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第七録 「幻想転移」

 臨時集会を終えた七珠針南(ななたまはりな)は教室へと戻った。ゼラード・ジェスターが開いた臨時集会は大盛況だった。教室へと向かう生徒達の会話はゼラードの事や、突然現れた黒影龍エルデュートの事で持切りだった。


 ところでゼラードはどこへ行ったのだろう。臨時集会の時、エルデュートから逃れるように集会場からいなくなったが。今もエルデュートから逃げているのだろうか。


「私はここにいるよ。針南さん」


「え? ……わ!?」


 いきなり声をかけられて驚いた。私は声が聞こえた方へと顔を向ける。先程まで誰もいなかったところにゼラードがいた。いつ現れたのか分からなかった。当然のように私の心を読んできた。


「どうも、ゼラード・ジェスターです」


 ゼラードは片手を振って挨拶をした。


「あの、ゼラードさん。さっきのドラゴンって……」


 私は集会中に現れたドラゴンについて訊いた。


「あぁ、あれね。いきなり現れたから驚いたよね。簡単に説明すると彼女は私の……」


『おい』


 突然、ゼラードとは別の声が聞こえた。


「わ!?」


 この声は先程のドラゴンだろうか。しかしドラゴンの姿は何処にも無い。


「あ、気が付いたみたいだね。丁度良かった。改めて紹介するね。私の友達、エルデュートだよ」


『丁度良かったではないだろう。全く、我を窮屈な所に閉じ込めおって……』


 すると、ゼラードの影がゆらゆらと動き出した。ゼラードの影の一部が分離して、私とゼラードの目の前に移動する。分離した影は人の形を作っていく。人外種族の中でも、知能や魔力が高い種族は人の姿に変身することができるという話は聞いたことがある。


 目の前に現れたのは一人の少女だった。黒影龍という名の通り、黒いドレスを着ている。角や尻尾といったドラゴンの要素が見当たらない。外見は人間の少女にしか見えなかった。エルデュートは黒い瞳で私を見ていた。


