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第十七録 「No.26 狡猾なハイドアンドシーク」

『イレギュラー、移動』


 画面上に表示されていた赤色の丸い点が一瞬にして移動する。各区域を点々と移動するそれは、明らかに異常な存在だった。


「転送技術を利用して移動している? ありえん、私の技術よりも優れている? ……まぁいい」


 ***は強化窓ガラスの向こうに設置されている大型の機械を一瞥した。


「引き続き、イレギュラーをこちらに誘導しろ。どんな手を使ってでもだ」


『イレギュラー、誘導』


 ***は再び画面に映る丸い点を見た。


「その技術、調べさせてもらうぞ」


***


 七珠針南(ななたまはりな)は緑豊かな自然に囲まれた世界で困惑していた。


 記憶を整理をしていく。赤色の回転灯がある世界を歩いていた時、突然強い風が吹いた。その時、近くにあった回転灯のランプが落下した。それが気になって見に行った。


 地面に落下したランプを手に取った瞬間、周囲の回転灯の光が消えた。それに対して見えない恐怖を感じ、その場から離れようとした。瞬間、消灯していた周囲の回転灯が一斉に光を照射した。その光は全て私に向けられていた。その光によって、この緑豊かな世界に転移した。


「そうだ。あの時に持ってた、あれは……」


 私はランプを持ったまま、この世界に転移した。だとすれば、そのランプもこの世界に転移している筈だ。赤色のランプは緑豊かなこの世界では目立つ。見つけるのは簡単だと思った。しかし、周囲のあちこちを探してもそのランプは見つからなかった。


 私は転移された時の情景を思い返した。無機質な回転灯が一変して、恰も自我が芽生えたかのように、光を照射してきた。なぜあのような事が起きたのか。


 その答えは直ぐに浮かび上がった。私は両手を見つめた。否、私が見ているものは自分の両手ではない。先程までその両手で持っていたランプを思い返していた。そのランプに触れた事で、周囲の回転灯に異変が起きた。もしかして、他の世界でも何かに触れることで、あのような異変が起きるのではないか。


「うーん……」


 証拠の無い考えに唸り声をあげて、植物の世界を歩く。


 地上では数え切れない程の植物が繁茂している。真っ暗な世界で出会った男性から聞いた話だと、ここは電性動植物公園と呼ばれている場所らしい。木に()る実からは柔らかい光を放っていたり、空中で蜻蛉の様な生物が目から光を発しながら飛翔していたりと、自ら発光することができる動植物が至る所に生息している。ここを管理していた人はもういないらしい。人の手が付かなくなった今、完全なる自然の姿がこの空間にはあった。


 私は植物を一つ一つ見ていく。光を放つ実は生まれて初めて見たので、眺めていて楽しい。実の大きさも様々で、光の強さも異なっていた。


 そうして植物観察をしていた時、一本の木に目が留まった。


「あの木……」


 その木も他の木と同様に光る実をつけていた。しかし、その木は他の木とは雰囲気が違った。枯れ色の葉、萎れた枝、そして今にも光が消えてしまいそうな実。その木の上に別の木が覆い被さり、光を阻害していた。


 なんだかその木が可哀想に思った。光を僅かに明滅させている実が、まだ生きていると伝えている様にも見えた。助けたいという気持ちはあったが、私は余りにも無力で、どうすることもできなかった。それでも近くにいてあげたいという気持ちが現れてしまい、その木に歩み寄る。


「……ぁ」


 その木に近付いた瞬間、目の前で明滅していた光の実が落ちた。草叢の上に落ちた実が再び光を放つことは無かった。


 私はその小さな実を拾い上げようと手を伸ばした所で動きを止めた。もしこの実を拾ったら、赤色の回転灯の世界と同様な異変が起こるのではないかと思った。少し考えた結果、異変が起きる前提でその実を拾う事にした。私は実が落ちている草叢の前でしゃがむ。その実を優しく、ゆっくりと(てのひら)の上に乗せた。掌から伝わる小さな温もりを感じながら立ち上がり、周囲を見渡した。異変は起きるだろうか。


