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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
第二部 腐食のコゼット
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錬金術士のマリア

スラム街で初めて会った時、最初のやりとりは以下のようなものであったと思う。


「君が『腐食のコゼット』であってるかな?」

「何、おじさん。食料くれるなら殺さないであげる――よ」


今思えば愚かであったと思う。

私がゲンイチロウに勝てるわけは無かったのだ。

そのやりとりの中。

私はゲンイチロウの油断を誘い、不意を突いた。

そうして、この右手――腐食の力でゲンイチロウの――御父様の心の臓をえぐったとき。

御父様はこういった。


「素晴らしいな。私の再生機能まで劣化させるとは」

「……何で死なないの?」

「おじさんはね、心臓を抉られたぐらいでは死なないんだ」


私はああ、ついに死神が来たと確かにあの時思った。

いつかは自分も死ぬとは思っていた。

スラム街の誰も住んでいない空き家で密かに眠っている時。

そんな時に、そっと忍び寄った人間に首を斬られるかもしれないし。

ひょっとしたら、自分以上の力をもった人間が現れて私を殺すのかもしれない。

正解は、可能性が低いと思った後者だった。

だが、私の命は奪われなかった。

むしろ、ゲンイチロウは面白がって、私の行為を笑った。


「面白いな。本当に面白い。着いてくるか? 飯なら好きなだけ食わせてやれるが」

「……じゃあ行く」


私はえぐり取った心の臓が、腐食し、奇妙な粘液となりながらも。

静かにゲンイチロウの身体に戻っていき、その抉り取った心の臓を修復するのを見ながら答えた。

そして、ゲンイチロウはその日、私が今まで望んでいた物をくれた。

豊富な食料。

綺麗な服。

腐食の呪いを封じる手袋。

私はその日、スラムを後にして、冒険者徒党「キルフラッシュ」に参加する事になった。

30名以上の大徒党。

5パーティーを運用している、その最高峰の前線パーティーのメンバーとして。

それでいいはずだった。

だが、ゲンイチロウは次第に違う事を私に要求するようになった。

やれ、文字の読み書きを覚えろ、だの。

四則計算ぐらいはできるようになっておけ、だの。

ゲンイチロウは――以前、アポロニアという国から来たと漏らした事がある。

厳密に言えば漏らしたのはオマールだが。

その時、オマールはゲンイチロウに――御父様に腹を本気で蹴飛ばされていたが。

何故隠すのだろうか。

まあ、それはいい。

アポロニアという国は知っている。

奴隷もいない、スラムも無い、天国みたいな――おとぎ話みたいな国。

私も憧れた事がある。

そんな国に生まれたら、私も普通に生きていけたのかもしれない。

いや、無理か。

こんな呪いの手を持っているようであっては。

私は手袋を装備した右手を握りしめる。

キュっと音が鳴った。

それと同時に――マリアの叱責が飛ぶ。


「勉強する気が無いんですか? コゼット」


2ndパーティーの頭目、錬金術師であるマリアの叱責であった。

マリアの姿はゆったりとしたローブに覆われている。

私の眼前で、ホワイトボードに文字をすらすらと文字を書いている。

顎をくい、とやり、私に同じ文章を書くように勧めた。


「勉強する気はある。だけど何でマリアが?」

「貴女じゃ、到底周囲と打ち解けないでしょう。行けるというなら、今から教会の集団学習でも通いますか? 金さえあれば文字の読み書きや四則計算ぐらい勉強できるんです。私は別に構いませんよ?」


マリアは痛いところを突く。


「……マリアに習う」

「それがいいでしょうね。貴女、御父様に甘えすぎなんですよ。今回を奇貨としてとらえなさい」

「奇貨?」

「利用すれば思わぬ利益を得られそうな事柄・機会、という意味です」


マリアが目を瞑り、息を吐きながら言葉を続ける。


「ひょっとすれば、御父様に褒めてもらえるかもしれませんよ」

「ゲンイチロウが?」

「ええ、ゲンイチロウは貴女に普通の人間になってもらう事を求めていますので。ええ、私の予想にすぎませんがね」

「普通……」


普通とは何を指すのだろうか。


「コゼット」


私の眼前に顔を突き出して、マリアが私の名前を呼ぶ。


「何?」

「我々、2ndパーティーに属するという意味を理解していますか?」

「理解してる。最前線パーティーには『いらない』という意味」


マリアは大きくため息を吐きながら、首を振る。


「違います」


そして否定の言葉を述べた。


「通常の2ndパーティーには――最前線のパーティーが全滅危機に陥った場合、その救出や――他パーティーへの死体回収依頼という意味があります」

「でも、ゲンイチロウは違う」

「ええ、違います。ゲンイチロウが死ぬ姿――そしてメルロが死ぬ姿なんて、想像もつきません」


マリアは両手を空に向けて仰向け、大きく首を振った。


「彼等は死にません。たとえパーティーメンバーの首が撥ね飛ばされても、ゲンイチロウなら容易く治療してしまうでしょう。そんな心配をするのは愚かな事です。仮に全滅したとしても、我々や他パーティー等に救出など不可能な階層ででしょう」

「じゃあ、私の――マリアが頭目を務める2ndパーティーの意味は?」

「決まっています。1階層から29階層においてダンジョンから排出される、マジックアイテムの回収です。……他冒険者パーティーから奪う分も含めていますがね」


マリアは眼鏡を光らせながら、そう呟いた。

それに何の意味が?