「あれ、ドラゴンですよね?」


「普段は龍の姿よりも、人間の姿で過ごしている時の方が多い。近年、ドラゴン狩りをする者も増えてきたからな。だからこうして人の姿で過ごしておる」


 近年のドラゴン界隈は油断できない状況にあるようだ。ドラゴン族はその強さが故に、闘いを求める冒険者達に狙われやすいのだろう。


「エルは数年前からの遊び仲間だね」


「そ、そうなんですか……」


 ざわざわ……。


 ゼラードとエルデュートの関係が解った。ところで、私達三人の周りに生徒達が集まっているわけだが。きっとゼラードやエルデュートを見ようと集まって来たんだろう。


 すると、集まって来た人々を見たゼラードの表情が一瞬にして硬くなる。


「エル……」


「急にそんな顔をしてどうした」


 ゼラードはガタガタと震えていた。エルデュートが再びゼラードに声をかけようとした時だった。


「……っ!」


 ゼラードは生徒が少ない廊下へと走り出した。


「ちょ、おい!? どこへ行く!?」


 エルデュートは逃走していくゼラードを追いかけた。


「あわわ……」


 私は他の生徒と共にその光景を見届けることにした。


「バインド!」


 エルデュートがゼラードに身動きを制限するバインド魔法を放つ。一本の光線はゼラードさんに向かって直進する。


「エル!? ……くっ!」


 ゼラードは光線に当たる直前に魔法を展開して、光線と共に姿を消した。集会の時に見た透明化の魔法だろう。


「姿を消したところでバインドは消えんぞ。観念するのだ 」


 どうやらゼラードだけでなく、バインド魔法にも透明化魔法がかけられたようだ。私から見ると、ゼラードがバインド魔法を回避したようにしか見えなかった。


 エルデュートはゼラードがいるであろう所まで歩み寄った。


「いきなり逃げ出してどうしたのだ?。お前は一応教師だろう。何を恥じることがあるのだ」


「う、うん。まだ、こういうの慣れてなくて……」


 ゼラードの姿は見えないが、声だけは聞こえてきた。


「何を子供みたいに……」


 エルデュートは呆れた声で言った。


「私もまだまだだね……」


「少しずつでいい。ゆっくり慣らせば良い。だから、まずは姿を見せたらどうだ?」


「……」


 その後、顔を少し赤らめたゼラードが姿を現した。エルデュートはゼラードを一瞥すると、私を含む生徒達の方を見た。


「お主ら、この後授業とやらがあるのだろう。ここに居続けていると遅れるぞ?」


 生徒達は足早に各々の教室へと向かった。私も教室へと向かう。その際、ゼラードと目が合った。ゼラードは私に軽く会釈してエルデュートと共に職員室へと歩いて行った。


***


 廊下で起きたちょっとした騒動の後、生徒達は各々の教室へと戻っていった。私も自分の教室へと戻ってきた。教室に入って自分の席へと向かった。その途中、ジェード先生がゼラードだった事に衝撃を受けて頭が真っ白になっていた生徒を見かけたが、私は気にせず自分の席に座った。


 少し時間が経ち、教室のドアが開いた。やって来たのはゼラードだった。ゼラードは持っていた物を教卓の上に置くと、息を整えた。


「今日からここのクラスを担当……まぁ、最初から担当してたんだけど、ジェード改めゼラード・ジェスターが勤めさせていただきます。改めてよろしくお願いします。それと、私のお手伝いとしてエルが付いてきました。と言うわけでエル、皆に挨拶してね」


 先程まで顔を赤くしていた人とはまるで別人のようだ。そして、教室の後ろにはエルデュートが立っていた。


「なぜかゼラードの補助をすることになった。エルデュートだ。よろしく」


 エルデュートが軽く自己紹介をする。すると、教室内がざわめきだした。


「エルデュートってさっきの……」


「でも、見た感じ人間だよ?」


「でも、この魔力……。さっきのドラゴンで間違いないよ」


 生徒達が話を盛り上げていると、エルデュートが咳払いをした。


「あの時は突然現れてすまなかったな。以後は気を付けよう。我の事はエルで構わん。魔法の事であれば可能な範囲で教えよう。困った事が有れば遠慮なく話しかけてくれ」


 エルデュートがそう言うと、ゼラードに手を軽く振った。


「はい、皆さんこっち見て!」


 ゼラードは黒板に文字を書いていく。


「えっと、一限目の話なんだけど、本当はいつも通り座学にしようと考えてたんだけど、心機一転、君達の体力と魔力の測定を改めて行おうと思う」


「う……」


 体力測定と聞いた瞬間、私は眉を(ひそ)めた。体力と魔力を測定するだけだが、私は体力や魔力に自信が無かった。


「よし、そうと決まれば皆、早速着替えて外に集合してください!以上!」


 そう言うとゼラードは一早く教室を出ていった。それを追う様にエルデュートも教室を出て行った。


 私は更衣室へと向かった。


***


 体力測定と魔力測定は別々の場所で測定する。体力測定は屋外で走ったり飛んだりと、基礎体力を測る。魔力測定は二種類あり、一つは計測用ゴーレムに攻撃魔法を打ち込み、その魔力量を記録する。もう一つはベッドの上で横になり、専用の機器を身体中に取り付けられて、体内に流れる魔力量を測定する。