「……」


 植物や飛翔する蜻蛉を見ても、特に変化は起きていない。


 少し残念に思った。私は木陰だった場所から出ると、振り返って先程の木を見た。どの実も光を発する事の無い、完全に枯れ果てた木がそこにあった。


 私は再び公園内を歩く。歩いている時も、異変が来るのではないかと身構えていたが、変化は見られない。


「あれ……」


 ふと空を見た時、違和感を感じた。


 空から地に向かって何本も差し込んでいた緑色の光線が、どこにも見当たらない。


 なんだか、空が少し眩しかった。


 そう思った瞬間、私は反射的に目を瞑った。


***


「……あれ。ここは」


 目を開けると、そこには青色の世界が広がっていた。公園内で何が起きたのだろう。あの空の眩しさの正体は光だったのだろうか。それがきっかけで青色の世界に転移したのだろうか。


 私は手の中の温もりが無くなっている事に気付いた。先程まで持っていた小さな実が無くなっていた。どのポケットを探っても無い。辺りを探しても無い。赤色のランプ部分と同様に、小さな実もまた、どこかへと消えてしまった。


 私は混乱しつつも青色の世界の探索を始めた。


 青色の世界を探索していくと、ある物が目に入った。それは壁に書かれていた文字だった。


『←この先、ふれあいコーナー』


 そう書かれていた。矢印の先には別の部屋へと続く通路があった。私はその矢印に従ってふれあいコーナーという場所に行くことにした。


 壁や吊り看板に書かれている矢印を辿っていく。その道中、幾つかの水槽を横切ったが、どの水槽も生物の姿は無かった。そうして進んでいくと、ふれあいコーナーと称される部屋へと辿り着いた。


 部屋の中心部には腰の高さまでしかない横長の水槽があった。その水槽は上面が開いており、上から手を入れることができる。水槽内を見ると、手の平よりも小さい海月が沢山いた。


「ふれあいって、触っていいってことなのかな……」


 水槽のガラス面には、水槽内の海月を自由に触って良いという内容が書かれた用紙が貼られていたが、本当に良いのだろうかと悩む。人がいれば聞いていたが、周りを見ても話せる存在はいなかった。私はしゃがみ、水槽に手を入れてふれあうかどうか悩みながら、水槽の中に入る海月を眺めていた。


「あれ……」


 水槽の中で漂う海月を眺めていると、ある事に気付いた。一匹だけ光を放っていない海月がいた。その海月は脚が少ししか動いておらず、弱っている状態だと目で見て分かった。


 私はそれを見た瞬間、以前この世界で見たものを思い出した。


元気(げんき)()海月(クラゲ)()つけたら…… (ひかり)(よわ)い、(また)発光(はっこう)していない海月(クラゲ)()つけたら、お(ちか)くの係員(かかりいん)にお()らせ(くだ)さい』


 壁に貼られていた黒い紙の内容だ。しかし、近くに係員はいないため、弱っている海月がいることを知らせることができなかった。私はなんとかしようと思い、部屋の中を散策した。


「あ……」


 すると、壁に何かがあった。それはどこかに繋がりそうな小さな投入口だった。その投入口の上には説明が書かれていた。


(よわ)っている海月(クラゲ)()つけたけど、(ちか)くに係員(かかりいん)がいなかった場合(ばあい)水槽(すいそう)から(よわ)っている海月(クラゲ)()()し、その海月(クラゲ)をここに()れて(くだ)さい』


 この投入口に入れれば、あの海月は助かるのだろうか。そう思った私は水槽へと向かった。


 右手の袖を捲り、水槽に手を入れようとするが、緊張して指先が水面に触れる寸前で止まってしまう。


 私は深呼吸をすると、意を決して右手を水槽の中に入れた。


「……!」


 その時、海月達が素早く動き出した。海月達は私が水槽内に入れた右手のすぐ近くまでやってきた。瞬間、海月達は頭部を光らせて、細い光線を私に向かって何本も照射してきた。私はその一瞬の事に対応できず、数本の光線が目に当たった。右手を水槽から出し、両手で目を押さえる。濡れていた右手が、顔を少し濡らした。目がジンジンとしていて、少し痛みを感じた。


