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第二録 「エレベーターと電車の世界」

 今、私はエレベーターの中にいる。雪代木霊(ゆきしろこだま)から貰ったメモ用紙にはボタンを押す順番が書いてある。そのメモ用紙に書いてある順番の通りにボタンを押していく。


 メモ用紙に書いてある内容によると、4、2、6、2、10、5階の順番にボタンを押せばいいらしい。私は4のボタンを押す。すると、エレベーターが上昇していく感覚が伝わる。その感覚が無くなると、ゆっくりと扉が開く。扉の向こうには暗闇が広がっていた。その暗闇からはほんの少し不安を感じた。次に2階のボタンを押す。扉はゆっくりと閉まり、今度は下降していく感覚が伝わる。こうしてメモ用紙に書かれている内容を行っていく。上下に移動する度に伝わる浮遊感に心なしか緊張していた。


「……!」


 5階のドアが開いた時、一人の少女がエレベーターに入って来た。私と同い年だろうか。黒と紫の混ぜ合わせたような天冠(てんかん)。着物には彼岸花を彷彿とさせる刺繍(ししゅう)が施されていた。そして、腰まで伸びる美しい純白な髪に虚ろな双眸。不気味な印象を放つその少女はエレベーターの奥まで進むとくるりと回り、閉まっていくエレベーターの扉を見つめていた。少女の事が気になりながらも、私は続けて1のボタンを押した。


 ガタガタガタガタ!


「……っ!?」


 1のボタンを押した瞬間、エレベーター内が激しく揺れだした。その揺動の中にエレベーターが上に移動する感覚があった。私は間違いなく1のボタンを押した筈なのに、扉の上にある階数表示板には10が点灯していた。すると、エレベーター内に聴いたことの無いアナウンスが入った。


『この先急停止があります。手摺にしっかり掴まって下さい。繰り返します。この先急停止があります。手摺にしっかり掴まって下さい。』


 私は震えている自分の手を見て、恐怖している事に気付いた。その震えた手でエレベーターの壁伝いに設置されている銀色の手摺を強く掴む。一方、白い髪の少女は手摺に掴む事無く立ったままだった。


 この先何が起こるか分からない恐怖が平常心を破壊していく。


「う……うぅ……ぁ、ぅあぁ……ぅぁぁぁぁああああああ!」


 心の中で暴れていた恐怖心が抑えられなくなり絶叫する。エレベーターで激しく揺れながら上昇する感覚は七歳の少女からすれば恐怖でしかなかった。


 そんな振動の中、白い髪の少女がこちらを見ている事に気付いた。しかし、今はそれに反応する余裕は無かった。泣き叫び、手摺にしがみつくことにしかできなかった。


 ガン!


 金属同士が強くぶつかり合う轟音と共にエレベーターが停止する。私の体は簡単に浮き上がる。手摺を掴んでいたので、宙に舞うことは無かった。もし手摺を掴んでいなかったら、今頃エレベーターの天井にぶつかり、その後床に強く激突していただろう。


