第十五録 「転入生」
窓から暖かい光が差し込んでくる。部屋の空気もほんのりと暖かく、過ごすのに最適な温度だろう。
今朝行った幻想世界は生きている実感が無かった。幻想世界の雰囲気と対比して、自分の世界の温もりをより一層強く感じた。
無事に幻想世界から帰還した後、七珠針南はシェグから貰った機械を触っていた。起動を試みるも機械は動くことは無かった。私は機械を目覚まし時計の隣に置いて、体を伸ばしてからベッドを出た。同時に部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。入ってきた人物は楽しそうな表情を浮かべていた。
「針南さん、おはよう〜」
「おはよう……。雫ちゃん、その格好って……」
雫は私が通うレフォイア魔法学校の制服を着ていた。雫は右手を前に出して、今にも魔法が発動しそうなポーズをとりながら言葉を放った。
「今日から私は魔法学校の生徒だよ!」
「……ぇ、ぇえ!?」
私はその突然の報告に先程まで寝惚けていたのが嘘だったかの様に驚いた。
「魔法学校って……」
「レフォイア魔法学校。針南さんの通う学校だよ!」
過去一番の衝撃的な朝だった。
***
トグロ町の中心部にギルドステーションが建っている。それを囲む様に様々なお店や施設が並んでいる。更にその回りを住宅と裏店が囲む。裏店とは、一層目に収まらなかった店や、何やら変な噂が飛び交うお店の事を指す。
お店が並んでいる区域を一層目。住宅や裏店は二層目から四層目。四層目の外回りは対照的に位置している小山と広大な草原が広がっている。因みに、トグロ町の住民は住所の中に層数を記入する。私が住む魔法研究所は三層目にある。
私は徒歩でレフォイア魔法学校へ行くが、そんなレフォイア魔法学校は四層目よりも外にある。二つある小山の中の一つがレフォイア魔法学校の敷地だ。
レフォイア魔法学園では魔法学を中心とした科目を学ぶ事ができる。在籍している生徒は女性が多い。
因みに、もう一つの小山にはフォルトネア剣術学校がある。剣を中心とした武器の術を学ぶ事ができる。在籍する生徒は男性が多い。
***
私と雫は魔法研究所を出て魔法学校へと向かう。
「びっくりしたよ〜……でも嬉しいな」
「……一緒に学校に行けるから?」
「うん」
実際、誰かと一緒に学校へ行くという事が初めての経験だった。時々、話の内容を考えてソワソワしたり、辺りの住宅を見回したりした。途中で雫に悟られて、何時も通り話せば大丈夫と言ってくれた。昨日までの自分を思い返すと、そこには常に幻想世界に対して警戒している姿があった。
少し上り坂になった道を歩いて行くと、レフォイア魔法学校の校門が見えてきた。以前、ここを潜った時に幻想世界に転移しそうになった事がある。それ以降、この門を潜る度に身構えてしまう癖ができてしまった。
「……針南さん、どうしたの?」
「……ぁ! 何でもないよ! うん!」
今日もその癖が出ていた。無意識に鞄を強く握っていた。雫に声を掛けられたと同時に手に込めていた力を緩めた。
校門を抜けると目の前にはレフォイア魔法学校の校舎が見える。
「改めて見ると、凄い立派な建物だね……」
「……そうですね」
何年も通っていて気にもしなかったが、改めて見てみるとレフォイア魔法学校はまるで大きな屋敷の様に見えた。
校門を潜って直ぐ目の前に建っているのは小、中等学生校舎。その左隣に高等学生校舎が建っている。私は中等学生なので、小、中等学生校舎で授業を受けている。
「……あ、針南さん。それに雫さんも」
突然、背後から私達の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、そこには私の担任であるゼラード・ジェスターだった。
この前までは青い軍服のような服装だったが、今日は私達が着ている制服に少しアレンジを加えた様な服装だった。彼女の着ている服は通称『教師認定学生服』と呼ばれている。生徒の中でも高い実績を持った者が着ることができる。これは学長から推薦されるもので、生徒本人との協議の上で教師認定を貰う事ができる。彼女は十六という歳で古代魔法を解読した実績もあり、直ぐに認定を貰った。学生の教師認定は極めて稀な事だ。過去にもゼラードと同じ位の歳で教師認定を貰った人がいたらしいが、私達も知らなければ、ゼラード本人も知らないらしい。
