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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編
1/113

001 姫様の病気に関する依頼




水分のない、乾燥しきった骨の手から緑茶を受け取る。

――もっとも、その緑茶は自分のみが、そう頭の中で呼んでるだけで。

実際には、「いつか」口にした緑茶の味には程遠い、薬草茶の類にすぎない。


「下がって結構」


頭の中のアンテナを意識するようにして、自分に緑茶を渡したスケルトンに遠ざかるよう命令を下す。

スケルトンは命令通りに離れ、壁際に直立した。

その横には、手斧を腰にぶら下げたスケルトンが同じく直立している。


「貴方も如何ですか?」


それを目端に見届けた後、客に向かって声をかける。

――同時に、それが失敗であることに気づき、訂正する。


「ああ、別に断って頂いて結構です。お仕事中でしょうし」


相手はアポイントメントこそ取っているが、

ここまで望んできたわけではないのだ。

スケルトンが差し出してきた飲み物など、怪しさ極まりない。


「いや、頂こう。ここまで来るのに少し疲れたのでね、感謝する」


こちらの意を読み取ったのか、感謝の意を示しつつ壮年の男が茶を口にする。

とりあえず、私に悪意が無いという事は認識してくれたようだ。

先日のアポの手紙においての問題は、別になかったように思えるのだが。


「では、まず簡素ではあるが、挨拶から初めさせて頂こう」


壮年の男。

年齢による体力に合わせたのか、装甲を一部こそぎ落としたフリューテッドアーマーに身を包んだ騎士が

胸元中央の装飾に手をやり声を張る。


「王国騎士団長のヨセフだ。本日は手紙に応じて頂き感謝する」


堂々とした名乗りを張り挙げた。

そのタイミングに合わせて、不愉快に感じない程度の金属音を間接部から鳴らす。

――疑問。


「……失礼な質問となるかもしれませんが。何故、わざわざ騎士団長が? しかも一人で?」

「――本来、ワシのような武人ではなく、文官が来るべきあるのに申し訳ないが」

「いえ、理由はわかりますので」


荒くれた人間の多い冒険者ギルド――厳密に言えば、ココは迷宮探索専門で冒険者とも呼べないギルドなのだが。

ともあれ、自分の身を守れない人間が来るようなところでは無い。

犯罪者の群れとはむしろ縁遠いが、トラブルの種は尽く事のない場所だ。

だが、騎士団長ともなれば、従士の数人は引き連れてくるべきではないのか?

まあ、そういう疑問は話の中でおいおい探るとしよう。


「さて――」


こちらも、名乗りを挙げなければならない。

別に、誇示する必要もないが……身分は明らかにしておくべきだろう。

先代たちが名乗ってきたのと同様に、自分もあるべきだ。


「ダンジョンマスターのスズナリと申します」


威嚇せぬよう、あえて声量を上げず、姿勢も崩さないまま静かに名乗りを上げた。

どちらも声を発しないまま、一拍が置かれる。

こちらから声を挙げるとしよう。


「さて、ご用件はすでに伺っておりますが」


薬草茶を一口だけ飲み、革でできたコースターにコップを置いて話を続ける。


「薬、でしたね」

「ええ、もっとも治療法さえあるならば――それは魔法でも、秘術でも、どんな形でも」


全く構わない。

薬というのが最も的確な表現と思ったにすぎない。

顔をしかめながら、ヨセフ殿が答える。


「さて、手紙でもお答えしましたが、私は特別に優れた魔法使いというわけではありません」


最初に前置きを。

あまり、何でもかんでも出来る人間みたいに期待されても困る。


「ですが、代わりに知識の上でのヒント程度なら与えられるかもしれません」


が、騎士団長自らわざわざやって来られたのだ。

何も土産の類も無しに帰らせるのもギルドの評判が落ちる。


「なんなら、手紙の上でもよかったのですが」


と、同時にわざわざご足労願うこともなかったな、と頭に浮かぶ。


「――それはできなかったのです」


その雑多な思考を口にしたことに、ヨセフ殿が断りを入れる。


「ええ、それはわかりますとも。お姫様の病気でしたっけ?」


当国では王様の唯一の御子であり、第一王位後継者だ。

身分の高いお方であり、その身に降りかかった災難については秘す必要がある。

何の病気であるのか?