 再び目を開けた時には、世界が変貌していた。


***


 両目から痛みを感じる。私はその痛みに堪えながら、機械達のいる世界で潜伏していた。とは言っても、この世界では至る所に機械が巡回している。見つかるのは時間の問題であり、一度でも見つかってしまえば、直ぐに真っ暗な世界に転移してしまうだろう。


 この世界を探索するのは不可能だと考えた。なので、私はこの世界にいる間はできるだけ目を休ませることにした。


 そうして壁の影でじっとしていると、機械が一体やってくる。機械は私に気付くと、けたたましい警報音と共にやってくる。私は光を見ないように両腕で目を覆った。


***


 目を開けると、真っ暗な世界にやってきた。あの男性がいる公園。遠方には灯台が相変わらず一筋の光を放っていた。


 私は足元に注意しながら歩く。あの男性はもう帰ってしまったのだろうか。人の気配がどこにも無かった。


「……」


 私は再び赤い世界に戻るべきだろうと考えた。赤い世界や緑の世界で起きた異変がずっと気がかりになっていた。


 私は灯台の光が通過する場所まで移動する。ゆっくりと光がやってくる。私は目を痛めないように、両腕で目を塞いだ。


***


 赤色の回転灯がある世界に来ただろうと思い、ゆっくりと目を開けた。


「……え?」


 私は目を疑った。視界に映った光景が思っていたものとは違ったからだ。


 私は青い世界にいた。


 混乱して周囲を見回す。見間違いでは無い。確かに青い世界だった。


 どうして青い世界に来たんだろうと考えようとしたが、目の痛みが思考を阻害した。やがて、疑問も理由も考えたくないと、思考を放棄した。精神的にも辛い状態になっていた。


 私は何も考えずに歩いていく。すると、目の前から『ふれあいコーナー』の文字が書かれた壁が現れる。私はふれあいコーナーで起きた出来事を思い返す。あの海月はどうなったんだろう。そう思っていた時には、既にふれあいコーナーへと向かっていた。


 再びふれあいコーナーへとやってきた。最初に来た時と変わりない。


 私は壁にある海月投入口の場所を確認すると、水槽の目の前まで移動する。水槽の中を確認すると、弱っているクラゲの姿があった。私はその海月を一瞬で掴み取ろうと考えた。


 私は再び右手の袖を捲り、弱っている海月に向かって思いっきり手を伸ばした。力強く入水した右手は、水面に波紋を広げていく。私は弱っている海月に触れた。それを掴むと同時に、目に光を入れないように、両目を瞑った。そのまま右手を水槽から引き出した。右手には何かを掴んでいる感覚があった。私は目を瞑ったまま、事前に確認した投入口の方へと歩いた。左手を前に出して歩いて行くと壁に触れる。その壁を伝っていき、投入口がある所で立ち止まり、ゆっくりと目を開けた。


「え」


 私は目を開けた先の光景を受け入れたくなかった。それもその筈、目を開けた先には投入口は無い。目の前にいたのは、浮遊する機械だった。


 私は右手を確認した。すると、掴んでいた筈の海月の姿がどこにも無かった。


 私は直ぐに察した。ランプや実に触れた時と同じ事が起きた。異変が起きたんだとすぐに理解した。


 けたたましい警報音が目の前で鳴り響く。私は警報音に怯えるように数歩下がってへたり込んだ。その機械はすぐさま私に光を照らした。


***


 私はへたり込む体勢のまま暗い世界にやってきた。余りにも理解できない事が立て続けに起きている。今まで起きた事を振り返ろうとしても、目の疲労や痛みがそれを阻害する。


 私が呆然としていると、灯台の光がゆっくりとこちらにやって来た。私がへたり込んでいる所は、灯台の光が通過する場所だ。ここにいたら再び光に当たってしまう。私はその光から逃れようとした。しかし、足が竦み、全身に力が入らなくなっていた。


「嫌……」


 拒絶するも、光は止まらない。私はその光を浴びた。


***


 目を開けると青色の世界では無く、機械達が巡回する世界にいた。


 間も無く、警報音が響き渡る。


「いや……」


 私はもう限界だった。


 機械は躊躇なく光を照らした。


***


 暗い世界に着いた途端、私はふらつく足で灯台の光から逃げるように歩いた。もう光を浴びたくない。見たくないという光に対する強い拒絶。灯台の光が見えない所まで移動すると、再びへたり込んだ。


