表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

第十六録 「電光と眩耀の世界」

 トグロ町に夜がやってきた頃。魔法学校の書斎室で書類を纏めていたゼラードの所に雫が飛び込んできた。ゼラードは雫に慌てている理由を訊いた。


「針南さんが幻想世界に?」


「はい。路上に見た事無い看板があったんです。そしたら、急に目の前で針南さんがいなくなって……」


「落ち着いてって言いたいところだけど……」


 ゼラードは焦っていた雫を落ち着かせる。とは言え、雫が心配しているのも同感。幻想世界は何が起きるか分からない場所だ。故に針南の身の危険も十分に考えられる。


「私も担任として放っておく訳にはいかない。だけど、幻想世界が関わる以上、私が針南さんを救い出す事はほぼ不可能だ……」


「私も今までに行った事がある世界にしか行き来できない。針南さんの居場所も分からないから探せない……」


「針南さん次第、か……」


 針南が幻想世界に慣れているとはいえ、心配である事に変わりはない。二人は針南が無事に帰ってくる事を祈るしかなかった。


***


「……っ」


 七珠針南(ななたまはりな)は仰向けの体勢で目を覚ました。


「ここ、は……」


 冷たくて硬い地面に手をつき、ゆっくりと上半身を起こして周囲を見渡した。


挿絵(By みてみん)


 私の背丈よりも高い支柱。その頭頂部には赤色の回転灯が光を放っている。その回転灯は至る所にあり、一つの回転灯から二本の赤色の光が地面に向けて放たれている。回転灯の中には、黄色いテープが支柱に巻かれていて、回転灯同士を繋いでいるものもあった。


 上空を見ると、今いる場所が大きなドームで囲まれている場所である事が判った。そのドームの頂点部分は崩落していて、そこから空が見える。何とも説明し難い空色だった。


「何だろう……このにおい……」


 この世界に来てから、嗅いだ事の無いにおいが漂っている。最初は少し気になっていたが、徐々に鼻が慣れてきたのか、やがてそのにおいも気にならなくなった。


 立ち上がる際に、魔法学校の服に付いていた少量の砂を(はた)き落とした。この時、先程まで肩に掛けていた筈の鞄が無いことに気付いた。幻想世界の何処かにあるか、トグロ町の路上に落ちているか、それとも……。


 色々考えながら、この世界を散策する事にした。


 数十分程歩いても気になるものは少なく、回転灯とそこから伸びる赤い光ばかりが目に映る。ここは何の為の場所なんだろう。


「……わっ」


 回転灯の側を歩いていた時、その光に当たった。私は光の眩しさに目を(つぶ)った。目を瞑っていても、暗闇の中で紫色の(もや)の様な物が蠢いていた。目を瞑ったまま二、三歩後ろに退がり、ここなら光が当たらないだろうと思った場所で私はゆっくりと目を開けた。


挿絵(By みてみん)


「……え?」


 頭の思考が停止した。


「ここ、は……?」


 世界が一変した。目の前に広がっていた世界は、先程まで見ていた世界では無かった。緑豊かな世界が広がっていた。


 今、私は沢山の植物に囲まれていた。私の背丈よりも高い樹木や、腰の高さ程の低木等、多種多様の植物が叢生(そうせい)していた。空からは緑色の光の筋が何本も差し込んでいた。


 空をじっと眺めていると、飛び交う何かを捉えた。細長い体から生える四枚の透明な羽。その姿から、蜻蛉(とんぼ)の類だろうか。正確な体長は判らないが、見た感じ私の(てのひら)と同じ位の大きさだと思う。


 赤色の回転灯がある世界の事も気になっていたが、気持ちを切り替えてこの世界を散策する事にした。


 生い茂る植物と上空を飛行する蜻蛉の風景が変わり無く続く。所々に人工的に作られた掲示板の様な物があったが、崩壊していたり、植物に浸食していたりと、掲示板としての役割を放棄している状態だった。


 植物の世界を歩いていると、一匹の蜻蛉が目の前の木葉に留まった。自分の手とその蜻蛉を見比べた。やはり同じ位の大きさだろう。艶のある緑色の体に透き通る羽、そしてその目は。