 着替えを終えて、ゼラードの監修の下体力測定が始まった。


 数々の体力測定を行い、最後の項目である長距離走を終えた私は、両手足を地につけていた。結果は案の定、クラスの中でも遅かったが、最下位にはならなかった。


「はーい、皆さんお疲れ様! 休憩の後、魔力の測定に入りまーす!」


 休憩の時間の間に水分補給をして、魔力測定を行う場所まで移動した。


 最初は計測用のゴーレムを使った魔力測定だ。魔法で攻撃した際にゴーレムが魔力量の数値を表示するので、その数値をゼラードに報告すると言ったものだ。


 生徒達が計測用ゴーレムに魔法をぶつけている。私もできるだけ見られないように、目の前にいた計測用ゴーレムに全力で魔法をぶつけた。全力でも小さな風が吹く程度だった。攻撃を受けたゴーレムの頭上に『27』という数字が映し出された。私の年代の魔力量平均は『300』程度と言われている。私はその数値を記憶すると、ゼラードの所へ向かった。他の生徒がゴーレムに魔法をぶつけている所を見ると『304』や『294』と表示されていた。皆平均値付近を出していて、私は少し劣等感を抱いていた。


「お、針南さん。お疲れ様。数値はどうだった?」


「……」


「どうしたの? 心配しなくても大丈夫だよ」


「2、27……です」


「27、なるほどねっと。じゃあ、最後に潜在魔力量の測定があるので、先にその会場に行ってて良いよ。担当の人がいるから、その人の指示に従ってね。私もまだ残ってる生徒達の記録が終わり次第向かうから」


「はい。ありがとうございます」


 私は潜在魔力数値の測定を行う会場へと移動した。


 潜在魔力数値の測定会場には、それぞれカーテンで仕切られたベッドが四つ並んでいて、それぞれのベッドに同じ器具が備わっている。既に数名の生徒が測定を始めていた。私は会場の隅っこで自分の番が来るのを待つ。すると、そこへ一人の少女がやって来た。


 二つ結びにした紫色の髪に黄色い双眸。そして、その小さな体に合わない程に大きい白衣を着た少女だ。右手にはペン、左手にはファインダーを持っていた。


「そこの君ぃ。見た所、まだ測定をしてないな?」


 その少女は怪しげな口調で話しかけてきた。


「は、はい。まだです……」


 少女はベッドの方を一瞥する。生徒が一人、ベッドから降りた。


「一床空いたから、やろうかぁ」


「ぁ、は、はい……」


 その少女は片手で私の手を掴む。


「じゃあ、こちらに……」


 私はその少女に手を引かれて、空いているベッドに案内された。先程からこの少女はにやにやと笑みを浮かべていた。少し気になりながら、ベッドで横になった。


「じゃあ、早速取り付けますねー」


「……うぅ」


 私はこの測定が少し苦手だった。理由は単純、測定器具が頭、腕、手首、腰、太もも、足首に取り付けられた状態で測定が始まるからだ。


「では早速……」


「……っ!?」


 装置が作動した瞬間、全身がくすぐったくなった。


 先程つけた装置から細長いケーブルのような物が出てきた。先端には聴診器の様な円形の板が付いていた。去年はこんなものは無かった筈……。そのケーブルが私の体の部位にくっつけば離れていく。


「ちょっと、これ……くく……あははは!」


 くすぐったい感覚に襲われて約30秒ほど経った時、突然ケーブルの様子が変わる。先程まで円形の板だった部分が二本指のアームに変形した。


「うへへぇ、それじゃあ本番いくよ〜」


「え、あの!?」


「良いぞ、非常に良いぞ……。このまま……」


 そのアームは私にゆっくり近付いていく。抵抗しようとしたが、くすぐられた反動で体が動かない。名前も知らない少女にいきなり恥ずかしい事をされて頭が混乱している私はその少女の方を見た。満ち満ちた悪い笑顔を浮かべていた。迫り来るアーム。このままではアームの餌食に……。


