第一録 「異世界へ行ける少女」
星を一体の生物と例えるなら、私達人間を含む生物達はその生物に住む細胞と例えることができる。
宇宙を一体の生物と例えるなら、星はその生物に住む細胞と例えることができる。
それでは幻想世界と呼ばれる場所を一体の生物と例えるなら、その生物には何が住んでいて、どうやってその生物を動かしているのだろうか。
その答えは、多分幻想世界は生物と例えることができない存在となる。
それでは、幻想世界が生物と例えることができなかった場合、その他の何かに例えることができるのだろうか。
そう訊かれても、幾度思考を重ねても、結局分からないと答える事しかできない。
何故なら、幻想世界という場所は余りにも不確定で、余りにも不明瞭で、余りにも不思議な場所だからだ。
きっと、幻想世界という場所は、意味の分からない、幾つもの世界の集まりだ。
***
幻想世界に行く事ができる者は僅かしかいない。圧倒的に強い勇者でも、天才的な頭脳を持つ学者でも、全てを征服する魔王でも、全てを統制する神様でも、幻想世界に行くための体質が無ければ行くことができない。
デル=レートという世界のトグロ町に住む一人の少女は、そんな幻想世界に転移されやすいという体質を持って生まれた。
七珠針南。彼女はその転移体質さえ無ければ、ごく普通の少女だった。
針南が初めて転移されたのは生後間もない頃だった。ある日母親がいつものように針南を世話をしていた時、少し目を逸らした瞬間に針南の姿が消えた。母親はすぐに父親を呼び、家中や屋外に飛び出して針南を探した。日が暮れるまで探したが見つからなかった。深い不安を抱えたまま家に戻った。すると、世話をしていた部屋に見覚えの無い揺り籠が置いてあり、その揺り籠を覗くと、そこには今まで見つからなかった針南が気持ちよさそうに眠っていた。
その不気味な現象に恐怖心を駆られた母親は、眠っていた針南を起こさないように抱きかかえ、近所の魔法研究所に向かった。魔法研究所の先生に検査してもらうと、針南の体内から緑色に光る謎の物質を見つけたらしい。先生はその物質をコアと仮名した。
両親はコアを針南の体から取り出すことができないかと先生にきいた。しかし、先生たちは首を横に振った。コアは針南の心臓の内部に存在し、転送魔法では取り出すことができないと言った。先生からは成す術が無いと言われて両親は落胆した。
この一件はトグロ町で噂として広まった。”異世界へ行ける少女”として。
その後も針南は何度も何処かへと消え、気付いた時には家の何処かに戻ってくるという日々が続いた。両親は何とかしてコアを取り出す方法を考えた。教会の神官に頼み浄化してもらったり、霊能力者に除霊してもらったり、悪魔と契約もした。それでもコアが消える事は無かった。やがて両親は針南に対しても嫌悪心を抱いていった。そして針南が四歳になった時、両親は針南を魔法研究所に預けた。その日以降、両親が針南を迎えに来ることは無かった。針南はその研究所で過ごすことになった。
年月が経ったある時、針南は魔法研究所の研究長の推薦で、若き研究者、上嶋蒼渡の元に預けられることになった。蒼渡は研究長からコアの研究の為に一日に数回、針南の健康診断とコアの状態を確認することを命じられた。研究者になった日に贈与された個人の魔法研究所に、針南と二人で生活することになった。その日から本来行っていた研究と同時進行でコアについての研究が始まった。
針南との生活が始まると、噂通りの事を目の当たりにした。扉の向こうから針南の呼ぶ声が聞こえたので、何だろうと扉を開けると誰もいなかったり。家の中にいたはずが、なぜか外から帰ってきたり。彼女の身に明らかな不自然が起きていた。それは、年月日を経ても変わらなかった。
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私は七歳になった。日記を書くことが好きだ。
