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外伝・記されていなかった物語  作者: 雨天紅雨
■沢村まい、潦兎仔、砂野ゆう、斎賀あすか
9/61

まいの師匠

 早めに学園を後にした沢村マイは、公共交通機関を使って自宅とは離れたマンションに向かった。

 珍しく、今日を指定してきた相手の意図などを考えながらも、車がほとんどないにも関わらず、土地を無駄に使っているような広い駐車場を横切り、まずは入り口の認証システムと向かい合う。

 声紋、指紋、網膜スキャンの三重ロック。今ではどの家庭にも配備されている室内AIによる管理システムを誤魔化すには、それなりの技術を要するが、そもそもマイは盗みを働きに来たわけでもなく、認証パネルに手を当てて声を上げれば、すぐにロックは解除された。

 ここの住人でもないのに登録されているのには、もちろん理由がある。このマンションの管理人がマイの知り合いで、かつ、呼び出した相手だから、何度も足を運んだことがあるのだ。

 これまた広いロビーには、ソファやテレビなどが設置されており、待合室としてはかなりのものだが、そもそもこのマンションの住人は五人もいないので、やはり無駄のように思える。やや早足に、けれど隠れる素振りもなく、誰も逢わずに奥のエレベータから最上階へ移動すれば、廊下の目の前が既に扉である。

「ういーっす」

 認証パネルもない玄関前で口を開けば、監視カメラからこちらの姿を視認したのか、女声が聞こえてきた。

『いらっしゃいませ、アリス様』

「お邪魔するよ、シェルジュさん」

 玄関のロックが外れて、スライドしたので中に入る。玄関マットで軽く靴の裏を磨いてから、そのまま足を踏み入れた。

 ちなみに応答したシェルジュは、ここのマンションを管理している室内AIだ。とはいえ、一般的なAIと違い、かなり人間に近い思考を、言葉にすることができる。現時点でのAIは、なるほど、人間的な思考はするけれど、それを表現する術がありながら、会話など言葉にする技術をほとんど持っていない。つまり〝彼女〟は、やや異質ということになる。

 一時期は人工無能、なんて言葉もあった。指定されている文字に対して、一定の反応を示すものだ。つまり、数億パターンの反応を記憶さえしていれば、人工知能のように考えていると錯覚することもある――その線引きはいつだって困難だろう。

 けれど、そんな詳細は気にせずとも良い。彼女とは会話も成立するし、意志を感じられる。ただそれだけで構わないのだ。

 中に入ってすぐ、左手の扉から入れば、数部屋をぶち抜いた吹き抜けがある。大理石の

床、窓側は足元から天井まで全面が窓になっており、やや薄暗いのは日中でも電灯を点けていないからか。

 天井を支える六本の柱を避けながら歩けば、玄関からはやや奥のところに、来客用のソファが一対と、ガラステーブルが鎮座しており、そこにマンションの管理人がいた。

 ランクS狩人〈鈴丘の花(ベルフィールド)〉である。

「ベルさん、ちーっす」

「おう、来たか」

 一歩、足を進めるにつれて、妙な匂いがあって、マイは首を傾げた。

「あれ? 血の匂いかこれ。なにかあったんですか」

「ちょっとな。適当に治療もしたから問題ねえよ――後で持って帰れ」

「――え?」

 なにをだ、と思ってすぐに気付き、小走りに近寄れば、ベルが座って煙草を吸っている対面のソファには、小さく丸くなるよう転がっている(にわたずみ)兎仔(とこ)がいた。

「……何やってんの兎仔。生きてる?」

「おー、生きてる、生きてる。んな無茶はしてねーから」

「……あー」

 のそりと躰を起こした兎仔が隣を叩いたので、ソファに腰を下ろせば、何故か睨まれた。

「なんだその反応は。あーって、なんだそれ」

「無茶をした時の兎仔がちょっと想像できたから、どう反応すべきかなって」

「ふん」

「――アリス、酒と煙草と?」

「俺、煙草吸わないですよ、ベルさん。酒はちょっと楽しみにしてきた」

「ちょっと待ってろ」

 あいよ、と返事をすればベルは一度立ち上がった。キッチンに酒棚があるのは知っているので、取りに行ったのはわかる。

「……で、なんで兎仔がいるの」

「そりゃこっちの台詞だろ。仕事としちゃ、あたしはこっち側だぞ」

「そう言われればそっか。兎仔、煙草は?」

「吸えるけど、今はいいや。お前もいるしなー」

「そりゃありがと。あんま気にしないけどな」

「キスした時に煙草味とか、あたしが嫌なんだよ」

「でもたまに血の味するから気を付けようね? 特に今回みたいなケース」

「うっせ。我慢できなかったんだからしょうがねーだろー」

 この通り、関係は良好でかつ、どちらかといえば兎仔が主導権を握っている。お互いに不満はないので、順調な付き合いだろう。

「つーか、迎えに来たのか?」

「――あれ? 調べてなかった? 俺の師匠、ベルさんだよ」

「師匠ってほど、真面目に教えちゃいねえよ」

 グラスは三つと、ボトルが二つ。銘柄は見るまでもなく、フリーランスと呼ばれる高級な酒だ。というか、個人消費に限られて流通しない、値段がつけられないような希少品を湯水のように飲むのが、このベルという男である。