「……!」


 電球だった。透明な複眼の中に電球が一つあり、二方向に緑色の光を放っていた。


「……あ」


 蜻蛉が頭部を動かした時、その光が此方に向いた。眩い光で、反射的に目を閉じた。


「……」


 再び暗闇の中で靄が蠢く。靄が消えたのを見て、ゆっくりと目を開けた。


挿絵(By みてみん)


「……また」


 目を開けると、又もや見た事無い世界が広がっていた。この世界は光に照らされると別の世界に飛ばされる仕組みなのだろうか。


 大きな室内で、大きな窓や円形の窓がある。窓の向こうは青色の空間が広がっていた。室内は薄暗く、その窓から漏れる青色の光が室内を照らす。その光は波の様に揺らめいていた。


「もしかして……これが、海?」


 小等学生時代に地理の授業で海について勉強した事がある。内陸育ちの私は教科書に記載されている写真でしか海の姿を見た事が無い。この窓の奥に広がる空間は、そんな海の中なのだろうか。


 一体どういう目的で建てられた施設なんだろう。そんな事を考えながら、私は室内を歩く。

 

 歩く先々にも沢山の窓があり、そこから青い光が差し込んでいる。暗い室内はその光によって幻想的な空間が作られている。


 少し歩いていると、前方から顔を見上げる程の大きな窓が見えてきた。その窓の奥で四つの光が浮かんでいた。私はその光が気になり窓の方へ歩み寄る。ひんやりとした窓に手を付けて、目を凝らしてそれを見た。光の正体がゆっくりと露わになる。


 光の正体は頭部から伸びる四つの光球体(こうきゅうたい)。それらを身に持つ本体は海月の様な姿だった。私の体よりもずっと大きな海月は、見るだけでも恐ろしいと感じさせた。しかし、それでもつい見たいと思ってしまう。部屋の雰囲気がそういう思考にさせる。


 海月がゆっくりと動き出した。本体と光球体を繋ぐ(くだ)が、垂れた状態から真っ直ぐ伸びた状態になり、四つの光球体其々がくっついた状態になる。そして、光球体の光の強さがじわじわと増していく。


「……!!」


 嫌な予感を察知した私は、咄嗟に両手で目を覆った。


 海月がとても強い光を放ったんだろう。目を覆っていても伝わる閃光。真っ暗な視界の中に赤みのある(もや)が、視界を覆う様に現れた。それはゆっくりと薄れていき、視界は再び真っ黒になった。


 私はゆっくりと目を開けた。もう察しは付いていたが、やはり見知らぬ世界が広がっていた。


挿絵(By みてみん)


 暗くて見えない天井から、電球が何本も垂れ下がっている。光源は垂れ下がっている電球だけで、部屋全体としては暗い方だ。白い壁は上にいくにつれて暗闇が広がっていて、白と黒のグラデーションがかかっている様に見えた。


 室内には大小様々な黒い箱の様なものが置いてある。小さいものもあれば、私を隠せる程大きなものもあった。そこまで大きくなると箱と言うより、壁と表現した方が良いだろう。


 そして、何よりも気になったのが、部屋の中を浮遊して移動している箱状の機械達だった。それらは頭頂部に付いている黄色い回転灯を妖しく光らせる。側面には目の様な部分が付いていて、そこから光を発していた。それらはこの室内を巡回している様に見えた。


 私は無意識に屈んだ体勢になる。あれに見つかってはいけないと思った。


 私は近くにあった大きな箱の陰に入って、顔だけ出して機械達の動向を(うかが)う。一体が此方に近付いてきた。あの目から発する光で物を察知するのだろうか。暫く様子を窺っていると、その機械は背を向けて離れていった。


 私はほっと息を吐いて箱の陰に隠れた。私は隣を一瞥した。


「……」


 そこには浮遊している機械がいた。その機械は私をじっと見つめていた。


「あ……」


 機械は頭頂部の回転灯を一層強く光らせて、大きな警報音を鳴らした。すると、目の光り方が変わる。一層強い光を直ぐ様此方に向けてきた。


「……!!」


 思った以上に眩しく、反射的に目を閉じた。


「……」


 あの機械に捕まってしまうのかと思ったが、どうやらそうなる事は無いらしい。目を開けると、そこには機械達の姿は無く、またもや違う世界が広がっていた。


挿絵(By みてみん)


