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第十三録 「創造された屋上の世界」

 七珠針南は穴の中に入った。落下する感覚が徐々に麻痺していく。下から吹いていた風は、気付けば上から吹いていた。上を見ると、出口が見えた。暗い穴から抜け出した瞬間、光で目が眩む。少しずつ目を慣らしていき、辺りを見渡す。上を見ると、そこには灰色の建物だろうか。建物らしきものが沢山見て取れた。下を見ると澄んだ青空が広がっていた。上から吹く風は勢いよく私の体に吹き付ける。まるで世界が逆さまになっているようだ。


「……! ち、ちょっと、うわぁあああああ!?」


 世界が逆さまになっている訳ではない。これは私が逆さまになっているんだ。私は今地面に向かって落下している。このままでは私は助からない。


「……うぅ!!」


 迫り来る灰色の地面に私は目をキュッと閉じる。私は死を覚悟した。


「……え?」


 その時、不思議な感覚が私を襲う。落下している感覚が突然無くなった。というより、誰かに支えられている感覚に変化したというべきか。私は閉じていた目をゆっくり開けた。


「……!」


 濃い緑色の帽子を被った男性に抱えられていた。男性はふわりと地面に着地すると、私を優しく地面に降ろしてくれた。


「た、助けてくれて、ありがとうございます」


「……」


 その男性は無言で歩いていった。男性が歩いていったその先に同じ衣装の人が立っていた。私はあの服装に既視感があった。


 コンクリートでできた灰色の地面。それを囲む黒い鉄柵。私は助けてもらった男性の方を見た。もう一人の誰かと話をしているようだ。視認できるのは男性二人だけだった。私は意を決して男性に話し掛けた。


「あの……」


「ん? あれ、君は確か……」


 私がまだ話しかけていない男性が応じた。その男性を見た瞬間、私はハッとした。数年前、私と霊音が初めて出会った世界。電車を運転していたあの人に違いない。


「もしかしてあの時の……」


 私がそう訊くと、その男性は顎に手を乗せて首を傾げた。


「そうですね……間違いではありません。ですが、()()()()()初対面だと思います」


「……?」


 どういう事だろう。男性の容姿は以前行った電車の世界で出会った車掌に違いない。


「私はトグロといいます。元々は外の世界の人だったんですが、色々あって今はこの世界に住んでいます」


「外の世界って……」


 トグロは幻想世界の住人では無く、私と同じ転移する事ができる人なのだろうか。トグロに外の世界について訊こうとした時、トグロは口を開いた。


「おそらく君も私と同じ、外の世界から来た人ですよね?」


「え……。は、はい。どうして、わかったんですか?」


「……まぁ、外見の雰囲気が、他の人とは大分違うからかな? あとは……なんとなく?」


「適当ですね……」


「まぁ、なんだ、とりあえず話をしようじゃないか」


 私とトグロは屋上から見える風景を眺めながら話す。


「えーっと、まず君の事について教えてくれるかな?」


「私は七珠針南(ななたまはりな)です。幻想世界に転移される体質を持っていて、それで、この世界に来ました」


「幻想世界……。この世界の事をそう呼んでいるのか」


「はい。トグロさんは何か別の呼び名とかあるんですか?」


「私は名称なんて考えた事も無かったね」


「そうなんですか……トグロさんは外の世界から来たって言いましたけど、外の世界ってどこから来たんですか?」


「分からないかもだけど……デル=レートっていう世界から来たんだ」


「……!」


 デル=レート。それは私が住んでいる世界の名前だった。


「デル=レート……私も、デル=レートから来たんです!」


「え、そうなのか!? ……失礼だけど、何処の町に住んでいるんだ? まぁ、秘密にしておいても良いんだけど」


「それで気になっていたんですけど……。私、トグロ町出身なんです。同じ名前だったので気になって……」


「トグロ町……懐かしいな。その町は私の名前から取って名付けられた町だ」


「……えぇ!?」


「当時、その町とは色々な縁があってね。車掌としての役目を終えた後、その町の人から連絡が来てね。それで、町の運営をしてほしいって言われたんだ。トグロ町はその町の人達が会議して決めた名前なんだ。まぁ、私は自分の名前を町の名前として使われる事には、特に気にしなかったけどね」