「ゼラードさん! おはようございます!」
「おはようございます!」
私と雫はゼラードに挨拶をした。
「うん、二人ともおはよう。……雫さん、昨日までの特訓はどうだったかな?」
「こっちの世界の魔法も色々試してみたんですが……やっぱり自分の世界の魔法が一番かなって」
「うん、自分自身が使いやすいと思う魔法を使うといいよ」
雫とゼラードが会話で盛り上がってる中、私は一つ思った事があった。
「そういえば、雫ちゃんが魔法使ってるところ、私まだ見たことないかも……」
「あれ、そうだっけ?」
「……はい」
そう、私は雫と出会ってから今に至るまで、雫の魔法を一度も見たことが無かった。
「針南さん、見てみたい?」
ゼラードが私にそう訊いてきた。雫がどの様な魔法を使うのか、興味があった。
「はい、見たいです!」
「よし、だったら今日の授業が終わった後に、私の部屋の前で待っててくれるかな?」
「はい、わかりました!」
「雫さんも大丈夫かな?」
「勿論です!」
「うん、今日の予定も決まった事だし、私はこれで。では、また後で」
ゼラードは私達を追い抜いて校舎の中へと入っていった。私達も教室へと足を運んだ。
***
階段を上っている途中、あることに気付いた。
「ところで、雫ちゃんの教室って……」
もし雫と違うクラスだったらと思うと、少し残念に思う。私は恐る恐る訊いてみた。
「あー、たしか……ゼラードさんが針南さんと同じクラスにした方が良いって言ってたから……。多分針南さんと同じクラスだと思う」
同じ教室である事を知り、心の中で安堵した。ゼラードさん、ありがとう。
***
私のクラスは四階の一番端っこの教室。ここで、毎日勉学に励んでいる。
私と雫は教室の中へと入る。普段よりも早く学校に来た事もあり、生徒の数は疎らだった。
教室は一つの横長机を生徒三人が利用する。私の席は一番後ろの窓際。私の席の場所を雫に教えたら、雫から主人公が座る席だと言われた。一体どういう意味なのだろうと疑問に思った。
雫は自身が座る場所について、ゼラードからは何も知らされていないらしい。今は私の席の直ぐ後ろにある壁に軽くもたれかかっていた。
「ゼラードさんは知ってるのかな……?」
私は鞄を机の上に置いて、雫に訊いた。
「どうだろう、ゼラードさんが知ってるかもしれないし……もしかしたら、この学校の学長さんが知ってるのかも」
「……」
「……」
「あ、そうだ。この間の事なんだけど……」
「え? あぁ」
私と雫はゼラードが教室に入ってくるまで話をした。最近の出来事、雫の魔法の事、幻想世界の事。
教室内の生徒の数も増えてきた。数人が雫の方を見ていた。雫は視線を感じて生徒の方を向く。私も雫の見ている方に顔を向けた。すると、雫を見ていた生徒は驚いた表情で目を逸らした。その生徒は隣にいた生徒とヒソヒソと会話を始めた。私と雫は顔を見合わせ、首を傾げた。
ゼラードが教室に入ってきたのと同時に、生徒達は各々の席に着いた。雫は壁にもたれかかるのを止めて、ゼラードの方を見た。ゼラードは生徒を数えて、手に持っていた本に出席人数を記入した。
「さて……気付いてると思うけど、初めに転入生を紹介します」
ゼラードはそう言うと、雫の方を見て手招きをした。生徒達の視線が雫の方へと集まる。雫は緊張した表情で教卓の左隣まで移動した。
「……ぁ、初めまして……今日からレフォイア魔法学校に転入しました、佐乃咲雫です。まだ解らない事だらけですが、よろしくお願いします!」
雫が頭を下げると、生徒達は拍手をした。
「皆さんも仲良くしてあげてね。じゃあ、雫さんは針南さんの隣に座ってください」
雫は私の隣の空いていた席に座った。
「隣だったね……」
「うん……」
私と雫は小さな声で会話した。
私の隣の席は元々別の生徒が座っていた。しかし、この前の授業日の時点でその生徒は別の席に移動していた。雫が転入するという事でゼラードが遣り繰りしたのだろう。私は心の中でゼラードに再度感謝した。
ホームルームが終わると、興味を示した生徒が雫の所へやってきた。雫は数々の質問に答える。解らない言葉が出てくると、雫は私に訊いてくるので、簡単に説明する。
「仲良いね〜、もしかして……幼馴染?」
その様子を見ていた女子生徒が私達に訊いてきた。
「幼馴染では無いですね」
「どっちかっていうと……似た者同士?」
私が答えた後に、雫は少し考えてそう答えた。雫の言葉に、女子生徒は納得の表情になる。