「ぃゃ……」


 掠れるほどの小さな声で呟いた。


 私は元の世界に帰ることができるのだろうか。もし帰ることができたとしても、光に当たったら、またどこかへ転移してしまうのではないか。光に対する過剰な恐怖が心の中に植え付けられていた。


 目の痛みが光へと連想させる。どこへ行っても離れない恐怖心は私の精神を徐々に蝕んでいった。


「…… 」


 目を閉じると、段々と意識が遠くなっていく。光に対する恐怖心。それを最後に意識は途絶えた。


***


「…… 」


 ここは夢の中だろうか。


 私は暗い夢の中で仰向けになっていた。空は黒色で何も見えない。顔を少し傾けて左右を見ても、やはり黒色。何も無い空間が広がっていたが、正体不明の心地良さを感じた。


 なんて過ごしやすい場所なんだろう。ずっとここにいれば安心できる。


 目を閉じて良い気分に浸っていた時だった。


 カツン!


 すぐ近くに何かが落ちる音がした。私はゆっくりと顔を傾けて音が鳴った方を見た。そこにはある物が落ちていた。


 私は体を横に転がして仰向けだった体勢からうつ伏せの体勢になる。両手と両膝を地に付け、四つん這いの状態のまま、ある物の所へ向かった。


 そこにあったものは、ランタンだった。円筒状のケースの中に紫色の球体が入っている。そのケースを挟むように付いた金属製の管の先には持ち手があった。


 そのランタンを細かく観察すると、管に鉄製の札が付いていた。そこに書いてある文章を見た。


『No.26 狡猾なハイドアンドシーク』


 そう書かれていた。難しい言葉で意味は理解できなかった。


 私はそのランタンに手を伸ばし、持ち手を握った。すると、ケースの中にある球体から、見たことのない紫色の光を放ち始めた。


 私はその光に覆われた。


***


「ぅ、ん……」


 私は目を覚ました。夢の内容が頭の中に焼き付いていた。あのランタンは何だったんだろうと思いながら周囲を見た。


 私は浮遊する機械達が巡回する世界にいた。


 徐々に理解していき、夢に依存していた意識が現実に戻されていく。恐怖心がゆっくりと現れ始めていた。


 しかし、私は右手に何かを持っていることに気付いた。私が持っていたものは、夢で見たランタンだった。そのランタンからは紫色の光を放っていた。


 紫色の光は私の全身を覆っていた。光に当たったら別の世界に転移する筈。しかし、暗い世界に転移する様子は無かった。


 すると、目の前から巡回する機械が一体、こちらにやってきた。私はそのランタンを盾のように持った。機械は警報音を鳴らし、こちらにやってきて、光を放つ。


「……?」


 筈だった。機械は私が見えていないかのように、真隣を通過していった。


 私はランタンを一瞥した。もしかして、このランタンには何か力があるのだろうか。


 ランタンを両手で持ち、機械が沢山巡回している所を見つめた。私はランタンを再度一瞥すると、そこに向かって歩いた。


 普通なら複数体の機械の視界には私の姿が映っているだろう。しかし、機械達は私の存在に気付いていない。


 このランタンは私の姿を見えなくする力を持っている。そう推察した。


 遂にこの世界を探索することができる。私はこの世界を探索しようと足を踏み出した。


「……っと」


 ふらついて倒れそうになったが、なんとか体勢を取り戻した。やはり体は癒えていないようだ。目の痛みは少し和らいだものの、疲労感は依然として残っていた。


 私は気を取り直して、この世界の探索を始めた。


 機械とすれ違いながらの探索はとても緊張する。機械達にぶつからないように、そして持っているランタンを手放さないように、慎重に探索を行った。


 探索をしていると、目先に何かが落ちていた。私は近付いて落ちているものを確認した。それはヒビが入った電球だった。上を見ると、そこには電球が付いていない照明があった。この電球はそこから落ちたものだろう。