私は去年から魔法学校に通っている。魔法学校に行く時、すれ違う人が私を見る。噂を聞くと、どうやら私は、異世界に行くことができるらしい。
一週間に三、四回は夢を見ているけど、それが異世界なのかどうかは分からない。でも、その夢に出てくる世界はみんな綺麗で、目が覚めた後も頭の中に残っていた。私は夢の内容を日記に書いている。
噂で聞いた異世界という場所は、一体どういう所なんだろう。夢を見る度に、町の人たちが話していた噂が気になった。
だけど、七歳になって半年が過ぎた頃、夢を見なくなった。私は色々な世界が見れなくなったことに少し寂しくなりながら、いつも通りの生活を過ごした。
***
針南の健康診断を終えた俺は、居間に隣接している研究室で最近の針南の事で頭を抱えていた。なぜ針南は転移しなくなったのか。良い事なのか悪い事なのかは分からないが、転移ばかりしていた針南が、突然転移しなくなった。先程の健康診断で針南の心臓部分にあるコアの状態を確認した。彼女の心臓内部には依然としてコアがあった。しかし、緑色に光っていた筈のコアは白い光を放っていた。俺はこれを、コアが活動を停止し、一時的な休眠状態にでも入ったのではないかと考えた。とはいっても、これはあくまで仮説にすぎない。予測不可能な動きを見せるコアの事が、一層謎めいた存在だと感じさせた。
「あの、上嶋先生」
コアの事で頭を悩ませていると、針南が研究室に入ってきた。そういえば、研究を始めてからもうすぐ一年が経つというのに、会話という会話をしていないような気がした。
「……あぁ、なんだ?」
「異世界ってどういう場所?」
針南から返答に難しい質問が飛んできた。どう表現すれば良いか分からないが、少し考えてから返答した。
「異世界は、そうだなぁ……。この世界とは違う世界……かな?」
説得力の無い曖昧な回答になってしまった。
「この世界とは違う……世界?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ……異世界ってどんな世界なの? そこには何があるの?」
どんな世界かと聞かれても、俺は異世界なんて行ったことが無い。それを聞きたいのは寧ろこっちの台詞だった。
「ごめん。実は、俺にも解らないんだ。異世界について気になるのは俺も同じ気持ちなんだけど……」
確かに、魔法研究界隈で、一つの議題にはなっていたが。しかし、針南と異世界の関係性なんて、どこにあるのだろうか。それに、針南はいつ異世界という言葉を知ったのだろう。俺はそれについて針南に訊こうとした。
「……あっ」
しかし、針南が普段よりも大きな声を出した。そして何かを思い出したのか、肩から提げていた鞄を開けてそこに手を突っ込んだ。針南が鞄の中から取り出したのは一冊のノートだった。
「あの……」
針南はそのノートをこちらに見せてきた。
「それは……」
「異世界じゃないんだけど……。私の夢の日記、読んでみる?」
「日記?」
そういえば針南は日記を書いているとか言っていたな。書いていることを知ってはいたが、読んだことは無かった。
「ああ、読んでみたい」
先程の異世界の話が、俺の中の興味心を焚きつけた。
「じゃあ、はい」
俺は針南からノートを受け取り、ページを捲った。そこには針南がこれまでに見た夢の内容が書かれていた。上から見てみる。
『今日は夕日の空の下でガラスのとんぼをおいかけた。さがすのに時間がかかったけどつかまえることができた。いっしょにいた男の子は大よろこびだった。』
『今日はすなのおしろの中でねむった。外はとてもあつかったけど、おしろの中はとてもすずしくて気もちよかった。』