そういった事は隠しておきたかった。

おそらくはそういうことだと――


「ふむ」


まて――本当に、それほど問題であるのか?

権力闘争はよくわからんが、死んだところで正直国がどうなるとかそういう話になるとは。

結構重要な人物で、欠けると王宮内のバランスがヤバイ事になるとか。

実は、全然違う人間が病気になっているとか。

情報もなく、そんな適当な予測もするが。

まあ、自分にはどうでもいいことだ。


「臓器に関する病なのですが」

「ほう」


話の滑りを良くすべく、適当な相槌を打つ。


「体の器官が正常に機能しておらん」

「というと」


一呼吸、ひどく言い辛そうに会話を止めた後。

言わないわけにもいかん、と口を開く。


「便秘……なのだ」

「手紙で隠してた理由はわかりました」


あんまり公言して言うような事ではないわ。

証拠の類というかエビデンスも残したくないだろう。

とはいえ。


「……あの、わざわざこんなダンジョンにまで来る必要が?」


これが騎士団長相手でなければ「お前はよくやった、さあ王城に帰ろう」とジョーク交じりにお帰り願う所だ。

ここはダンジョン。

そう、ギルドとは名ばかり、現地ダンジョン。

この冒険者ギルド本部は何故かダンジョンの最奥にあるのだ。

理由は色々あるが、今はまあいい。

もちろん、町に出張所程度はあるのだが。

実際のところ、下手な人間では本部にたどり着けないのだ。


「あるから、来ているのだよ」


下手な人間ではない騎士団長――一人でこれたということは、おそらくは相当の強さだろう。

ヨセフ殿が少し声をトーンダウンさせながら、会話を続ける。


「市井・王宮問わず有名どころの薬師・魔術師からの治療薬はもちろん、針等の医師まで招いて「それ」用の対応はやったのだ」


便秘用の対策、というのを濁してヨセフ殿は眉をしかめる。


「背に腹は変えられないと、毒性の強い攻撃的な薬――そういったものもまるで駄目」


ただ姫を衰弱させるだけだったよ。

吐き捨てるようにして言い、そして目を閉じながら現状の結論を口にした。


「誰もが頭を抱えた結果――ある、予測も導き出されている」

「予測?」

「病気や毒ではなく、強力な呪術の類ではないか、と」

「ああ」


なんて嫌な呪いだ。

便秘の呪いって誰が開発したんだよ。

効果的ではあるが。

いや、実際、腸閉鎖の呪いとか恐ろしい呪いだと思うが。


「そんなに……そのお姫様とやら、恨まれているので?」

「いや、うん。心当たりは大分にあるお方だ」


正直に言ってしまうとな。

そう言いたげな表情で、


「ただ、恨みといっても口が悪い――という程度で、そんなに悪辣な方ではないのだよ。特に陰湿なタイプの多い貴族の中ではな」


せいぜい「お前ワキガ臭い。マジで臭い。何で生まれてきたんだ死ね。廃棄物」と

ただ真面目に警備してただけの衛兵を三十分ほど罵って泣かせるぐらいらしい。


「十二分に酷いと思いますが。今までよく生きてましたね」

「ワシもそう思う」


その場で泣きながら刺されても文句は言えないレベルだが。

そういえば、最近になってワキガの相談とか受けたなあ。

ダンジョン最奥まで来た根性と有り金はたいたであろう金額を認めて手術して治してあげたが。


「だから、その、ちょっと胃の調子を悪くする程度の呪いを嫌がらせにかけるというなら有り得ない話じゃない。

――ただ、姫様は、すでに生死の境を彷徨っている」


もう、この病にかかって3ヶ月が経っている。

胃液を逆流させるような嘔吐感と、胃からの鈍痛に悶え苦しみながら

「いっそ殺せ」と呟く日々が続いているらしい。


