未だ曖昧な気持ちのまま
年が変わり、2057年、三月二日――その日、VV-iP学園で沢村マイは呼び出されることになるが、その前に経緯を語る必要がある。
まずは生活科二年に、マイと同じく所属している親友の砂野ユウ、そして何よりも彼女、斎賀アスカについてだろう。
一年の時間を同じクラスで過ごしてきたアスカから見た、砂野ユウは何事にも前向きで、楽しんでいる印象が非常に強い。この人は落ち込むことがあるんだろうかと疑問を抱いた回数など、もう両手よりも多いし、そんな姿を羨ましくも思った。
とにかく明るい男である。
男女共に親しい人が多く、人当たりも良い。生活科の八割は女子なので、その間に仲介のよう立つユウに助かっている男子も多いのでは、ないだろうか。
だとして、斎賀アスカは?
どんな女であるのか、自己評価そのものは、よくわからないとしか答えようがない。どちらかといえば、フットワークは軽い方だと思うし、物怖じをしない性格だと言われたこともある。何かものを頼まれても、てきぱきと効率良く片付けることには定評がある――なんて評価を受けたこともあった。
ただ、同性相手からは怖がられることもある。それも好き嫌いをはっきり言ってしまうことや、あえて馴染もうと思わないのが原因だろう。今のところ、それ自体がドラブルの原因にならないのは、やはり、付き合いそれ自体が少ない――というか、平たい、あるいは軽いからか。
――アスカがユウに対して、好きだと告白した。
その言葉を聞いたら、誰もが驚くだろうし、浅間ららも驚いた。
「え、ホントウですか、あすか」
「カタコトにならなくてもいいじゃない。――断られたけど」
「あーうん、まあでしょうね」
「でしょうね?」
じろりと、やや睨むように見えるが、普段からあまり変わらない目なので、浅間もぱたぱたと手を振って笑った。
「いやあすかが原因じゃなくって、砂野くんの話。誰かに入れ込むようには見えないし。ちなみに、いつくらい?」
「二月の半ば。しばらく引きずってたんだけどね」
――いや、引きずるというのは、おかしいか。
なんだか釈然としないのだ。
「諦めきれない――というか、なんでしょうね、これ」
「そんなこと私に言われても困る。え? というか、なんでこんな話したの?」
「私は高校からだけれど、ららは中学から知ってるでしょ。ちょっと聞きたいんだけど、砂野くんと付き合いの深い人って、誰かいる?」
「いる、けど……」
「え、いるの?」
三月なのでまだ肌寒い季節だが、陽光の下でかつ、風が当たらなければ外でもそれなりに暖かい。お互いにコートも着ているし、購買で手に入れたパンを食べる二人は、外のベンチに座って話をしている。逆に言えば、こういう話を平然とできるほど、人がいない。
「個人的に、砂野くんって誰にも深入りしない感じがしてたんだけど?」
「そうかな? あー……どうだろ。ごめん、私のタイプじゃないからよく見てなかった」
「私の趣味が悪いって聞こえるんだけど」
「あすかは深読みし過ぎ。あと睨むな」
「睨んでない。目つきが悪いのは生まれつき。切れ長って評価して」
「うっせー押し付けんな」
「それで?」
「え? ……あ、そうそう、付き合いのある人。ちなみにどうするの?」
「できれば呼び出して話を聞きたい」
「うーん……個人的にはあんまりお勧めはしないけど、私が知る限り一番親しいのは沢村くんだよ」
「――え?」
それは、あまりにも予想外で。
「うそ、一番関わりがないと思ってたけど。巻き込まれると一緒に遊ぶ感じはあるけど、普段は結構、一人でなんかやってるふうに見えてた」
「あー……今はね、まあ、丸くなったというか」
「ん? なにそれ」
「中学から知ってる女子連中の多くは、苦手意識が強いの、あいつに対しては。なんていうか――誤魔化しが、利かない」
「……うん?」
「ほら、女子って意味ありげに近づいたりするでしょ」
「まあそうね、私はしないけど」
「うん、あすかはしないよね。まあともかく――沢村くんもあれで、普通に会話とかしてるとほかの男子と比べて優しいし、雰囲気が柔らかいのね」
「それは私も感じたけれど、砂野くんもそうでしょ」