確かに夢のような内容だった。しかし、同時にこれらは本当に夢なのだろうかという疑問が生じた。夢にしては情報が鮮明で、まるで本当に体験した出来事かのように思えた。更にページを捲っていくと、様々な夢の内容が記されていた。俺はそれらを読み通していく。一つ一つの日記を読む度に、その情報を頼りに頭の中で夢の情景を思い浮かべてみた。幾つもの日記の内容を想像して思ったのは、どれもこの世界では見られない幻想的な光景だということだった。
待てよ……? もしこれが夢ではなく異世界だったら? 俺は読みながら、頭の中でそう思った。そう瞬間、このノートに書かれている事が夢では無く異世界であるという可能性が生まれた。
「なあ、これは夢なのか……?」
「多分……」
「……針南。これは俺の個人的な意見なんだけど、この日記に書いてあることは、もしかしたら夢ではないのかもしれない」
「え? 夢じゃない? じゃあ……私が見てるものは何なの?」
「異世界……かもしれない」
「……!」
針南は驚いた表情をする。
「まだ確定したわけじゃない。でも、これは今後に活かせるかもしれない。ありがとう、日記は返すよ」
「う、うん……」
針南は受け取ったノートを鞄の中に入れると、研究室からすたすたと出ていった。
針南の見ている夢が異世界である可能性が出てきた今、異世界の情報を間接的に知ることができる方法を思いついた。それは、針南に異世界での出来事を日記として記録してもらうというものだ。とはいえ、その方法は針南本人に伝えなくても、針南は自主的に日記に書いていくだろう。
だとすると、何か手助けができないかと考える。やがて、一つの案が閃くと、先程までしていた研究を駆け足気味に終わらせた。俺は余った時間を利用して、トグロ町の中心部にあるギルドステーションへと足を運ぶことにした。
ギルドステーションとは依頼を発行したり、受注したりと、謂わば冒険者達の集会所だ。ここでは冒険者だけではなく、鍛冶職人や調合師といった様々な職業人も依頼の発行受注をすることができる。冒険者の集会所は世界各国の津々浦々に点在しているが、トグロ町のギルドステーションは特に異色を放ち、その風変わりで世界の最新技術が使われた施設の姿は世界的にも有名である。
ギルドステーションの内部は広く、施設の中心部には大きな球体があり、それを円で囲むように依頼発行カウンターがある。
「あれ、蒼渡さん! ここに来るの珍しいね。どうしたの?」
カウンターへ向かっている途中で、空中を浮遊する少女に横から話し掛けられた。このギルドステーションのスタッフである双子の幽霊娘の妹、雪代木霊が声をかけてきた。幽霊がギルドを運営しているというのも、この施設が風変りと言われる大きな理由の一つだ。
木霊は黒い天冠に黒い着物を着ている。どう見ても悪霊と判断してしまう見た目だが、実際は善良な幽霊で、黒色が好きだからという理由で、元々白かった天冠や服を黒色に染めただけである。
元気に接してくる木霊に、俺は頭をボリボリと掻きながら話す。
「あぁ、少し用があってな……」
「依頼でも探しに来たの?」
「いや、別件だな」
「石の研究の事?」
「また違うやつだよ」
俺は針南のコア研究と同時進行で世界の様々な魔鉱石について研究をしている。同時進行ともなると、やはり研究時間も少し増える。とはいえ、針南の研究は定期健診のようなもので、研究時間も短い。なので、魔鉱石研究への影響はあまり無い。
俺は頭の中で考えていた針南の手助け案を思い出す。
「今日は依頼を出しに来たんだ」
俺が考えた案。それは針南が日記を書く為に必要な特殊なペンを製造してもらうというものだ。
「なるほど、了解! じゃあ、お姉ちゃんの所に行こう!」
俺と木霊はギルドステーションの中心部にある円形のカウンターの方へ移動する。
双子の幽霊娘の姉こと雪代御霊は、主にクエストの発行の受付をしている。白い天冠に白装束を着ている。
御霊がクエスト発行の受付をしている一方、木霊はクエスト受注の受付をしている。役割分担がしっかりしていて、施設の運営も潤滑に行われている。