私は疑問に思う。


「ゲンイチロウには意味があるのですよ。彼は単純な力、そのパワーを求めてダンジョンに潜っていますが、搦め手――その原材料となる素材やマジックアイテムを求めていないわけではない」

「それを2ndパーティーに集めさせている?」

「3~5thのパーティーにもです。まあ、彼等には余り期待していないようですがね」


それでも「いる」から雇っている。

「いらない」なんて思ったならば、パーティーからさっさと追放しているのだ。

今、1stから5thパーティーに含まれていないパーティーメンバーも、いるからこそ30名――厳密には33名で構成された大徒党なのだ。

「キルフラッシュ」という徒党は。

確かその徒党の名前の意味は――誰にも気づかれず、ひっそりと目的を達成したい、との願いからでしたか。

私にはよくわかりませんが。

マリアはそこまで言い切った後に、ホワイトボードの文字を消した。


「とにかく、ゲンイチロウが求めているのは二つの事。普通になること、2ndパーティーとしての任務を果たすこと。その二つです。そのどちらかさえ達成できれば、ゲンイチロウは褒めてくれるでしょう」

「……本当に褒めてくれる?」


前者は無理だ。

普通とは何ぞや。

少なくとも、スラムで何百人も殺してきた14歳の少女に求める事ではないと判っている。

だから、後者だ。

私が達成できるのは後者のみだ。

マリアが眼鏡を光らせながら、その縁を持ち上げて呟く。


「コゼット、貴女、普通になんてなれないと思っているんじゃないでしょうね」

「……思っているよ」

「貴女の境遇には私は同情しません。このイスカリテでは、孤児なんてそこら中にいて当たり前。貴女はその能力で生き延びて来た少女。ただそれだけです。ええ、「ただそれだけの事」です。今からでも遅くはありませんよ。普通には成れます。いずれ、文字の読み書きと四則計算を覚えたら、そしてゲンイチロウから十分な報酬を貰ったなら、アポロニアに行きなさい。静かな余生が送れます」

「……静かな余生?」


間違いなく、14歳の少女の考えなければいけない事ではない。

少々、このマリアという2ndパーティーの頭目も少々ずれているのではないかと思う。

ゲンイチロウは間違いなく狂っているが。

以前、痛みは無いのか。

――私が心臓を抉った際に、痛みは無かったのかと問うた事がある。

答えは簡単であった。

痛みは全く他人と変わらん。

つまり、ゲンイチロウは心臓を抉られる痛みを感じながら私をこのパーティーに誘っていたのだ。

完全にイカれている。

私はそれを――心配に思う。

そうだ、心配しているのだ。

マリアはかつて言った。


「マリア」

「何ですか、コゼット」

「マリアはかつて言った。ゲンイチロウの事を「御父様」と呼びなさいと」

「ええ、言いました。そうすれば、あの狂った人間も少しは人間味を増すのではないかと思いまして」


マリアは何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「事実、人間味は増していますよ。ゲンイチロウは貴方に「普通の人間になってほしい」と望むようになった」

「……私を利用した?」

「そうですよ? 正直、会った頃のゲンイチロウはともかく――最近のゲンイチロウは私には怖い存在でしたしね。そんな事はないはず、と判っていてもオマール以外の誰も彼もを見捨てかねない苛烈さを放ち始めていた」

「オマール?」


何故そこでオマールの名前が出てくるのだろう。


「貴女は知りませんでしたね。ゲンイチロウの初期パーティーメンバーはオマールだけでしたよ。少なくとも私が会った時はね」

「オマール、アポロニアから来たと言っていた」

「言ってましたね。おそらく二人で一緒にアポロニアから来たんでしょうね」


何故、あの天国みたいな国から二人でイスカリテなんて魔境に来たのかはとんと判りかねますがね。

マリアはそう吐き捨てて、ホワイトボードに文字を書き連ねる。


「私のマネをしなさい」

「はいな」


私は素直に頷いて、ホワイトボードに書かれた文字を書き写す。


「以前、何故ゲンイチロウがこんな魔境に来たのか悩んだことがあります。――いえ、今も悩んでいますが」

「何故って? 金と名声があるからじゃないの?」


イスカリテにいる冒険者とは――このダンジョンから得らえる富と力で完全に腐敗しきった国家にある、この世界で最悪の最難関ダンジョン「最も深き迷宮」に挑む冒険者であるという事だ。

つまり、富と名声を求めている。

かつて、そのダンジョンに徘徊し、やがて王となったアルバート王のように。


「ゲンイチロウは生物魔法――特に治癒においては世界に類を見ないほどの達人です。現にウチの徒党のメンバーにいるダークエルフであるオーゲンの顔面の半分、疱瘡で覆われたそれをあっさり治療したでしょう。もうそれだけで異常なんですよ、ゲンイチロウは。今更地位や名声を求める人間ではない」


コツコツと靴音を立てながら、マリアは呟く。

ダークエルフの種族の元へ行き、それらを治療するだけでいい。

そうすれば種族の頂点に立てる。

マリアはそんな事を呟く。

ダークエルフの頂点に立って何をするのやら、とも思うが。

オーゲンは強い。

前線パーティーのメンバーとして、今も活躍している。

ゲンイチロウに絶対の忠誠を尽くして。

他のダークエルフも同じように強いのだろうか。

他にダークエルフなんぞ見た事ないので、よくわからないが。


「まあともかく、ゲンイチロウは凄いんですよ。それだけ覚えておきなさい」

「それは覚えておかなくっても知ってる」


私は反論し、とりあえずマリアがホワイトボードに書き連ねた文字を、書き写し終わった。



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