「……呪いかけてる相手が、現状を理解していない可能性があると?」

「……うむ」


阿呆らしいが、経験則で言うなら、結構よくある話である。

多分、よくある話のはずだ。

何でこんなアホな話ばっか持ち込まれてくるんだろう、このギルド。

いや、そもそも冒険者ギルドってワキガとか便秘とか、そういうことを扱う機関なのだろうか。

多分違う。

いや、多分じゃない、自分を見失うな、迷宮探索専門のギルドだウチは。

なんでウチに持ち込まれる前に誰か解決してくれないんだ。

思わず顔を覆う。


「……じゃあ、呪いかけてる相手にもわかるように実情を国中にぶちまけては?」

「ワシもそれを言ったが……、姫様いわく、便秘で死に掛かっていることを国中にバラされるくらいなら腹を切って開放感とともに死ぬ。首斬り役はお前を任命しよう、と」

ギルドの存在意義に頭を悩ませながら、会話を続ける。

無意味に漢らしいな、姫様。

ハラキリ文化はこの世界にあったのだろうか。


「……そのまま死ぬより、遥かにマシだと思いますが」

「まあ、女心という奴だろう。それに、あくまで予測。実際呪いでもなんでもない可能性も高いのだ」

「はあ」


確かに、国中に現状をそのまま伝えたが見当はずれで

そのまま死んだら「便秘で死んだ姫様」と国滅んでも語り継がれるかもしれない。

まあ、そう考えるとプライドが高いんだろうお姫様の気持ちもわからんではない。


「とにかく、貴方の知識をお借りしたい。金でも物でも、出来る限りの物は用意する……出来る限りだが」

「一応ギルドですので。成功の場合でも所定の金額で結構ですよ……」


予め、そういう呪術の類を解いた際の礼金は、難度によって定められている。

迷宮探索専門ギルドなのに。

迷宮探索専門ギルドなのにだ。そういう変な仕事が持ち込まれるせいで。


「……うーん」


首を回し、少しだけ頭をひねる。

直接見に行った方が早い。

単純な結論だ。


「判りました。どこまで力及ぶかわかりませんが、一度見てみましょう」


腰を上げ、足を鳴らす。

しかし、これはダンジョンマスターの仕事と言えるのだろうか。

先代が死を賭して闘ったレッサードラゴンの牙で創られたという、傍に立つスケルトンを見つめながら

自分の仕事とのアンマッチに眩暈がした。





私が「こうなってしまった」のは、20になるかならないかの時だ。

顔に浮き始めた皺を見て、あれから10年が経った事を否応無しに認識させられる。

もう三十か。

いい加減、何もかもが諦観に満ち、ルサンチマンも消え果ててしまった年齢だ。

そう、元の世界に帰るのは諦めた。


――馬車の揺れに対し、マジックアイテムを詰め込んだズタ袋が転がりまわってないか

目端で確認しながら、また思考を続ける。


10年前の唐突な衝撃。

目の前に映るのは、宙に飛んでいく通学用の鞄。

上から工事現場の鉄骨でも落ちてきたのか。

横からダンプが突っ込んできたのか。

昭和新山のように突如火山が足元に発生し、身体がマグマに溶けたのか。

理由は知らない。

推測できるものは、全て根拠の無いものだ。

元より推測できるものなど何一つ無いのだから、仕方ない。

死んだかどうかすらわからんのだ。

わかるのは、突如意識が溶暗し、目覚めたときにはこの世界にいた。

それだけだ。

――思考を中断し、リクライニング代わりの藁袋に背を傾ける。


「嗚呼」


まあ、それはどうでもいいことだ。

何もかもが今更。

哀歓の声を挙げたのは、それではない。

この世界に落ち、右も左も判らずに彷徨う自分を拾い上げてくれた、先代のダンジョンマスターの事だ。

感謝しても、感謝しきれないのに。