「狩人全体に言えることだが、実戦が中心で電子戦は弱い。専門にしてる連中だって、俺に言わせりゃそこそこだ。アリスは適性もあったし、個人的に面白いと思って、基礎を教えてやった。あとはこいつの実力だ」

「何が面白かったんだ」

「楽しむところだな」

 ちらりと兎仔の視線を感じたが、マイとしては苦笑するしかない。それこそ、知恵熱を毎日のように出すような教えが、本当の意味で基礎だったと今ならわかるけれど、当時は死にそうな思いもしたし、もうちょっと教え方があるだろうと、まあ、このように苦笑するしかないわけだ。

「当時はかなり、俺のサーバにアタックを仕掛けたもんだ。何台端末を駄目にした?」

「六台。すげー痛い出費だったけどね……」

「今はそんな下手を打たない程度にはなった。AI、お前の戦績は?」

『総合しますと、現状では勝率が三割に満たない程度です』

「なんだまい、シェルジュにやらせてんのか?」

「いや誤解、兎仔それ違う。バックドア通してんのに、わざわざ正面玄関からノックするの。最近のシェルジュさんは、対応しながら、わーわー、きゃーきゃーって感じで声を上げながらテンパって、わたわた対応してから、失敗すると膝を抱えて落ち込む」

「シェルジュ、お前可愛いところあるんだなー」

『あ、は、はい、その、ありがとうございます、兎仔様』

 室内AIとして、ある程度の自由を与えられてはいるが、シェルジュにアバターがあるわけではない。ただプログラムの選択や対応を見る限り、マイにはそう感じてしまうのだ。

 であればこそ――である。

 コードやプログラムの取捨選択における感情を読み取れるから、伯爵位の椅子に座っていられるのだ。

「つっても、ベルさんには一度も勝ってないんだよなあ」

「俺に勝ちたいなら公爵になれ」

「これだ。まったくもう……あ、本題に入る前に、一応これ聞いとく。斎賀あすか――この名前で何か引っかかるもの、ある?」

「んー……」

「あ、兎仔が先に気付いた。俺の同級生なんだけど、その子」

「いやどっかで聞いたと思ってなー。なんかったのか?」

「ゆうのプライベイトを紹介するって流れだな。人間的にはそう問題ないけど、裏を洗っておくのは紹介する俺の義務だろうし、調べる前に一応」

「なるほどなー。おいベル、なんだっけ」

数知(かずち)小森(こもり)斎賀(さいが)

「――ああ、そうだ、思い出したぞ。あいつら影が薄いからなあ」

「……これ、俺が調べてもいい感じのやつ?」

「どっちかって言えば武術家より、あたしらの領分からは離れてるから、問題はないぞ。簡単に言えば陰陽師(おんみょうじ)の家名だ。そこそこ腕も立つ」

「だが、あすかって名前は耳にしてねえな。どういう立ち位置かは知らん」

「あ、ベルさんでも知らないことあるんだ」

「ちゃんと相手を選んで言ってるぜ」

「こいつ、そのへんがマジで鬼畜なんだぞ、まい。知ってるか?」

「知ってる。知らないことを武器にして、会話の途中で〝知ってる〟状態にしながらの話術構築とか、マジでえげつない。同じ方法を電子戦で表現するからもうね、何度俺は泣いたことか……」

「癖になってんだよ、俺はそういう生き方をしてきた」

「なに言ってんだてめー、今もそうだろ」

「ふん、まあな。ただ陰陽師は厄介な人種だ。兎仔、最低限は教えておいてやれ」

「言われるまでもねーぞ」

「しかし、ようやく体力づくりかアリス」

「あ、わかる? といっても、走り込みと筋トレくらいなもんだけどな。ここんとこ、兎仔がこっちいるから、見て貰ってる。体力くらいないとって話で」

「昔に俺が言っただろうが……」

「あはは。でもベルさん、そういうのやってなさそう」

「俺の人生にそんな余裕はなかった。体力がなくなって、もう駄目だと音を上げるやつから死んでいくのが戦場だ。否応なく体力なんかつくし、維持もできる。つーか、軍部にでも放り込めば、二ヶ月くらいでどうとでもなるだろ、そんなもの」

「うるせー、あんなクソみたいな場所にまいはやらん。あたしが許さん」

「俺も今の仕事がある以上、踏み入れたくはないよ。酒場でさんざん、サトリから聞いてるし、戦場の話なんかも明松(かがり)少止(あゆむ)からよく聞いてるからね。お腹いっぱい」