「天罰!」


「……!? ちょっと、まって! ジェスターさ……うぎゃあ!」


 少女の背後から一筋の光の矢が放たれた。背中に矢を受けた少女はがっくりと床に膝をついた。同時にアームは動かなくなった。私はその矢の放たれた方を見た。


「ゼラードさん!」


 そこには計測用ゴーレムの魔力測定の記録を終えたゼラードがいた。


「大丈夫だった?」


 ゼラードに器具を外してもらい、ベッドから降りた。


「はい、何とか……」


「そう、よかった」


 そういうとゼラードは少女を見た。少女は唸り声を上げながら背中を摩っていた。


「アトラ。いきなり人を拘束して、実験に使うのはだめだよ」


 アトラと呼ばれたその少女は立ち上がり、私の所にやってきた。先程の事もあり、私は少し後退りした。


「すいませんでした……。悪癖が抑えられなかったです。もうしません」


 頭を深々と下げて謝った。


「は、はい……大丈夫です」


「自己紹介、まだしてませんでしたね……。私はアトラ・フィールです。救護魔道師の八番『クイック』やってます」


「救護魔道師、八番?」


 アトラの口から聞いた事の無い言葉が出てきた。


「救護魔道師番号です。救護魔道に()けている者に与えられる、謂わば称号みたいなものです。それで、私は救護魔道師の中で最も早く回復処置を行う事ができるそうなので、そういう称号を貰ってます」


 アトラ自身が説明してくれた。


「説明ありがとうございます……」


「アトラ、ところで、どうして針南さんを拘束してたの?」


 ゼラードがアトラに質問した。


「いや、その。つい出来心が……」


 どうやら私は測定とは関係無く、完全にアトラの出来心で捕まっていたらしい。


「ちゃんと測定はしてね?」


 ゼラードはアトラにそう言うと、アトラは鞄の中から器具を取り出した。


「大丈夫です……。針南さん、それじゃあ改めてベッドに座って下さい、横になる必要はありません」


「座る?」


 例年、ベッドに横になる筈が、今年は違うらしい。私は言われた通りにベッドに座る。するとアトラは私の両腕に、銀色の腕輪を取り付けた。すると、アトラが両手を腕輪に向けて詠唱した。


「リリュハーエディカル」


挿絵(By みてみん)


 すると、取り付けられた腕輪の上に紫色に光る変わった形の魔法陣が現れた。


「これは……」


「私が創った魔法です。一応上級創造魔導師ですから」


 上級創造魔導師は魔道階級の上から四番目の階級だ。ゼラードの古代魔操士の一つ下の階級だ。創造魔導師は個人で魔法を創る事が許されている魔導師である。上級になると、より繊細な魔法を創り出すことができる。


