010 - 新造ダンジョン -
「ダンジョンができた? それも他国との緩衝地帯に?」
「そうだ。その性質も種類の類もまだわからん。とりあえず、誰かが勝手に侵入しないよう騎士団に閉鎖させはしたが」
王宮。
赤い絨毯を敷き詰めた王の間で、招致されてすぐさま本題に入る。
「先手権は取ったんですね。今後の方針は?」
「今は他国にとられないように騎士団に固めさせているが、できれば早期に攻略したい。そしてどのダンジョンのタイプか把握したい」
この世界のダンジョンは物資の宝庫だ。
モンスターから獲れる素材に魔核、ドロップアイテム。
岩盤にむき出しになっている鉱石。
ポーションの原料となる薬草や苔。
どれも金になるものだ。
そしてダンジョンには幾つかのタイプがある。
永続的に物資が――モンスターが湧きだすダンジョン、私が住処としているダンジョンギルドのようなパターン。
そして永続的ではないパターンのダンジョン――要は一時的にのみ期間限定で出現するダンジョンだ。
このパターンだとダンジョンを踏破するまでもなく、いつの間にか消え失せる。
フォールン化したアイテム、いわゆる「魔剣」や「水晶玉」の類などがダンジョンの核となっているパターンもある。
その場合だと、それを入手、もしくは破壊することでダンジョンはあっさり崩壊する。
「少数精鋭による攻略を目指すことになりますね」
ギルド員を何十人もぞろぞろと列をなして攻略する時間はない。
数は暴力というが、それは開けた地形での話だ。
今は攻略速度が優先される。
「……永続的なパターンでなければいいがな」
「やはり面倒臭い事になりそうですか」
「ダンジョンは資源だ。それが緩衝地帯にあるのは取り合いに面子が関わる。早々に潰れてしまった方が両国にとって有難い」
アルバート王はため息を吐きながら、頭痛を抑えるようにこめかみを指で抑える。
「最悪、永続的なパターンでも他国のギルドと話し合い、相互で利用できるようにしますか」
「そうだな……それも考えておいてくれ」
今回は本気で頭を痛める案件のようだ。
アルバート王はいつもの気楽さを投げうって、文官に指示を飛ばしている。
「とにかく、早急にパーティーを編成してくれ。出来ればお前にも頼む」
「……今回ばかりはそうなりそうですね」
さて、久しぶりのダンジョンマスターの仕事だ。
私は気を引き締めて、その足をすぐ街のギルドに向けることにした。
「アリーナ・ルル嬢、そしてアルデール君」
「はい」
「お任せください」
街のギルドで見つけられたのはまずこの二名。
――数が足りない。
ダンジョン最奥のギルドまで引き返している時間がない。
たまたまこの二人が街のギルドにいただけでも行幸というものだ。
「君たちに、未踏破地域のダンジョン踏破に推薦できる仲間はいるかね」
「……いませんね」
「……同じく。来てくれる友人はいますが、危険で連れてこれません」
当然か。
未踏破地域の踏破となると、多大な危険を要する。
最低でも「名持ち」クラス。ギルド員である必要が――
「現役冒険者の全員がダンジョンの方のギルドに行っているとは……」
タイミングが悪い。
最悪、この3人で行くしかないか。
「どうやらお困りのようですね」
「……マリー嬢」
「王様からの命令で、私にも参加要請がありまして」
マリー嬢はそういって手をさしだす。
私はその手を握り返した。
「……王宮魔法使いですか。迷宮探索の経験は」
「こう見えて、未踏破地域への探索経験もありますよ。何もかもギルドだよりではないのですよ、王宮も」
マリー嬢がウインクする。
ルル嬢が不安の声を上げるが、大丈夫そうだ。
「じゃあこの4人で探索に向かうとします。よろしいですね」
「大丈夫です」
「とりあえずは」
アルデール君が握り拳を作りながら、叫ぶ。
「必ずや、この冒険でギルドマスターを名持ちにしてみせます」
「いや、そういうのはいいから」
どうやら、私が名持ちでないことをアルデール君は気にしていると考えている、というか。
王族になるにあたっての障害となっていると思い込んでいるらしい。
実際はレッサードラゴン殺した事もあるのにな。
というか、金さえ積めば吟遊詩人などギルドごと雇えるから名持ちになるなど簡単なのだが。
私はあえて「名持ち」でないのだ。
私はギルドマスターの「一時的な代理」、誰が認めても、自分でそこを超える気はない。
それでいいのだ。
「それでは、緩衝地帯に出向くとしましょうか」
ルル嬢の台詞に全員が首肯で応じ、我々は旅立つことにした。
未踏破の新造ダンジョンへと。
隊伍を組んで、暗闇の中を歩いていく。
トーチの呪文で浮かんだ灯りがふわふわと一番手に立つアルデール君の目の前を舞い、岩肌を照らした。
「入口からここまで、分岐点はありませんね」
「まるで人の作った迷宮のようだな。完全に一本道だ」