「今頃、どうしておられるのか」


もう五年過ぎた。

未だ、お帰りになられない。

いつのまにやら――


「王門に到着致しました」


一時的な代役から、正式なギルドマスターなんぞに仕立て上げられている。

それは、自分の望むところではなかったはずだ。


「王門からは馬車を降りることになります」

「承知している」


御者の言葉に習って馬車を降りるヨセフ殿に続き、足で大地を踏みしめる。

軽く会釈しようと門番に目を向けると、彼らのうち一人が槍を地面に落とし

体を地に投げ打った。


「神よ……」

「いえ、ワキガの治療しただけでそんなに畏まられても困るのですが」


いわゆる五体投地を始めた衛兵を見ながら呟いた。

つーかアンタだったのな、姫様に罵られてたとかいう人。

嫌なところで縁を感じながら、私は王城に足を踏み入れた。






「……そうか、お前が私を殺す者か」

「いや、助けに来たんですか」


陰鬱、という表現をするには程遠い。

本来ならば相当な美少女であろう彼女は、顔中に脂汗を垂らしながら

ゲームのボスキャラのようなセリフを吐いた。


「……助けられるなら助けてみよ」


どうせ無理だろうけど、という表情で彼女はベッドで仰向けのまま吐き捨てた。

上着ははだけ、下着が見え隠れしている。

下腹がぽっこり膨れていなければ、随分と扇情的な格好と言えただろう。


「できるだけ頑張って診ますよ」


ひとつため息を吐き、居合わせたヨセフ殿に視線をやる。

その横には一人の女性、傍付きの女騎士が心配そうに見守っている。


「一応、男性の方は退室していただきましょう。付き添いは御傍付きの方のみで」

「ヨセフにはわらわの首を刎ねる役目があるぞ」

「ではお任せします。姫様、どうか最後まで諦めずに」


姫様の世迷い事は無視して、ヨセフ殿は退室していく。

さて、どうするか。


「お聞きしますが、今まで試された治療法は」

「食事療法、運動療法、心理療法、投薬、針、マッサージ、そして殴打等です」


女騎士が返事をする。

最後に明らかに間違った治療法を耳にしたので、念のため聞き返す。


「殴打?」

「殴打です」


ひゅ、と素早くジャブを放つ。

姫様の腹をぶん殴ったのかこの人。馬鹿じゃなかろうか。


「念のために言っておきますが、姫様がやれっていいましたからね」

「……うむ、効果が全く無かったどころか死ぬほど痛かった。治り次第殴り返す」


絶対だ、絶対に殴り返す。

呪いのように声を呻かせる姫様を見て、これほっといてもまだ一か月は生きるんじゃなかろうかと思う。

アスファルトに転がる死にかけたセミが、無事木に飛び移る光景――十年以上前を思い出す。


「失礼ですが、触診しますよ」

「もう羞恥はどうでもいいが、あまり撫ぜてくれるな。正直痛い」


姫様の衣服をはだけさせ、下腹部から腹部に手をやる。

打撲の跡があるが、理由は聞いたので気にしないことにする。

痛いのってこのせいだろう、何症状悪化させてんだバカ主従と口にしたくなるが言わない。


「……」


通常行われる治療方法はすべて試されている。

正直、考えるまでもない。ヨセフ殿が口にした予想が正しいのだろう。

持ち込んだズタ袋の中からレンズ――元の世界で言う完全に虫眼鏡の形をした物を取り出す。


「これで、呪術によるものかどうか判断できます」

「……そんな便利なものがこの世にあるのか」


そんなもんあるなら最初っから誰か持ってこい。

愚痴を言いたげな表情で、姫様が呻く。


「先代のギルドマスターから受け継いだものです。秘宝の類でそう幾つもこの世にありませんよ」


私の功績ではない。