依頼発行カウンターの向こうには、冒険者からクエストを受け取っている御霊の姿があった。
「おーい! お姉ちゃーん!」
「木霊? なんでここに……って、蒼渡さんじゃないですか、こんにちは! 研究の進展はどうですか?」
「まだ調査段階だよ。それより、今日は依頼を出しに来たんだ」
「あ、わかりました!」
御霊はカウンターの下から依頼発行書を一枚取り出した。
「それでは、こちらの発行書に依頼の見出しと内容、契約金と報酬を書いてください」
俺は御霊から発行書を受け取ると、胸ポケットに入れていたペンを取り出し、依頼内容を記入していく。今回の依頼はインクが枯渇しないペンの製造依頼だ。
「インクの切れないペンを作る? どうして?」
隣で見ていた木霊が訊いてきた。
「針南の日記を書くときに必要かなって」
「針南さん? 確か、異世界に行くことができる……」
「あぁ。針南が夢の内容を書いてる日記帳。夢じゃなくて、異世界なんじゃないかって思ったんだ。針南には異世界がどんな場所だったかを日記に沢山記録してほしいという意味を込めて、それで思いついたのが、インクの切れないペン。まぁ、まだ異世界って決まったわけじゃないけど」
「なるほど……。でも、インクが切れたら普通に買いに行けばいいのでは?」
御霊から正論が飛んできた。
「インクを入れ替えるの結構面倒だし、定期的にペンを買うのも……正直面倒臭い。まぁ、これは俺の私情だけど。ま、まぁ、もし異世界で日記を書く時、ペンが切れてたらどうしようってね。」
「あはは……」
なんだか言い訳臭くなった。御霊はクスクスと笑っていた。
依頼発行書の必要事項を全て書き終えた。契約金と報酬金はしっかりしたものを作ってほしいという気持ちを込めて高めに設定した。追加報酬として活力が沸く薬草も付けた。研究所に戻ったら用意しなければ。
「これでよしっと」
「それでは、発行書を預かりますね」
俺は発行書を御霊に渡した。御霊は発行書を受け取ると、背後にある青く光る球形の投入口に入れた。発行書を投入口に入れると、自動的に依頼板へと転送される。この装置は遠い島の人によって作られたと言うが、いつ見ても凄い技術だなと思う。
「依頼の発行が完了しました。後は木霊が受付してくれますので、受注した方が依頼条件を満たし、報酬の受取日が決まった時に、木霊の使いが知らせに行きますので、その時までに報酬金品を準備してくださいね」
「ありがとう、宜しく頼む。じゃあ、俺はこれで失礼するよ」
「はい、ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
「じゃーねー! 蒼渡さーん!」
俺は手を軽く振り、研究所へ帰った。
***
依頼を発行してから僅か五日後。俺がいつものように魔鉱石の研究をしていると、窓から一枚の黒い形代が飛んできた。
「蒼渡さーん! ペンを作った方が明後日報酬を受け取りに来るから、報酬の準備しておいてねー!」
形代からノイズ混じりに木霊の声が聞こえてきた。
「……早くね?」
予想以上に早い報せに俺は驚いた。これ、俺が研究所を留守にしていたらどうやって情報を伝達するつもりだったんだろうか。俺は明後日に備えて報酬金と報酬品の準備をした。
そして、報酬を渡す日。俺は朝からしていた魔鉱石の実験を中断し、ギルドステーションに行く準備をした。報酬金品を何度も確認して、それらを机の一つの場所に纏めて、そのまま鞄の中へ入れた。その時、針南が部屋に入ってきた。
「どこかに行くの?」
「あぁ、ギルドステーションだ。良かったら一緒に行くか?」
針南は少し考えた。
「……うん」
「じゃあ、忘れ物とかが無いようにな」
研究所の戸締りをして、針南が準備できるのを待つ。二階から鞄を肩に掛けた針南がやって来て、一緒にギルドステーションへと向かった。
