撃阻害』という超レアアイテムではなかったのが悔やまれる。
単なる、攻撃を数十回まで防ぐタダの糞アイテムである。
いや、アイテムとして強くはあるのだ。強くは。
スピラの強力な矢も防いだし。
――私の呪いは弱くは無いが、それでもウォーターバレットは単なる呪文だ。
手刀も単純な攻撃だ。
だから弾かれたのだろう。そんな憶測を重ねながら、まあともかく。
『本当に』強力無比な攻撃にはあっさり貫かれるだろう――例えば前線パーティー、横にいるオマールのライトニングスピアとか。
そんなアイテムで、ゲンイチロウの求めるアイテムではなかったのだ。
そしてゲンイチロウに「ゴミだな。私はいらない」の二言で片づけられたアイテム。
腕輪のユニークアイテムのそれが、テーブルの上に転がっている。
一日、30回までは普通の攻撃なら防げるらしい。
「コゼット、貴女が身に着けなさい。貴女の防御力は正直言って弱い」
「分かった」
私は全てを腐食する右手――ではなく、左腕にそれを装着する。
代わりに、自分の金貨をオマール以外の全員に配分する。
「それでいい」
以前の貴女なら、金貨も黙って自分の懐に入れてましたよね。
そうマリアが呟く。
それは勝手がわからなかっただけだ。
――金貨が欲しかったわけではない。
そう言い返したくなるが、一応褒められて――いや、微妙だな。
私は何とも言えない顔で、コクリと頷いた。
オマールはそんな私の様子を見ながら、ケラケラと笑って、またコップの中身のエールを空にした。