 私は右手でランタンを持ちながら、左手でその電球に触れた。


「あっ!」


 電球に触れた瞬間、手に痛みが走る。その電球は光によって熱されていた。その痛みを感じたと同時に、持っていたランタンを手放してしまった。ランタンを落としたことで、紫色の光が消え、無防備となった私の姿が露わになった。


 機械達の視界に私の姿が映る。沢山の機械が警報音を鳴らし、けたたましい音が世界中に鳴り響く。沢山の機械が私に向かって直進して来る。その光景に、呼吸が荒くなる。機械達は私に向かって眩しい光を照射した。私はどうすることもできず、何重にも重なる光に照らされた。私は両腕で目を覆い隠した。真っ暗になった視界の中、突然全身の力が抜けて、そのまま意識が途絶えた。


***


「…… 」


 ゆっくりと目を開けた。前面が床に接触していることから、私はうつ伏せで倒れているようだ。視界はとても暗かった。ここは暗い世界なのだろうか。左手からは火傷による痛みを感じる。私は体を起こそうと手を動かそうとした。


「……あれ?」


 しかし、思うように手が動かなかった。火傷が原因では無い。両手首に何かが触れていた。私は自身の手を見た。


「なに、これ?」


 一枚の厚い金属でできた板に両手を通すための穴が二つ。現在、私の両手は手錠によって完全に固定されていた。同時に、この場所が暗い世界では無いということが分かった。


 私は何とかして体を起こそうと体を動かした。近くにあった壁を利用して、なんとか体を起こす事ができた。


 改めて周囲を見渡した。私は小さな部屋の中にいた。天井付近の壁面には小さな穴がいくつも空いており、そこから入る光によって、なんとか部屋全体を見ることができた。しかし、部屋の中には何も置かれていない。加えて、扉や窓がどこにも無かった。


 私は機械達に包囲されて一斉照射を受けた。その後どうなったのかは分かっていない。機械達が放った光によってこの世界に転移したのだろうか。気付いた時にはこの部屋にいて、自身の両手には手錠が付いていた。


 手錠を眺めていると、前方の壁の向こうから音が聞こえた。その壁から縦線の光が入る。その光の正体は壁の向こうの光だった。壁は扉のように開いていく。そこから浮遊する機械が一体入ってきた。先程の世界にいた機械とは色や形が違う。その機械はゆっくりと私の目の前までやってくると、下面部から一本の細いケーブルのようなものを伸ばしていく。その細いケーブルの先端には四角い物体が付いていた。四角い物体は私の両手に付いている手錠にくっ付いた。手錠と機械はそのケーブルによって繋がった。


 機械は背を向けて部屋を出る。


「……わっ」


 機械が私と距離を取ったことでケーブルが張る。手錠が強い力で引っ張られて、全身が前に倒れた。


 すると、機械は停止して私の方を見た。


「……」


 私は機械と目を合わせていると、機械は早くしろと言わんばかりの勢いでケーブルを引っ張った。手錠が引っ張られ、両腕に痛みが走る。


「痛い! ちょっと、待って!」


 反射的にそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。機械は私が立ち上がる姿を確認すると、再び移動を始めた。


 小さな部屋から出ると、そこは床や天井、壁までもか真っ白な廊下だった。暗い場所から出たこともあり、目が眩む。目の周りでジワジワとした痛みが襲う。繰り返し瞬きをしていくと徐々に慣れていき、白い廊下内でも目を開けることができるようになった。


 廊下を進んでいくと、正面と右方向の二手に別れていた。。機械は右方向に続く廊下へと進んでいく。暫くその廊下を進んでいくと、突き当たりが見えてきた。突き当たりの右手に扉があった。機械がその扉に近付くと、扉は一人でにゆっくりと開いた。私は機械の後にその部屋の中へ入った。


「……ここは」


 部屋の中は思っていたよりも広く、一見して十人以上入ることができそうだ。


 そんな部屋の中心には円形の台座があり、その台座の中心には背の低い銀色の円柱があった。台座を囲むように大きな照明が四つ。その照明の手前には黒くて細い軸の先端に球体がついている謎の物体があった。そして、その台座からは太いケーブルが沢山伸びていて、そのケーブルは壁に繋がっていた。