「これは魔力を測定する為だけに開発した魔法装置だよ。去年みたいに沢山取り付けるのは面倒だったからね。今年から導入したものです」


 現状、この潜在魔力を測定する腕輪はアトラのみ所持していて、尚且(なおか)つアトラのみが使用可能の装置との事。創造魔導師の特権である。


 腕輪の上で魔法陣が形や文字を変えながら計測を進めていく。二、三分経ったところで魔法陣の形が変化して、魔力数値が映し出された。


『2760』


 私の年代の平均数値は4000。私は潜在魔力も平均より少ないらしい。しかし、アトラが書いた記録用紙を見ていたゼラードは何かを考えているようだった。


「結果が出たね。うん、針南さんお疲れ様」


 ゼラードが声を掛ける。


「あ、ありがとうございました」


「針南さんはこれで全部だから、着替えて教室で待っててね」


 ゼラードがそう声をかけた後にアトラが歩み寄ってきた。


「あ、今回の腕輪の件、ありがとうです。まだ使った事がなかったので丁度良かったです」


「え?使った事が無いって……」


 使った事がないと聴いた途端、若干動揺する。しかしゼラードは平常心を保っていた。


「アトラはこう見えても上級創造魔導師だからね。初めて使ったとはいえ、魔法の精度は私も認める位だから安心して良いよ」


「こう見えてもは余計でしょ…… まぁ、とにかくありがとうございました。もし何か異常があれば、ジェスターさんに伝えてください」


 私はゼラードとアトラに頭を下げ、測定会場を出ようとした。するとゼラードに再び声をかけられた。


「針南さん、これ、渡しておくね」


「え?」


 私はゼラードから一枚の紙きれを貰った。メモ用紙だろうか。私はそのメモ用紙に書いてあった内容を見た。


『今日のホームルームが終わったら、私の部屋に来てください。場所は開かずの間です。』


「わ、わかりました……」


 私はメモ用紙の内容を把握して、自分の教室へと戻った。


 着替えを終えて教室で待機していると、生徒が次々と戻ってきた。全員が戻ってきてから数分後にゼラードとエルデュートが教室に入って来た。そういえば、エルデュートは私達が測定している間、何をしていたんだろう。エルデュートは寝起きの表情だった。測定中もゼラードの近くにはいなかったので、もしかしたら何処かで寝ていたのかもしれない。


 その後、二限三限と授業が続いた。そして昼過ぎ、ホームルームの時間がやって来た。ゼラードが明日の予定などを話し終えてホームルームが終わり帰宅可能時間になる。生徒各々(おのおの)が帰宅の準備をしていた一方で、私は鞄を持って開かずの間に向かった。


 開かずの間。レフォイア魔法学校に於ける謎の一つである。先生達の集まる職員室の二つ隣の扉。その扉は他の扉とは違い、厳重な扉で固く閉ざされている。オカルト好きの学生が色々な方法で開けようと試みたが、誰も開ける事はできなかった。


 私は4階から1階に移動して職員室を通過した。そして、職員室の二つ隣にある開かずの間の前にゼラードが立っていた。


「……お、来たね」


「あの、なぜここに?」


「最近帰ってこれなかったけど、ここが私の自室だからね」


「……え!?」


 扉の先は異界、地獄の門等、様々な憶測が飛び交っていたこの扉の正体は、ゼラードの部屋だった。


「まぁ、転送魔法とか透過魔法とかでこの部屋に来てたから、こうして扉を開けて入るのは久しぶりなんだよね」


 ゼラードは私に微笑むと、扉に右手を向けて詠唱を始める。すると扉の向こうから鉄と鉄がぶつかる音と共にゆっくりドアが開いていく。


「なんでこんなに厳重にしちゃったんだろう……」


 ゼラードは小さな声でそう呟いた。


 扉が完全に開くとその中にもう一つ木製の扉があった。その扉は簡単に開いた。


「じゃあ、入って」


「は、はい」


 私とゼラードは部屋の中に入った。


「わぁ……」


 私は思わず声を漏らす。無理もないだろう。とても落ち着いた雰囲気の部屋だった。両壁に本棚が並び、正面に大きな机があった。なんだか校長室の雰囲気と似ていた。


「ここが私の書斎室。まぁ真面目に考える時に使う部屋だよ」


 ゼラードは左側の本棚の前に立つと、本を一冊取り出した。


「あれ? ここじゃなかったか……」


 ゼラードは取り出した本を元に戻し、別の本を取り出す。ゼラードは本と本の間に手を突っ込んだ。


「あの、何してるんですか?」


 ゼラードは本棚から手を抜いて、本をその場所に戻した。そして隣の本を取り出し、取り出した所に再び手を入れた。


「隣の部屋の鍵を探してる」


「え? 他にも部屋が有るんですか?」


「ここが作業用の部屋。この部屋の隣に私の部屋が有るんだ……あった」


 ゼラードは本棚に突っ込んでいた手を出す。その手に握られていたのは銀色に光る小さな鍵だった。


「あー、ちょっといいかな?」


「は、はい!」


「上から3段目の左から4番目の本を取ってくれないかな」


「上から3段目の、左から4番目の本……これ、ですか?」


 私は指定されたとても分厚い本を取り出そうとした。


「あ、あれ? これ、引っかかって取れないです」


 しかし、その本は途中で何かに引っかかり、取り出す事ができなかった。


「あぁ大丈夫、その本だよ。その本の横にある鍵穴があるから、この鍵で開けてもらっていいかな?」


「はい!」


 ゼラードから鍵を受け取った。私はその本の表紙を見た。表紙の中心部に鍵穴があった。私はそこに鍵を差し込んで回した。すると、手応えと共に本の中から音がした。


「ありがとう、じゃあ開けるよ……っと」


 ゼラードはその本に手をかけて慎重に引っ張った。すると、本棚全体がゆっくりと動き出した。それはまるで、大きな扉の様に見えた。どうやら鍵を差したその本はドアノブの役割を果たしているようだ。開いていく本棚の向こうには扉があった。