「う……うっ……うぅ」


 私は手摺に縋った状態で泣いていた。嗚咽(おえつ)がエレベーター内に響く。すると白い髪の少女がこちらへと歩み寄ってきた。


「怪我は無い? 」


「……」


「君の名前、教えてくれるかな?」


「針南……」


「針南ちゃん……もしかして、七珠針南ちゃん?」


 少女は優しい声色だった。声を掛けられた時、襲われるのではないかと思っていたが、そうでは無いらしい。それどころか、優しく接してきた。暫くその少女に慰められた。


***


 体にはまだ恐怖心が残っていて少し震えていたが、何とか落ち着きを取り戻した。


「私の名前は雪代霊音(ゆきしろたまね)。よろしくね!」


「雪代、もしかして……幽霊?」


「お姉ちゃん達の事知ってるの? ということは……やった! ここから出られるんだ!」


 霊音は私の手を掴んだ。


「針南ちゃん、行こ!」


「……え?」


 まだ状況が把握しきれていない。霊音はそんな状態だった私の手を握り、一緒にエレベーターから出た。


***


「ちょ!? これダメな奴だろ!? 」


 魔法研究員の上嶋蒼渡(かみしまあおと)は動揺していた。


「え? お姉ちゃん、そうなの?」


 雪代木霊(ゆきしろこだま)雪代御霊(ゆきしろみたま)に尋ねた。


「木霊。幽霊の私達は平気だけど、まだ生きてる人がこれをすると、大変なことになるの」


 御霊が木霊にそう答えた。


「だってこれ……噂に聞く異世界の行き方とかなんとかじゃないか!」


 こういう話は俺も小耳に挟んだことがある。誰でも条件さえ満たせば異世界に行く事ができるという噂話。しかし、正確な情報が無い上に、どの噂も必ず何かしらの危険が伴っている。ただ、よくよく考えてみたら、針南が常日頃から幻想世界に転移されている事の方が危険ではないかと思ってしまった。


「ちなみに聞くんだが、霊音が幻想世界に閉じ込められたのはいつからなんだ?」


「大体……一週間くらい?」


「って、そんな長期間でもねぇじゃねぇか! てっきり数ヶ月とかかと思ったぞ!」


「でも……一週間も帰ってこないと心配になります……」


「まぁ、確かに……」


「針南さん、大丈夫でしょうか」


 俺達は針南と霊音が無事で帰ってくるのを、待つことしかできなかった。


***


 エレベーターを出るとそこは電車の中だった。後ろを振り返ると、確かにエレベーターから電車に乗ったんだと確信する。


「ここ、電車? どうなってるの?」


「あれ? 針南ちゃん、ここに来るのは初めて?」


「うん」


「ここは、異世界だよ」


「……!」


 異世界。何回も聞いてきた言葉。


 今電車の中にいるこの感覚。夢を見ていた時の感覚とよく似ていた。雰囲気は違うけど、久しぶりだと思えるこの感覚。夢のようだけど、とても鮮明で、まるで別の世界にやってきた様な感覚。


 私が夢と思っていた世界は夢じゃなくて、異世界……蒼渡が言っていた幻想世界だったんだと確信した。


「……ここは初めてだけど、この感覚は何回もある」


「本当に? やっぱり、異世界に行ける針南ちゃんで間違いないんだ! 会えて嬉しい!」


 霊音が有名人と出会った時のようなテンションだった。


『まもなく発車いたします。ドアが閉まります。ご注意下さい』


 すると、電車内に男性の声が響き渡った。


「針南ちゃん。座ろ!」


「ぇ、あ……うん」


 私と霊音は5、6人が座れそうな横に長い座席に座った。窓の外は暗闇に包まれていた。その暗闇の中にはケーブルの様なものが何本も垂れ下がっていた。そのケーブルは電車の下まで伸びていた。まるで電車が空中に浮いているようだ。


 電車の扉がゆっくりと閉まり、緩やかに発車した。車窓の向こうでエレベーターの扉がゆっくりと閉まっていくのが見えた。


「動いた!」


「……うん」


『次は、呪越(じゅえつ)駅、呪越駅です。お出口は左側です』


 次の駅を知らせるアナウンスが聞こえた。なんだか不思議な名前の駅。そう思いながら電車に揺られる。


「私、ずっと暗い場所で迷ってたの。そしたら遠くに光が見えて、その光がエレベーターの光だったから、そこに乗ったの」


「そうだったんだ……」


 霊音は電車内をぐるりと見回すと、座席から立ち上がった。


「ねぇねぇ、せっかく幻想世界に来たんだから、この電車の中を探検しようよ!」


「え? ……うん、いいけど」


「じゃあ、行こう!」


 電車の中を探検する事になった。私達以外に乗っている人はいるのだろうか。


 今いるこの車両には、この電車を運転する部屋がある。その部屋の扉に付いた小窓を覗くと、暗闇の中に、操縦している手だけが見えた。


 車両の壁には(いち)号車と書かれたプレートがあった。この電車は何号車まであるんだろう。私達は壱号車の貫通扉を開ける。その先の車両を繋ぐ狭い通路は車輪の音がより大きく聞こえた。私は()号車へと続く貫通扉に手を掛けて開けようとした。