***
ギルドステーションに入ると、受注カウンターで御霊と依頼の受注者であろうゴーグルを着けた黄色の髪の少女が談笑していた。
「待たせてしまって申し訳ない」
俺は黄色の髪の少女に声をかけた。
「おや、君が依頼主かい?」
「ああ」
少女の目線が針南の方へ向く。
「そちらは?」
「七咲針南です。よ、よろしくお願いします」
針南は少し緊張した表情で自己紹介した。
「君が針南ちゃんね。話は聞いているよ、よろしく。貴方の依頼を引き受けたリューネルだ。一応、一級加工職人をやっている者だ。早速だが本題に入るとしよう」
「はい、お願いします」
「あ、じゃあ私はここでお待ちしています!」
俺は御霊に軽く会釈すると、針南とリューネルと共にカウンターの近くに設置している机に移動した。横長の椅子に座り、隣に針南、対面にリューネルが座った。リューネルは鞄から依頼品を取り出して机に置いた。それは透明なケースに入った白い羽の付いたペンだった。その羽の根元には透明なガラスの球体があり、その中に緑色の球体がはめ込まれていた。
「じゃあ本題に入ろう。まず、これが貴方の要望通りに製造したインクの切れないペンだ。羽の部分にはブラックルセイアの核をはめ込んである。これで、インクは切れないようになっている。こちらで構わないか?」
ルセイアというのは、自ら液体を放出し、それを身に纏う生物だ。見た目はスライムとよく似ているが、完全の別種だ。倒した際に核が有ればルセイア、無ければスライムという見分け方がある。この核というものは、ルセイアの体内にある小さな球体の事で、自身を守るために液体を放出して身に纏う働きを持つ。つまり、この小さい球体がルセイアの本体である。因みに、このルセイアの核は巨大な鉄製ハンマーに叩かれても傷一つ付かない程に頑丈らしい。
今回の製造品を見るに、液体を放出する働きを持つルセイアの核を利用して、放出する液体をそのままインクとして使ってしまおうというものだ。
実はこのような製品は少し昔の時代に製造された事があるが、生物を道具として利用したということで世間から非難を浴びた件があった。だが、最近の生物研究で一度核を露出させたルセイアは、生物として機能しなくなるという事が判明した。その研究報告もあり、最近では生物的死として判断されているルセイアを利用して生産計画が有ったり無かったり。因みにこの液体を放出する性質の事で少し環境問題視されていたが、それはまた別のお話。
隣にいた針南がその羽ペンをじっくり眺めていた。
「このペンを使うのは俺じゃなくて針南が使うから、針南に試し書きさせてもいいかな」
「勿論」
俺はリューネルから受け取った白い羽ペンと、あらかじめ用意したメモの切れ端を針南に渡す。受け取った針南はメモの切れ端を机の上に置き、白い羽ペンの持ちやすい位置を探してから文字を書き始めた。
「使い心地はどうだ?」
「わぁ、すごい……とても書きやすいです!」
「そう言ってくれると信じてたよ。私の自信作だからね」
もし針南が不満だったらどうしようと思ったが、そんなことは無く安心した。
「リューネルさん。針南も満足してるみたいです。今回はありがとうございました。約束の報酬金と、活力草です」
「いえいえ〜。私もこの薬草が欲しいが為に依頼を引き受けたようなものだから。では、有難く頂くよ」
「薬草が欲しかったんですか? それまたなぜ?」
「単純に、この薬草は加工してる時のエネルギー補給に最適なんだよ〜。これで加工作業が捗るよ、ありがとう。じゃ、私はこれで用済みになったので帰るとしますかね」
「作ってくれてありがとうございました!」
「あ、ありがとうございました……!」
俺と針南はリューネルにお礼を言った。
「あいよ〜。じゃあまたどこかで〜」
リューネルは満足げにギルドステーションを後にした。
「蒼渡さん。なんでこのペンを私に?」