「お待たせ。ここがもう一つの部屋の扉だよ」


「あの、これって?」


「隠し部屋だよ。私がリラックスする時の室かな」


 まさか本棚の裏に隠し扉があるとは思いもしなかった。ゼラードが扉を開けて中に入っていく。私もその後に続いた。


「わぁ、かわいい部屋……」


 先程の書斎とは真逆の雰囲気を放っていた。脚の低い机の周りに青いクッションが3つ敷いてあった。壁や絨毯(じゅうたん)も青色をベースにしていて、とても女の子らしい部屋だった。


「この部屋が落ち着くんだよね。でも似合わないよね……。私とこの部屋……」


「そ、そんな事ないですよ!」


「気遣いありがとう。ところで針南さん、紅茶は好き?」


「え? いいんですか?」


「勿論」


「ありがとうございます。じゃあ、お願いします」


 ゼラードは部屋の隅にある机に向かった。机の上に置いてあるケースから袋を取り出すと、中から茶葉の入った袋を二つ取り出した。その袋をカップの中に入れた。


「ヴォルタ」


 ゼラードはカップに向かって魔法を唱えた。カップのすぐ上に魔法陣が展開し、そこから熱湯が注がれた。ヴォルタは水魔法の一つで、熱湯を出す魔法だ。水温や水量、水圧を変化する事ができるので、応用範囲の広い魔法でもある。


「ソフィード」


 ゼラードが再び魔法を唱えた。ソフィードは対象物の時間を加速させる魔法だ。茶袋と熱湯が入ったカップに向けて発動すると、あっという間に紅茶が完成した。茶袋を取り出して、小さなゴミ箱に入れた。ゼラードは二つのカップを持ちこちらへとやってきた。


「針南さん。お待たせ」


 私はそのカップを一つ受け取り。机の上に置いた。ゼラードはクッションを持ってくると、反対側に座った。


「ありがとうございます。いただきます……」


「うん、遠慮なくどうぞ」


 私は紅茶を一口飲んだ。口の中で甘味が染み渡る。初めて感じた味だった。ゼラードも紅茶を口の中に運んだ。


「ふぅ……美味しいですね。針南さん」


「ゼラード、さん?」


 ゼラードの声色が変わった。そのおしとやかな口調には心当たりがあった。臨時集会が始まる前にバッジを拾った時だ。その時、私の頭の中に直接伝えた時の口調だった。


「あ、すいません。驚きますよね…… 元々はこういう喋り方だったんですけど、色んな人と出会うと、口調が移ってしまうものですね」


 その後も暫く談笑しながら紅茶を飲み、ゆったりとした時間を過ごしていた。先に紅茶を飲み終えたゼラードはカップを机の上に置くと、服の一番上のボタンを外しながら立ち上がり、こう言った。


「あの……いきなりですいませんが、着替えても良いですか?」


「……!?」


 私は驚きの余り含んでいた紅茶を吹き出しそうになったが何とか持ち堪えた。


「そ、そんな、私は目閉じてますから……」


 私は両手で顔を覆う。顔がとても熱くなっていた。


「女の子同士なのに?」


「う……」


 私は返す言葉も無くなった。顔を覆ったまま保つか、手を顔から放して我慢するか。どうしようと頭の中で一人会議が行われた。その結果。


「わ、わかりました。私は普通に紅茶飲んでますから……」


 カップを手に取り、紅茶をもう一口飲む。


「そうこなくっちゃ!」


 一体何がそうこなくっちゃなのか全然解らなかった。ゼラードは私を気にせず、服を脱ぎ始めた。すぐ近くで服の擦れる音が聞こえてくる。


「うぅ……」


 我慢していたがどうしても気になってしまい、欲に負けてゼラードの方を一瞥した。艶やかな肌と黒色が見えた。私は直ぐに目を逸らし、カップの中にある紅茶を見つめながら、それを少しずつ飲んだ。