 他に特徴的なものはないかと周囲を見回していると、機械が動き出した。手錠が引っ張られて強制的に移動させられる。私が部屋の中に入った瞬間、扉が閉まった。


 部屋の中に入って数歩歩いた時だった。機械が手錠に繋げていた四角い物体を外した。手錠と接続していたケーブルは吸い込まれるように機械の体の中へと収納された。機械はケーブルを収納すると、部屋の片隅に移動していった。


 機械が私から離れていった直後だった。


「え、なに……うわぁ!」


 手錠が勝手に動き出した。抵抗しようとしたが、手錠は前へ前へと移動していく。私は力負けして、そのまま部屋の中心にある台座に近付いていく。台座の上に乗った瞬間、手錠の力が更に強くなった。


 ガチン!


 金属同士が当たる音が部屋中に響き渡る。私の手錠が台座の中心部にある銀色の円柱にくっ付いた。手錠を引き寄せていたものの正体だろうか。私は力を入れて手錠を円柱から引き剥がそうとしたが、びくともしなかった。この円柱によって移動も制限されてしまった。


 この円柱が思ったより小さく、私の足の付け根あたりまでしか高さが無い。立っている状態だと、腰部に負担が掛かる。私はその場で座り込んだ。立っている時よりもずっと楽だった。


 改めて周囲を見渡した。台座の周りには照明とよくわからない物体がある。恐らく、何かしらの機能を持っているだろう。さっきまで私と一緒にいた機械は壁にくっついたまま動いていない。この部屋は何のために存在しているのだろう。


 私はこれからどうなってしまうんだろう。そう思っていた時、部屋中にノイズが響き渡る。


『漸く連れて来たか』


 ノイズが小さくなると、男性の声が聞こえてきた。


「な、に……?」


『総合電力源回収及び取替本部、白棟(しろとう)へようこそ』


「白棟……」


 その言葉には聞き覚えがあった。白棟は真っ暗な世界にいた男性から聞いた話の中で出た言葉だった。


『まず初めに、君をここへ連れてきた理由を話そうか。長々と話すのは好きじゃないから、できるだけ短めに』


 紙の音が聞こえた。


『私が管轄する電力開発国ゲルナトリンは、至る所に検知機というものがあり、不審物があれば直ぐに私の目と耳に伝達する仕組みになっている。今回検知したのは、離れた距離を一瞬で移動する存在。製造不明の転送装置が用いられているとのこと。そう、つまり君のことだ』


「私が……」


『そんなイレギュラーを誘導するべく、あらゆる手法を用いることにした。時間はかかったが、漸く捕まってくれた』


「どうして、私をここに……」


『決まっているだろう、君が持っていた転送装置を回収するためだよ』


「転送装置ってなんのことですか……?」


『知らないふりをしても無駄だ。これを見ろ』


 男性がそう言うと、視界の左端が少し明るくなった。そこに目を遣ると、壁が透明になっており、その向こうに見覚えのあるものが幾つか置かれていた。


「あれは……」


 ひび割れた赤色のランプ、切れた緑色の豆電球のような実、水槽の中に浮かんでいる小さな海月、中位の大きさの電球、そして、紫色の光を放っていたランタン。一つ一つが台座の上に丁寧に置かれていた。それらは間違いなく、これまでに私が触れてきたものだった。


『これらは全て、君が移動した場所の近辺で見つかったものだ。そして、この中に一つだけ、私が知らないものがある』


 すると、五つの台座のうち四つの台座の照明が消える。残る一つの台座の上に置かれていたものはランタンだった。


『これは一体何なんだ。何処から持ち込んだ代物か、それを君に問いたい。これは何だ?』


「私にも、分かりません…… 夢の中で見つけて、目が覚めた時には手に持ってて……」


『……』


 一瞬静寂が訪れたが、男性の咳払いが聞こえた。


『私はそういう非常識的な話を聞くと頭が痛くなる。あれが君が使っていた転送装置だろう!』


「ち、ちが……」


『ええい! もういい! その転送装置の電力を吸収しろ』


 男性の声に応じるように、台座から沢山伸びているケーブルの内の一つが淡く光り出した。そのケーブルの先にはランタンが置かれた台座があった。ケーブルから光が消えると、足元の台座が光り出した。重低音が聞こえたと思えば、先端に球体のある黒くて細い装置が電流を纏い始めた。