「大人びてるって印象かな。で、小さく苦笑しながら会話が成立するんだけど、どうもピンとがズレる。違和感を抱いたまま、会話を終えて席に戻った頃に、ようやく気付くわけ。――沢村くんの言葉が、意味ありげに近づいた〝表〟じゃなく、隠した〝本音〟に対してのものだったって」
「……隠しきれてない?」
「昔はそういうとこが顕著だったの。建前を口にしても本音を見抜かれる。嘘が通じない、偽りが通らない――誤魔化しが無駄になる。それら自体が良くても悪くても、結果は同じ。だから、相手の反応を引き出そうとする女の話術ってのが通じないの」
だからこそ、女子たちは苦手意識を持つ。口の悪いヤツに言わせれば、嫌いだと、それだけの評価になってしまう。自分を棚上げしてることなんてお構いなしだ。
「女って生き物は面倒ね」
「あんたも女でしょ」
「そうだけど。だからこうして考えてる」
「面倒だなあ」
まったくだと、そんな返答を飲み込んで、あすかは食べ物を口にした。
その日の内に行動したのは、長引けば気後れするかもしれない、なんて感情によるものだった。では、どうしてまいが応じたのかと言われれば、個人の呼び出しが珍しかったのと、それほど時間がかからないと踏んだからだ。
まだ授業中だったが、逆にその方が人気がないのを利用して、最後の一単位をサボるかたちで休憩室へ行って。
「何を飲む? 紅茶、珈琲、お茶?」
「緑茶だけど……」
「はいよ」
「……え? 奢ってくれるの?」
「俺がそんな気遣いもできないって? ははは、――で?」
「あ、うん。ちょっと、砂野くんのことを聞きたくて……ええと、ごめん、私もちょっと戸惑ってる」
「――へえ」
たったその一言で、来たと、僅かに身構えた。
本音を見抜いた時、そう短く言うことがあるのだと――。
「やれやれ、どっかの誰かから忠告でも受けたか? 俺はそんなに尖ってないよ。そりゃ昔は、嘘や偽りが嫌いだと思い込んでたけど、それだって日常には必要なものだ。俺も上手く使えるようにもなったしね。怒りの矛先を間違えた、若い頃の過ちだよ」
「……?」
「気にしないで。はい緑茶。――それで、ゆうがどうしたって? 悪いけど、これから俺は用事がある。できれば手短に」
「砂野くんとは親しいって、ららから聞いたんだけどね」
「――ああ」
情報元を明かすなんてことはするべきではないが、これは交渉事じゃないかと、マイは緑茶を口にしつつ、視線で促した。
「私は砂野くんのことを知りたい。沢村くんから見た彼は、どう映ってる?」
「どうもこうも、見たまんまのゆうだな。そもそも、何故知りたいんだ? まずはそこだよ」
「えっと……」
ちらりと、出入り口の方を見て、少し困ったような表情を見せたアスカは、しかし黙っていても仕方ないと思って。
「その、砂野くんに告白したの」
「ふうん。――ああ、いいよ、だいたいわかった」
「わかる?」
「ゆうの返答は〝ありがとう〟だ。これは推測じゃなくて、いがさんみたいな人が俺にとって四人目だって話ね。一人は弱味を聞いてきた。逆恨みが過ぎる前に、学園を辞めたけどね。残り二人は――ま、納得したのかな、あれは。そこんとこ、いがさんが聞きたいことは?」
「最初に言いたいのは、なんかこう、釈然としないの」
「納得してないって?」
「というか、ごめん、私もまだよくわかってないんだけど、なんかズレてるっていうか……気になる? 今更ながらに、何が好きなんだろうって疑問を抱いている……のかな?」
「あー、……っと、悪い。だから俺に聞きたかったってのは、うん、わかる。ただ、どうしたもんかなと悩むくらいには、難しいね」
「曖昧でごめん」
「気持ちがわかるとは言わないけど、前例はあるからね」
「……、砂野くんとは仲が良いの?」
「野郎は誰とだって仲良くやってるだろ?」
「そうだけど――」
けれど?
そもそも、衝突をせずに上手くやるだなんて、どうなんだ?
少なくともアスカには無理だ。どれほどの無理をして、我慢をすればできるんだろうと思えば、そもそも、我慢をしているようには見えない。
「――え?」
おかしくないか、これは。
「いや、でも……」
現実として、上手くやっているのだから、方法はある。当たり障りなく、ほぼ全員に、仲良く――当たり障りがない?