一番後列にいる私の背後にも、同様にふわふわとトーチが浮かんでいる。
照り出された岩肌はごつごつとした物ではなく、つるりと何かで磨いたかのような流動体の形を為している。
「このパターンだと、魔剣か水晶玉か何かがコアだな。王様の心配は杞憂に終わりそうだ。」
「ギルマス殿はこの手のダンジョンに挑んだ事が?」
「何度もあるよ。アルデール君。コアを取ったらすぐダンジョンが崩壊を始めるから、みんな覚悟しておいてくれ」
先代のギルマスと出会って最初の5年は、冒険に継ぐ冒険だったからな。
懐かしい――と同時に思いだしたくない経験もある。
だが、今はそんな事気にしている場合ではない。
「おそらく、コアの前にモンスターがいると考えていいな」
コアとなっている「それ」を手にする資格があるか。
それを判別するように、まるで守護者のようにモンスターは最奥にいる。
今までの経験則から行くと間違いないだろう。
「……そろそろ最奥ですよ。速度を緩めますか」
「そうしよう。全員、戦闘準備を」
マリー嬢の錫杖が音を鳴らした。
「まずはプロテクションをかけます」
全員の頭からヴェールのような幕が下り、魔法の保護膜に体が覆われる。
皮鎧程度の効果しかないものだが、防具のない箇所まで被覆してくれるため有効的な魔法だ。
「先陣は私が。フォローをお願いします」
アルデール君が先陣を名乗り出る。
――任せるとしよう。これ以上の戦術談義は必要ない。
ダンジョンの最奥底、天井はちょうどドーム型になっている。
太陽の光の届かぬ穴蔵から、獅子の声が響いた。
「マンティコア!!」
アルデール君の叫び声が敵対象を示した。
体色は赤黒く、その顔は獅子にも人間の顔にも似ていた。
尾はサソリにも似た形状で――
「フォースよ、我が眼前にその存在を示せ!!」
すかさず、マリー嬢が爆発魔法を放つ。
対象はその尾だ。
毒針を放つと言われるその尾に対し、火炎が燦然と煌き――破裂した。
マンティコアの悲鳴とも怒号ともつかぬ叫び声。
尾はその機能をもはや為さない。
その隙を抜いてアルデール君がマンティコアの側面に回り――
「らっせい!」
ふわりと浮かぶトーチを握りしめ、マンティコアの眼を殴りつけた。
左掌の光の玉と同時に、容赦なくめり込むアルデール君の手。
引き抜かれたその手のグローブには、焼けた赤黒い瞳が握られている。
それでも怯まずにマンティコアはアルデール君の手に噛みつこうとするが――
「そこで”止まれ”」
私が一言で呪文を為し、その行動を泡へと返す。
眼前から、泥の渦が集まるような感覚を得る。
マンティコアの足元の岩盤が土塊と化し、更に黒い泥濘と化して、質量をもった数多の手と姿を造り変えマンティコアをねじ伏せるように捕まえる。
「ルル嬢」
「承知しました」
ルル嬢がすかさず走り込み、大上段に振りかぶった後、泥濘の手ごとマンティコアの体を切り裂く。
首元への一撃、致命に値するダメージ。
それでもマンティコアの心臓がまだ鳴り止むことはない。
唯一、マンティコアの意思を証明するのは、そのぞっとするような爛々たる片目。
「”止めの一撃”」
その誇り高い魔獣に、最後まで油断することはない。
私は一言で祝詞を唱え、マンティコアの全身に貼り付いた黒い泥濘を大炎上させた。
炎に包まれるマンティコア。
その体は悲鳴を上げることもなく、泥濘と化した地面へと倒れこんだ。
ダンジョンのコアは魔剣だった。
誰も必要としなかったことから買取はギルドで査定することとし、その金額の報酬を4等分。
王宮からの報酬はマリー嬢が王宮所属であるため断ったことから3等分とした。
何か、彼女には別の形で返すこととしよう。
「ふう」
薬草茶を一啜りしながらため息をつく。
報酬分担は良い、問題はその報酬を握りしめてアルデール君が
「それではマンティコア退治の噂を広げてきます」
等と叫んで吟遊ギルドに駆け込んでいったことだ。
引き留めようにもタイミングを逃した。
「マンティコア殺し? 今更名持ちなんてお断りだ」
一人愚痴を言いながら日誌を書き続ける。
それにしても、久しぶりに土魔法を使った。
いや、魔法を使う事自体、マリー嬢との対決以来ではないか。
最近、体が鈍っているのではないかと心配になる。
「マンティコア戦では大丈夫だったが……」
あれはうまく連携が取れていたおかげであり、やはり一人だとキツイものがあった。
反省を日誌に書き記し、備忘録とする。
「たまには冒険に出るべきだな」
それにはまず、一時代理となるギルドマスターを見つけなければならないが。
アルデール君なんてどうだろう。
というか本人の意思なんてどうでもいいからやらせよう。
しかし、彼は姫様への生贄でもあるし……
深い思考に入る。
考えている間にも夜は更けていく。
私は舌打ちをし、今回の反省点について日誌に書き記す作業を続けることにした。
了