 今まで見た世界とは打って変わり、辺りが真っ暗な世界に来た。時間帯が夜の場所に来たのだろうか。暖風を感じる事から、ここは屋外だろうか。


 周囲を見渡すと、遠くに大きな灯台が一つあり、そこから一筋の光がゆっくりと円を描いている。その光は此方にも届きそうだ。


 周辺には不思議な形をした物体があった。その物体は私よりも大きく、更には足を掛けて上る事もできそうだ。しかし、その全貌は暗くて判らなかった。


 私は足元を気を付けながら歩く。靴越しにザラザラとした感触が伝わる。これは地面だろうか。私は靴の裏面で地面を擦って音を鳴らした。


「……こんな時間に何しとるんじゃ?」


「ひゃあ!?」


 突然、背後から年老いた男性の声が聞こえた。恐る恐る後ろを振り替える。暗くて黒い影にしか見えないが、確かに人の形をした何かがそこにいた。


「お嬢さん、夜道は危険じゃ。早く家に帰った方が良いぞ」


「……で、でも、私、帰り方が分からなくて……」


「……なんじゃと?」


 男性はため息を吐いた。同時に男性の方からカチャンと金属同士がぶつかる音が聞こえてきた。


「……どれどれ、ちょいと顔を見せてくれ」


 男性がそう言うと、私に何かを向けた。


「……!」


 男性は手に持っていたランタンを点けて、私の顔を確かめようとした。私は突然現れた光に目が眩んだ。そして、この流れはまた……。


「おいおい、消えたぞ。……どうなってんだ?」


 男性はランタンの光を頼りに周囲を見回した。


***


「あれ……ここは……」


 真っ暗な世界から転移した場所は、最初に来た赤色の回転灯がある世界だった。私は再び辺りを見渡した。どうやら、再びこの世界に戻って来たみたいだ。


 光に当たると別の世界へ転移する。これまでに五つの世界を見てきた。真っ暗な世界で転移した時、新しい世界に転移するだろうと思いきや、再び赤色の世界へと戻ってきた。この世界内を一周したのだろうか。


 考えた末、私は確かめるべく、再び世界を一周する事にした。かなり危険な行為ではあるが、私はこの世界の転移の仕組みが気になって仕方がなかった。細かい事は余り考えず、私は回転灯の赤い光に飛び込んだ。


 赤色の回転灯をはじめ、各世界の光を見つけてはその光に飛び込んだ。蜻蛉に、海月に、箱状の機械に、ランタンを持った男性は……見つからなかったので、灯台の光に飛び込んだ。この世界では光に当たる事で別の世界へ移動する。光に当たって別の世界へ転移する瞬間はとても不思議な感覚だった。そして、眩しい光が当たると同時に、私の目に負担が掛かるのを感じた。


 真っ暗な世界で転移すると、赤色の回転灯の世界に戻ってきた。


「一回りしてきたけど……私はどうすればいいの……?」


 この世界の仕組みは把握した。それでは、私はこの世界で何をすれば良いのだろうか。何をして元の世界に帰れるのだろう。帰還する方法が解らないのは毎度の事だ。私は帰還方法を考えながら、赤色の回転灯の世界を散策していた。


「……?」


 元の世界に帰る方法について考えていると、足に何かが当たる感触があった。


 足元を見ると、そこには一枚の黒い紙が落ちていた。私はその紙を手に取った。そこには文章とイラストが印刷されていた。文章はこう書かれていた。


『廃灯回収。壊れた回転灯があれば、此方までお願いします。』


 その文章の下に白い電球と、それを囲む電球の光を模った三角形のイラストが描かれていた。


「なんだろう……?」


 私は黒い紙をじっくり見ていた。そこに、回転灯の光が近付いていた。気付いた時には、光が私を覆っていた。


「あ」


 私は黒い紙を両手で持った状態で、植物の世界に転移されてしまった。


 私は深呼吸して、黒い紙を少し見つめた後、四つ折りにして左胸のポケットに入れた。


 何かないかと歩き回る。先程の黒い紙の発見によって、この世界にも何かあるかもしれないという希望が湧いた。そうして歩き回って大体数十分が経過した頃だった。最初、茂みに隠れていて分かり辛かったが、そこには人工的に作られた木材の一部が見えた。