それは。
深い関係を作らないってことか?
その上で、あんなにも、楽しそうにしている――?
「あれ? 私、砂野くんのどこが好きなんだ……?」
「おーい、本末転倒じゃね、それ」
「あ、ああ、ごめん。私も、こう、自然な流れでぽろっと口から出ちゃったというか、そんな感じで……」
「だから〝釈然としない〟って言葉が出てきたわけか。だったら、変な言い方だけど諦めて忘れるって選択もあると思うけど?」
「それは――そうかもしれない。でも、惹かれているのは事実だから」
「なるほどね。んー、さて、本当にどうしたもんか……」
「話せないの?」
「実際に話せることは、ほとんどない。いがさんが知ってるゆうと、情報量そのものは大差ないよ。でも、条件次第ではあるいはって部分も、あるにはある」
「条件って?」
「……、最初に言っておくけど、脅しのつもりはないんだ」
けれど、そう前置したところで、脅しにしか聞こえないだろうことは、マイがよくわかっているけれど、しかし、それを話さないことには説明ができない。
「全員がそうだとは言わないけど、学生にとっての〝約束〟なんてのは、軽いものだ。社会に出てからは余計に痛感するだろうけど、まだいがさんも社会人じゃないから、これは想像するしかない。そもそも、約束をするって行為自体が危険性を既に孕んでいるわけ」
「その約束を守らなくてはならない、という強制ね?」
「あるいは、守るよりも達成しなくてはならない義務感だ。何より、それを破った時は、危険を越えて〝終わり〟になる場合が多い。さっきは軽く流したけど、ゆうに逆恨みを抱いた人が、どうして、学園を辞めることになったのかは、調べない方が身のためだ」
できるだけ軽い口調で言ってはいるものの、アスカはごくりと生唾を飲み込み、慌てたように緑茶を口元に移動させた。
「そこで、俺はこう提案するわけだ。いがさん、俺を含めてゆうのこと、どのような結果であれ〝黙っている〟ことができるか?」
「それは――今すぐ、できるとは、答えられないと思う」
「うん、そうだ。けれどもし、いがさんが約束できるなら、ゆうのプライベイトを俺が見せてやってもいい。――あ、ちなみに言っておくけど、同じことを以前に一人やったことはあるし、その人は今も口を噤んでいるから、そんなに身構えなくてもいいよ。学園にいるあいつは、ずっと楽しんでる。それを邪魔したくないから、約束したいんだよ」
「……え? あのそれ、家に仕事を持ち込むなーとか、そういう?」
「あはは、近い近い。そんな感じ」
「むう」
「俺も今すぐ確約はできないから、準備をしておくよ。ええと……」
シャツの胸ポケットからメモ帳を取り出すと、万年筆で記して一枚を破り、半分に折るようアスカへと渡した。
「俺の連絡先ね。登録してもいいけど、紙はあとでゴミ箱にでも入れておいて」
「あ、うん、ありがとう」
「そうだなー、まだ迷ってるって返事でもいいから、三日後くらいに一度連絡して。んで、この話は教室とかであんま話さないで欲しい。まあ、いがさんもその方がいいだろ」
「わかったわ。時間を取ってくれて、ありがとう」
「んや。……そうやって、素直に感謝が出るところ、いがさんの良いところだよね」
「そう? 意識したことないけど。それはそれとして、沢村くん」
「なに? 俺、付き合ってる子いるし、倦怠期は迎えてないから、期待には応えられないと思うけど」
「そうじゃなく。……え? いや、そうなの?」
「そーなの。そういう気配は出してないけどさ」
「ふ、ふうん……同級生のそういう話は興味あるけど、それよりも」
普段からそう見られがちだが、今回はちゃんと睨むようにマイを見て。
「その、私に対する呼称、どうにかなんない?」
言えば、相手は笑いながら紙コップをゴミ箱へ入れて。
「ならない。らさんもそれ、よく言ってたなあ……」
こいつの、一文字を省略して呼ぶ癖というか、あだ名というか――本当にまったく、どうにかならないものか。
いがさん、だなんて。
なんだか尖っている人物のように聞こえるじゃないか。