「待って、針南ちゃん」


 霊音に扉を開けるのを止められた。


「何か聞こえない? 扉の向こう」


 私達は弐号車の扉に耳を澄ませた。聞こえてきたのは電車から発する音とは違う、また別の金属同士がぶつかる音。何かを打ち付ける音だった。私は貫通扉に付いていた小窓から弐号車の内部を覗く。


「なに、あれ……」


 そこには信じ難い光景が広がっていた。


 車両の中心に"木"が生えていた。その木の前には、腰まである長い黒髪を二つ結びにした少女がいた。その少女は金属ハンマーで藁人形(わらにんぎょう)を木に打ち付けていた。よく見ると、その木には(おびただ)しい数の藁人形が打ち付けられており、その藁人形の頭部には紙が貼り付けられていた。


「ひっ……!」


 私は怯えて小窓から離れた。怖い、不気味だという感情が膨れ上がる。


「大丈夫だよ針南ちゃん。私が一緒にいるから」


「う、うん……」


 霊音はそう言うと弐号車の扉を開けた。


 ドアを開けた瞬間、少女が動きを止めた。頭の中にまで響いていた金属音が消える。黒髪の少女はゆっくりと私達の方に顔を向けた。


「いやああああああ!!」


「うわああああああ!!」


 私と霊音が同時に悲鳴をあげた。その少女の目に、"歯"が生えていた。それはまるで、眼球を(くわ)えている様にも見える。少女は(まばた)きをする度に、小さくカチカチと歯と歯が合わさる音が聞こえた。