 トグロはトグロ町の事を教えてくれた。今から凡そ50年前、トグロはその町の運営を行っていたそうだ。没後、トグロはこの世界にいるそうだ。


「ありがとうございます。とても貴重なお話……」


「いや、いいんだよ。寧ろ私から感謝を言いたい位だ。同じ世界の人とまた会話ができて、とても嬉しいよ」


 幻想世界で同じ世界出身の人物と出会う確率。考えただけでも頭が痛くなる。運命の悪戯は実在すると思わせた。


「今、どうして幻想世界で過ごしているんですか?」


「私はこの世界に魅了されてしまったんだ」


「魅了された?」


「あぁ、生前の頃に三回だけ、君が言う幻想世界に行った事があった。その世界はどれも綺麗で、私を魅了する世界だったんだ。それがずっと忘れられなくて、死ぬ直前に幻想世界で過ごしたいって願ったんだ。そして、気付いた時にはこの世界にいた」


 トグロはそう言うと空を見た。


「今では幻想世界で再び車掌として、電車という奇妙な乗り物を動かしているんだ。まぁ、私が住む世界とその近辺の世界しか行く事ができないから、昔見た世界が見れるかどうかはまだ分かっていないんだけどね」


「……」


 幻想世界は魅力的な世界である。まだ幻想世界には沢山の世界が広がっているんだ。そう思うと行ってみたいという衝動に駆られる。


 トグロは一息して私に訊いてきた。


「……ところで、針南さんは幻想世界についてどれ位知ってるかな?」


「え? どれぐらい……幻想世界はデル=レートとは違う世界。後は、体質が無いと行けない、とか?」


「ふむ、なるほどね……針南さんのその知識はどちらかというと、デル=レートからみた幻想世界の知識だね」


「デル=レートから見た知識……」


「私から一つ、新しい情報をあげよう」


「新しい情報?」


「今いるこの世界について話そうと思う」


「この世界ですか?」


 トグロは鉄柵に触れて、建物を見下ろした。


「この世界は、()()()()()()()なんだ」


「!?」


 今の発言を聞いて、驚きのあまり言葉がでなかった。世界を創る。そんな神様にしかできないような所業をトグロはあっさりと言った。


「まぁ、私が創ったというのは流石に大袈裟かもしれない。どちらかというと、そうだな……気付いたらこの世界にいたの方が良いかもしれない」


「気付いたらこの世界に?」


「うん、夢でも見たのかと思うぐらい、一瞬で世界が変わった。それが今いるこの世界なんだ」


「世界が変わる……」


 私は今まで幻想世界内で別の世界に移動した事は無い。廃校の世界で似たような事があったが、あれはあの世界の中だけで移動していたと考えている。


 トグロが話を続ける。


「この世界は私の故郷に雰囲気が似ているんだ」


 私も鉄柵に手を添えて町を見下ろした。黄色い土と黒ずんだ建物の数々。人の気配を感じない、まるで廃墟の様な雰囲気だった。


「この屋上は私の故郷には無いけど、今見下ろしている街は似ているんだ、私の街に……」


「あそこには行けないんですか?」


「行くことはできないみたいなんだ」


「え?」


「手を前に出してごらん」


「……あ!」


 私は鉄柵の奥の何もない空間に手を伸ばした。すると、そこには見えない壁があり、そこから先には手を伸ばすことはできなかった。


「恐らくこの世界はここから街を見下ろす事しかできない世界だと思う」


「それだけの世界……」


「それに、この世界は私以外に人がいないみたいなんだ」


「人がいない? じゃあ、今後ろにいる方は?」


 この世界に来た時、私が落下していた所を助けてくれた男性がいた。トグロの後ろで話に介入せずにずっと街を眺めている。


「あぁ、あれは私の同僚の幻……といえば良いのかな」


「幻?」


「私がこの世界に居る時にしか出てこないみたいなんだ」


「そう、ですか……」


 ある程度話したところでトグロが一息吐いた。


「さて、そろそろ元の世界に帰りましょう」


「そうですね。幻想世界の事、いろいろ教えてくれてありがとうございました……!」


「いえ、こちらこそ。今から出口を用意するから、入り口ができたらそこに入ってください」


 トグロはしゃがむと、灰色の硬い地面に向かってノックを数回する。すると屋上の中心部分に黒い穴が出現する。その黒い穴は花園にあった穴と似ていた。


「この中に入ればいいんですね」


「はい」


 私は穴の前に立つ。その前に、トグロの方を向いた。


「今日はありがとうございました!」


 私はトグロに頭を下げた。振り返り、深呼吸をしてから穴の中に飛び込んだ。


***


「……」


 トグロは針南が入っていった穴を眺めていた。


「針南さん、か」


 トグロは内ポケットから一枚の写真を取り出し、小さくなっていく穴の中に放り込んだ。


「あとは向こう側の私、幻想世界の私に任せよう」


「……」


 トグロは世界の出口を聞こえない程小さな声で呟いて、再び街を眺めた。