「似た者同士かぁ〜。確かに、よく見ると顔の形とか似てるかも!」
「似てる?」
「そうなのかな?」
雫が言った似た者同士というのは、多分幻想世界に行くことができるという共通点からだろう。しかし、女子生徒の反応を見ると、共通点では無く見た目が似ているんだと捉えている様に感じた。正直私達としては見た目はあまり似てないと思っている。
この後も最初の授業が始まる直前まで質問攻めが続いた。
***
今日の授業は、魔法の歴史、魔法学、文学の三教科だった。魔法の歴史は、魔法の起源から時代と共に変化していく魔法の歴史を学ぶ授業。魔法学は、魔法の種類や詠唱、使い方を学ぶ授業。文学はデル=レートの文学史に名を刻んだ人物の文学作品を知る授業。どの教科も興味深い内容で、時間の経過があっという間に感じた。
日が少し傾いた頃、帰りのホームルームが終わって生徒が帰宅の準備をしていた。一方、私と雫は今朝ゼラードと約束した場所である、元開かずの間だったゼラードの書斎室の前に来ていた。以前ゼラードが開かずの扉を開けて、以降その扉は開かずの間では無くなった。その事に一番早く気付いたのはオカルト好きの学生達だった。レフォイア魔法学校の謎が一つ解かれた事で、オカルト好きの間でニュースになっている。しかし、謎の正体がオカルトではなかった事に少し残念に思っているようだ。以前教室の移動中に見た自由掲示板に貼られていたオカルト広報の文体からそう感じた。広報曰く、新たな謎を探すとのことだ。
『入っていいよー』
扉の向こうからゼラードの声が聞こえた。
「失礼します!」
私は扉を開けて中に入った。雫もその後に続く。
ゼラードは書斎室の大きな椅子に座っていた。まるでどこかの組織のボスと対面するような構図だった。
「授業お疲れ様。今日の授業、どうだった?」
「とても面白い授業でした。特に、魔法の歴史が……」
「あの授業は少々口下手な所が出ちゃったけど、そう言ってくれて嬉しいよ。雫さんに合わせて授業してみたんだけど、雫さんはどうだったかな?」
「とてもわかりやすくて、勉強になりました。この世界の事、少し分かってきました」
「良かった。私も教師になって間もないからね。生徒の声はちゃんと聞かないと……」
ゼラードはうんうんと数回頷いて、壁に掛かっている時計を見た。
「さてと、そろそろ移動しようか」
「移動?」
私がそう反応すると、ゼラードは椅子から立ち上がり、部屋の中心部に行くと、右手を床につけた。すると、ゼラードを囲むようにして魔法陣が現れた。その魔法陣は円が四つ、それを囲むように数々の模様が描かれていた。
「行き先は、魔法研究場かな」
ゼラードが魔法陣に向かってそう言うと、一つの円の中に模様が浮かぶ。
「よし……。じゃあみんな、この魔法陣の上に乗って良いよ」
私と雫は顔を見合わせた後、その魔法陣の上に乗った。すると、私と雫の足元に魔法陣が現れる。その魔法陣は私が移動してもぴったりとついてきた。
「これ、あの時を思い出しますね」
以前、校門で幻想世界に転移しそうになった時、足元にぴったりと付いてくる魔法陣が現れた。ゼラードが展開したこの魔法陣を見てその事を思い出した。
「人の足元を追尾する。あの時現れた魔法陣を模して作ってみたんだ。……さて、移動するよ!」
ゼラードは魔法陣を起動させた。私達は光に包まれて、魔法研究場へと移動した。
***
魔法研究場。小、中等学生校舎の右隣に建つ、学生校舎二つ分の大きさの建物だ。
魔法研究場内は二つのスペースがある。
一つは練習スペース。広々とした空間で魔法の練習を行うことができる。その際、浮遊している計測用ゴーレムに魔法をぶつければ、ゴーレムがその魔法の情報を教えてくれる。因みにこの計測用ゴーレムはゼラードととある近代科学者が合同で開発したものである。
もう一つは書籍スペース。ここでは色々な魔導書を借りる事ができる。基礎から応用、近代、古代と幅広く置いてある。書籍スペースには管理人としてアレク・ベスターという男性がいる。魔導書を借りる時はアレクの許可が必要になる。
私は魔法研究場を殆ど利用した事が無い。一方、雫は魔法の特訓場所として魔法研究場を利用していたそうだ。
私達は練習スペースの隅に転移した。見渡すと数人の生徒が魔法をゴーレムにぶつけていた。
「さてと、ゴーレムを呼ばないとね」