念のためにそれを強調し、レンズを通して下腹部に目をやる。


「……」


闇。闇。闇。

レンズの中はどんよりとした闇に覆われている。

その冒涜的な闇の虚空の中に時々猛り狂った雷のようなものが走るが

目にする人間に不安と恐怖を抱かせるものだ。

完全に呪術と判断していいだろう。


「……完全に呪われてますね」

「やはりそうか」


マーガレットか、キリエか、ヘーラールーノか。

姫様が名前を――おそらくは自分を呪ってそうな相手の名前を口走るが気にしないことにする。

気にしないことにしよう、と誓った間だけで上がった名前が数十人に上ったが気にしない。


「安心してください。治療可能ですよ」

「……本当か。ならば早く頼む」


レンズをズタ袋の中にしまう。

そして代わりに、元の世界でカプセルケースと呼べそうな

透明な器に入ったモノを手にする。

中身はウズウズとその身を捻り、その生を謳っている。


「それは……何です?」

「呪術的な物に対する、いわば駆虫薬――虫下しです」


女騎士の不気味がる声に答えを返し、ウズウズと動く10cmぐらいの細長い「それ」を右手でしっかりと握る。

左手に握った短剣で軽く刺す。

キシャー、と泣き叫ぶ声とともに緑色の体液が噴出し、暴れだした。

よし、活きがいい。


「じゃあコレ飲んでください」

「馬鹿じゃないの貴方」


姫様は正気を疑う目をするが、本気も本気である。


「このモンス……もとい虫下しは呪術的効果を解呪する特殊能力持ちです。

 姫様の場合は飲み込むことで、強制的に下腹部の呪術が解消されます」

「今モンスターって言いかけたわよね。食べたらどう考えても死ぬでしょ」


確かに実際はモンスターだし、食用ですら無いが。


「多分死にません」

「多分!?」


だけど多分死なないからまあいいだろう。

私がこの世界に移転する前――十年よりもっと前に

内臓に毒系の呪いを掛けられた冒険者の呪いが解けず、ヤケになった際これを食って生還した事例があるのだ。

その冒険者には、最初にフグの食べ方を見つけた人並に敬意を払ってあげたい。

迷宮探索専門の冒険者ギルドに所属でもしてない限り、こんな治療法知らんだろうが。

あ、なんか久しぶりにダンジョンマスターっぽい仕事してる気がする。


「いや、その……ほかの方法は無いの。後、何で笑っているの」

「ありません。安心させるため言いますが、これ食べて呪いを解いた人いますからね。

笑ってるのは久しぶりにダンマスっぽい仕事ができるせいです」


モンスターを人様に食わせるのがダンマスの仕事なのか?とわけのわからない事を喚く姫様。

私は医療関係者にこの治療法について連絡を回す事を考える中

――姫様にとっては苦渋の決断をする時間が続く。


「わ……わかったわ」


姫様の決断は、私が医療ギルドの渉外担当者名を思い出すより早かった。





「紹介が遅れたわね、私の名前はアリエッサ」

「私はスズナリと申します。お互い、名前ぐらいは知っていたかもしれませんが」


屍のようにげっそりとなって自己紹介をする姫様。

疲れてはいるがベッドに戻ることはなく、椅子に座り私に頭を下げる。

正直ベッドに寝たほうがいいと思うが、王族の気骨という奴だろうか。


「なんか凄く胃が重いのだけれど」

「症状は改善されたはずでしょう?」


さっきトイレから帰ってきたばかりの姫様に反論する。


「ええ……症状は改善された。だからアレのせいでしょ、なんか動いてるもの」

「しばらく動いてます」


この姫様、愚痴が多いなあ。


「しばらく? どれくらい」

「三日ぐらい」

「胃酸より強いの? このモンスター」


胃酸って結構強いわよね?