***


 深い深い穴を抜けた瞬間、突然重力が逆転するのを感じた。私は背中から地面に落ちた。ゆっくりと起き上がって地面を見た。どうやら地面から飛び出てきたようだ。


 辺りを見渡してわかった事は、空の明るさを見て夕方である、目の前に一軒の建物が建っている、それ以外ははっきりしないという事だった。その建物以外がぼんやりとしていて見る事ができなかった。私はその建物にしか行くことができないと感じ、その建物の前まで歩く。木製の三角屋根、二階建て。私は取っ手を握り、扉を開けた。


「あ! 針南ちゃん!」


 扉を開けて一番最初に聞こえたのは霊音の声だった。霊音は私に向かって飛び込んできた。


「霊音ちゃん! 良かった、無事だったんだ!」


 何とか合流することができたようだ。私はほっと胸をなでおろし、部屋を見渡す。箪笥、額縁、立派な机と椅子。ここは書斎だろうか。


 そして私は見たことのある少女に目が止まる。


「もしかして、シャルナちゃん?」


「お久しぶりです、針南さん!」


 シャルナは以前の幻想世界の電車内で出会った少女だ。目から歯が生えている歯眼族と呼ばれる種族の生き残り。特徴的な姿はとても印象深い。


「何年ぶりでしょうか、大体7年位でしょうか? 針南さん、背が大きくなりましたね……」


「ありがとうございます。シャルナさんは……変わりなく?」


「歯眼族は成長するのが遅いので……」


 言われてみれば、私とシャルナの身長はだいたい同じ……いや、シャルナの方が若干高いのかな。私も負けていられないと心の中で闘志を燃やした。


 霊音が私に話しかけてきた。


「針南ちゃん……そろそろ帰る方法を探ってみない?」


「そうですね。でも、やっぱり帰り方は……」


「だよね……」


 帰り方を探ると言ったもののここは幻想世界。探る手段は不明であり、帰れるかどうかもまた不明。ここは元の世界とは完全に別の世界である。今までの経験上、幻想世界で転移すると必ず元の世界に帰ることができている。時間経過で帰れるのか、条件を満たして帰れるのか。それすらも解っていない。現状、帰還のメカニズムは解明できていない。


 帰還方法について考えていると、扉が開き、一人の男性が入ってきた。


「あ、オーナーさん! お帰りなさいませ!」


「はい、ただいま戻りました……。おやおや、懐かしい面々がお揃いで」


 入ってきたのはシャルナのオーナーであり、私が先程まで会話していたトグロだった。


「トグロさん……」


 私がそう呟いたの見たトグロは自分の名札を一瞥した。


「はい、何でしょう?」


「先程はありがとうございました。その、為になるお話をしてくれて……」


「……? そのような話をした覚えはありませんが……」


「え……。でも、さっき……」


 トグロは混乱している私を見て微笑した。


「まぁ、似ている人は何人かいますからね……。特に私のような駅の従業員はこの辺りには沢山いますから……」


 トグロはそう言うと、手に提げていた鞄を机の上に置きに行った。


「ねぇ、針南ちゃん。どういうこと?」


 霊音が小声で私に問いかける。


「さっきまでトグロさんと話をしていたんですが……」


 霊音は渋い表情を浮かべた。


「……詳しい事は元の世界に帰ってからにしとくね」


「わかりました……。でも、どうやって帰れるんだろう……」


「うーん……」


 お互いが帰還方法の事で悩んでいた。そこへ、鞄を下ろして両手が自由になったトグロがやって来た。


「どうかしましたか?」


「私達、元の世界に帰らないといけないんです……」


 私達は帰らなければいけないことを話した。


「元の世界……。それってもしかして、あの駅でしょうか?」


「あの駅?」


「以前お会いした時、走行中に出現した駅です」


 以前幻想世界に来た時、電車の走行中に駅が出現した事があった。その駅で私達は元の世界に帰ることができた。その駅の事を指しているのだろうか。


「もし良ければ、今からその駅に行きましょうか?」


「行けるんですか?」


 私がそう訊く。


「途中何駅か止まりますが、到着しますよ」


 私は霊音と顔を見合わせた。霊音は頷いた。


「じゃあ、お願いします!」


「わかりました。シャルナさん、二人の案内をお願いします」


「了解しました」


 トグロはそう言うと、荷物を持って奥の扉へと入っていった。


 シャルナは私たちの方を見ると微笑んだ。


「今から駅に向かいますので、付いてきてください」


「はい!」


 私達はシャルナの後に続いた。


***


 奥の扉から書斎部屋を出ると、一本の廊下が続いており、扉が等間隔に並んでいた。この構図を見ると、先程までいた襖と廊下しかない世界を思い出す。奥に扉が見えるだけで安心した。一番奥の扉を開けて中へと進む。その先には下へ降りる為の階段があった。階段を降りた先にもまた扉があった。その扉を開けると、そこは駅のホームだった。駅のホームは地下にあるのにもかかわらず、木製でできていた。大きな空洞の中に木造の駅があった。