 気になった私は、その木材を囲む茂みを搔き分けた。そこには植物に浸食されている掲示板があった。先程見えた木材の一部というのは、掲示板の外縁部分だった。


「これって……!」


 その掲示板には一枚の張り紙が貼られていた。それは、私が赤色の回転灯の世界で見つけた黒い紙とよく似ていた。


 私は胸ポケットから先程拾った黒い紙を取り出し、掲示板に貼られている黒い紙と見比べてみた。


「あれ? 文章が違う……?」


 私は持っていた黒い紙をポケットの中に戻し、掲示板に貼られている黒い紙に書かれていた文章を黙読した。


『植物公園の豆電球の実について。豆電球が破損しているのを発見した場合、又は異常があった場合、回収して以下の施設に持ってきてください。』


 その文章の下には同じく白い電球と、電球の光を模った三角形のイラストが描かれていた。


「もしかして……他の世界にも似たような紙があるのかな……?」


 一つの疑問が頭に浮かんだ。


 私は掲示板に貼られていた紙を剥がそうとしたが、触れただけでその部分がボロボロと崩れてしまった。長い年月が経ち、紙が劣化していたのだろうか。この紙は取る事ができないと見て、剥がすのをやめた。


 私は他の世界にも黒い紙があるかどうかを確かめる事にした。自ら光に当たりに行き、次の世界へと移動した。


 青色の世界へとやって来た私は、早速施設内を歩き回る。


「これだけ広いのに……誰もいないなんて……」


 この施設の壁は角張っていたり、湾曲していたりしている部分があり、油断すると直ぐに迷ってしまう。施設内はとても広く、私がいる部屋だけでも沢山の人々が入る事ができるだろう。なのに、私一人しかいない。足音も私の靴だけしか聞こえず、他の音といえば空調設備が動いている音だろうか。


 私は窓から見える生物を一瞥した。その生物達は体をじわじわと発光させながら、青い世界の中を漂っていた。


 そんな閑散とした施設内を歩いていると、見た事のある紙が壁に貼られている事に気付いた。


「あった……」


 間違いない。黒い紙だ。


『元気の無い海月を見つけたら……。光が弱い、又は発光していない海月を見つけたら、お近くの係員にお知らせ下さい。』


 赤い世界では壊れた赤色灯。緑の世界では豆電球の破損、又は異常。そして、青い世界では光が弱い、又は発光していない海月。どの紙も欠陥品についての対応を呼び掛けているような内容だった。残り二つの世界も似たような黒い紙があるのだろうか。


 この青い世界から次の世界へと転移するには、窓の外で漂っている海月の光に当たる必要がある。私は大きな海月がいる場所に行く。一面青色の空間が広がっている。そこには、大きな海月が悠々と漂っていた。海月が私の事を見つけたのだろう。ゆっくりと此方にやって来る。窓越しとはいえ、迫り来る巨体に後退る。海月が管を動かして、じわじわと発光していく。この光を浴びれば転移する事ができるだろう。


 私は両腕で目を覆い、身構えた。この光を浴びるのはこれで三回目だが、恐らくこの世界で最も眩しい光を発しているだろう。


「……」


 気温が少し変化したのを感じ、ゆっくりと目を開ける。目の前に私よりもずっと大きい箱状の物体があった。背後は壁。私は物体と壁の間にいた。


 物体の角から顔を出して、その先の風景を見る。暗い天井から幾つもの電球が垂れ下がっている。床には大小様々の箱状の物体が至る所に散りばめられている。そして相変わらず箱状の機械達が浮遊していた。


 今の所、浮遊する機械に見つかっていない。しかし、見つかるのは時間の問題だろう。


 私は箱の陰から黒い紙がないか、隈なく探す。床や壁を見ても、黒い紙らしきものは見つからない。


 すると、そこへ機械が一体、こちら側を向いた。私はまずいと思い物体の陰に隠れた。遠くから警報音が聴こえる。見つかってしまった。警報音はどんどん此方に近付いていく。


 この機械に見つかったら逃げる事は不可能だと思った。物凄い速さで駆けつけた機械は抵抗する余裕も与えずに光を照らした。


***


「うーん……」


 私は真っ暗な世界で一人唸っていた。浮遊する機械がいる世界で長居する事ができず、直ぐにあの機械達に見つかってしまう。故にあの世界の情報が未だに分からないままだ。黒い紙の有無も分かっていない。