と疑問を呈すが、正直それ食って生き延びたやつがいるのを知ってるだけで

治療の詳細までは知らん。

「三日ぐらい奴は動き回ってたんだ……」と生き残った冒険者の会話記録が頭にこびりついてるだけだ。

帰って詳しく調べないと。絶対面白いはずだ。


「色々と言いたいことはありますが……御礼は十分支払います。それとお願いしたいことがあります」

「お礼はギルドの基準通りに。そしてお願いはお断りします」


ときどき動く胃が気になるのか腹を抑えるアリエッサ姫に対し、断りを入れる。

この場合のお願いなど、大体想像がつくのだ。


「私を呪った人間を見つけ出してほしいのよ」


私の断りを無視して、アリエッサ姫――もうアリエッサでいいや、が呟く。


「お断りいたします。私は探偵でも王国所属でもありませんから」

「でも、冒険者ギルドのマスターでしょ?」

「矛盾した言葉を投げかけないでください」


なんで冒険者ギルドのマスターが探偵をやるんだ。


「治療ができたのが貴方だった。なら、呪術を掛けた人間の調査も可能では?」

「可能じゃありません。何か勘違いされているようですが――」


呪術を「掛け続ける」なら特定は可能だ。

元の世界で言えば、電波を送り続けているようなものだから。

だが、呪術を「掛け終えた」後の特定は容易ではない。

今回は後者だった。

そう説明するが、アリエッサはムスっと頬を膨らませただけだ。


「どのみち、内部の人間には頼れないのよ」

「恨まれてるからですか」

「違うわよ!」


正直、恨まれてると周囲の協力を仰ぎにくいからやりたくないのもあるんだが。

それとは違うらしい。


「今回の、事情を知ってる人間以外に頼みにくいでしょうがこんなの!!」

「わかりますけど、元々は恨みですよ。今回の呪い」

「そんなの知ってるわよ、反省するわ。でもね」


ドン、と椅子の肘掛を叩きながら叫ぶ。


「もう一回呪術をかけられたらどうするの!?」

「もう一回アレを飲めばいいでしょう」

「狂ってるの貴方!?」


狂ってない。

あんな恨みのこもった呪術を掛けられた人間に関わりたくないくらいに真っ当だ。


「これを見なさい」

「あえて見なくても見えてます。アレって何なんです?」


人一人がギリギリ入れそうな――

同時にロクに身動きのとれなそうな、アイアンメイデンじみた鉄板の塊が、そこにある。


「犯人は懲役一ヶ月ほど閉じ込めるの。食事の時間と排泄の時間だけは出してあげるわ」

「それはひょっとして、発狂して死んじゃうよね」


むしろ殺してほしいと俺なら思う。


「私は3ヶ月も似たような事されたわ! 我が鉄の腹。あの人生行き詰まり感、閉塞感を少しでも味わえ!!」


何か魔術を放つように両手を振り上げて叫ぶ彼女を見ながら、私は思う。

――知らんがな。


「勝手に復讐なり報復なり三族皆殺しなり、すればいい。だが私には関係がありません」


役目は果たした。

もはや用も無し。


「お金は払うって言ってるでしょう!」

「生憎、金には困ってない。むしろ、下手な貴族よりは持ってるので」


オーバーアクション気味に手をかざし、別れを告げる。

もうさっさと帰って以前の治療記録を再確認して寝るのだ。

私のそんな意思も空しく――


「そいや」


股間を蹴られた。

蹲り、股間の痛みに苦しむ。


「私はその万倍苦しんだのよ……。アンタだって、人生で一番苦しかった時の腹痛が。

お腹痛いときに助けてくれる神様に祈ったことが三ヶ月続いたと考えたらわかるでしょう」


ならば、お前を今物凄く憎んでいることもわかるべきだろう。

俺は痛みを断ち切り、アリエッサの首に手を伸ばした。


「ぐぇ」


姫様の口から、鶏を絞め殺したような声が上がった。







「……和解しましょう」

「帰らせてくれるなら」

「それは駄目」


首に、赤い痣が首輪のように残っている。

人の首の骨は七本で出来ている、という特に意味の無い豆知識を思い出す。

さすがに絞め殺すわけにはいかんので、適度に締めてやった絞首の後を残しつつ

アリエッサは説得を続ける。


「とにかく、二度とこんな事が無いように犯人を捕まえて。これじゃ解決とは言えないわよ」

「まー、それはわかりますけどね」


実際、同じ呪術を掛けられたらと思うと気が気でないのは判るのだ。

だからと言って、捕まえるのは容易ではない。


「何度も言いますが、簡単じゃないんですよ。呪いを掛けた人の心当たりは?」

「……数十人いるわ」

「もうその時点でダメです」


対象が多すぎる。

二度目の呪いを掛けられないことを祈って性格を改めたほうが良いではないか。


「部外者の私が王城内を捜査? 貴族を調査? 尋問? どれも不可能です」

「……言いたいことはわかるわ。それを可能にすればいいんでしょう」


また頬を膨らませながら、アリエッサは立ち上がる。


「お父様にお願いするわ」