「ここで待っていれば電車が来ますので、暫くお待ちください」


 数分後、電車が音を立てながらやって来た。電車はゆっくりと停車し、扉が開いた。私達はシャルナの後に続いて乗車する。扉が閉まり、電車は出発した。


「わぁ……」


 私は横長の座席に座ったと同時に思わず声が漏れる。車内の雰囲気が一変していた。以前乗った電車は少しボロボロだったが、今乗っている電車は綺麗だった。 


「あ、そういえばシャルナちゃんって電車の中で喫茶店やってたよね。今もやってるの?」


 シャルナと初めて出会った場所は、電車の中だというのに大きな木がある車両だった。シャルナはそこで喫茶店のマスターとして働いていた。


「はい、今も続けています。この電車は針南さん、霊音さんと初めてお会いした電車とは違うものなので……」


 その後も、私達は会話をしていた。ふと、反対側の窓を見た。そこには私と霊音とシャルナの三人が映っていたが、私が眺めていたのはその向こうの景色だった。窓の向こうは地下なのか、若しくは暗闇なのだろうか。そんなことを思っていた。


 走ったり落ちたり、今回の幻想世界は忙しかった。今になってその疲労を感じていた。私は無意識に目を閉じた。だんだん意識が遠のいていく。私は抵抗することなく眠った。


***


「……」


 目の前に私に似た少女が一人立っていた。少女は黒い服と帽子を身に着けていた。その黒い帽子には赤いリボンが付いていた。その少女はじっと私を眺めていた。


 私はその少女に話しかけようとしたが喋る事も出来なければ身動きも取れなかった。意識もはっきりとしない。ただ、その少女がいる。それだけが理解できた。


「……。…………」


 少女は私に向かって何か話しているようだ。私の声とよく似た声質だったが、内容は上手く聞き取れなかった。


 再び意識が遠のいていく感覚に襲われた。少女の姿が歪みだした。


***


『気をつけて』


***


 私は目を開けた。その声が聞こえた直後に、意識がはっきりするようになった。


「あ、起きた」


 右から霊音の声が聞こえる。


「霊音ちゃん。私は……」


 私は寝ぼけた表情で霊音に訊く。


「寝ちゃってたよー。ぐっすり眠ってた」


「……そう、なんだ」


 私は窓を見た。そこには寝ぼけている私がそこにいた。


 少しして、電車が減速していく感覚が伝わる。


『まもなく、正門駅、正門駅。お出口は左側です』


 トグロの声が聞こえて一拍、車窓からの景色が変わる。オレンジ色の空が広がった。電車は駅のホームの前で停車した。


『扉が開きます、ご注意下さい』


 プシューっと音を立てて扉が開いた。


「ありがとうございます。わざわざ送ってくれて……」


 私はシャルナに礼を言った。


「勿論です! 友達ですから!」


 シャルナがそう言うと、私と霊音は微笑んだ。そこへトグロがやって来た。


「お疲れ様です。実は針南さんに渡したいものがありまして……」


「私に?」


 トグロは胸ポケットから一枚の写真を私に渡してきた。


「以前から渡そうと思っていたのですが、届け先がわからなかったので手渡しで……」


 私は写真をみてハッとした。そこには小さい頃の私、霊音、シャルナの三人が写っていた。霊音がシャルナに飛びついて、シャルナが驚いている様子を見て笑っている私が写真の中にいた。とても懐かしい。