「はぁ〜……」


 私は深い溜め息を吐いた。


「その声……やっと見つけたわ……」


「……ぁ、貴方は……」


 年老いた男性に見つかった。カチャンとランタンの音がして、私は少し焦るも、光が点く事は無かった。


「お嬢さんを探してたら、ランタンの電球……切れちまった。電球を取りに行かないといかんなぁ……」


 男性はランタンをカランカランと鳴らしていた。


「あの……いきなりでごめんなさい。訊きたい事が沢山あって……」


「ふむ……近くにベンチがある。話を聞こう」


 私は男性と共にベンチのある所まで移動する。手探りで形を把握してからベンチに座った。私は自身がこの世界の人では無いという事と、今までに行った世界の事を話した。


 一通り話をすると、男性は唸り声を上げた。


「お嬢さんがこの世界の人じゃないという所は……あまり考えないでおこう。お嬢さんが行ってきたと言う……その場所、全部じゃないが、知ってる所はあった。そこを話すとしよう」


 男性は咳払いを一つすると、私がこれまでに行った世界についてできる限り話し始めた。


「先ずは……お嬢さんが一番最初に来たっていう……赤い光、ドーム状の建物……。情弱な俺でも知る程の有名な場所じゃな。一時期世間でも話題になってたしな。……その地域は元々ど田舎だったんじゃ。じゃが、お偉い所が発案した大都市開発計画だの何だので、その地域に居た者を追っ払って、その地域を丸ごと封鎖したんじゃ。その地域にはでけぇ建物が沢山建つ予定だったんじゃ。……じゃが、いざ開発計画を進めようとしたら、事前に設置していた赤いランプの光の成分と、その地域の地中にあった特有の成分が混ざって、危ねぇガスが出たとか。そのガスの所為で開発計画は見事失敗に終わって、危険区域となったそのドーム内は封鎖。誰も入れない地域になったそうじゃ」


「……え、でも……私、そのドームの中に……」


「大分昔の事件じゃったからな……それに、ドームが崩れてたんじゃろ?多分、それがあって、危ねぇガスも薄くなっちまったのかもなぁ。お嬢さん、運が良かったな」


 私は赤色の回転灯の世界を想起する。あの時に感じた異臭は、男性が言う危険なガスの残り香だったのだろうか。私は息を呑んだ。


「……お嬢さんが言っていた場所、あとは……植物が沢山生えてる所か。あそこは俺も言った事がある」


「そうなんですか……?」


「あぁ、俺が知る限り、そこは電性動植物園じゃな。電性動物とか電性植物とかが自由に生活している場所じゃ。じゃが、自由すぎて所々獣道みたいになっている。管理者も途中で管理しきれずに放棄して今はいねぇし、あそこは何処よりも自然が豊かな所じゃろうな」


「危険な所では……無いんですね……」


「……まぁ、見た事ねぇ植物とかがあったりするが、分からんものは触らなければ大丈夫じゃろう」


 男性は再び唸った。


「……俺から伝えられる情報はここまでじゃな、他の場所は俺にもわかんねぇ。海月だの浮いてる機械だのは聞いた事がねぇ」


「……あ、そう言えば、ここってどういう場所なんですか?光も全然無くて……」


「んぁ?……ここは公園じゃ。名所でも何でも無い、ただの公園じゃ。見ての通り真っ暗じゃ。これも、お偉い所の方針だそうじゃ。それで、ここら辺の地域は街灯が無いわけじゃ。じゃが……あまりにも真っ暗じゃから、夜勤を終えた人が夜道を迷う事があるんじゃ。俺は公園周辺だけだが、迷ってる人がいないか見回ってるんじゃ」