ゼラードは手を二回叩く。すると、一番近くにいた計測用ゴーレムが此方へとやってきた。
「針南さん、雫さんのどういった魔法が見たい?」
ゼラードはゴーレムを調整しながら私に訊いてきた。
「え? うーん、雫ちゃんの一番好きな魔法?」
「私の一番好きな魔法かぁ……。うん、わかった!」
ゴーレムの調整を終えたゼラードが戻ってきた。
「さて、準備はできたかな?」
「はい、いつでもできます!」
「よし、じゃあ早速いってみよう」
雫が計測用ゴーレムの前に立つ。
「あの、ゼラードさん。少し前に言っていた、異世界の魔法ですか?」
「うん、彼女の世界の魔法。とても面白いよ」
雫の世界の魔法とは一体どういうものだろうか。私は雫の姿をしっかりと見る。
「……はっ!」
雫が右手を前に出した。
「あれは……」
雫がとったポーズは、今朝私にしてきたポーズだった。
「フィンザー!」
雫が魔法を唱えた。聞いた事の無い名前の魔法だ。
「……え!?」
私は驚きの声を上げた。雫が差し出した右手を中心に、無色透明で立体的なT字の物体が三つ現れたからだ。雫は物を投げるような動作をして、その物体をゴーレム目掛けて飛ばす。そして、物体からは透明な刃が伸びて、ゴーレムを切り裂いた。ゴーレムは三等分に切断されたが、瞬時に元通りになり、フィンザーの威力の計測を始めた。
「すごい……!」
「あれが彼女の世界の魔法だよ。私にも真似できない。魔力構造の違う、とても興味深い魔法」
魔法を打ち終わった雫が戻ってきた。
「針南さん、どうだったかな……」
「すごい、とてもかっこよかったです!」
この後も、炎や風といった属性魔法を幾つか見せてもらった。どれもこれも立体的な物体が現れ、そこから魔法を発動した。雫曰く、その物体は魔力の結晶体で、雫の世界では魔力を結晶体として体内に溜める性質を持っているとの事。その話を聞いた私は、雫の世界が気になった。
***
魔法を見ているうちに日も傾き、時刻は夕方となった。魔法研究場でゼラードと別れた後、私と雫は帰路に就いた。家に向かう道中で、私は雫と会話をしていた。
「今日も疲れたねー」
雫が吐息混じりに言った。
「でも、雫ちゃんの魔法、沢山見れたから楽しかったよ!」
「私も楽しかった。ゼラードさんの魔法を見て、もっと沢山の魔法を使えるようになりたいって思った……」
雫が魔法を打ち終わった後、ゼラードも試作中の魔法をゴーレムにぶつけていた。その魔法は私達から見たら完成形と思う程に出来が良かった。ゼラード曰く、まだまだ実験段階との事。
「ゼラードさん、凄い魔法を使ってたね……。ところで、雫ちゃんは特訓は続けるの?」
「うん、ゼラードさんも私の魔法に興味津々だからね……」
「あはは……」
ゼラードの魔法特訓はまだまだ続きそうだ。
オレンジ色の空も一層と濃くなり、辺りが薄暗くなっていた。私達は歩くペースを少し上げた。
「……?」
私達が歩く道の先に見慣れない何かがあった。
「なにあれ……。今朝、無かったよね……」
「うん……」
それは、鉄製の看板だった。道を制限する時に見るあの看板。その看板の上には赤色の回転灯が付いていて、そこから二本の赤い光を発していた。
「この先通れないのかな……」
「どうだろう……」
私は看板の奥に続く道を見た。道を制限する理由がどこにも見当たらない。そこには何も変哲のない道が続いていた。
私は看板に付いていた回転灯を見た。これを見ていると、なんだか不思議な感覚に陥る。
「針南さん……?」
雫が呼ぶ声が聞こえる。しかし、私はその回転灯に釘付けになっていた。
「……な、に?」
「どうしたの?。ずっと眺めてて……。そこ、何かあるの?」
「いや、何も……」
私は回転灯を見ながら瞬きを数回した。瞬きをして目を開いた瞬間、回転灯から発する光が目に入った。その一瞬で見ていた世界が赤いで包まれた。
私の視界はその光によって遮られた。
***
雫は看板の前で困惑していた。理由は単純。隣にいた針南が一瞬にして消えたからだ。目の前で音も無く、パッと消えた。疑うはこの看板しかなかったが、その看板に触れても何も起こらなかった。
針南が何処に行ったか。予想はついていた。
「幻想世界に、飛ばされたんだ……。ゼラードさんに伝えないと……」
雫は焦りの表情を浮かべて魔法学校へと走る。走りながら後方にあった看板を一瞥する。そこには回転灯から伸びる二本の妖しい光が、私の恐怖感を煽っていた。