「これは、あの時の……」


「懐かしいね!」


「うん……」


 私はその写真を受け取ると、鞄から手帳を取り出して、ページの間に挟み込んだ。


「トグロさん。ありがとうございました!」


「確かにお渡ししました。お怪我のないように」


「はい! シャルナちゃん、また会えて嬉しかったです!」


「私もです!」


「またね! シャルナちゃん!」


 私と霊音はシャルナとトグロに別れを告げて降車した。電車の扉が閉まる。窓の向こうでシャルナが手を振っていたので、私は手を振り返した。


 電車は徐々に加速しながら次の駅へと向かった。


***


 この駅は昔来たことがある駅だったが、雰囲気が以前来た時と異なっていた。廃れていたその駅は整備されて新しくなっていた。


「針南ちゃん、またエレベーターがあるよ!」


「やっぱり、このエレベーターなのかな……?」


 駅が新しくなったとはいえ、配置場所は以前と余り変わらない。


「行くしかないよね……」


 私はボタンを押し、エレベーターが到着するのを待つ。やがてドアが開き私達は中に入る。中に入ると、やはりエレベーターも新しくなっていた。


「……?」


 エレベーターのボタンを見た。そこには下を指す矢印ボタンが一つしかなかった。以前来た時は数字と上下のボタンがあった。順番通りに数字のボタンを押して幻想世界にやってきて、同じ方法で元の世界に戻る事ができた。しかし、今回はボタンが一つしかない。このボタンで戻ることができるのだろうか。


「押してみよう」


「うん」


 霊音が頷いたのを確認して、恐る恐るボタンを押した。以前と同様、急に動いたりしないといいが……。


 扉が閉まり、ゆっくりと降下していく。私達は何が起こるか分からない空間で緊張していた。そんな中、エレベーターがポーンという音を出した。それと同時に降下している感覚が無くなり、ゆっくり扉が開いた。


「……ここ、どこ?」


 それが私の第一声だった。エレベーターの向こうは見覚えのない市街地だった。元の世界かどうか分かっていない私は一人戸惑っていた。


 私は霊音に訊いてみた。


「霊音ちゃん……ここ知ってる?」


「ここは……確か……」


 霊音は周囲を見回すと歩き始めた。


「あ、待って!」


 どんどん歩いていく霊音を追いかける。


「ここを曲がって……ここは……真っ直ぐか……」


 霊音はこの場所を知っているのだろうか。


「着いた!」


 角を曲がったところで、霊音は足を止めた。


「……あ!」


 そこには巨大な施設があった。白いドーム状という特徴的な建物、ギルドステーションである。


「……帰ってこれたんだ!」


 ギルドステーションがある事でここが元の世界で、トグロ町であることが判った。私は安堵した。


「良かった〜」


「針南ちゃん、行こ!」


「はい!」


 私達はギルドステーションの中に入り、先程の世界で起きた出来事を話し合った。霊音は畳部屋の無限空間の事を、私はトグロが言っていた世界を創った事を話した。そして話し始めてから時間が経過した。


「幻想世界ってさー、なんか都合良いよねー」


「都合良い……?」


「だって、転移されたら必ず元の世界に戻ってこれるから」


「それは、そうだけど……」


 確かに霊音の言う通りである。私は何回も転移されているのにもかかわらず、必ず元の世界には帰ってこれるのである。未だに元の世界に戻る仕組みも解らないままだ。


「幻想世界って結局どういう場所なんだろうね」


「……」


 幻想世界の情報は殆ど無い。幻想世界という場所は何故存在するのだろうか。私は疑問を抱いた。


***


 書斎の中で男性は本を読んでいた。


 それは世界の現状を知らせる本。


 ある日、その本は一人の少女を映した。


「……この少女は?」


 男性は疑問に思い、少女に尋ねた。


「私も知らないですよ」


「それもそうか」


 その本は少女の情報を記していく。


「外の世界の者……か。それにしても、この力……素晴らしいな……」


「もしかして、手に入れようと考えてますか? 不可能ですよ。貴方だって知っているでしょう? この世界含め、複雑に入り組んだ世界の一つだって事を。それに、外の世界なんて……未知数にもほどがあります」


「……まぁ、そうだな」


 男性は本を閉じた。


「まぁ、少し気になっただけだよ。なんせ、そんな外の世界の者が此方の世界に入ったとの情報が複数回有るとの事だ」


「そうですか」


 男性は書斎を後にした。


「……」


「外の世界、どういうところなんでしょうか……」


 少女は一人そう呟き、暗い書斎室を後にした。


***


 果てしなく続く草原を兎の様に跳ねる。


 無限に広がる空中を鳥の様に翔ける。


 暗黒に染まる海底を海月の様に漂う。


 永遠の命は目的も無く、しかし無造作に世界を創造する。


 永遠の命を持つ者は、世界の深淵で転々と移り渡る。


「……」


 突然、頭の中に電流の様な刺激が伝播する。


「……」


 しかし、その少女は気にもせず世界を転々と渡る。

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