 少女が歯の音を鳴らしながらゆっくりとこちらへやってくる。私は無意識に後退りする。


 少女は口を開けて、こう言った。


「いらっしゃいませ。喫茶店、藁の木へようこそです」


 私は全身の力が抜けて、視界が黒くぼやけていき、真っ暗になった。


「……え? どういう事……って針南ちゃん!?」


 音も曇っていき、最後に聞こえたのは私の名前を呼ぶ霊音の声だった。


***


「……ぅ……ん」


 電車の揺れで私は目を覚ました。長い座席に横になっていたようだ。


「あ、起きた!」


「霊音ちゃ……ぁあああああ!」


 名前を言おうとしたら、霊音ちゃんの背後に目から歯の生えた黒髪の少女が視界に入って、再び絶叫した。


「ちょっと、針南ちゃん! 落ち着いて!」


「す、すいませんでした! 怖がらせるつもりは無かったんですが、先程はすいませんでした……」


 少女は謝罪して頭を下げた。


「……あぇ?」


 突然の出来事に変な声が出た。


「ど、どういうこと……? 霊音ちゃん……」


「どうやらここは喫茶店で、シャルナちゃんはこの喫茶店のマスターさんみたいだよ」


「はい。喫茶店『藁の木』のマスターをしています、シャルナ・レドラスと申します」


「よ、よろしく……お願いします……」


 私は再び弐号車内を見渡した。木に打ち付けられている藁人形に紙が貼り付けられていたが、その紙には飲み物のイラストとその名前が書かれていた。


「先程のお詫びに、無料で提供いたします。決まり次第ご注文を……」


「え、いいの? じゃあ、私は……メロンソーダで!」


「かしこまりました。針南さんは何にしますか?」


「は、え、じゃあ、えと……オレンジジュース……でお願いします」


 まだ慣れていない相手に私は戸惑いつつ注文した。


「はい、かしこまりました。お好きな席に座ってお待ちください」


 シャルナはそう言うと、カウンターの向こう側の方へと歩いて行った。


「針南ちゃん。シャルナちゃん、見た目はちょっと怖いけど、優しい女の子だったから怖がらなくても大丈夫だよ」


「そ、そうだね……」


 霊音の言う通り、シャルナは優しい女の子だった。


 少しして、シャルナがジュースを運んできた。


「お待たせしました。こちら、メロンソーダとオレンジジュースになります」


「ありがとう!」


「ありがとうございます」


 私と霊音がジュースを受け取るとシャルナから話しかけてきた。


「飲みながらでいいのでお話し、良いですか?」


「は……はい」


「改めて私の自己紹介をさせて下さい。私は"歯眼族(しがんぞく)"の生き残り、シャルナ・レドラスと申します」


「生き残り?」


「はい。歯眼族は名前の通り、目から歯が生えている種族です。その奇妙で不気味な姿に、一般の方々は私達の事を化け物扱いして、(ほとん)どの歯眼族は殺されてしまいました」


 シャルナの過酷な過去を知った。先程まで怖がっていた事に罪悪感を感じた。


「その……怖がって、ごめんなさい」


「いえいえ、私も嬉しいんです。こうして普通の人とお話ができる日が来るなんて……」


 普通の人。普通の人が行けない世界に行くことができる私は普通の人ではない。普通に暮らす人の生活がどのような物か、想像できなかった。


「以前は人から逃げるような生活をしてきました。市街地も行かずに、できるだけ自然界を彷徨(さまよ)い続けました。そしてある日、人気の無い廃駅で雨を(しの)いでいた時に、この電車がやってきたんです。この影闇電車のオーナーさんに、弐号車で働くことを勧められたんです」


「オーナー?」


「今、この電車を運転している方です」


 シャルナさんの過去話を聞いた。こんな辛い経験をしてきたのに、失礼な態度を取ってしまった。


「シャルナさん、私最初とても怖かったです。でも、シャルナさんのお話を聞いて、もっと仲良くなりたいなって……」


「えっと……それは、どういう」


 私は霊音を一瞥した。霊音は縦に頷いた。


「私達、シャルナさんと友達になりたいです!」


「……!」


 シャルナは驚きの表情を浮かべる。すると、シャルナの目から涙が零れた。


「良いんですか? こんな私でも、友達に……?」


「はい、友達です!」


「友達……!」


 すると窓の外が突然明るくなった。まるで暗闇のトンネルから抜けた様に。窓の外は黄昏(たそがれ)時の広大な草原が広がっていた、


『ただいま途中駅が現れました。急遽(きゅうきょ)、途中駅に停車します。呪越駅はその後に停車致します。次の駅は正門(せいもん)駅。正門駅。お出口は弍号車の非常口からとなっております。お忘れ物の無い様ご注意ください』


「え、非常口?」


「針南ちゃん、私達ここで降りた方が良いのかも!」


 霊音が指差した先に非常口があった。周りが木造でできている所為か、鉄の扉は少し異色を放っていた。


「まだ話したい事は沢山あるんですが、寂しくなりますね…… あ、そうだ! せっかくなのでこれを持っていってください」


 シャルナは木から二つの藁人形を外し、それらを持ってきた。頭部に貼り付けられていた紙には、それぞれ『メロンソーダ』、『オレンジジュース』と書いてあった。


「私達が出会った印に!」


「わぁ! ありがとうございます!」


 電車がゆっくりと停車した。窓から外を覗くと、黄昏時の草原に囲まれた駅に到着していた。


『ドアが開きます。ご注意ください』


 非常口がゆっくりと開いた。開いた扉の向こうから心地良い風が入ってきた。


 電車から降りようとしたら、貫通扉が開き、そこから一人の男性がやってきた。緑色の制服に黒い髪の男性。この電車を運転していた人だった。


「どうも、今日はこの影闇鉄道をご利用頂きありがとうございます。もしよろしければ記念撮影を取る事ができますが、一枚撮りましょうか?」


 一緒に写真を撮ることで、シャルナと一緒にいた証になる。答えは一つしかなかった。


「はい、お願いします」


「了解しました。それでは撮らせて頂きます。では、カメラの前に並んでください」


 私と霊音、そしてシャルナがこの二号車の大きな木の前に並ぶ。


「それではいきますよ。3、2、1……」


「やー!」


「わ!」


 突然、霊音が大きな声と共に、私の方へ飛び込んできた。


 カシャ!