そういえば、針南にペンの事をまだ話してなかった。
「あぁ、針南には異世界……いや、まだ確証は無いから、えっと……仮名として幻想世界としよう。針南には、幻想世界の記録をして欲しい。その記録は幻想世界の解明への大きな一歩になるかもしれない」
「幻想世界……。大きな一歩?」
「大きな一歩、ねぇ?」
突然、針南とは違う声が背後から聞こえてきた。
「うわぁ!? ……って、なんだ木霊かよ、驚かしやがって……」
近くにいた冒険者の数名が大きな声に反応してこちらを見ていた。俺は咳ばらいを数回した。
「驚かしやがってって言われても……幽霊としての日課だよ? 驚かすことで爽快な気分になれるんだけど……今度驚かし方でも教えてあげよっか?」
木霊がなんか言ってきた。
「いや、いい」
驚かし方を知ったところで需要が見られないので普通に断った。
「それより、後で御霊も呼ぶんだけど……ちょっとついてきてくれない?」
「ん? なんかあるのか?」
「後で話すから。いいからついてきて!」
木霊は小声で話しかけてくる。周りの人には聞かれたくない事なのだろうか。
「お、おう、わかった」
木霊はいつも通りふざけている様子もなく、真剣な表情だった。俺と針南は木霊について行くことにした。ついて行ってる道中に御霊と合流した。木霊はカウンターに黒い紙の形代を置いた。
「代わりによろしくね」
木霊が形代に向かってそう言うと、形代はふわふわと浮き上がり、御霊がいつも立っている所に移動した。本人の代わりに仕事してくれるのか。便利だな。
俺達はギルドステーションの壁沿いにあるスタッフ専用部屋の中に入った。中に入ると、白い空間の小部屋があり、正面にエレベーターがあった。階数表示板を見ると、一から十二の数字があった。ギルドステーションの外見を見ても、十二階あるとは思えなかった。後日、御霊に訊くと、このギルドステーションの最上階は三階であり、この世界にある全てのエレベーターは最低十二階まで表示することが規則となっているらしい。
「それでは針南ちゃん、あなただけエレベーターに入ってください」
御霊が針南にそう言った。
「私? いいけど……」
「うん。それと、この紙に書いてある手順でボタンを押してね」
針南は木霊から一枚のメモ用紙を受け取ると、エレベーターの中へと入っていく。
「なぁ、俺がついて言っちゃ駄目なのか?」
なんだか心配になった俺は木霊と御霊に同行して良いか訊いてみる。
「駄目、効果がなくなっちゃうから」
木霊に即答された。
「効果?」
「説明します。針南さんに霊音を助けていただきたいんです」
「霊音を助ける?」
「私の妹」
「木霊の……妹?」
「霊音は別の世界……多分、異世界に行くことができるの。それで、異世界に行ったきり帰ってこなくて……」
「異世界!?」
「うん、異世界だよ。霊音はそこに閉じ込められてるのかもって思って」
「それで……針南に助けてもらおう、と?」
「……うん」
「おいおい、針南には危険すぎるんじゃないか?」
「すいません。迷惑かけてしまって……危険なのは、私達も解っています。ただ、どうしても霊音のことが心配で……」
「んん……」
どうやらこの姉妹は三女である霊音を助けたくて俺達、正確には針南に声をかけたのか。まさかの三姉妹だった事は中々の驚きだったが。
だがここで俺は今の針南の状態を思い出した。
「でも針南は今、異世界に行けない状態かもしれない……」
「あ、そこに関しては大丈夫」
「え?」
木霊のその発言に俺は素っ頓狂な声を出す。
「この紙の手順通りにボタンを押せば異世界に確実に繋がります。一般人がすると、どうなるかは判らない……と、霊音がそう言っていました」
御霊が俺に針南に渡した物と同じ内容であろうメモ用紙を渡してきた。
「ちょ!? おい、これ……ダメな奴だろ!」
俺はメモ用紙の内容見て驚愕した。