「……そうだったんですね」


「ま、お前さんは例外じゃがな。別の世界から来た人じゃと。俄には信じれんが、世界というもんは奇妙なものじゃ。半信半疑ということにしておこう」


「あ、ありがとうございます……あ、そうだ……!」


「……どうかしたか?」


「もう一つ気になるものがあって……」


 私は胸ポケットに手を当てた。そこから黒い紙を取り出そうとしたが、取り出したところで暗くて見えないだろうと思ったので、口頭で説明する事にした。


「あの、色んな所で黒い紙を見かけたんです。広告みたいな……」


「黒い紙……? ぁあー……それ、他に何か特徴あったか?」


「確か……白い電球のような絵がありました」


「ぁあ、それか。それは白棟(しろとう)のやつじゃな」


「白、棟……?」


 初めて聞く言葉に首を傾げる。


「あぁ、白棟はこの国の真ん中にある施設で、俺がずっと言ってるお偉い所というのはそこの事だ。国中の欠陥品を集める所じゃ。新品と交換してくれる場所ってわけよ。まぁ、欠陥品が無い限り、行く所じゃ無いがな」


「そ、そうなんですか……」


 何はともあれ、黒い紙について知る事ができた。だが、知った所でどうやって元の世界に戻る事ができるだろう。男性に聞いた所で答えは無いだろう。


 今まで幻想世界に行った時も、何かしらのスイッチの様な物事がある場合と、完全に気紛れな場合のどちらかで元の世界に帰還している。幻想世界は相変わらず謎めいた場所だ。そんな謎多き場所に身を任せている私も、少し変だと思った。


 これからどうしようと考えた末。


「あの、私、また色々な世界を見てきます」


「さっき言ってた……転移、ってやつか」


「……はい」


 私は座っていたベンチから立ち上がり、遠くに見える灯台を見た。様子を変えず、悠々と光を放っている。


「俺は、もう少し経ったら家に帰るが……お嬢さんはどうするつもりじゃ……?」


「私は、元の世界に帰る方法を探します」


「……よく分からんが、まぁ、無理はするもんじゃないぞ」


「……はい、大丈夫です」


 そう返答した時、灯台の光が私の全身を照らした。世界が眩み、光に包まれた。


***


「……これが、転移か。改めて見ると……不思議なもんじゃ」


 少女が灯台の光に包まれると同時に姿を消した。その光景は男性からすればあり得ない光景だった。男性は興味深そうに灯台の光を目で追いかけていた。


***


 目を開けると、そこは赤色の回転灯が至る所にある世界だった。


 微かににおう空気。このにおいの正体が、男性が言っていた危ないガスなのだろう。ガスの濃度が下がったとはいえ、無意識に息を止めてしまう。息を吸う時間よりも、吐いている時間のほうが長い。ガスを体内に取り込みたく無いという反抗意思なのだろうか。


 変な呼吸法をしながら、この赤色の回転灯の世界に何かないかと探し回る。


「……!」


 突然、前方から突風が吹き始めた。私は髪を手で押さえた。やがて突風は治まり、再び静けさが戻ってきた。


 カツン!


「……?」


 静けさが戻ってきたと思えば、近くで硬い何かが落ちる音が聞こえた。私は音がした方を見た。そこには、石では無い別の物が地面の上に落ちていた。


「あれは……」


 そこにあったのは、光を発していない赤色の回転灯のランプ部分だった。先程の突風で支柱から落下したのだろうか。私はその回転灯の側まで近付き、回転灯の表面を見る。回転灯の表面には、先程の落下によるヒビが入っていた。私はそれを手に取り、詳しく調べた。ほんのりと暖かい感触が伝わる。私の両手では収まらない程の大きさの回転灯だ。


「……?」


 回転灯を手に持った状態で立ち上がると、周囲に違和感を覚えた。


 先程まで円を描く様に光を発していた回転灯が光を発したまま動きを止めていた。周囲の回転灯全てが同じ状態になっていた。


 私が移動しようと一歩踏み出そうとした。すると全ての回転灯が消灯していく。


「……ぇ?」


 初めて見る現象で何だか怖くなり、その場で硬直してしまう。


「……!?」


 程無くして回転灯は光を発する。しかし、その光が照らしたのは地面では無かった。


 それらは全て、私に向けて放っていた。突然視界が赤い光に満たされる。


 それは、この世界で初めて起きた異変だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