『君が今乗っている装置について軽く説明しようかな。それは私が製造した装置、その名も、廃品再利用式電動転移装置。その名の通り、廃品を再利用して対象者を別の場所へと転送する装置だ』


「転送って……」


 私は乗っている台座を見た。この台座が転送装置だとすれば、私はこれから転送されるのだろうか。


『君は今から私の転送装置の実験台になるんだ。転送先は、そうだな……』


 文字を入力する音が聞こえる。台座から発する光が強くなった。


「待って……!」


 私は台座から離れようと、手錠を銀色の円柱から引き剥がそうとするが、依然手応えは無かった。


 電流が更に強くなる。


『私が望む軽量化された転送装置がもう存在することに嫉妬心を覚える。転送装置の電力を利用した転送実験。さぁ、結果はどうなる! 起動しろ!』


『転送装置、起動』


 機械音声が聞こえた瞬間、台座が微振動を起こす。四つの黒くて細い装置は球体に纏っていた電流を伸ばしていき、一つの円が完成する。私は電流に囲まれた。


『そろそろ転送装置が起動する。つまりはお別れだ。何か言いたいことはあるか?』


「言っても、何も変わらないですよね……」


『ふむ、君は感が鋭く、理解が早いみたいだな。その通り。この転送装置は一回起動したら転送を終えるまで電源を落とすことができない。なので、君が何を言っても、必ず転送は行われる。大人しく転送されるのを待つがいい』


 手錠も離れない。対話も意味がない。私は転送されるのを待つことしかできなかった。


『イレギュラー、転送』


『君が持っていた転送装置は大事に研究するよ。それでは、さようなら』


 機械音声が再び聞こえた瞬間、部屋が少し暗くなった。台座から聞こえていた重低音が少しずつ大きくなっていく。それはまるで、唸り声をあげる猛獣が近付いてくるようだった。


 囲んでいた電流が更に強くなると、四つの照明が目を覚ましたかのように光を作りだす。私はその光を見た瞬間、青色の世界で見た大きな海月を思い出した。とても強い光がやってくる。無意識にそう感じた。


 私は両目を強く瞑った。


挿絵(By みてみん)


 暗闇の中響き渡る台座の重低音、電流が走る音、そして光が生み出される音。質の違う音が私の聴覚を刺激する。


 光が生み出される音が変化した。その時、視界に変化が訪れる。目を瞑っている筈なのに、ぼんやりとした何かが奥からやってきた。表現が難しい気持ちの悪い赤のような紫のような色。それは徐々に暗闇だった視界を塗り替えていく。


 それは徐々に明るくなっていく。目を瞑っているのに、眩しさが現れる。


 じわり。


 じわり。


 じわり。


 徐々に視界が白くなっていく。思わず目を開けようとしてしまう。


 目の端から痛みが生じる。その痛みは両目を蝕むように伝わっていく。


 痛い。


 痛い。


 痛い。


「ぁあああああああああああああああああああっ!」


 眼痛が頭痛を呼び覚ます。目が、頭が、割れるような痛み。その痛みに耐え切れずに叫んだ。




 瞬間──。




 白くなっていた世界が、一瞬にして消えた。


 次いで、部屋中に響いていた音もプツリと消えた。その反動か、耳鳴りが頭の中で響き渡る。


 突然変化したことで、痛覚が一瞬消える。どうなったんだろう。私は状況を確認するべく、恐る恐る目を開けた。


「……?」


 しかし、目には何も映らなかった。閉じても、開いても、視界は変わらなかった。


 理解できずに息が荒くなっていく。


 痛覚が戻ってきて、再び痛みが全身を襲う。


 他の感覚はあるものの、視界は何も映らなかった。


 私は歩こうとしたが、足がふらついてしまい、バランスが取れないまま前へと倒れる。


 ガン!


 頭から新しい痛みが加わった。顔に何かが伝う感覚があった。


「……」


 どうなっているかも分からず、意識が途絶えた。




 ──最後に感じたのは、微かに香る花の匂いだった。



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