「……そう考えるとまいって、知り合い多いよなー。顔が広いぞ」

「といっても、同世代に限りって感じだろ? 俺から接触したのも、多少はあるけど、向こうが俺を突き止めて、年齢が近いから興味本位で顔を見せるってパターンがほとんどだ」

「仕事じゃどーなんだ?」

「あっちが気遣って、関わらない感じだな。俺は情報屋じゃないし、仕事自体は性質が違う。ただまあ、最悪? よほど時間がない時に頼られることは、数えるくらいはあったよ。でもまあ、そんくらい」

「緊急なら同業者にしとけよ……」

「どのあたりだ?」

「んー、繋がりを持ってるのは少止もそうだけど、花楓(かえで)もそう。お互いに知ってるかどうかは別だろうけどな。だから一応、夢見(ゆめみ)も。逆に北上(きたかみ)さんとかは頼られてないなあ。(ちがや)は日本に顔を出さないから、あんまし。サトリとはよく飲むよ」

「あー」

「確かに同世代の馬鹿連中か。どうだ兎仔、いくつか情報屋を潰して対応を見るってのは」

「あたしが育てる相手じゃねーよ。加えて、育てた犬連中なら、そんなことは最初から〝前提〟にしてるから通じないぞ」

「お前らに関しては何も問題視しちゃいねえ。立場は同じだ」

「同じにすんな」

「あー、ベルさんも相変わらずで」

「ラルとの交流はあるにせよ、こっち側とも結構多いよな?」

「そうでもないって。ラルさんもそうだけど、あとはベルさんとエイジェイさんくらい。ほかの人も逢ったことはあるけど、どーもなー。選民意識? 対等に見てくれないっていうか、まあ仕事以外でも顔を合わせないよ。そういう意味で、ベルさんはふつう」

「なるほどなー」

「あとあれ、鷺城鷺花さん。あの人は違う意味で苦手」

「――ちょっと待て。おい、てめー、なんでここで鷺城の名が出る⁉」

「その驚きが不思議となんの疑問も持てないくらいわかるけど! だって不可抗力だよあれ! 猫サマ連れてコロンビア大学に顔を出した時、なんでか教授のところにいたんだよあの人! 野雨で顔合わせてびっくりどころか、三十秒くらい呼吸できなかったからね⁉」

「お、おう……そうか」

「なんかあの人怖いんだよな……いい人だとは思うけど」

「まーな。ちゃんと相手を選んで、言葉も選ぶ。人としちゃ問題はねーよ。……ねーんだよ」

 だが、どうしようもない劣等感がある。

 ――あるいは、敗北感か。

「改めて、顔が広いのは確認できた。危険対策だろ?」

「まあね。いくら俺でも、完全に無関心じゃいられないし、最低限はね。だから逆に、ベルさんとの付き合いは隠すしかないんだけど。下に住んでる人とかは、仕方ないにしてもね」

「あたしも、もうちょい気にしてやるぞ」

「ありがと。――それで、ベルさんの用事は?」

「ん、ああ、兎仔の迎えが一つ」

「車でも手配しときゃ良かったかな?」

「自分の車を持つほどじゃねーって。歩けるし」

「俺の車を使ってもいい。設定入れれば搭乗者なしでこっちまで戻ってくる」

「いやいや、レインさんに怒られたくないからいいって。二つ目は?」

「いつまで伯爵位にいるのか、だ」

「あー」

 そもそも爵位制度において、敗北はイコールで除外である。もちろん挑戦したいのならば、また男爵位に挑戦することは可能だが、ほとんどの人間は再挑戦しない。

 何故か? ――それは、爵位を維持する労力がどれほどのものかを、痛感するからだ。

 今持っている技術だけでは、維持などできない。電子戦関連は、常に進化を続けているし、新しい発見もある。それを知らなければ後手を踏むし、知っていて利用しながらも、更に新しいものを開発しなければ、対応それ自体が困難になる。簡単に言ってしまえば、誰よりも最先端でいなくては維持できない。

 常に最新情報に気を配りながら、自身の技術で改良を繰り返して成長することが、上の地位に挑戦することではなく、爵位の維持に使われる労力となる。いずれにせよ、甘い世界ではないわけだ。

 であればこそ――次はもういいかと思うし、そろそろ引退しようと決める者もいる。爵位制度の上限が空いているのも、そういったものが原因だ。

 けれどしかし、ベルの問いは、そうではなく。

 単純に、いつ侯爵になるんだと、問うているのだ。

「今はまだ、上に行くつもりはないよ。準備はしてるし、それが古くなるのも当然だけど、少なくとも今年は――ない、と思う」

「そうか。どういうわけか、レインの文句が俺に来るんだが?」

「あははは」

 それについては、笑うしかない。

 最高の公爵位に居座る一人が、早く上がってこいと文句を言うのならば、その評価自体を嬉しく思う。

 けれど期待に応えるかどうかの以前に、まだマイは、学生としての時間を楽しみたいのだ。

 ――そう。

 あるいは、親友である、砂野ユウと同じように。




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