「いや、お前が悪いから今回諦めたら」


王様は冷静だった。

さあダンジョンに帰ろう。


「お父様!? 娘が可愛くないの!?」

「いや、そういう問題じゃなくて親としてお前が悪いから諦めろと言ってるんだが」


本当にマトモな王様だな。

なんでこんな娘が育ったんだろう。


「あ、そ、そうです。 この男に責任を取ってもらう必要があります」

「犯人を見つける責任? どんなのよ」


ため息交じりに、そして何故かフランクに応答する王様。

――アルバート王。


「下腹部を指で撫ぜまわされました。もう乙女の純潔に近い部分まで」

「それってただの触診だろう?」


アルバート王は冷静だ。


「しかも、虫を飲まされたのですよ。マニアクスプレイですよ」

「――俺も食ったことあるよ、それ。やっぱり冒険者ギルドに頼んでよかったな」


アルバート王様は元冒険者だ。

しかもどこまでも冷静だ。


「あ、そうです。首も絞められましたわ!」

「首輪プレイ?」

「いえ、落ちる、落ちないの境目ぐらいに適度に女の首を締めるのが好きな方のようでして」

「なんたる特殊性癖。哀れに思い許してあげなさい」


アルバート王は冷静を通り越して何か違う気がする。


「呪術なあ……いや、俺も生まれ王族のボンボンじゃないから全く知らないわけじゃないけどもなあ」


アンタ、本当に珍しい冒険者出身とか聞いたことはあるけどな。

そんな事を考える俺の顔を見ながら、王はポツリと呟く。


「俺より、君の方が詳しいんじゃないか」

「姫様には見つからないと言いましたよ。呪術を掛け終わった後の捜索は難しいと」

「だよなあ。絶対見つからない?」

「怪しい人間全てを尋問しますか?」


私の言葉に、王様はバツ、のマークを両手で作った。

本当にフランクだな。


「呪術師の知り合いとかでも見つけられない?」

「私はダンジョンマスター、いわゆる迷宮引きこもりです。ずっと迷宮を転々としてて、表社会なんぞほとんど知りません。

呪術師の知り合いを探してもペンフレンドがせきの山ですよ」

「ボッチなのか」


うるさいだまれ。


「私も似たようなものよ。同年代の周囲は私より、お金と地位だけが目当てなの。

性格が捻くれてるっていうけど捻くれて当たり前じゃない」


そんな悲しいお姫様の主張もいらない。

しかもお前はひねくれ過ぎだ。


「俺は王様になんかなりたくなかったんだ。

ドラゴンから助け出した好みの女がたまたま王族で、アイツ以外の王族が全員死んでて勇者だ勇者だ言われて仕方なく。

正直、昔の冒険者だった頃に戻りたい。

モンスターぶっ殺して金稼いで酒飲んで一人、これぐらいで構わねえと穴だらけのシーツしか敷いてない安宿の簡易寝台に酒瓶抱えて寝るんだ。今の現実はすべて夢なんだ」


別にこの場は個人的な鬱憤の吐き出し場所ではない。

つうか、黙れ王様。

物凄く嫌な事を喋りだす王様を無視し――


「しかも嫁コイツ産んだ時に死んだし。なんで未だに王様やってるの俺、血統的理由何もないよ」


マジで可哀そうだな王様。

ちょっと愚痴を聞いてやりたい気になる。


「お父様、何度も言いますが娘が可愛く――」

「可愛いさ。自分の娘だ。嫁が自分の命と引き換えに産んだ子だ。自分の命より大事だよ」

「なら――」

「だから、諦めなさい。そして性格を改めなさい」


王様は優しく諭す。

閉口するアリエッサを尻目に、俺は王の間を後にした。







水分のない、乾燥しきった骨の手から緑茶を受け取る。

ダンジョン最奥部。

冒険者ギルドのギルドマスター室にて呟く。


「犯人は結局見つけじまい」


だが、これでよかったのだろう。

そもそも私には関係ない。


「それに犯人は」


うすうす、途中で気づいてはいたのだ。

一瞬だけ、無意味に誰も周囲にいないことを目視した後、ひとり呟く。

犯人は――


「アルバート王」


姫様にもバレないだろう。

過去の治療歴――冒険者の名前だけは先代が抹消しているのだから。

かの王まで登りつめた高名な冒険者に、モンスターを食した等という不名誉な記録は

不要とされたのだろうか?

私は不名誉どころか冒険者的名誉そのものだと思うのだが。

まあ、今となってはわからない。

王様にも先代にも聞くことはできないのだ。


結局のところ、父親が娘を懲らしめただけ。

アルバート王は何らかの方法でアリエッサ姫に呪術を掛けた。

王の権力をもってすれば容易いことだろう。

そして頃合いを見計らい、解決策として私に声を掛けた。

今回はそれだけの話だったのだ。


あの姫様も、二度と同じ苦しみは味わいたくあるまい。

しばらくはひねくれ曲がった根性も見繕うだろう。


「そう、今回は、それだけのことだ」


私は机の引き出しに今回の礼金を投げ込み、引き出しを閉じて瞑目した。















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