 その瞬間、カメラのシャッター音が聞こえた。


「霊音ちゃん!? オーナーさん、すいません。写真、大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。三人とも、しっかり映ってますよ」


 撮られた写真を三人で見る。そこには楽しそうな表情で私に飛び込む霊音、霊音に驚いている私、そしてその二人を見て笑っているシャルナが映っていた。


「ありがとうございます。オーナーさん!」


「いえいえ、これもサービスの一環ですので。後日、お送り致しますので、それまで(しばら)くお待ちください」


「針南さん。霊音さん。私の友達になってくれて、ありがとうございます! 帰り道、どうか無事で!」


「うん! それじゃあ、またね!」


 私と霊音はシャルナとオーナーに礼を言って降車した。


***


「俺らも、そろそろ出発しよう」


「はい! オーナーさん……いえ、トグロさん!」


「シャルナ、友達ができて良かったな」


「……はい!」


『ドアが閉まります。ご注意ください』


***


 私達が電車から降りるとドアが閉まり、電車がゆっくりと動き出した。シャルナが窓越しに手を振っていたので私達は手を振り返した。友達が乗った電車が去っていくのを見ていると、なんだか寂しい感じになるのはなぜだろうか。私はしんみりとしていた。


「ねぇ、針南ちゃん! あれ!」


 霊音が袖を振っている。その先にあったのはエレベーターだった。


 そのエレベーターはギルドステーションにあったエレベーターと形状が似ている気がする。しかし、その鉄の扉は錆び付いてて、エレベーター自体が動くかどうかも分からない。私は扉を開けるボタンを押した。すると、(きし)む音と共にドアが開いた。


「開いた!」


 エレベーターの中に入ったが、何処に行くかも分からないエレベーターに乗って大丈夫だろうか。


「どこの階に行けばいいんだろう。十二階まであるっぽいけど……」


 霊音がボタンの前で悩んでいた。


 私はこの世界に来た時の事を思い出し、ポケットの中を探った。そこから一枚のメモ用紙を取り出した。


「もしかして……」


「針南ちゃん?」


 この世界に行く時の方法と同じやり方でエレベーターを操作すれば、元の世界に帰ることができるのではないか。そう思い、メモ用紙の手順通りにボタンを押していく。五階に到着して、扉が開いた。すると、女の子の影の様なものがエレベーターの中に入って来た。


「ひっ……!」


 霊音は少し恐怖した。


「話しかけちゃ駄目……」


 私は霊音に影に話しかけてはいけないことを伝えた。


 そして私は一のボタンを押す。するとガタガタと音が鳴り出し、エレベーターが激しく揺れだす。このエレベーターはギルドステーションのエレベーターと同様に壁伝いに手摺が付いていた。


「霊音ちゃん! これに掴まって!」


「え? う、うん!」


 私と霊音は手摺を強く掴む。エレベーターが急上昇する感覚。二回目でもやはり慣れない。私は恐怖心を押し殺して、叫ばないように我慢した。


『こ……先急停止……ります。……摺にしっかり……ください。繰り返します。こ……先急停止……ります。手摺……っかり…………てください』


 ノイズ混じりのアナウンスと共にエレベーターが急停止した。私の足はふわりと浮くが、今度は綺麗に着地する事ができた。


「あれ……霊音ちゃん?」


 私は霊音の方を見た。そういえば、先程から宙も舞っていなければ、動いてすらいないような。


「私、幽霊だから、そもそも掴む心配もいらないんだよね……」


「え……」


 この時、私は幽霊になりたいと思った。


「そんなことより、扉を開けよう!」


「う、うん! そうだね」


 私は扉を開けるボタンを押した。ドアがゆっくりと開いた。そこには蒼渡、木霊、御霊の三人の姿があった。良かった、無事に帰ってくることができたんだ。私と霊音はエレベーターから出ようとした。


 しかし、この時私と霊音は背後にいた影のことをすっかり忘れていた。

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