***


「着替え終わったから、もうこっちみても大丈夫ですよ」


 ゼラードのその言葉に、カップを凝視して力が込められていた目が解れた。私はゼラードの方を見た。ゼラードは学生服の中に着る指定のカッターシャツと黒色のショートパンツを着ていた。カッターシャツは着崩しており、ショートパンツの上半分はカッターシャツに覆い被されていた。いかにもラフな格好だった。


 着替えを終えたゼラードは再びクッションに座った。


「さてと、そろそろ針南さんをここに呼んだ理由のついて話そうかな。針南さんをここに呼んだのは、針南さんの最奥(さいおう)潜在魔力の事で伝えないといけない事があるからです」


「最奥、潜在魔力?」


 潜在魔力は聞いた事があるが、最奥潜在魔力は初めて聞く言葉だった。


「最奥潜在魔力というのは、体内を巡る魔力とは違い、魔力の源。つまり生き物が持つ魔力の核になる部分です」


「なるほど……」


「実はアトラが普通に魔力数値を測っている間に、私は最奥潜在魔力の数値を調べていました」


「そうなんですか? でも、魔力の源といっても、魔力の数値はあんまり変わらないと思います」


「それが、全く違うんです。最奥潜在魔力は魔力を生み出す部分という事もあり、体内で最も魔力数値が高くなる部分です」


 最も魔力数値が高くなる部分とはいえ、私は風を起こす程度の魔法しか使えない。きっと魔力の源もあまり無いだろう。しかし、ゼラードが授業終わりに呼び出してきたという事は、呼び出す程の結果が出たのだろう。


「その、私の最奥……潜在魔力に何かあったんですか?


「この結果には流石に驚きました」


「?」


 少しゼラードが溜めた後、口が開く。


「針南さんの最奥潜在魔力の数値は常に変動して、一番低い時は一桁台、一番高い時には350万近くにまで達していたんです」


「……へ?」


 信じ難い事に変な声が出た。350ではないかと耳を疑ったが、ゼラードは確かに350万と言った。


「つまり、針南さんの体内には考えられない程の魔力があるという事です。ただ、使う事はできないみたいです」


「使う事ができない?」


 350万という膨大な数の魔力を持っているのに、なぜ使えないのか。


「多分君の体質と関係があると思います。」


「私の体質……ですか」


 ゼラードは頷いた。私の体質と言われたら思い当たる物は一つしかなかった。普通の人には持っていない、幻想世界に転移するという奇妙な体質だ。


「幻想世界に転移する際、針南さんの魔力の質が変化していると思われます。通常の魔力だったものが幻想世界に転移する事で、魔力の質が変化する。針南さんは数々の世界を転移していますよね。転移先で魔力の概念が有るのなら、その世界の魔力が針南さんの体に吸収されていると考えました。あくまで仮説ですが」


 つまり、今私が持つ魔力には数々の幻想世界の魔力が吸収されているという事になる。数々の世界の魔力が混ざった事で、私の使う魔法に影響を及ぼしている。魔力を吸収していった結果、350万と言う大きな数となったのだろうか。


「沢山魔力があるのに使えない。なんだか、少し勿体無いですね……」


 それほどに魔力が溜まっているのに、威力の低い魔法しか使えないというのは、少し勿体無いように思えた。


「私も他の世界の魔力は気になるけど、無理に(いじく)って、もし暴走でもさせたら針南さんの身が危険ですから」


「暴走……」


 魔力に何らかの影響を及ぼすと極稀に暴走して魔法が暴発する事がある。暴発した魔法は複数の魔法が混ざり合ったりして、見たことの無い魔法ができるという。魔力暴走を起こした人は、想像を絶する苦しみが待っているらしい。


「まぁ、他の世界に魔力暴走の概念があったらの話だけどね。それに、今の所暴走する予兆も見られないから」


 魔力が存在する幻想世界もあれば、存在しない幻想世界もある。もし幻想世界で暴走してしまったらどうしようと、少し心配になった。


 ある程度話が進んだことで、私は壁にかかっていた時計を見た。


「あ、もうこんな時間。私、もうすぐ帰らないと……」


「うん、今日はありがとね!」


「はい、私も色々なお話が聞けて良かったです! それに……紅茶、とても美味しかったです!」


「ありがとう! じゃあ、気をつけて帰ってね」


「はい、ありがとうございました!」


 ゼラードはこの後も他の教師と話す約束をしていて、着替えの準備をしていた。私はゼラードが着替えをする前に部屋を出た。


***


 外に出ると、空は赤と紫の混ざったような色をしていた。綺麗とも、不気味とも捉えることができる空色だった。校門を抜けて、私は早歩きで魔法研究所に向かった。


 魔法研究所が見えてきたところで普段通りの歩幅で歩く。暗くなる前に帰る事ができたので安心した。魔法研究所に到着し、扉を開けようとした。


「あ、針南さん!」


 背後から聞き覚えのある声がした。後ろを振り向くと、そこには雨合羽を着た佐乃咲雫(さのさきしずく)がいた。


「雫、さん……」


「た、ただいま。名前……初めて呼んでくれたね」


「ぇ……あっ」


 無意識で雫の事を名前で呼んだかもしれない。自分の口からさり気なく溢れた名前呼びに少し驚いて左手を口元に当てた。


「いや、私もあんまり覚えてないかも。ちょっと色々考えてたから」


 雫はそう言って手をぶらぶらと埃を払う様に動かした。


「その、色々って……」


「まぁ、大した事じゃないんだけどね……」


 その曖昧な答えに私は疑問に思った。雫はやはりどこか浮かない顔をしていた。


「雫さん……」


 私は雫に歩み寄ろうとした。


 ──。


 その時だった。突然意識がぐわんと揺らぐ。全身の力が抜ける感覚。直立を支えていた足に力が入らなくなり、その場で座り込んでしまった。手を地に突けるだけでも精一杯だった。


「針南さん!? って、それは……」


「……これ、は」


 朦朧とした視界に映っていたのは一つの魔法陣だった。その魔法陣は、今朝校門を潜った時に現れた魔法陣に酷似していた。しかし、今見ている魔法陣は少し違った。私の周りを囲むように一つ。そして、私と雫を大きく囲む魔法陣がもう一つ。今朝見た魔法陣よりも規模が大きかった。そしてこの魔法陣から伝わる感覚。それは紛れも無くなく幻想世界だった。


「……動けない!」


「私も、動けない……」


 私と雫は体を動かすことができなかった。魔法陣の力によって動きが封じられたのだろうか。


 最早どうすることもできなかった。このまま幻想世界に転移されるのを待つことしかできないのだろうか。


「針南さんっ!」


挿絵(By みてみん)


 雫が私に手を伸ばしていた。私は何も思わず、精一杯の力で手を伸ばした。ギリギリだったが、その手を掴む事ができた。同時に、魔法陣が黒く光り出し、辺りに稲妻が走り出した。その光景を見た私は恐怖感からか、目を閉じた。


「針南さん、手を離さないでね!」


「……うん!」


 視界が真っ暗になっても、雫の手を掴む感覚はしっかりと伝わっていた。


 雫の言葉に答えたと同時に二筋の稲妻が降り注ぎ、私と雫はその稲妻の轟音と共にどこかへと飛ばされた。

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